船旅
各隊が準備をして船に向かうと、既に船にはルナティアの手によって防御魔法が掛けられていた。
全ての荷物を積み、討伐探索隊が船に乗り込むと、最後に出入り口として残していた場所に防御魔法を施し、船は公国を後にした。
船内は、交代で各部隊から数名の巡視係を出す以外は、部隊ごとに分かれて過ごす。ルナティアはレグルスが率いる、第二近衛騎士団の少数部隊に所属している。
本来の第二近衛騎士団の団長は、ペトラー・モンヌール伯で、彼はレグルス、ルナティアの叔父なのだが、今回の討伐探索隊には、第二近衛騎士団所属の者は15名程度しか参加しておらず、残りの大多数はペトラーの指揮のもと、大国の警備として残っている。今回の参加騎士の中には、ペトラーの息子のサリルも居るが、後のジークリード側近第一候補のレグルスが指揮を執っているのだ。
隊の待機部屋に着くと、ほとんど無意識に溜息を吐いてしまったルナティアに、無口なサリルが声を掛けた。
「どうした?ため息なんかついて…。誰かに虐められたのか?」
「虐めって…子供じゃあるまいし。ていうか、私、ため息なんてついていた?」
「あぁ、盛大な、な。」
「うそっ?」
「まぁ、盛大は冗談だが…珍しいとは思ったぞ。」
「うーん…そうね。でも、虐めとかじゃないの。ただちょっと疲れただけ。考えても見てよ、こんな大きな船の防御魔法をひとりでかけたのよ?疲れるのが普通でしょ?」
「まぁ、普通、ならな。」
「…何それ、まるで私が普通じゃないみたいに聞こえるけど?」
「普通だったのか?」
「普通ですー!」
余計な心配を掛けまいと誤魔化したつもりだったが、思いのほか楽しく会話が進み、いつの間にかルナティアは素で笑いながら話していた。
そんなルナティアの様子を見て、頭をぽんぽんと撫でながら、
「まぁ、何か困ったことがあれば、レグルスや殿下には勿論だが…言いにくいことなら俺に言ってくれても良い。それに、お前の実力は、第二近衛騎士団に選ばれたココの奴はみんな知っているから、他の奴が何と言おうと気にするな。」
と、励ましてくれた。
丁度その時、船の警報音が鳴り響いた。
「敵襲、か?」
「…。」
無言のルナティアを横目に、サリルが甲板へ駆け出した。慌ててルナティアも後に続く。
甲板では、各隊の隊長たちが空を見上げていた。
「どうやらまだ奴らは船に気づいていないようですね。先制攻撃をすれば一網打尽でしょう。…魔法部隊は来ているか?」
第四騎士団隊長が辺りを見回しながら少し前にに居るジークリードに声をかけた。だが、ジークリードは無言で空を見上げているだけで、指示をしない。
「殿下?見つかるのも時間の問題です。さっさと攻撃をしてしまいましょう。魔法部隊が来ていないのなら、魔法を使える騎士に剣圧に魔法を乗せて攻撃させます、ご指示を。」
「…。」
「殿下っ!」
しびれを切らした第四騎士団隊長が一歩近づき、大きめの声で呼びかけた。
やっとジークリードが振り返り、アーネスを見る。そしてその奥に、ルナティアの姿を見つけた。
「ルナティア嬢。」
自分と目が合ったと思った途端、何故ついて来たのか分からない令嬢の名前を呼ぶ殿下に、アーネスはあからさまな嫌悪の表情をした。
アーネスの様子など気にもせずに、そのまま、ジークリードはルナティアを近くに呼び、尋ねた。
「君が掛けた防御魔法はどのようなものなのだ?魔物はこの船の真上を飛んでいるにも関わらず、船の存在に気づいているようには見えないのだが…。」
「はい、多分、気づいていないと思います。この船にかけた防御魔法は、物理攻撃軽減と魔法攻撃軽減、それから防音魔法と…風魔法で全体を覆って視覚的にもぼやけるようにしてあります。遠目では、空気や風が揺らいでいるようにしか見えないかと。」
「視覚的にもぼやけるように…?そんな魔法があるのか?」
「えっと…風の上級魔法に幻覚魔法を見つけたので試しに…。」
会話を聞いていた他の騎士たちはざわついている。そんな中、第四騎士団隊長は、ルナティアの腕を掴みながら問い詰めた。
「ちょっと待て、魔法は、試しでかけて――」
〝成功するものなのか″
そう聞こうと思った第四騎士団隊長の喉元に、いつの間にか短剣が当てられていた。思いもよらない攻撃に口を噤み、短剣の先を視線で追うと…短剣を持っていたのはルナティアだった。
「…いくら何でも失礼ではないですか?このように乱暴に腕を掴み上げるなど…。私のことを不審に思われているのは存じています。でも、だからと言って同じ船に乗り、これから共に討伐に向かう仲間に対する態度とは到底思えないのですが。」
腕を掴まれたまま、相手の喉元に短剣を突きつけ、珍しくルナティアが睨んでいる。
「アーネス・ルド。手を離したまえ。」
ジークリードに語気を強く言われ、ルナティアの腕を離す。するとルナティアも短剣を下ろした。
「取り敢えず、気づかれる可能性が無いのであれば、このまま走行する。ただ、見張りは続けるように。それと…第四騎士団の隊長と小隊長はこの後、私の執務室に来るように。…ルナティア嬢も。」
「…はっ。」
「はい。」
「他の者は、万が一に備え、いつでも戦えるように準備をしておいてくれ。…レグ、ここは頼む。」
「…かしこまりました。」
ジークリードが去ると、第四騎士団隊長はルナティアを掴んだ自身の手をチラリと見た後、ジークリードの後をついて行く。
その後ろを小隊長3名が続き、更にその後にルナティアがついて行く。
ルナティアがその場を去る時、
「ルナが許したとしても、僕は簡単には許さないからな…!」
と、背後から小声で呟くレグルスの声が聞こえてきた。
思わず振り返ると、冷静な表情をしたレグルスを目が合う。上に立つ者として表立って表情を崩さない兄の姿勢に、ルナティアは微笑みを返し、急いで小隊長の後を追った。
船内の一番奥、殿下の執務室の扉が開けられ、殿下の指示のもと5名は室内へ入った。
ジークリードの前に、横一列に5人が並ぶ。
「さて、君たちを呼んだ理由だが…アーネス・ルド、それから…メテオ、ラムズ、パメラ、君達はまだルナティア嬢のことを認めていないだろう?」
アーネスを除く3名は顔を見合わせている。アーネスだけは自身の手を見つめ何かを考えていた。
「知っていると思うが、これから先の旅はただの討伐隊ではない。目的は太陽の剣を探し、この闇を消し去ることだ。そしてこれには期限がある。期限前に太陽の剣を手に入れ闇を消し去らなければ、この地上は全て魔族のものとなってしまう可能性があるんだ。」
「そんな…!」
パメラが小さな声で悲鳴を上げた。
「だから仲間同士でいがみ合っている暇は――。」
「殿下。」
ジークリードの言葉を遮って、ずっと黙っていたルナティアが口を挟んだ。
「口を挟むご無礼をお許しくださいませ。…殿下が仰ることは重々理解しております。ですが、人は頭と心は別のものです。頭で理解していても心から納得いただけなければ、イザという時に足元をすくわれるのではないでしょうか。」
「それはそうだが…お互いを認め合うことが必要だと言っている。」
「…それは命令、ですか?」
「おいっ!いくら令嬢でもそれは不敬罪に―。」
今度はアーネスが口を挟んだ。
「不敬は承知でございます!…罰せられる覚悟もございます。ですが、私は皆様に殿下が言ってくださったから、ではなく、私自身を認めていただきたいのです。」
「…認めるって言っても…貴族のご令嬢相手に…なぁ?」
「うん…魔法が凄いのは分かったけど…。」
「実践で本当に戦わせるわけにもいかねぇだろうし…。」
口々に小隊長たちは顔を合わせながら大きくはない声で話をしている。
「…では、どのようにすれば認めていただけるの?」
彼らの言葉に対し、毅然とした態度でルナティアが言う。それは、気高くも威厳に満ちた貴族令嬢という言葉がしっくりする姿だった。
暫くの間、ルナティアと小隊長たちで意見の言い合いが続く。
その様子を黙って見つめていたジークリードは、同じように黙っているアーネスに尋ねた。
「アーネス、君はさっきから肯定も否定もしないが、実際のところどう思っているんだ?」
「俺ですか?あー…まぁ、あんな魔法を見せられたら認めるしかないんじゃないですか?それに…。」
「?」
「さっきのアレ…一体いつの間に短剣を何処から出したのか…。あのスピードと剣を充てる距離感、1日2日で出来るもんじゃないですよ。彼女、一体何者なんです?」
「はは…名前の通りだ。リストランドの令嬢、だよ。」
「はぁ…リストランド、ねぇ…。令嬢にも戦闘訓練させてるとか、ないですよね?」
「さぁ?だが多分、リストランド卿は望んでいないだろうな。」
「じゃあ何であの令嬢は出来るんですか?」
「俺が話す事じゃない、聞けば答えてくれると思うが…?あぁ、でも…。」
「?」
「レグルスが許さないだろう。」
「何を、ですか?」
「お前がルナティア嬢と接点を持とうとすることを。」
「…なんで?」
「お前がルナティア嬢の腕を締め上げようとしたから。」
まじか…とアーネスは頭を抱えながらブツブツと呟いている。
「あの坊ちゃん、見た目と違って戦うと怖いんすよ。…どうしたら…。」
「…どの程度で納得するかは分からないが…謝るしかないんじゃないか?レグも馬鹿じゃない、いがみ合っている場合じゃないことは分かっているはずだろうから。」
「はぁぁ…数日見てましたけど、あの坊ちゃん、妹大好きですよね?許してくれるかなぁ?」
「さあな。だが、やるしかないだろう?」
「…確かに。…ところで殿下、ひとつお聞きしても?」
「あぁ、なんだ?」
「その…噂なんですが…、リストランドの令嬢が実は殿下の婚約者だとか…本当ですか?」
「っ?!そんな噂があるのか?何故…。」
「まぁ、あくまでも第四騎士団の中での噂話なんで気にすることは無いですけど、本当のところはどうなのかと思って。」
「そうか、なら期待に添えず残念だが、違う、と言っておく。」
(言っておく、ね。その裏には、想いがあるってことか…)
―まさかの片思い、か…。大国の美麗の王太子が…。
「そう、ですか。違うならそれは否定しておきますね。」
察したアーネスが言う。
「あぁ、そうしてくれ。下手な噂が流れては動きづらくなるからな。…そろそろあちらも終わりそうだ。」
ジークリードが指す先を見ると、小隊長とルナティアの話し合いがひと段落ついたようだ。
小隊長たちとしては、本人談で「戦える」と言われても本当かどうかを信じきれない。だけど、魔法の実力は認めている。
結果、陸地に着いた後、手合わせをすることになったようだ。
対戦は女性同士、ルナティア対パメラだ。
パメラは、第四騎士団の女性部隊をまとめ上げている小隊長で、第四騎士団の中ではアーネスに次ぐ実力の持ち主だ。そのパメラとそれなりに戦えるのであれば信じても良い、というのだ。
話が済み、アーネスと小隊長たちが執務室を後にする。
少し遅れてルナティアも執務室を出ようとした帰り際、ジークリードがルナティアに聞いた。
「それでいいのか?ルナティア嬢は。」
「はい、お兄様達もそうやって認めていただいたと聞きました。魔法だけじゃないって認めてもらうように頑張ります。」
「そうか。…頑張れよ。」
「はい。…殿下、話をする機会をくださってありがとうございました。」
「礼を言われることはしていない。…俺は命令をしようとしただけだ。だが、それが嫌だと言って話し合いをしたのは他でもない、君自身だ。…想定外だったが、君らしい。」
そう言ってルナティアを見送ったのだった。
その後も船は順調に進み、防音魔法が効いているのか、海の魔物が集まることも空の魔物に気づかれることもなかった。
目的地のオセアノ国の港に不穏な影があることに気づいたのは、あと1時間程度で港に着くとなった時のことだった。




