救出②
洞窟に入るとすぐ、自分自身に身体強化と防御の魔法を施し、その後、目を閉じて不死鳥の気配と、同時に他の魔物の気配も確認する。
「――居た。」
幸いにも、洞窟内には魔物はほとんど居ないようだ。全て港の破壊に行っているのだろうか。
「ライラに5分、って制限設けられちゃったし、ゆっくりは出来ないものね。」
そう呟き、不死鳥の気配を辿りながら奥へと進む。途中、道が3つに分かれていたが迷わず左を選んで進むと奥から声が聞こえてきた。
「――…前、あそこを潰されても良いのか?ったく、当たりに力加減しやがっただろう。神獣のお前が本気で壊せない結界なんてあるはずが…って、誰だっ?!」
振り返った魔族は、獣人だった。しかし誰も居ない。
「…気のせいか。俺たち以外誰も居る筈ないもんな。気が昂り過ぎているのか?…てか、早く自己回復しろよ!俺も早く暴れたいんだ!!」
その様子を、姿を消した状態で見てしまったルナティアは、必死に怒りを抑えていた。
(身体を乗っ取られている状態であの仕打ち…なんて酷い。…そう言えばさっき『あそこを潰されても』って言ってたけど、『あそこ』って何処かしら?)
そんなことを考えながら、姿隠しの魔法を使っているルナティアは、獣人に気づかれないように不死鳥に近づく。
ルナティアの気配を感じたのか、不死鳥はピクリ、と反応した。
ルナティアは、不死鳥の後ろに立ち、祈りながら心で不死鳥に話しかける。
『助けに参りました…私のことがお分かりになりますか?…どうかお願いですから拒否なさらないでくださいませ。』
すると、ルナティアの頭の中に、冷ややかな声が響いた。
『…何をしに来たのです?折角、魔族の中心人物をこちらに引き出したのですから、今のうちに、祠に向かって私の羽を手に入れなさい。私なんて放っておいていいから。』
『もしかして、北東の祠から目を背けさせるために捕まったのですか?だとしたら尚のこと放ってなんて―。』
『貴女、馬鹿なの?今回、私の声は…暁の乙女に届かないのですよ?こんな状態で時間をかけていたら、魔国の闇にこの世界が侵略されてしまいます。こんなところで時間を費やしている場合ではないのよ。』
『だから、囮に?』
『…少しでも剣の入手時間を短くするためです。』
「おいっ!」
そこに、不死鳥が治癒をする様子を眺めていた獣人が、しびれを切らして声をかけた。
「…早く治せって言ったよな?何固まっているんだ??治す気がないならそのまま行くぞ。治さずに飛べば流石に死んでしまうかもな。…いや、例え死んでも炎の中に入れれば復活するのか。…むしろ一度死んだ方が身も心も従属しやすいか?」
また獣人高らかに笑う。そして手にしている手綱をくいっと引っ張った。
手綱の先は、不死鳥の首に繋がれている。引っ張られた不死鳥は、首が締まるのだろうか、苦しそうな声を上げた。
どうやら開放するには、この手綱をどうにかする必要があるらしい。
ルナティアは、頭の中で救出のイメージを作る。
(獣人は風魔法で動きを封じて放り出せばライラとシエルが何とかしてくれるはず。問題はあの手綱ね。アレを切断しながら結界魔法をかけたいわ。土魔法と特級魔法を組み合わせて…地面からの強固な結界は土魔法で…結界を作る時の端を特級魔法で鋭く固い刃にして、途中で、手綱を切断するイメージを…)
『――希求。』
ルナティアが唱えたと同時に、洞窟内が大きく揺れ、地面がせり上がり不死鳥を囲み始めた。
他に誰も居ないハズの洞窟内で、急に揺れ出し、更には、土がせり上がるのを見た獣人は、
「な、なんだ?地震か?」
と、驚き狼狽えている。
そうこうしている間に、獣人と不死鳥を繋ぐ手綱がせり上がった土に切断され、獣人は体勢を崩して倒れた。
「うわっ?!…って、何故、手綱が切れた?…光属性を遮断する特別性だと聞いていたのに…。いや、それよりもどうして盛り上がった土が不死鳥を覆っているんだ?!これは結界か?…おいっ、出て来い!!でなければ、今すぐあそこを潰す。俺が指示を出せば…ふぐっ?!」
騒ぎ立ていたはずの獣人の動きが、急に止まった。
獣人は、急に指先まで動かなくなった肢体と、何かに塞がれたような口に目を見開きながらも、唯一、動かせる視線で周りを見渡すと、ぼやけた周囲の向こうに、うっすらと人影が見えた。
「取り敢えず、獣人はこのまま外へ出て行って。」
人影が言うと同時に、獣人の動かない身体はふわりと浮き、浮いたと同時にもの凄いスピードで洞窟の外へと向かって連れ出されて行った。
「…思ったより魔力は消費していないみたい?…やっぱり魔力の消費がよく分からないわ。と、それよりも解除しなきゃ、解除。」
不死鳥を覆っていた土の壁にルナティアが触れると、一気に土壁が崩れ落ちた。
「ごめんなさい、密閉されて苦しかったですよね。…改めて、私はルナティアと申します。今代の宵闇の乙女です。烏滸がましいですが、不死鳥様を迎えに来ました。」
にっこりと微笑みながら手を伸ばすルナティアに、一瞬、驚いたような目を見せた不死鳥は、
『…今代の暁の乙女が弱そうだと思ったら、宵闇の乙女がとんでもない娘だったのね。』
と、笑ったように見えた。
不死鳥が閉じ込められていた場所は、上部高い場所に横穴があり、そこから出入りが出来るようになっていた。
不死鳥は、ルナティアを背に乗せ洞窟から飛び立つ。
背に乗せる際に、
『とんでもない娘なのは分かったけれど、でも、貴女の行為は愚かしいことです。ココでお説教をしたいところですが、今は時間もありませんから…。取り敢えず、私の背に乗ってください。一度、外に出ましょう。』
と、言われた。
後で叱られるのだろう。それでも飛び立とうとする不死鳥にルナティアは頼みごとをした。
「…お怒りは甘んじて受けます。が、先ほどの獣人を入り口の仲間に対処を頼んだのですが、そちらに寄っていただけませんか?」
『…獣人、ですか。私も関係ありますから。分かりました。入り口、ですね?』
そう言って上空へと飛び立つ。
洞窟の上部に上がると、横穴から光が見えた。どうやらそこから外部へ出れるらしい。
外に出ると、不死鳥は洞窟の入り口に向かって飛ぶ。
入り口付近では、丁度、ライラが獣人を押さえ込んでいる所だった。口もシエルの魔法によって封じられているようだ。
ルナティアがホッとして不死鳥と共にその場に降りる。
「ルナティア様!ご無事で…!」
獣人に跨ったまま、ライラが声を上げる。
「ええ、無事よ。ライラもシエルもありがとう。」
「いえいえ、ルナティア様のお心のままに…。ところで、こちらが…神獣様ですか?」
動くわけにもいかないライラは、少し、申し訳なさそうに問うと
「ええ、北東の祠の住人で神獣の不死鳥様よ。」
「そうでございましたか…神獣様、このような体勢でのご挨拶をご容赦くださいませ。」
そう告げるライラの横で、シエルは跪き、頭を下げている。
不死鳥は『分かった』と小さく鳴き声を上げた。
「ところで獣人はどうしましょうか?」
ルナティアがそう言いながら獣人の前にしゃがみ込むと、ライラに押さえつけられている獣人は、目の前に来たルナティアを恨めしそうに睨む。身体は押さえつけられて動けないし、口も封じられていてしゃべれないのだから仕方ない。
「…大人しく魔国に帰ってくれないかしら…?」
そう呟くルナティアの脳に、
『無理でしょうね。』
と、不死鳥の声が響いた。
「はぁ…、それでは捕えておくしかないのでしょうか。…言葉を発せられないように継続して魔法を使い続けるのは得策ではないと分かっているのですが…出来れば殺したくはなくて…。」
『…はぁ…。貴女は本当に愚かですね。そのような甘い考えではいつか大変な目にあいますよ?…ですが…。……取り敢えず、私を治癒回復してください。』
途中、少し考えるような間をあけ、急に不死鳥は治癒回復を求めてきた。
「え?治癒回復、ですか?私、回復は少しできますけど…炎は苦手で…。」
『何を言っているのです?貴女だけの魔法があるでしょう?…気軽に使える魔法で無いことは承知しています。でも、色々と急ぎたいので…。少しで良いのです。』
「…分かりました。…――希求。」
不死鳥とルナティアの会話は、小声で行われているので、ライラとシエルには聞こえていない。会話の内容は聞こえていないが、何か遣り取りをしているのだろうと感じた2人は、心配そうな表情でルナティアを見つめていた。
そのルナティアが急に両手を組み、希求、と唱えた。特級魔法を使う時の呪文だ。
その言葉と同時に、不死鳥の周りの炎が威力を増した。その姿は、神獣に相応しく威厳と神々しさを感じるものだった。
ライラもシエルも急に起きた変化に、その場で目を見開き、固まっている。
その様子に少し満足した様子の不死鳥は、
『ふむ…素晴らしいですね。これなら問題はなさそうです。…ルナティア、と言いましたね?今から目の前の貴女の懸念を引き受けます。』
と、言い、いきなりライラが押さえ込んでいる獣人を片足で持ち上げ、自身の口へと放り込んだ。
「「?!!…不死鳥様?!」」
驚くルナティア、ライラ、シエルを横目に、獣人を飲み込んだ不死鳥は羽で口元を拭い、満足気にしている。
「…た、べ…ちゃったのです…か?」
恐る恐るルナティアが尋ねると、
『いいえ、飲み込んだ、のです。これで魔の者の力は我が体内で無効となるでしょう。』
「え…でも体内で暴れられたり…?」
(消化されたりとかしないの?)
『心配することはありません。私の体内は異空間繋がっているので、たとえ暴れても私自身には影響はありません。もちろん、消化もされませんよ。世界が落ち着いたら吐き出せば済むこと。均衡が取れさえすれば、獣人は元々大人しい種族ですからね。…だから貴女は殺したくないのでしょう?』
不死鳥の言葉に、自分の想いを組んでくれたと感じたルナティアは、改めて淑女の礼をして敬意を表し、お礼を言ったのだった。




