魔力を繋ぐ儀式
祈りの塔から教皇が去って2時間くらい経った頃、ジークリードが到着したばかりのレグルスとオリガルを連れて、暁の乙女を尋ねた。
塔の中に入ったレグルスとオリガルは、荷物を持ったままとても疲れた様子だった。
「久しぶり!だけど…大丈夫?」
リリーが心配して尋ねると、
「大丈夫じゃない。」
と、むくれ顔でオリガルが答えた。
どうやら丸1日以上の船旅は、それなりに過酷だったようだ。
聞けば、途中、同船だったひとりが魔物に見つかり、乗船者全員で応戦をすることになってしまったのだ。レグルスもオリガルも当然応戦し、少し怪我をしてしまっていた。更にレグルスは、魔物を追い払った後、傷を負った者たちに治癒魔法をかけ、魔力はかなり底をついている状態だった。だがそのお陰で、死者は一人も居なかったという。
「それは、大変だったわね?治癒魔法で怪我は治せるけど、疲労は別だもの。…今、回復魔法をかけるわ。」
「いや、いい。リリーはこれから祈らなきゃならないだろう?祈りのための大切な魔力を、俺たちの回復に使わなくていい。明日、出発予定だった太陽(ソール神)の剣の探索が1日遅れることになったようだから、この後魔法省で回復魔法をかけてもらうよ。」
レグルスの冷静な返事に、少し不満気にリリーが呟いた。
「…宵闇の乙女が…祈りに専念してくれたならこんなことにならないのに…。」
ぴくりとレグルスが反応して聞く。
「…宵闇の乙女…?誰?見つかったの?」
「見つかった…みたいだけど、誰かは知らない。会わせても貰えないし、本当に居るのかすら分からないの。」
「存在するか分からないって言う割に、専念して欲しいってどういうこと?」
「魔石を通して魔力を送ってくれるみたいなんだけど…今夜の祈りで儀式?を行うって聞いてるわ。」
「…聞いてるって、誰に?」
「教皇様よ。」
「っ、教皇様が来てるの?大国に?どうやって?船には居なかったし、確か、僕達が公国を出た時、港で見送りに来てくれたと思うけど…。」
「王族の魔法陣を使ったんじゃないかしら?ねぇ、ジーク?」
「…リリー嬢、大国は学園じゃないと言っているだろう。」
レグルスと話しているせいか、学園内での会話のように話すリリーに、再度、ジークリードが注意する。
「いいじゃない、今は私たちしか居ないんだもの。」
「はぁ…。外ではちゃんとしてくれ。教皇様のことは…多分、そう言う事なんだろう。俺は呼んでいないが…。」
『聖なる場所から気づいたら大国に来ていた』と言う教皇様の言葉をどう言えばいいのか分からなかったジークリードは、あくまで想定という言い方で答えた。
「陛下…が直接、は無いだろうから…フーランク公爵あたりが代理で、ならありえそうだよね。」
納得をしたらしいオリガルが呟くが、レグルスは黙ってしまった。
その様子を気にもせず、リリーは話を戻した。
「とにかく。教皇様が、見つかったって…それに、宵闇の乙女には試練が与えられたからここで一緒には祈れないって仰ってたから。」
「…試練って何?」
「知らないわ。ていうか、私が知りたいわよ。」
「ジーク、知ってる?」
「オリガル。お前が愛称で呼ぶからリリー嬢がなかなか学園在学中のままなんじゃないのか?全く。…残念だが俺も知らない。」
そう言い切るジークリードを、レグルスは静かに見つめていた。
祈りの塔を後にしたジークリードは、レグルスとオリガルに、「明日の夕方、自室に来るように」伝えて、ひとり王城の奥へと帰って行った。
レグルスとオリガルは、魔法省へ行き、回復魔法をかけてもらった後、お互いに身体を休めるため別れた。
レグルスが魔法省の棟から出ると、ドアの前に、父親が立っていた。
「え…父上?何故、王城に…。」
「俺は、陛下の指示で少し仕事をしたから、その報告に来たところに、乙女が現れたと報告があってな、そのまままだ帰れずに王城に居るんだ。お前たちが王城に到着したと聞いたから迎えに来たんだ。お前の方こそ、船では大変だったそうじゃないか。だが、お前のお陰で死者は一人も居なかったと聞いている。よく頑張ったな。…立ち話もなんだから、一旦、部屋に行こう。」
――部屋?別邸ではなくて?
素朴な疑問を持ちつつ、父の後をついて行くと、王城の奥の貴賓室へと向かっている。
「父上?別邸ではなく、貴賓室に今いるのですか?」
貴賓室のドアの前で、立ち止まったトーマスに聞くと、
「あぁ、訳あってね。お前が探索に出るまでは、ここで過ごすことになっている。…俺もお前も――ルナティアも。」
ルナティアの名を言いながら、トーマスはドアを開けた。
ドアの向こうには、淑女の礼をするルナティアとその両脇に、ライラ、ジャンが控えお辞儀をしていた。
「なっ…。…ち、父上、これは一体…。」
驚くレグルスを他所に、トーマスは静かにドアを閉め、軽く防音魔法を施してから答えた。
「見ての通りだ。お前がライラと何をしようとしていたかも、知っている。だが、お前たちではどうにもならない事だったんだよ。…取り敢えず説明するから、荷物を置いて来い。」
ソファーに向かって歩くトーマスの後をルナティアとライラがついて行く。そしてライラはお茶の準備を始めた。ジャンは、レグルスから荷物を受取り、部屋へ案内をする。
「…ジャン、これは一体どういうことだ?」
部屋でレグルスが尋ねるも、ジャンの答えは「自分にもよく分からない」だった。
着替えたレグルスがリビングへと向かい、ソファーに腰を下ろす。すると向かいに座っているトーマスが話し始めた。
ルナティアの紋様のこと、女神様と直接話しをしていること、妖精が女神様とコンタクトを取れること、そして特級魔法書を体内に取り込んでしまったこと――
宵闇の乙女に選ばれたことは知っている、妖精を従えていることも、女神様と話をしたことも、特級魔法書を持っていることも。だけどまさかその魔法書を取り込んでいるなんて…。そもそも魔法書を取り込むなんて可能なのか?
信じられない面持ちでルナティアを見つめているレグルスに、追い打ちをかけるようにトーマスが言った。
「お前が抗いたいのは分かる、が…世界に愛されてしまったんだよ、ルナティアは。だから、ルナティア自身の気持ちが折れない限り、周りがどう邪魔だてしたとしてもきっと止めるのは無理だ。ルナティア自身が納得しない限り、俺やお前が、何か策を講じたとしてもそれを超えてしまうだけの協力がルナティアにはあるんだ。それなら、囲い隠すより、共に進み、守る方が良いのだと俺は思う。」
トーマスの言葉にレグルスは俯き、暫くの間黙っていた。そして顔を上げ力ない声で、
「…分かりました。」
と言い、ルナティアを見て寂しそうに微笑んだのだった。
夕食後、教皇と約束した夜の祈りの時間に、ルナティアは自室でひとり、禊を行っていた。
祈りの塔に行く訳にいかないため、塔で暁の乙女の世話をしているヘレンが、東西南北の霊水場から霊水を持ってきてくれた。そして今、その霊水を浸したタオルで自身の身体を清めている。
トーマスとレグルス、ジャンは部屋の周りを警備している。
「ルナティア様。お時間3分前です。」
ドアの前でライラが言う。
「分かったわ。」
バスローブを羽織り、先ほど教皇から預かった、浄化された虹色の魔石を手に持ち、ルナティアは教皇からの合図を待っていた。
――午後の祈りの定刻になったと同時に、祈りの塔で暁の乙女と一緒に居る教皇から通信魔法を使って合図が送られた。
『リストランド嬢、私の合図で儀式の言霊を唱えてくださいね。』
『はい。』
返事と共に、手に持った魔石を胸元の紋にあて、合図を待つ。
「『始め』」
「「―創世の神よ、闇の力と陽の力をひとつに結び、久遠の祈りを求めん―」」
リリーは祈りの塔の中心部で額の紋に、ルナティアは貴賓室の個室で胸の紋に、それぞれ虹色の魔石にを当て、同時に儀式の言霊を唱える。
すると、唱え終わったと同時に、ルナティアとリリーのそれぞれの紋が暖かい熱を持ち、僅かな光を放つ。放たれた光は、周囲に漏れることなく、紋に触れていた魔石へと全て吸い込まれて行った。
それぞれの紋の熱が無くなったころ、紋にあてていた魔石を離すと、先ほどまで透明だった魔石は、虹色に輝く魔石へと変わっていた。
「「これが…虹色の魔石…。」」
離れた場所で2人の乙女が同時に呟いた。その呟きを聞いた教皇は、にっこりと微笑みリリーへ話しかけた。
「神託通り、虹色に変わりましたね。あとは本当に虹色の魔石を通して魔力を移行することが出来るか、ですね。…明日の朝の祈りの時、この魔石を使って宵闇の乙女と共に行ってみましょう。」
「…それなら、今からじゃどうですか?本当に繋がっているのか、確かめたいんですけど…。」
「そうしたいのは山々ですが…実のところ、繋がるための方法がよく分からなくて…。今夜もう一度、聖なる場所に行ってみようと思っているのです。ですので、実際の使用は、明日まで待っていただきたいのです。」
我ながらいかにも神託っぽい言葉が出るものだ、と自嘲しながら教皇が答えると、
「そうですか…。分かりました。教皇様が言ったように、黒かった魔石が虹色になったんだもの、信じて待っていますね。…それじゃあ、私は午後の祈りを頑張りますね。」
と、笑顔で返した。
そしてリリーは、その場に跪き、天井に向かって夜の分の祈りを捧げ始めたのだった。




