二人の乙女の祈り
翌日の朝の祈りの時間より少し前に、教皇は祈りの塔を訪れ、魔石を通して魔力を受取る方法をリリーに伝えた。
魔石を通して魔力を送受する方法は、同じ時間にそれぞれの紋に魔石を触れさせて同じ言霊を唱えることで成立する。祈りの時の言霊は『久遠』だ。時間の差異は前後1分。
朝の祈りの時間、7時ぴったりにリリーは祈りの塔の中心部で跪き、言われた通りに、両手に持つ魔石を自身の額に当て、
「『久遠。』」
と、唱えた。
30秒程度の間があったが、魔石を当てた額の紋から、不思議な感覚が流れ込んできた。そしてそれが送られてきた魔力だと分かるまでにそう時間はかからなかった。
流れてくる魔力は、とても暖かく安らぎに満ち、それでいて力強くも感じるものだった。
その魔力に自身の魔力を乗せ、いつもの通りに天に向けて祈る。
祈りは10分程度行われ、祈り終えたリリーに、教皇が声を掛けた。
「どうでしたか?見ていて繋がっていると感じましたが…身体に負担などはないですか?」
「はい。負担どころか、包まれているような気持ちでとても安心して祈ることが出来ました。塔に来てまだ3日目ですが、祈りを終えて疲れなかったのは初めてです。…これが乙女二人で祈る力なんですね。…誰なんだろう、宵闇の乙女…逢ってみたいなぁ。」
リリーは、嬉しそうに答えた後、すぐに寂しそうな顔になり、手の中の魔石をじっと見つめながら呟いた。その表情を見た教皇は、優しくリリーの頭を撫でながら、
「そう、ですね。…いつか…宵闇の乙女が試練を終えればきっと逢えますよ。彼女も自分の使命を果たすために頑張るのですから、貴女も、貴女にしか出来ない祈りを頑張りましょう?」
と言った。
「そう、ですよね。離れていてもひとりじゃないって思えたから…私、頑張ります。…あ。」
「どうかしましたか?」
「祈りの時間、これから先、どうやって合わせたらいいんでしょう?近くに居るなら、同じ時間軸ですけど、もし、離れたら?公国と大国でも時差がありますよね?もし、もっと遠くに居たりしたら…。」
「そうですね、それは陛下にご相談しておきましょう。同じ時間に言霊を唱えるためには、時間を合わせることが必要ですから…。では、私はこれで失礼しますね。また、近いうちにお邪魔しますから、それまでリリーも元気で。」
そう告げ、教皇は祈りの塔を後にしたのだった。
同日の朝、7時前――
7時少し前に起きて身支度を終えたルナティアは、ライラと共に時計とにらめっこをしていた。
「7時、って仰ってたわよね?教皇様。」
昨日、夕食を済ませた後、貴賓室に訪ねて来た教皇に、妖精から聞いた、『魔石を通して魔力を送る方法』を伝えた。すると、「明日の朝の祈りの時に試しましょう。」と言って、去って行ったのだ。
ルナティアの問いに傍で控えているライラが答える。
「はい、確かに7時、と。」
「手順は昨夜、確認したけれど、実際に行うとなると緊張するわ。言霊の発する時間の誤差が前後で1分ずつって結構大変よね?少しでも遅れたらその時間の祈りの効果が、暁の乙女の魔力分だけになってしまうなんて…。」
「それでも、乙女の祈りとしては届くなら良いのでは?」
「まぁ、確かにそうだけど…。効果としては現状維持、ってことでしょう?私の我が儘でこのような方法を取っているのだもの、ちゃんと守らないと心苦しいわ。」
そんな会話をしているうちに、朝の祈りの時間が近づいてきた。
「…ルナティア様、お時間です。」
ライラの言葉に頷くと、ルナティアは両手で持った魔石を、自身の胸元の紋に当て、目を閉じて言霊を発する。
「『久遠。』」
その言葉と同時に、ルナティアの周りを淡い虹色の魔力が覆う。近くで見ていないと分からない程度だが、傍で見ているライラには、虹色の魔力に包まれている主人がひどく幻想的で儚く美しく見えた。思わず息を飲み見惚れていると、虹色の魔力は胸元の魔石に集まり、すぅっと消えていった。
魔石に魔力が吸い込まれてから3分程度経った後、ルナティアは祈りの姿勢を解き、首を傾げた。
「…どうかなさいましたか?」
傍で控えていたライラが声を掛けた。
「…私の祈りって、天に届くのかしら?なんて言うか…最初、魔石に魔力が吸い込まれる感じは確かにあったのだけど…それ以降は何も、感じないの。魔力を送れば役目は終わった、ってことかしら?それとも一緒に同じ時間祈り続けた方が良いのかしら?…後でシエルに聞いてみましょう。分からないけど、取り敢えず、今は同じ時間祈ってみるわ。」
そう言って、再度、両手を組み、その場で約10分間祈ったのだった。
その日の午後、ルナティアはレグルスと共に、祈りの塔のドアの前に居た。
何故、今更祈りの塔に何の用なのか、と言うと、朝の祈りを終えた後、教皇と共に陛下が訪れ、討伐に出るための打ち合わせをしたのだが、その時に、暁の乙女が傍に呼びたい友人として、ルナティアを上げている、と聞いたからだ。
リリーとレグルスは友人ではあるが、ルナティア自身、友人と言えるほど親しいとは思っていない。だが、たった一人、祈りの塔で祈りを捧げ続けるリリーに名を上げられては、無下にも出来ないと考え、一度、塔を訪れ、お断りをすべきだと考えて今に至る。
「ルナ、大丈夫なのか?」
共に向かってくれる兄が心配そうに尋ねる。
「何が、ですか?」
「乙女が祈りの塔で揃うと、その…バレないか、とか、身体に異変が起きたり、とかしたら大変じゃないか。」
「どうでしょう?多分、大丈夫だと思います。でも、念のため、薄く保護魔法をかけておきますね。」
そう言って、塔のドアの前でルナティアが目を閉じ、『希求』と唱える。
呪文を掛け終えると、2人で塔のドアを開けた。
塔の中に入ると、お世話をしている侍女にレグルスが声を掛け、暁の乙女に目通りを願い出る。侍女は、応接室にルナティア達を案内して、暁の乙女に確認に向かった。
暫くして廊下を駆けて来るような足音が響き、応接室のドアの前で止まるといきなり開き、
「ルナティアさん、来てくれて嬉しいわっ!」
と言いながら、リリーがルナティアに抱き着いた。
「お話し相手、受けてくれたんでしょ?」
ルナティアに抱き着いたまま、リリーが聞くと、隣で軽く咳払いをしたレグルスが答えた。
「リリー嬢、そんなに喜んでいるところ悪いが、ルナは君の話し相手にはなれない。」
「え…どうして?陛下がお友達を呼んでいいって…。」
「というか、何故、ルナが君の友人になっているのか分からないのだが…取り敢えずそれはまぁ良い。だけど、ルナは―。」
「お兄様。」
レグルスの話を途中でルナティアが切る。そして抱き着いていたリリーをソファーに座らせてから改めて話をし始めた。
「グレシャ様、話し相手の件、陛下からお聞きしました。ですが、申し訳ないのですが、私はご希望に沿うことが出来ません。」
「どうして?」
「私も、兄達と共に、討伐隊に加わることになりましたので。」
「えっ?討伐隊に?…討伐隊って、魔物と戦うのでしょう?確かに強かったけど、でもルナティアさんは女の子なのに。そんなに大国の兵は足りないの?」
まるで人手不足のような発言に、呆れ顔でレグルスがため息を吐く。
「あのなぁ、ここは大国だぞ?誰かに聞かれたとしたら、いくら乙女でも反感を買うぞ。そんな失言、他ではしない方が良い。…ルナが討伐隊に加わるのは、人手が足りないとかじゃなくて、能力があるからだ。魔力はトップレベル、剣技だって上位レベルなんだ。討伐隊に加わってもなんらおかしな点は無い。しいて言うなら、まだ一般科の学生、ということくらいだけど…。」
「でも、女の子よ?」
「女の子だけど、リストランドだ。…父上も許可をしている。」
穏やかなはずのレグルスが、強い視線でリリーを見つめ断言した。
レグルスの気迫に押されながら、リリーはルナティアに尋ねた。
「…ルナティアさんは良いの?その…家のために戦いに向かうことは納得しているの?」
「ええ。私に出来ることがあることが誇らしいと思っています。」
と、にっこり微笑んで答えた。
その笑顔を見たリリーは、それ以上、何も言えなくなってしまった。
別れ際、またひとりで過ごす寂しさから、リリーが俯いていると、
「グレシャ様。」
と、ルナティアがリリーの手を握り、声を掛けた。
「貴女がひとりで祈る時間が少しでも短くなるように、私も精一杯頑張りますから。」
ルナティアに握られた手から、不思議な温かさと心が洗われるような感覚を感じながら、
「…分かったわ。私も頑張るから、貴女も…レグルスも無事で帰ってきてね。」
と、リリーは答え、2人を見送ったのだった。




