救出①
――リートニア港入港 数分前――
「ライラ、居る?」
不死鳥が去っていく後ろ姿を見つめながら、先ほどまで密かに防御魔法壁を何度も重ねかけ直しをしていたルナティアが小声で声を掛ける。
「はい。お傍に。」
ライラが背後で跪く。ルナティアは防御魔法壁を掛け続けている姿勢のまま、振り返ることなくライラに告げた。
「…先に謝っておくわ。また心配かけるかも…。でも――」
「ルナティア様。」
ルナティアの言葉をライラが遮り、続けた。
「私の主は貴女様です。…こうして何かをすることを告げていただけたのであれば、私はついて行くだけです。お傍に置いていただけるならば、何処まででもお供いたします。」
「…そう。…ありがとう。」
「いえ、こちらこそ…以前、ルナティア様の意志を組まなかったせいで大変な思いをいたしましたから…。それでもお傍に置いて、ちゃんとお伝えくださってありがとうございます。」
「ふふ、そんなこともあったわね。」
公国の寮で軟禁状態だったルナティアは特級魔法書の力を使い、ひとりで抜け出した。まだ日にちも立っていないはずなのに、色んなことがあったせいか、随分と遠いことのような気がする。
「それで、何をなさりたいのですか?」
船が入港して停止する頃にライラが聞く。
完全に船が停止し、船にかけた魔法防御壁を解除すると、振り返りながらルナティアが答えた。
「私、あの子を助けたいの。…ううん、助けなきゃいけないの。」
各隊が下船の準備をしている中、防御壁を解除したルナティアはライラと共に、船尾付近で身を小さくして隠れていた。
「ルナティア様、見つからずにどうやって下船されるおつもりですか?」
小声でライラが質問する。
「…シエルに手伝ってもらうわ。だから、もうちょっと待っていてね。」
そう答えるルナティアは、前を見据えたまま、更に小さな声で何かを呟いている。恐らく、妖精と話しているのだろう。…仕方ないと思うけれど、やっぱり少しだけ悔しいと思うライラは、なるべく、妖精と話している様子を視界に入れないようにしようと、周囲の隊員たちの様子を確認していると、王太子の侍従と目が合った。
――マズイ――
慌てて目を反らす。
僅かに間をあけて、もう一度確認をしようと目を向けると、キュリオは王太子の後方につき、下船をしているところだった。
ほっと一息ついていると、ルナティアが急に話しかけてきた。
「ライラ?…何かあった?」
「あ…いえ。…その…キュリオ様と目が合った気がして…でも、普通に下船されましたので多分、大丈夫だと思います。」
「そう…。あ、それで私たちも降りましょう。シエル、お願い。」
一瞬、考えるように口を噤んだが、ルナティアはすぐに妖精に指示をする。すると、薄緑色に輝くふわふわしたものがルナティアとライラの周りを包む。と同時に、ルナティアが船にかけていた視界がぼやける魔法を唱える。
「…みんな下船したみたいね。じゃあ、私たちも行きましょう。物音は立てないように、ね?」
呪文を唱え終わったルナティアは、ライラを振り返り、にっこりと微笑んだのだった。
最後の隊について下船をする。指示通り、気配を消して物音を立てないように…。これは孤児施設で施設長のセリムが一番最初に叩き込む動きだ。
シエルの魔法(?)とルナティアの魔法の相乗効果で周りの隊員からは姿が見えていないようだ。気配を消し、物音を立てなければ見つかることはない。
無事に下船すると、ルナティアは王太子たちが進む方向の斜め右に向かって走り出した。
ライラはルナティアについて行きながら、少し離れたところで振り返ると、背後を気にしてキョロキョロとしているレグルス様の姿が目に入った。
「…ルナティア様、レグルス様が探しているようですが…。」
走るルナティアに声をかける。
もう、隊からは離れているので、見つかることも無いだろう。
「ん、お兄様だものね。でも大丈夫よ。いくら妹思いのお兄様でもリストランドだもの。ちゃんとお役目を果たすに決まっているわ。ただ、勝手をした私の処分を考えさせなければならないのは申し訳ないと思うけど…。」
ルナティアは一瞬口を噤む。そして続けた。
「でも、どうしても助けなきゃいけないの。太陽の剣にもかかわることだもの。」
「それなら、ちゃんと伝えて一緒に行くのでは行けないのですか?」
ライラが質問をする。
「戦力を二分するのは得策じゃないもの。不死鳥を助けるためにオレガノ軍の被害を大きくしては今後の信頼に関わるし、オレガノ軍を助けからでは間に合わない。それに…不死鳥の言葉が分かる私が行かないとダメなのよ。」
(言葉が分かるって…?さっき、悲鳴のような鳴き声は聞こえたけど、あれとは違うの?…ルナティア様には一体何が聞こえているの?)
口を噤むライラに向けて、更に続けた。
「不死鳥って、ソール神を守る神獣って言われているけれど、元々は、暁の女神のお友達だったのよ。だから宵闇の女神ともお友達だったんですって。」
「ステルラ様もお友達だったとして、どうしてルナティア様も言葉が分かるのですか?」
「それは…私にも分からないわ。もしかしたら魔法書を取り込んだこととか関係あるかも知れないけれど…。とにかく、これから向かう、ファケレ国の北東の祠は暁の乙女に関係のあるところだそうよ。そんな地で、暁の女神のお友達である不死鳥に逢う、なんて、絶対何かあると思うの。」
「それはそうですけど…。」
「何より、ずっと言ってたの。『逃げて』『助けて』『逃げて』って…。放ってほけないでしょう?」
「『逃げて』と『助けて』ですか?」
「そう。『逃げて』はみんなに、『助けて』は多分、私に。…言葉が分かるからだと思うけど。…って、ここだわ。」
そう言い、ルナティアは足を止めた。
目の前には半地下に穴を広げた洞窟が草に埋もれて見え隠れしていた。
「…ライラはシエルと一緒にここで待機していて。不死鳥を無理やり従えていた魔族が来たら対応をお願い。その間に不死鳥は私が何とかするから。」
「でも、別々で動くでしょうか。」
「不死鳥の動きを止めてから私が魔族を引き付けてこっちに来るようにするから―」
「そんな危険です!囮なら私がっ!」
ライラがルナティアの腕をしっかりと握り、訴える。
「ライラ。貴女じゃ不死鳥の動きを止められないでしょう?」
「それなら2人で…。」
ルナティアが首を振る。
「2人じゃ目的地に着く前に見つかっちゃうわ。…大丈夫よ、ライラ。私、結構強いのよ?」
―知ってます。それでも――
ライラがグッと言いたい言葉を飲み込んだのは、ルナティアの後ろに水色の髪の美青年が立っていたから。
「…分かりました。でも5分経っても出てこなかったら突入しますからね?!」
「うわぁ、猶予時間ゼロじゃない。…でも分かったわ。私も頑張るから、ライラも…シエルも宜しくね。」
そう言ってルナティアは2人の額にキスを送り、気配を消し足音も立てずに洞窟の中へと足を踏み入れたのだった。
2話前の『合流』で、「ファケレ国の北西の祠」「宵闇の乙女に関する何か」と書きましたが、正しくは
「ファケレ国の北東」「暁の乙女に関する何か」が正しいです。(修正しました)
すみませんでした。。




