伏せられた功績
不死鳥と別れた後、ルナティアとライラが隊の後方に紛れ込むためこっそり戻ると、後方では魔物との戦いで傷ついた者達の治療が行われていた。
忙しなく動く治療チームの様子に、当初、見つからないように、と思い隠れて行動していたルナティアだったが、傷ついている人を見て治療の手伝いを始めた。クレオチアの兵士やオセアノ軍の兵士で傷を負っている者を見つける度に風魔法で出来る限りの治療を行っていた。
付近のケガ人が一通り落ち着いたころ、少し離れたところで騒ぎが起きていることに気が付いた。見るとそこには、必死に治療にあたる兄の姿があった。
「早くっ!魔法石を!!!」
魔力量が多いはずの兄が治療で魔力が足りなくなる状況であると察したルナティアは、こっそりと隠れて戻ろうとしていたことも忘れ、思わず
「お兄様っ!」
と、声を掛けてしまった。
「ルナティアっ?!」
驚いたレグルスだったが、一瞬、ほっとした表情を見せ、すぐに真剣な顔に戻り、
「良かった…。ルナ、手伝ってくれっ!他の者は魔法石を急ぎ持ってきてくれ!!」
と、治療しながらテキパキと指示をした。
「ルナ、僕は上半身の細胞を繋ぎ合わせるので精一杯なんだ。両足の状態の確認と治療を…、もし、…手遅れだと判断したなら…。」
言葉を詰まらせ、続けた。
「…切断、を…。…背に腹は代えられない、命の方が大切だ。何としてもこの方を救わなければ…!」
兄の言葉に、そこまで言わせるケガ人を確認する。
全身血だらけで横たわり浅い呼吸を繰り返していたその人は、――オセアノ軍を率いている、オセアノ帝国第2王子だった。
ユグは右肩から左わき腹にかけて深く大きな切り傷があり、かなりの出血が見られ、脇腹は青黒く腫れあがっていた。更に、両足には噛みつかれたような跡がいくつも見受けられ、かろうじて呼吸をしているような状態だった。
レグルスの水魔法による治療能力は、現学生ではトップ、魔法省に勤める魔法士の中でも上位の実力があるだろう。上級の治療魔法もほとんどが使える。その兄が切羽詰まった表情で「手伝ってくれ!」と言うのは、余程危険な状態なのだろう。
ユグの状態に驚き固まっているルナティアに、レグルスが再度声をかける。
「ルナ、しっかりしろっ!呆けている暇はないんだっ!!」
レグルスの声にハッとしたルナティアは、急ぎユグの脇に座り、手をかざしながら足全体を確認する。
(…噛み跡が深すぎる…それにこれは…神経毒?かしら。これじゃ外傷は治っても、神経に後遺症が残って…思うように動かせるようにはならないと思うわ…。普通ならこれは手遅れの判断…。でも、私なら…。)
「…お兄様、両足の…診断をされた方は居ましたか?」
意を決して、隣で上半身の治療を続けるレグルスに小声でルナティアが聞く。
「…あ、あぁ。」
「では、その方への対処はお願いしますね。」
「え…?」
兄妹の小声のやり取りの後、大きめの声で周りに聞こえるように
「騒がしくてよく確認が出来ません。周りを遮断させていただきますね。」
と、ルナティアが言った。すると、横たわるユグを中心に、レグルスとルナティアの周りの地面がせり上がり、覆うようにドーム型の土壁が出来上がった。
周りで心配そうに集まっていたオセアノ軍の兵士たちは、覆われ中が見えなくなった土壁に近寄り、壁を素手で叩きながら、
「くそっ!王子、王子をどうするつもりだ。」
「壊せ、この土壁を!!王子をお助けするぞ。」
「魔法を使える者を連れて来い!」
と、口々に罵倒している。
土壁から離れたところでは、オセアノ軍兵士がクレオチアの兵士に食って掛かっている様子も見受けられた。
そんな外部の揉め事は全く聞こえない隔離された内部では、ルナティアが特級魔法を使用していた。
「―希求。」
ルナティアが魔法の言葉を唱えると、望むとおりに治療されたのだろう、ユグの顔色は目に見えて良くなっていった。
「お兄様、多分、もう大丈夫だと思います。体内の傷はほぼ元通りになっているはずです。…ただ、外傷はそのままにしておきました。流石に言い訳が出来そうにないですから。」
そう笑顔で言うルナティアの額には、珍しく汗が滲んでいた。
治療を終え、ドーム型の土壁の魔法を解除すると、自分たちの周りには、剣や槍を持ち、剣先を向けたオセアノ軍の兵士たちが囲んでいた。
「…どういうつもりだ?!」
その様子に、珍しく低い声でレグルスが問う。
「どういうつもりだ、だと?…そのまま返す。王子をどうした?治らないから、と…殺したのか?」
オセアノ軍は目を見開き、威嚇している。とても冷静な状態とは思えない。
そんな中、ルナティアは剣先を向けられたままの状態で、すくっと立ち上がり、周りの兵士に向かってにっこりと微笑んだ。
目の合った兵士は、一瞬で頬を染め、顔を背けた。
その兵士の隣に居る兵士は、頬を染めている兵士に罵倒し始めたことにより、一瞬だけ周りを囲んでいるオセアノ軍の視線がその二人の兵士へと注がれた。
その間に、ルナティアとレグルスは地面を蹴り、オセアノ軍の外側へと着地する。
「なっ?!いつの間に…!」
レグルスだけでなく、ルナティアも同様に動いたことに驚きながらも、
「…逃げる気か?!」
と、気づいたひとりの兵士が向きを変え、ルナティアに向けて剣を振り下ろした。
ルナティアは身に着けていた短剣を抜き、振り下ろされた剣を防いだ。
「ケガ人を放置するなんて酷い方ね。」
ジッと目を見つめながら、ルナティアが言うのと同時に、剣を振り下ろす兵士の首元に、レグルスが剣を突き立てる。
「なっ?!」
「この行動が誤解だとしても、僕の妹に剣を突きつけることは許さない…!…だが、それよりも先に、ユグ殿下の傷の手当てを。一命は取り留めたが、これ以上は僕達も命の危機につながるから無理なんだ。この先はあなた方に任せる。」
「隊長っ!…殿下の…息が、息があります!!」
レグルスが言い終わるとほぼ同時に、背後から兵士の声が聞こえてきた。その声に、ルナティアに剣を振り下ろし防がれ、レグルスに剣を突きつけられていた兵士は剣を下ろし、ユグ・ド・オセアノに駆け寄った。
「本当に…?本当なのか…?あのケガで…本当に殿下は助かったのか…?」
それ以外の兵士も横たわるユグの周りを囲み、状態を確認するとうっすらと涙を浮かべながら喜んでいる。
その様子を見て、レグルスとルナティアは頷き、そっとその場を離れたのだった。
離れるとすぐ、レグルスに人気のないところへ連れてこられたルナティアは、現在、正座で説教を受けている。
ルナティアとライラ、2人(正しくはシエルも居れて3人)で不死鳥の救出に向かった行動は、そうすべきことだったとしても、無断で行動すれば、それは罰せられて然るべきなのである。
せめて、単独行動の理由を明かすことが出来るなら周りに理解を求められるのだが、理由を明かせば、ルナティアの幾多の秘密がバレてしまう可能性があるため、公表できないのだ。
レグルスがルナティアを自身の前に正座させ、どのような罰を与えるべきか考えていると、正座するルナティアの背後から
「ルナティアっ!!」
と、切羽詰まった声が聞こえてきた。ルナティアが振り返ると、そこにはひどく疲れた様子のジークリードが立っていた。
戦闘の後処理中、レグルスから、下船後からルナティアの姿がないと報告を受け、急ぎ指示を済ませ、ジークリードはひとりで近隣を探しに出ていたという。
ルナティアの姿を確認ると、有無を言わさずに抱きしめた。
「…本物、だな?…どこも怪我はないか?何処に行っていたのだ?どうして勝手に…!」
矢継ぎ早にくる質問と、抱きしめられている現実に半分パニックになっているルナティアだったが、思いの他、冷静なレグルスによって、ジークリードとルナティアの0距離は引き離された。
「…殿下、いくら人目のないところとは言え、落ち着いてくださいませ。」
そう言ってレグルスは、ルナティアの単独行動から、ユグ殿下の救命までを掻い摘んでジークリードに説明した。
引き離され、冷静に戻ったジークリードは、レグルスの話を黙って聞き、
「そうか…不死鳥殿は解放されたのだな。それにユグ殿下も…本当に良かった。ありがとう、君のお陰だよ、ルナティア。…それなのにどうして正座をさせられているのだ?」
と、ホッとした後、続けて質問をした。
レグルスが正体を明かせないが故、隊の規律を優先しなければならない、と自身の葛藤をジークリードに話す。
「なるほど…。特級魔法書の存在も言えない、ましてや乙女の話は…か。何も知らない者達からすれば、勝手に行動した令嬢、としか見られない訳だな。…軍隊としては、確かに放置するには大きすぎる案件だな。」
ジークリードも一緒に悩み始めると、いつの間にかジークリードの背後に控えていたキュリオが発言の許可を求めてきた。
ジークリードが許可をすると、キュリオは提案をした。
「…隊の移動は如何でしょう?勿論、朝晩の祈りもあるので、数日が妥当と思いますが…。」
「隊の移動?それが罰になるのか?」
不思議そうにジークリードが聞くと、
「移動先によりますが、第四騎士団の一般兵への移動なら、恐らく他の隊員の目には罰に映ると思いますが。」
キュリオがさらりと答える。
「一般兵?!…荷を背負って移動する部隊ではないか!ルナティアは伯爵令嬢だぞ?」
「ええ、だからです。令嬢に荷物持ちをさせているというだけで十分な罰に見えるでしょう。ですが、ルナティア様にとってはそれほど大変な事ではないのではありませんか?普段から鍛錬をされているようですし…。」
キュリオの言葉に、ジークリードとレグルスが正座しているルナティアを見る。
目が合ったルナティアは、気合の入った顔ではっきりと答えた。
「はいっ、大丈夫です。足腰も鍛えられそうですし、私は問題ありません。」
こうしてその場で決まった、ルナティアとライラの単独行動への処遇は、その日の夕食時、レグルス隊と第四騎士団の前で罰として告げられたのだった。




