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閑話休題:ライラの過去③~最後のテスト~

鮮血シーンが少しだけあります。

苦手な方はご注意ください。

 『覚悟』を決めてから、更に2年が経った。

 私は9歳になり、随分と戦い方を覚えた。

 自分で言うのもなんだが、そこそこ強いと思う。まだ、セリム施設長の足元にも及ばないが…。

 そんなある日、信じられない情報が入ってきた。ルナティア様が5歳で魔力を発動してしまった、というのだ。ルナティア様が8歳になったら、12歳の私がお傍にお仕えする予定だったのに…。

 ルナティア様が魔力を発動した、という情報は施設長から伝えられ、絶対に他言しないように口止めされた。

 それから、私が専属侍女としてお仕えするには、『最後のテスト』をクリアしなければならないことを伝えられた。テストを受けなかったり、クリア出来なかったりした場合、ルナティア様の専属侍女は別の者がなってしまうということも…。

(絶対、嫌だ。譲りたくない。…トーマス様のお屋敷で働くことは勿論だけど、あの日『一目惚れ』したあの方を側で見守る権利を誰かに取られてしまうなんて…)

 『最後のテスト』を受けないことなんて、あり得ないと思うと同時に、『最後のテスト』に対する恐怖心もあった。

 テストの対象、つまり、『殺す相手』を知らされるまでは…。



 私に課せられた『最後のテスト』の相手は、6歳の時、私に恐怖と絶望を与えたあの男だった。

恐らく『過去』を知っていて選んだのだと思う。

 私が、怯む可能性の高い相手…。心の奥の恐怖心を払拭し、主をどんな時でも守るためには通らなければいけない道なのだろう。

 震える手をギュッと握りしめ、目を閉じて心を落ち着かせた。

 瞼の裏側に浮かぶのは、3年前のあの日、目覚めた時に見た、サファイア色の瞳と、2年前、心を鷲掴みにされたあの方の笑顔だ。2人を想い浮かべると、不思議と震えが治まってきた。

 私はゆっくりと目を開けて真っ直ぐに施設長を見つめ、頷いたのだった。




 『最後のテスト』を行うまでの日にちは、あまり無い。

 ルナティア様は、今頃、王都で国王陛下にお会いしているだろうか、それともまだ日程の調整中だろうか。

 どちらにせよ、トーマス様とルナティア様がお戻りになる前に、『最後のテスト』を終わらせなければならない。

 あの男が今、住んでいる場所は、セリム施設長が教えてくれた。

 住処が分かったのなら、まずは、今のヤツの行動を確認し、それから殺す方法を決めればいい。そう思い、今の住まいに行き隠れて様子を見てみると、ヤツは知らない女の人と一緒に暮らしていた。母は、お金が無くなったと同時に、ヤツに売られ、最後は病気で亡くなったと施設長に聞いた。…今の私からしたらどうでもいいことだけれど。


 二人は、私が見ていることになど気づかず、昼間からベタベタと絡みあっていた。

(ホント、気持ち悪い)

 あの日のことを少しだけ思い出し、吐き気を覚えた。けれど、不思議なことに、話を聞いた直後のような震えは全くなかった。ただの標的として観察を続けた。

 女は、夜になると着飾って出かけて行った。服装からすると、恐らく『娼婦』なのだろう。

ヤツは働きもせずに、女の金で過ごしているようだ。

(最低なヤツで良かった。これで心置きなく殺れる)

 今日、殺るつもりではなかったが、クズはさっさと片づけるべきだ、という思いが沸き上がってきた。

 ちょうど今夜は新月。つまり、片づけるには最適な日…そう思い、ひとりで家にいるヤツの前に姿を現した。

 ヤツは酔っていたが、目の前に現れた私を見て、一瞬、驚いた後、あの日と同じニタリとした笑顔をした。

「ライラ…か?…ライラだよなぁ?お前、何処に行っていたんだ?急に居なくなったから心配してたんだぞ?」

「…。」

「お前の母親も俺も、必死で探したけど見つからなかったから、お前の母親は自暴自棄になってしまった。」

「…だから、母を『売った』の?」

 私の言葉を聞いてビクリとした。どうやってそのことを知ったのか、と思ったのだろう。不審に思ったことを悟られないように、ヤツは言葉をつづけた。

「売った?…何を言っている、自暴自棄になって、勝手に居なくなってしまったんだよ。俺が捨てられたのさ。」

「ふぅん…それで今は別の女の人とここで暮らしているんだ?」

無表情のままヤツを見上げた。

「そんな目で見るなよ。…それより、ライラ、3年の間に随分と『大人』になったじゃないか。どこでどうしていたのか…まぁそんなことはどうでもいい。お前が無事でこんなに大きくなったお祝いをしよう。これからは俺がお前を一人前の女にしてやるさ。だから…」

そう言いながらヤツは私との間を詰めてきた。


 一瞬、本当に一瞬だけ、背筋がゾッとした。でも、今の私はあの頃の私じゃない。

 3年間、大変だったけれど幸せでもあった。命の恩人のトーマス様。厳しくても大切にしてくれた施設長や施設のみんな。まだ正式に会っていないけれど、きっと私にとっても天使となるであろう未来の主。その未来の主をこの先、守るためにも、過去の恐怖心になど囚われていてはいけないのだ。


 顔をフッと緩めると、ヤツは私が受け入れたと思ったのだろう、ニタリとした笑顔を作りながら私に近寄ってきた。近寄り、私を壁際に押し付けた瞬間、忍ばせていた暗器でヤツの頸動脈を切った。

「っ!!!」

 目の前で赤い鮮血が飛び散り、ヤツが私に向かって倒れこんできた。勿論、速攻で突き飛ばして顔を踏みつけてやった。

 顔を踏みつけながら、鮮血の中に倒れるヤツを見下ろして

「ひと思いに殺してやろうかと思ったけど…アンタみたいなクズ、少しくらい苦しみながら死んだ方がスッキリすると思って。…安心して?彼女が帰ってくる頃にはきっと死んでるから…」

くすくすと笑いながら、そっとヤツの家を出ようとしたとき、ドアの前に施設長が立っていた。

「…いけませんね、ライラ。ちゃんと『死』を見届けないと。それに、あの殺し方では服に血が付き過ぎて、外を歩いたらバレてしまうでしょう?…苦しめたいのは分かりますが、万が一、この方が誰かに助けられでもしたら『最後のテスト』が不合格になってしまいますよ?」


―『最後のテスト』―

 

 この言葉で我に返った。

 そうだ、私は恨みや恐怖の感情ではなく、『仕事』としてこなさなければいけないのだ。これは『テスト』なのだから…

 冷静になり、振り返ってヤツを見た。

 もうあまり血液もないのだろう、小刻みに痙攣をしている。放っておいてもあと数分だと思うが、『確実に』仕留めて死を見届けなければならない。

 頸動脈を切った暗器で、心臓を一突きした。

 痙攣していた身体は、一瞬で動かなくなり、『死んだ』ことを確認して施設長に顔を向けた。

「お疲れ様。恨みや恐怖に一瞬飲まれたことはマイナス点ですが…初めてにしては、まずまずでしょう。」

そう言って、施設長はにっこりと微笑み、私に服を差し出した。

「そのままで、外に出るつもりですか?」

頸動脈を切った時に、飛び散ったヤツの血で私の服は汚れていた。

「すみません…つい、憎しみで…効率の良い方法では無かったですね。」

「相手が素人だから良いですが、これから先はそうとは限りません。いつでも一撃で倒せるように心がけなさい。でないと、貴女が守りたいと思う方を守れませんよ?」

「…はい、心がけます…。」

 受け取った服に急いで着替え、汚れた服を小さくまとめて、施設長と二人でその場を離れた。

人通りはなく、月もない暗い道を明かりもつけずに二人で歩いて帰った。

 帰り道、少し横道に逸れた場所で汚れた服を燃やした。

「ライラ、時間とタイミングはとても良かったですよ。帰り道、誰にも会わなかったでしょう?誰かに見られることは絶対あってはならないことですから…。」

そう呟く施設長を見つめながら、

(もしかして今日、ずっとついてきていたのか、もしそうなら、全く気付かなかった自分と、気づかれずについてくる施設長との差はまだまだなんだな…)

とぼんやり考えていた。


 『最後のテスト』から5日後、トーマス様とルナティア様が無事にご帰還され、私は晴れてルナティア様の専属侍女として顔を合わせることができた。

 2年前のあの日より、更に愛らしくなっていたルナティア様の笑顔を目の当たりにして、また私は二度目の『一目惚れ』を経験したのだった。

ライラの生い立ちを書くことが出来て良かったです。長々とお付き合いありがとうございました。

次話からは主人公に戻ります。


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