ファケレ国入国
罰を告げられた日の夜、ルナティアは原因不明の発熱を出した。ライラが持ってきた解熱の薬湯を飲んでも熱は下がらず、眠ることも出来なかった。だが、寝ないにも関わらず、熱は朝になると下がっていた。ライラは心配をしたが、何となく発熱の理由を感じ取っていたルナティアは口留めをした。
罰を受けるため、レグルス隊に挨拶をして隊の制服を一旦脱ぐ。これからファケレ国近くに辿り着くまでの5日間、ルナティアは第四騎士団の一般兵に交じり、差異無く荷物を運びながら徒歩での移動となる。
ルナティアは最初のうち、兵の中でも浮いていた。
そもそも第四騎士団自体が平民から選ばれた兵士で、その中でも一般兵は一番格下の兵士だ。その中に混じって、辺境伯爵の令嬢が荷物を背負って徒歩で目的地へ向かうのだ。浮かないわけがない。
第四騎士団の誰もが、令嬢は大した量の荷物も持てないだろうと思っていたし、そもそも徒歩で歩くことすらままならないだろうと思っていた。
だが、ルナティアは「鍛錬になる」と、率先して重い荷物を背負い、同じスピードどころか、一般兵の通常の移動より速いペースで歩いた。
その動きに触発された第四騎士団の一般兵も、負けじと、より速いペースで歩く。
結果、予定より1日早い4日でファケレ国への国境まで辿り着くことが出来た。罰の最終日の頃には、一般兵の荷物持ち組の一部が寂しい、と涙を流すくらいには馴染んでいた。
そうして、無事(?)4日間の罰が終わった。
罰を終え、ルナティアがレグルス隊へ戻ると、ライラが泣きながら駆け寄って来た。
「ルナティアさまぁ~ご無事で良かったですぅ…。」
この間のライラへの罰は、いつも通りレグルス隊で過ごすこと、だった。
一見、罰に感じられないが、ライラにとっては違う。
心酔する主が一般兵に混じり荷物持ちをして歩いているにも関わらず、自分は馬車移動、しかも世話をする相手も居ない。唯一、隊での食事の補佐をするくらいだ。
ライラにとっては、何よりも辛い4日間だった。
久しぶりに会ったライラを受け止めながら、ルナティアは考えていた。
――あの時あの時、最善と思って取った行動だったが、自分以外に及ぼす影響がこんなにあるとは思わなかった。隊を組んで行動する、ということはそれだけで責任を伴うということを初めて知った。
とはいえ、不死鳥を助けに行ったことは後悔していない。あの時に助けに行かなければ、完全に不死鳥は壊れていただろう。ただ、指示を仰がず報告もせずに自分の判断だけで動いたことについては、深く反省した。
夜の祈りを終え、レグルス隊のテントから出ると、外でジークリードが待っていた。
思えばジークリードにも心配をかけてしまった。
『ルナティアが消えた』というレグルスからの報告に、指揮官としての指示を済ませ、たった一人で自分を探すために飛び出したと聞いた。
ルナティアの無事な姿を確認した時のあの顔を見た時は、罪悪感に苛まれた。
改めてテントの外にいたジークリードに感謝の意を込めて挨拶をする。
「お久しぶりでございます、殿下。それと―」
「殿下じゃない。」
ムッとした顔でジークリードが言う。
「2人きりの時は、リードと呼んで欲しい、と言ったはずだ。」
「ですが…、何処で誰が聞いているか分からないのですよ?万が一誰かに聞かれて誤解でもされたら…。」
「…されたら?」
真顔でジークリードがじりじりと詰め寄り、気づけばルナティアのすぐ目の前に来ていた。
「え…と…色々と…困るのでは――」
しどろもどろになりながらルナティアが答えると同時に、ジークリードが、ガシッっとルナティアの腕を掴み、茂みの奥へと無言で歩き出した。
「え?…あ、あのっ…殿下?」
いきなり連行され困惑するルナティアの問いに返事はない。
黙ったまま人気のない場所へと進んで行き、詰所テントから一定距離離れた茂みの中で歩を止め、ジークリードはルナティアを振り返った。
「ここから問題ないだろう?誰も来ない。来たとしてもキュリオとライラくらいだ。聞かれても困らない。」
そう言って見せた表情は、数日前、ルナティアの無事な姿を見た時の顔に似て、今にも泣きそうにも見えた。
ルナティアは、殿下にまた泣きそうな顔をさせていることに、罪悪感を抱きながらも、どう対したら良いのか分からずに、ただジークリードの足元を見つめていた。
急に目の前が暗くなり、自分が抱きしめられていることに気づくまでそう時間はかからなかった。
「…本当に、無事で良かった。…罰だ、と理解していても俺やレグルスの目の届く範囲に居ないことがこんなにも不安に感じるとは思わなかった。それに、あの時だって魔族に攫われたのかと…。」
ジークリードが抱きしめる手が僅かに震えている。あの時、とはリートニア港での戦いの時のことだろう。
震えを宥めるように、ルナティアがそっとジークリードの背に手を回した。
「…すみません…ご心配をおかけして…。」
「…。」
「殿下?」
「違う。」
「…り、リード様?」
「様も要らない。…心配をかけたことを悪いと思うなら、労ってくれてもいいだろう?」
「う…。」
「ルナティア…。」
懇願するような声で名を呼ばれる。
(…ものすごく心配かけてしまったのよね…。乙女は魔族に狙われると言われていたんだもの。)
そう考え、戸惑いながら願われた愛称で呼んでみる。
「…心配かけてごめんなさい、リード。」
抱きしめられている上に、自分だけの愛称で呼ぶように言われ、耳まで真っ赤にして俯いていると、
「全くだ。…だけど、本当に無事で良かった…君が無事なんだと確かめたい。だからもう少しだけ…このままで居させてくれ…。」
と、ジークリードは、更に抱きしめる腕に力を込めたのだった。
解放された後、ルナティアが第四騎士団の一般兵に居た期間の話をお互い伝え合った。
ルナティアの話を聞き、ジークリードは末端の一般兵のことを知ることが出来たし、ルナティアもリートニア港から同行しているオセアノ軍のことを知ることが出来た。
特に、治療をしたユグの容体については、第四騎士団に行っている間も気にはなっていたのだ。
普通であれば、二度と自分の足で歩くことは出来ないほどの負傷を追っていたユグだったが、ルナティアが特級魔法を使用したことにより、奇跡的に回復した。お陰でオセアノ軍では、「リートニアの奇跡」とリストランド兄妹を称えているらしい。
そうして4日間の出来事を笑顔で語り合い、それぞれのテントに戻って休んだのだった。
翌朝、目覚めた後、祈りの儀式を済ませ、レグルス隊の朝食の席へと向かうとそこには、ユグ・ド・オセアノが居た。
ユグは「リートニアの奇跡」の話を自軍の兵士たちから聞いていたのか、ルナティアの顔を見るなり「命の恩人だ」などと言って抱きしめようとしたが、レグルスに阻止された。
ルナティアは事前に兄と打ち合わせをしていた通りに、あくまでも「兄が治療をして自分は補助をした」と言い通した。
朝食を済ませ、いよいよファケレ国との国境に向かう。オセアノ軍を含めて、約100名の軍だ。リートニア港での戦いで負傷したクレオチア軍、オセアノ軍の者たちは、ファケレ国に入国せず、オセアノ国内で治療を受けている。
正直なところ、リートニア港での襲撃以外、魔族や魔物から襲われることは不思議なほど無かった。だからこそ不気味でもあった。
ファケレ国の国境に入る前に、ジークリードから兵士たちに、魔石が配られた。精神防御魔法を施した魔石だ。オセアノ軍の兵士でも、精神防御に長けていない者もいるため、今、戦える元気な者全員へと配ることにした。
魅了に対抗するため、と理由を明確にした後、
「ファケレ国を無事に出るまでは肌身離さず持つように。」
と付け加えた。
全員が魔石を身に着け、気合を入れてファケレ国への入国ゲートをくぐる。
そこには…見目麗しい女性が20名ほど並んで笑顔で立っていた。




