親子の約束
王城内の貴賓室で、トーマスとルナティアが向かい合って座っている。
先ほどの内密会議が終わり、2人は王城の貴賓室へと通された。今夜はここで過ごし、明日、王城で開かれる緊急会議にトーマスが出席する予定だ。
緊急会議開催のため、王城内では、夜中にもかかわらず、従者や侍女が忙しなく働く足音が響いていた。
「ルナティア、お前が宵闇の乙女で特級魔法書の持ち主であることは…分かった。だが、殿下たちと共に剣を探しに行くというのは、何故だ?分かっていると思うが、かなり危険な旅だ。それでもその道を行く、というのなら、理由を教えてくれないか?…理由があるのだろう?」
父が言っていることは至極当然のことだ。
太陽の剣を探す旅は、ただの魔物討伐の旅ではない。
魔物からすれば、太陽の剣を始祖神の子孫が手にするということは、自分たちの生きる場所を追われるも同然のことなのだ。極論から言えば、旅の途中、魔物たちに全力で襲い掛かられる可能性だってある。そんな中に、息子のみならず、娘まで喜んで差し出す親がいるだろうか。
心底自分を心配しているのだろう。だが、何処まで話していいものか、話して信じてもらえるのか、もし、信じてもらえなかったら…そう思うと、自然と口が重くなり、無言でいると、
「ルナ。」
幼い頃に呼ばれた優しい声色で父が呼ぶ。
「俺は、今まで家族を守ために戦い生きてきた。それはこれからも変わらない。そしてお前たちには、出来ることなら俺と同じような生き方ではなく、安全な場所で幸せに過ごしてほしいと思っている。だが…。…乙女に選ばれた以上、闇夜が無くならない限り、安寧は訪れることはないのだろう。ならば、安寧な世にするために、それぞれがやるべきことを行うしかない、それは分かる。恐らくそのやるべきことがお前は人より多いのだろうな。…全て理解できるとは思わないが…そのやるべきことを包み隠さずに話してくれ。お前が望むことを手助けしたいと思っている父を信じてくれないか?お前の重荷を少しだけでも分けて欲しいんだ。」
ルナティアの眼にはいつの間にか涙が溢れていた。
女性騎士が居ないわけではないが、令嬢が共に戦場に行く、など絶対に反対をされるようなことだろう。それを反対するではなく、理解しようと歩み寄ってくれる父の気持ちが嬉しかった。そんな父の思いを聞き、全てを打ち明ける決心がついた。
「…お父様、ありがとうございます。私の我が儘を理解しようとしてくださって…。少し長くなりますが…。」
ルナティアは、魔力測定の日に妖精と出会った話から、妖精の力で女神様と話したことまで、全て父に話した。
「はぁぁ…、…想像以上の内容だったな。」
「…信じてくださるの?」
「こういった嘘をつくような子でないことは良く知っている。…お前がつく嘘はもっと可愛らしいものだけだ。」
そういって、トーマスは笑った。笑った後、少し神妙な面持ちで
「そうか…俺の娘は、この世界に愛されているんだな…。」
と、少し寂しそうに呟いた。
「えっ?」
ルナティアが聞き返すと、「何でもない」と誤魔化した後、
「それで、お前が共に太陽の剣を探しに行く利点は何処にあるのだ?」
と聞いた。
ルナティアが説明をしようとした時、
『ボクが説明するよ~。』
と、シエルが言いながら、ポンっと人型になって姿を現した。
「え、シエル、大丈夫なの?暫く人型になれなかったんじゃ…?」
驚くルナティアの向かい側で、トーマスはもっと驚いていた。
「…君が…シエル君、か?」
「そうだよ~。えっと…初めまして、だね。んーっと、おとうさんだと言いにくいから、トーマスって呼んでいい?」
「あ…あぁ…。」
「ありがと~。じゃあ、説明するね。ボクが女神様から道案内してもらえるから、ルナティアが一緒に行けば、時間が一番掛からなくて見つかるからだよ。ボクの声がいつも聞こえるのはルナティアだけだから。」
「だが、今みたいに人型になれれば、みんな聞こえるのではないか?」
「うん、そうだけど、そうすると女神様と話が出来なくなっちゃうから意味がないんだ。それに…ボクの縄張りはルナティアだから、ルナティアからあんまり離れられないの。」
「女神と話せない?縄張り…?」
聞きなれない言葉を言われ、トーマスが首を傾げていると、ルナティアが補足をしてくれた。
「お父様、シエルが人型を取るには一定の魔力を使うみたいなの。それから、女神様とお話をするためにも魔力を使うのよ。別世界と繋がっているから、もの凄く魔力を使うみたい。だから、女神様とお話をしたら、人型を取る魔力が溜まるまで人型になれない、って言いたいのよ。」
「なるほど。それじゃあ、縄張りは?」
「妖精は、それぞれに縄張りがあるみたいなの。本来は生まれて、妖精が生きていくのに必要なマナがある地を縄張りに選んで、その地に住むの。もちろん、先住がいない場所を選ぶのだけど…シエルは生まれてすぐに私の所に来たみたいで…。」
「そうだよ。生まれたらすっごい近くで素敵なマナがあって、行ってみたらルナティアがいたんだ。…他の妖精の気配も無かったし、だから僕の縄張りにしたの。」
ふふん、と得意げにシエルが胸を張る。
「縄張りと決めたら、一定の距離以上は離れられなくなるって言っていたわ。」
「…ふむ。その縄張りは、土地、という訳ではないのかな?」
「うーん…ルナティアは土地じゃないもんねぇ?…場所?空間?なのかな?とにかく、ルナティアが移動したらボクも移動できるの。」
「縄張りの概念が分からないが…とにかくルナティアの居る近く一定距離でしか生きられない、ということだな。…話を元に戻すが…女神様とお話はいつでも出来るのかい?」
トーマスの質問に、シエルが首を振る。
「いつでも好きな時に、は無理。本当に、すごーく魔力を使うんだよ?女神様は身体が無い世界に居るから、身体を持つ者は普通、行けないんだ。ただ、ボクは妖精だからヒトよりも寿命も長いし、身体だって普段は霊体に近い方だから特別に行けるんだよ。」
「そうか…。」
シエルの言葉を整理しながらトーマスが考えていると、
「あのね、トーマス。」
「ん?」
「女神様とお話をする乙女は、ルナティアが初めてなんだ。」
「「えっ?!」」
トーマスと一緒にルナティアも驚く。
「だって、今までの乙女で、妖精とお友達になった乙女は居ないもん。…女神様言ってたよ。助かる方法に気づいても伝えられなかったって。何人かの乙女には悪いことをしたって…。だから、ルナティアで証明したいんだって。…それと、闇夜の時間が長くなると良くないって言ってた。だから、ボクが場所をルナティアに伝えてさっさと太陽の剣を見つけるのが良いと思うんだ。」
確かに、日に日に闇が濃くなっている気がする。
昨日、暁の乙女が見つかって祈りを捧げているが、根本的な魔力量が少ないせいか、祈ることのできる時間が短いらしく、現状維持が精一杯なのかも知れない。
「分かった。取り敢えず、シエル殿のことは伏せて、陛下に上手くお前が同行できるようにお願いしてみよう。ときにルナティア。シエル殿のことをレグルスは知っているのか?」
「はい、お兄様とライラ、あと殿下がご存じです。」
「っ、殿下も?…いや、同行するなら、レグルスだけでなく殿下も知っていていただけるのは心強いか。…ルナティア、改めて言う。例え世界を救うためだとしても、自分のことも大切にすることを忘れないでくれ。俺たち家族、それ以外のお前を愛している全ての者が悲しまないために。」
「…はい。こんな我が儘をお聞きくださってありがとうございます。」
ルナティアはトーマスと抱き合いながら、改めて生き残ることを決意をしたのだった。
―――同時刻―――
王城内の王の私室では、アレンとジークリードが向かい合っていた。
「父上、先ほど仰っていた、宵闇の乙女が狙われる、とは一体どういう事でしょうか。…乙女が狙われるのではないのですか?」
「勿論、暁の乙女も狙われる。だが…どちらかを狙うなら、宵闇の乙女を狙うだろうな。」
「何故です?」
「宵闇の乙女の方が、多くの魔力を持っているからだ。暁の乙女は基本的に魔力が多くない。祈りに長けているが、それだけだ。対して、宵闇の乙女は自身の魔力を他人に分け与えることが出来る稀有な能力を持つ上に、膨大な魔力を持っていることが多い。魔族が君臨する場合、どちらが障害になるかは一目瞭然だ。」
「ですが、祈りの能力が魔族の世を阻害するのでは?」
「…代用が出来るのだよ、祈りの能力は。」
「代用?」
「そうだ。太陽の剣が、な。例え、暁の乙女を害したとしても、太陽の剣を破壊出来なければ、君臨したとしても害される可能性がある。太陽の剣は破壊出来ないしな。…だが、宵闇の乙女の能力を害してしまえば、暁の乙女の祈りも太陽の剣も、本来の力が発揮できないのだ。それに――。」
アレンがジークリードを手招きする。
ジークリードが近くによると、小声で
「魔族の王が欲するらしいのだ。…宵闇の乙女を。」
と、言った。
「っ!!過去の…宵闇の乙女を欲したと、記録でもあるのですか?」
「…日記を残していた乙女がいて、後で見つかったのだが…そこには「夢で声が聞こえる」と書かれていた。…別の古書にはハッキリと『贄』と書かれていた記録もある。」
「そんな…。」
「…今代の宵闇の乙女がルナティア嬢だと分かれば、間違いなく狙われるだろうな。もしかしたら、だが…歴代の乙女たちは命を落とした、と書かれているが…本当は、贄にされていた可能性もあるという訳だ。」
黙ったまま、ジークリードは両手を握りしめ、その両手はわずかに震えていた。
息子の手の震えを横目にしながら、アレンは話を続けた。
「その可能性もあるから、俺としては宵闇の乙女を探さなかったし、見つかっても公表するつもりは無かった。…乙女がルナティア嬢だというなら尚更公表などしたくはない。だが、今夜、ルナティア嬢から告げられた内容は驚くことばかりだった。その中で、公表せずとも力を発揮する方法が分かったのは僥倖だ。そこに教皇殿が来たのも、神々のお導きなのだろう。…ジークリード。」
「はい。」
「…お前の想い人は、神々の想い人でもあるらしい。…ライバルが多くて大変だな。」
にやりと笑いながらアレンが言う。
「なっ…!?…ラ、ライバルなど…!!」
顔を真っ赤にしてジークリードは慌てた。
幼い頃から、男女問わずに襲われ続けていた息子は、いつの間にか他人と一定の距離をとるように、表情を崩さないようになっていった。そんな中、心を許せる従者や友人に出会えただけでも良かったと心から思っている。
その息子が友人以外のことで表情を崩している。
父として、面と向かって慌てている姿を見るのは何年ぶりだろうか。
父として密かに喜びを嚙みしめている間に、冷静さを取り戻したジークリードは、禁書庫の使用許可を求めてきた。過去の記録を洗い出すつもりなのだろう。
「それは構わないが…明日、いや今日の緊急会議で宵闇の乙女についての不公表と『虹色の魔石』使用の承認を得たら、翌日には太陽の剣を探しに出発することになるんだぞ?」
「心得ています。探索に懸念が残るようなことは致しません。」
ジークリードの言葉に、
「探索は、当初予定通り、大国の警備を多少少なくしたとしても、お前とグラハム、二手に分けて太陽の剣を探しに行く予定だ。大国の、いやこの世界にとって重要な任務だということを忘れるな。」
と、再度言い聞かせるようにアレンが言う。
頷くジークリードを見て、アレンがチェストの引き出しから何かを出し、小声で呪文を唱えた。その後、ジークリードに、紫と金色の魔石が埋め込まれたネックレスを手渡した。
「これで禁書庫に入れる。今日中に俺に返すように。今日中に返さなければ、探索の出立を遅らせるぞ。出立が遅れれば遅れるほど、彼女の魔力が削られることは分かっているな?」
その言葉に、頷くジークリードを確認して、踵を返しながらアレンが付け加えた。
「それから、そのネックレスは誰にも見られないように気をつけろ。…誰にも、だ。いいな?」
渡されたネックレスを首にかけ、トップを自身の服の中に隠れるようにしまった後、ジークリードは王の私室を後にしたのだった。




