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入港

「殿下!リートニア港から…火の手が上がっているとの報告です!」

 巡視係から報告を受けた、第四騎士団長(アーネス)が執務室へ駆け込んできた。


 リートニア港で、船を降りた後にオセアノ国の討伐部隊と合流する予定だった。それなのに、オセアノ軍が待機しているはずのリートニア港から、『火の手が上がる』とは一体どういう状況なのか、自身の眼で確かめるため、ジークリードはレグルスと共に甲板へと向かった。

 甲板に着くと、確かに目の前のリートニア港から赤い火の粉が上がっている。それがただの火事なのか、それとも別の理由なのか――。

そう考える隣で、急にレグルスがジークリードの目を覆い、呪文を唱え始めた。

『風の眼』


 すると、覆われていたはずのジークリード視界が急に(ひら)け、港の様子が見えた。


 港では、魔物と人が交戦をしていて、魔物が吐く炎に、一面、焼き野原にされている状態だった。

 オセアノ軍の軍人たちは、3つのグループに別れ、逃げ惑う一般人を逃がすために道を作る人、消火活動をする人、そして、それ以上被害が及ばないように魔物と戦う人が行動していたが、一般人の割合が多いせいか、上手く対応が機能していないようだった。


「…何とか上陸は出来ないのか?せめて何か助けになれるなら…。」

 ギリ…と歯を噛みながらジークリードが悔しそうに呟く。

 レグルスが、ジークリードの眼を両手で覆った状態のまま、呟きに問う。

「申し訳ありませんが、殿下、僕達に状況のご説明をお願いいたします。」

「…ああ、すまない。リートニア港は、現在、魔物に襲われ交戦中。一般市民も多く、あちこちで火の手が上がっているため、うまく戦えていない。あの状況では、入港するのも難しいだろう。せめて、()()()()()()()()こちらで手助けできれば…。」

「手助け、程度であれば…我ら水魔法を使う者たちが消火にまわることは可能かと。ただ、()()()()()()()()()()()()ことと、近づいて応戦する場合、こちらが()()()()()()()が…。」

 冷静にレグルスが答える。


 共に戦うオセアノ軍を助けたい気持ちはあるが、入港時の戦闘はとても危険だ。下手をすれば、こちらが全滅してしまう可能性もある。

 状況を共に聞いていた隊長たちが口を噤んでしまった。



「それで行きましょう!」

 急に後方から声が聞こえる。一同が振り返ると、そこにはルナティアが立っていた。

「幸い、公国からの航海で魔物に見つかることなくここまで来ることが出来ました。多少の入港時の攻撃は耐えられる状態です。ただ…水魔法の援護は、()()()()()()ことは可能ですか?」

「一点?…何処だ?」

 レグルスが尋ねる。

「何処、は魔法を放つ方が決めていただいて結構です。ただ、防御魔法の耐性を残したままの状態から援護するには、魔法を打つために開ける穴は1、2ヵ所が限界かと。でないと、万が一、あの地にいる魔物が一斉攻撃を仕掛けてきた場合、入港までに耐えられない可能性があります。それから、水魔法の援護は魔法媒体(つえ)をご使用ください。」

「直接打つのは、ダメなのか?」

「ええ。直接では、防御壁に開ける穴が大きくなります。(つえ)を使うなら、杖分の穴だけで十分なので。防御に開く穴は小さければ小さい方が安全になります。」


 話を聞き、暫く考えていたジークリードが隊長たちを見ながら言う。

「…それでやってみよう。オリガル、水魔法を使える()()()()を2名選べ。」

「はっ。」

「ルナティア嬢、1、2ヵ所と言ったか、2ヵ所で頼めるか?」

「はい、やってみます。ですが、どの程度持つか、保障は出来ません。出来る限り、速やかに入港をお願いします。」


 ルナティアと共に、水魔法で援護をする2名が杖を持ち、消火をするために水魔法を打つための場所をまわる。

 船首の両脇から水魔法を打つ魔法士が、自分の高さに合わせて指示を出す。指示されたところに魔法士の杖を付け、そこにルナティアが手をかざし、小さな声で呪文を唱えると、杖がするりと前に伸びた。…()()()()()()()()()()()()()()。実際は、魔法防御壁にぶら下がっているのだが、魔法防御壁が透明で見えないため、何とも奇妙な光景だ。


「魔法を唱える時は、杖に手を触れて角度を調節しながら打ってください。」

 ルナティアの説明に、魔法士の2人は頷く。

 その間、ジークリードは第四騎士団隊長(アーネス)魔法部隊隊長(オリガル)に上陸後の指示を出す。レグルスは自身の隊員と共に、船の操舵室に向かい入港のタイミングと指示を行う。


 指示を終えたジークリードが、隊員に告げる。

「各自、指示の通りに位置につけ。良いか、敵を薙ぎ払い我らの仲間(オセアノ軍)を共に救うぞ!!」

 その鼓舞に、気合を入れ直した一同は、咆哮を上げた。



 船はスピードを上げてリートニアの港に向かう。

 港まで1キロを切ったあたりから、魔法士が消火のための水魔法を唱え始めた。

 杖から発せられた魔法は、空気中の水分と海の水を引き上げながら、港で燃えている建物に向かって一直線に向かう。

 陸地で戦っていた魔物たちが海からの消火水に驚き、振り返った一瞬、攻撃の手が止まる。

 その隙を逃さず、オセアノ軍の指揮官として来ていたユグ・ド・オセアノが先頭を切り、大将(オークロード)の片腕を切り落とした。


「殿下に続けー!!」

 ユグの行動に鼓舞されたオセアノ軍の士気が上がる。それと同時に第二陣の水魔法が飛んできた。ピンポイントに狙われた水魔法に港の炎が段々と消えていく。


「よし、これで船が入港できる!」

 その様子を見ていた操舵手は、更に港に向けてスピードを上げた。


 水魔法を打ち続けている2名以外は、船が港に着いたらすぐに降りて戦う準備を行っていると、上空から声が聞こえてきた。

『急に水の援護があるから見に来ていれば…()()()()()()()()()()()()()()()()()()が掛かっているとは、なかなか面白い。だが、海の上で見つけられれば船の破損などたやすいもの。』


 見上げると、上空には、赤く燃える大きな鳥が飛んでいる。

「…なんだ?まさか…不死鳥(フェニックス)?」

「そんな…神獣だぞ?不死鳥(フェニックス)が魔族側につくなど…!」

「いや、違う。上に誰か乗っているぞ?!あれは…魔族?」

 よく見ると、不死鳥(フェニックス)の首から出ている手綱を持つ、魔族らしきものが乗っている。


『折角、()()()()()()()というのに…だが聞け、愚民ども。そして喜ぶがいい。お前らが崇拝する不死鳥(フェニックス)の炎に焼かれ、その身を亡ぼすことが出来るのだからな!!』

 そう大声を張り上げ、不死鳥(フェニックス)は人型の魔族に操られて、悲鳴のような声を上げながら一直線に船に向かってきた。

 ――間に合わない!――

 船に乗る誰もがそう思った瞬間、不死鳥(フェニックス)は、船の周りに張られている防御魔法で弾かれた。


「助かった…。」

「おぉ、そうだ。防御魔法壁が張ってあったんだ。」

 口々に無事を喜んでいると、背後からジークリードの声がした。

「皆、喜んでいる暇はない。確かに防御魔法壁に守られているが、いつ防御魔法(これ)が破られるか分からない。万が一、防御魔法壁を破られた時のために、各自、戦闘の準備を怠るな。」

 指揮官の叱咤激励に、襟を正していると、再度、不死鳥(フェニックス)は防御魔法に体当たりをしてくる。…体当たりをする瞬間は、やはり悲鳴のような鳴き声を上げていた。


「…あれは…、多分、()()()()()()()()()()()()んだろう。…なんて(むご)い…!」

 オリガルが呟く。オリガルの呟きにジークリードが質問をする。

「何?!神獣相手に、そんなことが出来るのか?」

「弱っているところを、より強い魔力を持つ者が支配してしまえば、な。しかも、普通は自我を残さないようにしてから操るんだ。その方が(ぎょ)しやすいし楽だからな。だが…これは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだろう。」

「自我を残したまま…?」

「あぁ、不死鳥(フェニックス)()()()()()()()()と思っている、だが、心とは別に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ。いくら不死鳥(フェニックス)でも、あのままじゃ、肉体は再生出来ても、()()()()()()()()。心が壊れたら、()()()()()()の立派な()()()の出来上がりだ。」

「最初から、自我を残さないように操ってもペットだろう?何故そうしない?」

()()()()()()()けど…多分、魔族(ヤツ)(たの)しんでいるんだ。神の使いの不死鳥(フェニックス)が壊れていくのを…。」

 それまで黙って聞いていたレグルスが口を挟んだ。

「あまりにも酷すぎる。自分の意志とは別に勝手に操られ、傷つく者を見て心が壊れるまで自責の念に追われるなんて…。何とかならないのか?」

「何とか出来るならしてやりたいけど、どうすれば良いのかなんて俺にも分からないよ。だけど先ずは、あの上に乗っているヤツを引き離さなきゃいけない。どうやって引き離すかも問題だけど…。」

「だけど?」

「無事、引き離せたとしても、従わせられている間は、不死鳥(フェニックス)からの攻撃も想定しなくてはならないから…。」

「…まとめて倒すか、二手に分かれたところを魔族を倒して不死鳥(フェニックス)を捕獲するか…。前者も大変だけど、後者は難易度が爆上がりだな。」

 学生組3人が話をしている間も、不死鳥(フェニックス)は防御魔法壁に向かって、体当たりを続けている。


『くそっ!何故だ、なんで亀裂すら入らない?!まだ足りないというのか?…くそっ、タイムリミットか!…仕方ない、この借りは陸で晴らしてやる…!』

 背に乗る魔族は悔しそうに吐き捨てると、傷だらけになった不死鳥(フェニックス)と共に、退避していった。


 去っていく不死鳥(フェニックス)の姿を、船尾でひとり、船を守るため防御魔法壁の重ね掛けを続けていたルナティアが、心配そうな表情で見送っていた。



 不死鳥(フェニックス)が去ったと同時に、船が港へ入港する。

 入港すると同時に、防御魔法壁は解除され、各隊が隊長の指示で戦闘形態を組み、既に戦っているオセアノ軍の元へ向かった。

 レグルス隊も同様に船を降り、オセアノ軍の援護に向かおうとしたのだが…船尾に()()()()のルナティアの姿が()()()()()()

 レグルスは内心、心配で仕方なかったが、今は隊を率いる身だ、当初の予定通りオセアノ軍の援護に向かう。向かいながら、自身の近くに控えるジャンに小声で話し掛けた。

「ジャン、ルナティアとライラの捜索を頼む。船が停止した時に、()()()()()()()()()()のだからその時は船に居たはずだ。一体いつから居なくなったのか、今、何をしているのかを調べて欲しい。…無事なのは信じて(わかって)いる、だが…()()()()選ばれし(宵闇の)乙女だからな。見つけた時の判断は任せる。」

「はっ。」

 返事と同時に、隊列からジャンが離れる。

 続けてオセアノ軍の援助に向かいながら、暗部任務の3人に声を掛ける。

「ソル、ニーナ、ラン。お前たちは隊の5秒後方から身を潜めて着いて来い。」

「「「かしこまりました。」」」

 3人は姿を見せずに声だけで答えた。


「珍しいな。」

 ジャンが消え、ソル達に指示を出した後、従兄のサリルがレグルスに並びながら言う。

「何が?」

「レグの近くにジャンが居ない。…ルナティアが居ないことと関係があるのか?」

「…さぁ?」

 (ルナティア)が勝手に居なくなっていることを知られるわけにはいかない。今は、隊で行動中なのだ。勝手な行動をもし、知られたら懲罰になり兼ねない。

そう思いながら、なるべく平常心を装って誤魔化す。


「…何かの任務に同行させた、ってことか?まぁ、俺としては、レグと一緒に戦えるのを楽しみにしていたからな、深くは聞かないさ。それよりも敵は俺らで蹴散らそうぜ。」

 幼い頃から会えば共に剣の修行をしてきた。

 10歳で王太子の友人候補となってからは、王都に来ても王城で過ごすことが多くなり、モンヌール邸に行くことも減ったが、それでも今までの人生で一番、()()()()()()()だ。


「あぁ、さっさと終わらせよう。」

 そう答え、前を向く。

(そう、さっさと終わらせて、ルナティアの無事を確認しなければ…。)

 愛する妹の身を案じながらレグルスは、オセアノ軍が魔物と戦っている場に身を投じたのだった。


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