想定外の最初の目的地
翌日、出発式の準備のため、いつもより少し早い時間にライラがルナティアの部屋に入ると、ルナティアは夢にうなされていた。
「ルナティア様?…ルナティア様?!」
「…う、うぅ……はっ!!」
目をぱっと見開き、浅い呼吸をしながらルナティアが目を覚ました。そして辺りをキョロキョロと見回した後、
「…ここは…王城の…部屋であってるわよね?」
「?はい。王城の貴賓室ですよ。」
ライラの返答を聞き、ホッとしたように見えたルナティアだったが、すぐに焦った様子で、
「ライラ、大変なの!お兄様、お兄様は起きている?急ぎ伝えたいことがあるんだけど。」
と、血相を変えて告げた。
ライラにレグルス宛の伝言を頼み、ひとりで簡単に着替えを済ませてルナティアが部屋を出ると、貴賓室のリビングには、起きたばかりでまだ眠そうな兄が軽く欠伸をしながら待っていた。
ルナティアの姿を視界に入れたレグルスが質問する。
「ルナ、一体どうしたというんだ?朝からライラが血相を変えて飛び込んできたが…。」
「すみません、朝早くから…。でも、殿下や陛下に急ぎ伝えていただきたくて…。…討伐探索隊が最初に向かうべき場所が分かりました。」
「っ、そうか、出発式の前に分かって良かった。それで、行き先は何処だ?」
「…ファケレ国、です。」
「っ!!!」
ルナティアの口から出た地名に、眠そうだったレグルスの頭は完全に覚めた。
「それは…本当か?」
「はい。私だって信じたくないですけれど…こんなことでウソを吐くはずありません。夢で…女神様が仰って…その後、ライラに起こされるまで、今のまま向かった場合の想定状況を夢で見てうなされていたんです。」
「…聞きたくはないが…今のままだとどうなる…?」
「…ほぼ全員が……魅了、されていました…。」
「そうなるよな…。出発を後らせて準備をするか、魔法部隊に精神防御魔法が使える者を追加で入れてもらうか…。だけど…。」
「討伐探索隊全員を守ることが出来るような精神防御魔法を掛け続けるのは無理です。」
ルナティアの返事に対して考え込むレグルスに、ルナティアが言葉を続けた。
「あの…お兄様。私に案があるのですが…。」
ルナティアの案を聞いたレグルスは、その30分後にジークリードの部屋を訪ね、そのまた30分後には国王陛下に謁見をし、ルナティアを経由して告げられた、太陽の剣を手に入れるための探索先を伝えていた。
「よりによって…ファケレ国とは…。どうしたものか…。」
ファケレ国の現状については、今はもう更に分からなくなっている。だが、世界が闇に覆われるよりも前の時点で、実際に魅了された者が多数いたことや、ファケレ国に派遣した騎士たち数名がが魔力枯渇で死亡し帰らぬ人となった者が居たたこと、などの報告を受けている国王陛下は、険しい顔で呟いた。
その様子を見てレグルスが口を開く。
「…陛下、ひとつ案がございます。」
「なんだ?言ってみろ。だが、誰かが犠牲になるような案は聞く気はないぞ?」
「犠牲を出さないための案です。…その前に、防音魔法をかけても宜しいでしょうか。」
レグルスの言葉に、隣に立つジークリードと目を合わせた後、頷いた。
レグルスが防音魔法をかけ、ルナティアの案を話し、二人はその案に同意した。
それから更に1時間後、ルナティアは魔法省の扉を叩いた。
「お久しぶりでございます、ノーランド長官様。」
淑女の礼をするルナティアに、クリスティ・ノーランドは、ほぼ無理やり抱き着き、顔をペタペタと触りながら言った。
「そんな他人行儀な礼なんて要らないのに。…でもそうね、半年ぶりかしら?少しの間に、また綺麗になったわね。この年頃の女の子は日ごとに変わるから、毎日でも見たいくらいよ。…あぁウチの愚息には勿体ないけど…欲しいわぁ~。」
ひとしきりルナティアを撫でまわした後、満足したのか真面目な表情に戻り、
「…っていつも通りにしてちゃ駄目よね。今は緊急事態だもの。陛下から話は聞いているわ。ルナティアちゃん、こっちよ。」
魔法省長官に案内されたのは、魔法省長官の執務室の更に奥の個室だった。
「ここなら誰にも知られずに出来るわ。疲れたら休めるし、私が時々、様子見に来るから。もちろん食事も私が運ぶから安心してね。あと、魔法石だけど、今、王城にある分は全てここに用意したけど、討伐探索隊全員分には足りなくて、残りは手配中なの。今日中には全部揃うと思うわ。でも…まさか魔法付与まで出来るとは思わなかったわ。あぁ勿論、秘密にするから安心してね。だけど…3日で大丈夫なの?それも討伐探索隊全員分って…確か100名以上居たと記憶しているけど、そんな短期間に魔法付与を掛け続けて…倒れては元も子もないわよ?」
魔法省長官はテキパキと説明をした後、心配そうにルナティアの顔を覗き込んだ。
「ご心配ありがとうございます。休み休み行いますので、大丈夫です。少しでも時間を無駄にしたくないので、集中できて尚且つ知られない場所が必要でしたから…ご協力感謝いたします。」
実際、ルナティアの魔力は2年前に初めて魔法付与をした時から、肉体的にも成長し格段に魔力の質が上がっていた。更に、特級魔法書を取り込んだせいで、ルナティア自身、魔力の使い過ぎで倒れるなんてイメージは全くなかった。
にこりと微笑んで答えるルナティアに、魔法省長官はまた抱き着き、
「有能で可愛いなんて…息子には無理でも、魔法省に欲しいわ。どう、魔法省に来ない?」
と、半分本気、半分冗談で勧誘をしたのだった。
魔法省長官が去った後、ルナティアは早速作業に取り掛かった。
今回、急遽提案した案とは、実際のルナティアは、討伐探索隊と共に出発せず王城に残り、討伐探索隊全員分の精神防御魔法が付与された魔法石を作り、途中で合流して討伐探索隊全員に魔法石を渡す、というものだった。
第1の目的地、ファケレ国に向かうためのルートは2つある。
陸路を南に向かい、数時間だけ船に乗り隣の大陸へ渡り、オセアノ国を経由して入る方法と、西に向かい、大国の港から船を使ってセイグリット公国近くを通り、直接、ファケレ国の港から入る方法だ。
ファケレ国に問題が無ければ、陸路を行く方が断然いい。同じ魔物に襲われたとしても、逃げ道の確保がしやすいからだ。だが、今回は、敢えて海路を使い、ファケレ国の港から入るルートを選んだ。そうすることでルナティアが後から合流出来るからだ。
ルナティアが大国に残り、討伐探索隊全員分の魔法石を作間に、討伐探索隊は大国の港から船でセイグリット公国を目指す。物資補給を理由にセイグリット公国に立ち寄り、そこでルナティアは隊と合流する流れになっている。
その到着までの時間がおおよそ3日間なのだ。
セイグリット公国へは、王室用魔法陣で王妃殿下がルナティアを送ってくれることになっている。
因みに、ルナティアが公国から加わると、違和感が拭えないため、公国までは別邸の侍女がルナティアに扮して同行することになっている。
少し遠くから、出発を告げるラッパが鳴っている。
「…いよいよ出発ね。お兄様、ライラ、ソルにラン、ニーナも気を付けてね。…殿下…ううん、リード様も…どうかご無事で…。」
旅立つ方角に両手を合わせながら祈った後、またひとり、作業に戻ったのだった。
3日間は、あっという間に過ぎた。
その間、ルナティアは魔法省長官の個室で、朝晩の乙女の祈りの時間に魔力を送り、朝昼晩と軽食を取りながら、それ以外はただひたすら魔石に精神防御魔法を付与し、疲れたら寝て、を繰り返していた。
「やっと終わった…!」
討伐探索隊108名分の付与が終わったのは、公国に向かう約束の時間、約3時間前だった。
「…お風呂に入って隊服に着替えるのは…1時間で出来るかな。…ちょっとだけ寝たい…寝よ…。」
そう言って意識を手放した。
「…―ちゃん、ルナ―ちゃん、ルナティアちゃん!」
呼ばれて慌てて起きる。
「大丈夫?あと1時間で約束の時間だからと思って呼びに来たら、爆睡していたから…。」
心配そうな顔で 魔法省長官が覗き見ている。
「だ、大丈夫です。すみません、起こしていただいて…助かりました。何もしないまま寝てしまっていたから、このままだったら寝過ごしてしまうところでした。」
少し恥ずかしそうに答えると、
「なら良かった。それにしても…本当に全部終わったのね。凄い魔力量ね、やっぱり欲しいわ。…ダメもとで陛下にお願いしてみようかしら…って、取り敢えず、ルナティアちゃんは準備するんでしょう?隊服に着替えたりしなきゃならないものね。魔法石は私がまとめて王妃殿下との待ち合わせの場所に届けておくから、早くお部屋に行って準備なさいな。」
「はい、ありがとうございます。…あ、魔法石は全部で108個あるはずです。ノーランド長官様、宜しくお願い致します。」
軽くお辞儀をして、ルナティアは自身の出発の着替えのため、長官室を後にした。




