神託
夜の時間が過ぎ、大国の貴族が王城に集まっていた。
流石に急な招集だったため、間に合わない貴族達は通信用の魔石を通じての参加となった。
陛下の労いの挨拶の後、すぐさま本題に入る。
宵闇の乙女が現れたことと、国宝の『虹の魔石』を使用することだ。
宵闇の乙女が現れたことについては誰もが喜んだが、『誰が宵闇の乙女なのか』が明かされない事実を知ると、「本当に現れたのか」と疑う者も出てきた。
そんな中、会議に遅れた形でラソ教の教皇が部屋へと入って来た。遅れることで注目を集めるためだ。
他国の貴族会議にラソ教の教皇が出席するなど、前代未聞の事例に、先ほどまで口々に宵闇の乙女に対する疑いを強めていた貴族たちが一斉に黙り込み注目した。
「遅れてしまい申し訳ございません、陛下。丁度こちらへ向かおうとしたところに神託がございましたもので…。」
教皇からの『神託』の言葉に一同が騒めいた。勿論、これも注目を集める手段の一つだ。
「ほう…このタイミングでの神託とは…。先ほど皆には申し伝えたのですが、実は、宵闇の乙女が見つかったのです。」
アレンの言葉に、教皇が驚きの表情を浮かべて答える。
「なんと…!そうでございましたか。それであれば神託の内容に納得できますね。」
どうやら乙女が誰かを明かさないことと関係がある『神託』のようだ、と悟った一同は、無言で教皇の次の言葉を待った。
「教皇殿、神託についてお話し願えますか?」
アレンの問いに、教皇が頷いて話し始めた。
「まず一つ目の神託は、本日見つかった乙女に、試練を与える、とのことです。」
「試練だと…?祈りはどうするのだ?」
「暁の乙女と共に祈らなければ闇夜が薄れないのでは?」
「それに、試練を受けるにしても、名も明かせない乙女に信頼など向けられる筈が無い。」
一同が口々に意見を述べる中、教皇は話を続けた。
「皆様が過去の判例から不思議に思うのは当然ですが…宵闇の乙女に与えられた試練は、祈りの塔に居ては叶わないことのようです。試練のため祈りの塔から乙女が出る、ということは、乙女の命を危険に晒すことになります。…当然、魔族は乙女を狙うでしょう。乙女の名を明かさないのは、乙女の命を守るためでもあります。名を明かさなければ、暁の乙女と違って、宵闇の乙女は外見では判別がしにくい。紋は服で隠せる場所にありますからね。だから宵闇の乙女に試練を与えたのだと私は思います。」
「…だが…ここでくらいは明かしていただいても…。」
ぼそりとひとりの貴族が呟くと、周りの貴族がそれに同意する。
教皇に『神託』について振ってからはずっと黙っていたアレンが、
「例えば、だ。」
と、騒めきを打ち切るように、声を上げた。
「ここで乙女が誰なのか、公言して皆が知ったとしよう。当然、乙女の試練には護衛をつけることになる。その護衛は、太陽の剣を探しに行く者たちより強固な護衛としなければならない。それだけの護衛を準備するには、各地に派遣している騎士たちを戻さねばならないだろうな。…私の記憶では、自領を自営で守っている領地は、シヴィア領とリストランド領だけだったはずだが。…それでも乙女の名を知りたいという貴殿らは、己が領地に派遣されている王国騎士団が引き払うことになったとしても良い、ということで良いな?」
途端に静まり返り、互いに顔を見合わせている。
自領から王国騎士団が引き払う、ということは、魔物が横行し始めている世界では、命取りだ。
「誰かを明かさなければ、大層な護衛など必要なく、乙女は普通に生活をしながら試練をこなすことが可能なのではないでしょうか。誰かが分からなければ、乙女にかかる危害もないでしょう。」
「…まぁ、彼女に危害があったとしても、知っている者が少なければ犯人も分かりやすいだろうしな。念のため、影を一人くらいは付けておくか。」
教皇と陛下の追い打ちの言葉に、貴族達は半分ホッとした声で、
「ま、まぁ…それで大丈夫なら…。」
「乙女は大切だが…そんなに護衛を割けないだろうからな…。」
と、自身たちを納得させるかのように言った。
その様子を見て、更に教皇が話を続けた。
「名を明かさないことは了承いただけたようですね。それでは神託に戻りますね。宵闇の乙女が祈りの塔を出る、ということは、乙女がそれぞれ別々の場所で祈りを行うということになります。離れていても乙女の祈りが繋がる、その方法が二つ目の神託です。」
「その方法、とは?」
「…大国の皆様には誠に申し上げにくいのですが…『虹色の魔石』を使用すること、でございます。」
「「なんと!?」」
驚き、緊急会議に参加した貴族一同は、一斉に陛下を見た。
「…『虹色の魔石』は大国の国宝です。その魔石を使う理由を明示して頂けない限りは同意できませんね。」
眼光鋭くアレンが教皇に向けて冷静に答える。それも打ち合わせ済みだ。
教皇も怯むことなく、むしろ自分の発言に心酔している様子で答えた。
「ええ、存じております。ですが、その『虹色の魔石』は何故、国宝なのですか?」
「建国の…ソール神が魔を打ち払った際、女神様が女神様へ託された魔力を込めた石だと言い伝えられております。とはいえ、『虹色の魔石』自体に魔力は全く宿っておりませんが…。恐らく、女神様が祈る際に全て魔力をお使いになられたのでしょう。」
アレンが答えた、『虹色の魔石』が国宝と言われる所以は、本当にそう言い伝えられている内容だ。
アレンの答えに教皇が「なるほど」と頷き、
「今、魔力を宿していなくとも、建国の闇の女神、ステルラ様が魔力を込めた魔石を使い、宵闇の乙女から暁の乙女に魔力を送る、まさに建国神話の祈りの力の再現、となることでしょう。『虹色の魔石』を使うことで、より強力な祈りに変わる、と…私は思っております。」
と、両手を天へ掲げながら、教皇は祈るように言い切った。
緊急会議の場には沈黙が流れた。
より強力な祈りになるのは喜ばしいことだ。しかし、国宝の魔石を名も明かされていない乙女が使うという事実に、場に居る貴族たちは、お互い顔を見合わせながらも、喜ぶべきかどうか迷っているようだった。
上座にいる陛下も同じように迷った表情をしている。理由は異なるが…。
確かに、教皇に虹色の魔石を使用するための方法は一任した。だが、ここまで言い切ってしまっては、万が一、結果が伴わなかった場合、教皇の罪を問われることになるのではないか…。
そう思いながら少し心配そうに教皇を見る。
目が合った教皇は、笑顔でお辞儀をしながら、ハッキリと締めくくった。
「私はそう信じてこの神託をお伝えしに参った次第でございます。どうか『虹色の魔石』を乙女の祈りにお貸しくださいませ。」
その堂々たる姿に、その場に居た貴族たちは、ひとりふたりと拍手を始め、大喝采を送りながら「魔石を、魔石を」と囃し立て始めた。
その様子に陛下はグッと自身に力を込めた後、教皇に心からの敬意を表しながら
「異論はないようです。教皇殿、神託の通りに、御頼み致します。」
と、答えたのだった。
緊急会議が行われている間、特にすることもないルナティアは、貴賓室で大人しく待っていた。
シエルも、女神様の世界に、魔石の使用方法について聞きに行くと言っていたから、今は居ない。
取り敢えず、部屋にある本棚から本を手に取り読んでいると、いきなりドアが開き、
「ルナティア様ぁぁ~~!!!」
と、半狂乱状態のライラが飛び込んできた。
「ご、ご無事でぇ…ぇぐっ、良かったぁ…。ほん…とに、心配…して…。」
ライラは泣き崩れた顔でルナティアに抱き着き、確認するように背中をペタペタと触った。
「っ!?…ライラ…?どうやって…。」
幻でも見ているのかと驚きながらルナティアが聞くと、
「ジェフリード殿下が迎えに来てくださったのです。」
と、ジャンが部屋の入り口で佇んでいた。
「ジェフリード殿下が?」
抱き着いて離れないライラを宥めつつ、ルナティアが聞くと、ジャンの背後から、第二王子のジェフリード殿下が顔を出し、
「…ええ、兄上に頼まれたので。自分は今日はもう魔法陣は使えないから、と手紙だけ渡されたのですけど…もう少し遅れていたら、ライラは自死していたかもしれませんよ?」
と、苦笑いをしながら言った。
ジェフリード殿下とは、以前、リリアージュ姫殿下とのお茶会でお会いして以来、何度か王城でお見掛けする度にご挨拶はさせていただいている。
「そんな…ジェフリード殿下にまでご迷惑をかけてしまい…って、ライラ?!」
お礼をしようと立ち上がろうとしても、ライラが離れてくれなくて立ち上がれない。
困った顔のルナティアを見て、ジェフリードは、楽しそうに笑いながら
「気にしないでください、ルナティア嬢。外ならぬ兄上の頼みですし…。お礼なら…そうですね、落ち着いた頃にまたお茶でもご一緒させてください。…兄上に内緒で。」
と、ウィンクをして貴賓室から去って行った。
ジェフリード殿下が去っても、ルナティアから離れないライラを、仕方なく抱きしめたまま落ち着かせていると、またドアを叩く音が聞こえた。
入り口に立ったままのジャンが答えドアを開けると、ドアの前にはトーマスが居た。どうやら緊急会議が終わったらしい。
トーマスは、ドアを開けたジャンを見て驚き、部屋の中でルナティアに抱き着いたまま離れないライラを見て更に驚く。
「何時の間に…」
と、呟きながら部屋に入ってくるトーマスに気づいたライラが、やっとルナティアから離れたかと思うと、その場でいきなり土下座をした。
「トーマス様!!申し訳ございません。お嬢様を一時的とはいえお一人にしてしまいました。この罪はこの身をもって―!」
自身の短剣を首に当てるライラに、トーマスが止めに入りながら答える。
「いやいや、待て、待て、ライラ。事の顛末はルナティアから聞いている。お前は悪くない、だから罪に問うことはないよ。それよりも、どうやってここに?公国に置いてけぼりだったのではないのか?」
「ジークリード殿下の計らいで、ジェフリード殿下がお力添えくださったみたいです。」
トーマスの問いにルナティアが答えると、
「そうか…なら良かった。実は心配していたからね。ライラはルナティア命だから、部屋に居ないと分かったら大変だと思っていたんだよ。取り敢えず無事で良かった。後で殿下たちにお礼を申し上げなければ…。」
ふっと笑いながらトーマスが答えた。
その後、落ち着いたライラにお茶を淹れてもらい、緊急会議で話されたことをトーマスから聞く。
「…教皇様には大変ご迷惑をおかけしているのですね…。」
申し訳なさそうにルナティアは呟いた。
「それだけお前の言葉を信じてくださっている、ということだろう。この御恩は、行動で返さなければな。」
トーマスがそう返した時、また、ドアを叩く音がした。
ジャンが開けると、陛下と教皇が揃って部屋に入って来た。
ルナティアが立ちあがりお辞儀をする。
「陛下には――」
「いや、だから公式でないのだからやめろと…。」
定番(?)のやり取りをした後、アレンが座りその後、全員に着座を勧めた。
全員が座ると、アレンは持ってきた古い木箱に呪文を唱えた。唱え終わると箱からカチッと音が鳴り、自然と蓋が開いた。
そこには直系10センチほどの大きさの透明な魔石と5センチほどの黒ずんだ魔石が入っていた。
「これが『虹色の魔石』だ。」
アレンの声に、魔石に注目していた全員が顔を上げた。
「これが…?…両方とも『虹色』には見えませんが…。」
トーマスが呟くと、アレンが答えた。
「ああ、だが間違いなく『虹色の魔石』だ。見た目では正直『虹色』には見えないが。何故そう呼ばれいているのか俺も分からない。だが、王位継承の時に、初めて見た時からずっとこの状態なんだ。」
「見た、というのは…王位継承の時に、前陛下と共に御覧になられたのですか?普段はどのような保管を?」
「普段は、王族しか入れない禁書庫の更に奥の宝物庫に保管してある。宝物庫には血統で入れる者と入れない者が決められているから、盗賊はおろか、国の重鎮でも入れないぞ。…トーマス、例えお前でもだ。」
「…その言い方では私が侵入癖でもあるように聞こえますが?」
「あはは、悪いな。リストランド家の潜行術を賞賛したつもりなんだが…。」
アレンとトーマスのやり取りの中、教皇だけはずっと黙って何かを考え込んでいた。
「話は戻すが…教皇殿。先ほどから黙っておられるが、貴殿はどうお考えか?」
黙っている教皇にアレンが聞く。
「あ…いえ、すみません。透明なのは想定出来ていたのですが、もう一つが黒ずんでいたのは想定外だったので…少し考え込んでしまいました。」
「…想定できたと?透明なのが?」
「はい。元々、リストランド嬢の魔力も透明だったものが成長…というのでしょうか、魔力が身体に馴染んで虹色に変化しております。故に、恐らくですが…この魔石に魔力を流せば虹色になるのではないかと…。」
「なるほどな。」
「ただ…。」
「?」
「こちらの黒ずんだ魔石も、虹色の魔石として一緒に保管されているのですよね?であれば、こちらも同じであって然るべきかと思うのですが、何故黒ずんでいるのか…。それと、実際にこの2つの魔石をどのように使えば、離れた場所から魔力を送れるようになるのか…。」
「確かに、な。…ルナティア嬢。」
着座してからずっと黙って話を聞いていた様子のルナティアに、アレンが声を掛ける。
「女神様は、この魔石の使い方について、何か仰っていなかったのか?例えば、双方が持つだけで良いとか、どちらの魔石をどちらが持つべきなのか、とか…。」
「聞いてはいます。ですが…その前に…私のことをグレシャ様にはお伝えするのでしょうか。それとも、グレシャ様にも伏せるのでしょうか。もし、伏せていただけるなら手順は紙に書き起こしますので、どなたかに手順通りに魔石の復活をしていただくことになると思います。」
「そう言えば…貴族や国民には伏せることを考えてはいたが…同じ乙女に伏せるかどうかは考えていなかったな。伏せた方が良いのか?」
「それは…分かりません。私もグレシャ様の事をそれほど存じてはおりませんので…。」
「まぁ学年も違うからな。ジークが居ればどうしたらいいか聞けるが…アレは今、忙しいからな。…教皇殿はどう思われますか?」
教会で共に過ごすことも多かったであろう教皇の意見を聞こうと尋ねると、教皇は、少し考えてからルナティアに向けて話し始めた。
「…リストランド嬢。」
「はい。」
「例えば、ですが、貴女のことを伏せたとしても伏せ無かったとしても、貴女の代理が魔石を復活させることには問題ありませんか?」
「あ、はい。それは問題ないと思います。」
「であれば…殿下。取り敢えず私が代理でリリーと共に魔石の復活を致しましょう。その時、私が彼女と話をして、伝えた方が良いかどうかを判断する、というのでは如何でしょうか。」
「それは…。ふむ…ルナティア嬢、どうなんだ?明かすか否かは重要なのだろう?」
問われたルナティアは、少し俯いて考えているように見える。
その実、妖精と会話をしていた。
『どうなの?シエル。』
『…任せても大丈夫、だって。ただ、間違った判断をした途端、ソール神の加護が無くなるみたいだけど?』
『加護が無くなる…教皇様じゃなくなるってことかしら…?』
シエルと会話を済ませたルナティアは、顔を上げ、
「判断は、お任せします。」
と、告げた。
その後、ルナティアは別室で魔石復活の手順を紙に書き起こし、
「ソール神の加護のあらんことを…。」
と意味深な言葉を付け加えて、教皇へと手渡したのだった。
夜を司る女神=ステルラ、陽を司る女神=クラール、太陽神=ソール
二人の女神は、太陽神ソールの妻 です。
参考までに。




