もう一つの告白
ルナティアの告白は『宵闇の乙女であること』だけだと思っていた。しかしもう一つあるのだと言う。
そのルナティアに対し、アレンが代表して問うた。
「…紋以外にもまだ何かあるのか?」
「はい。」
ルナティアの返事に、アレンは自身を落ち着かせるため、深く深呼吸してからルナティアに発言を求めた。
ルナティア自身も胸に手を当て、深呼吸をしてから、落ち着いた表情で話し始めた。
「教皇様、魔力測定の時に見つかったという、特級魔法書を覚えていらっしゃいますか?」
「えぇ、あの後、クレオチア大国の王城へお届けしましたが…。」
そう答える教皇に、アレンが、
「ああ、確かに。直接、教皇殿がお持ちくださったあの魔法書ですね?当たり前ですが、開いても持ち主以外は読むことも出来ない本なので、王城の禁書庫に厳重に保管をしました。というか…そもそも特級魔法書のことをどうしてルナティア嬢が知っているのです?」
と、質問を返した。
「特級魔法書を見つけた日がリストランド嬢達の魔力測定の日だったのですが…実は、特級魔法書は、彼女の透明な魔力について知りたくて向かった聖なる場所で見つけた本なのです。彼女が本の持ち主である可能性と考えるのはすごく当然のことではないですか?」
「だから話した、と?」
「はい。」
「だが、当時、話した報告について、私は受けていないぞ?何故、話さなかったのか、理由をお聞かせ願いたい。」
「…あの日、リストランド家の皆様に特級魔法書をお見せして実際にリストランド嬢にも触っていただきました。…が、魔法書は何の変化も無かった。変化がないのは、持ち主ではないからなのかも知れない、と判断したまでです。」
ジッとアレンが教皇を見るが、視線を返す教皇の眼から本意は読み取れない。
ひとつため息をついてアレンが今度はルナティアに向かって尋ねた。
「…特級魔法書がどうかしたのか?」
「実は、世界が闇に包まれた翌日、その本が私の部屋の机の中にありました。」
「は?どういうことだ?!ルナティア嬢の部屋の机、とは、公国の寮の部屋か?」
思いもよらない内容に、思わずアレンが国王陛下らしからぬ声を上げた。
「はい…。どうして机にあるのかは分かりません。…ですが、この紋が刻まれ、目を覚ました日には、私の机の中にあったのだと思います。」
そう言ってルナティアは、机が淡く光っていたこと、その翌日に引き出しを開けたら真っ黒の本があったこと、触れた途端、銀と虹色の装丁の本に変わったこと、そして…本を開いたら、自分の体内に本が吸い込まれたこと…順に追って話をした。
「体内に吸い込まれただと?!ルナティア、身体は大丈夫なのか?!」
後方にいたトーマスが、血相を変えて近寄り、ナティアの肩からペタペタと身体を確認する。
「多分、大丈夫です。…こう、なんとなく温かい気はするのですが不快な感じはありませんし、むしろ元気ですので。」
「そうか…なら良い。いや、良いのか?」
改めて冷静に現状を考えトーマスが振り返りアレンを見る。
トーマスの後ろでは、同様に駆け寄ろうとしたジークリードが、伸ばした手をそっと下げていた。それを視界の端に映しながらアレンが言う。
「…良いとは言い難いな。ルナティア嬢の体調としては良いが…特級魔法書だぞ?一体誰が…どうやって禁書庫から本を持ち出してルナティア嬢の部屋の机に入れたのかも問題だ。しかもそれが体内に取り込まれるなど聞いたことがない。少なくとも王室の書庫にはない。…教皇殿、ラソ教の書庫にそう言った記述はあるのだろうか。」
「…私も、正直、聞いたことはございません。もちろん書庫内全ての本を把握している訳ではございませんが…そのような事例があれば、言い伝えられていると思います。」
流石の教皇も驚きの表情で答え、そしてルナティアに向けて質問をした。
「リストランド嬢、魔法書が体内に、と言っていましたが…特級魔法書の魔法は使えるのですか?」
少し硬い表情でルナティアが頷く。続けて教皇が質問をする。
「特級魔法書に載っている魔法はどの属性魔法なのでしょう?」
「…属性、ですか?」
そう言って黙り込む。
黙り込んだルナティアに、その場の全員の眼が集まる。
(属性…属性…。火水風土雷光闇、どれに当てはまるの?不変の真理以外は、願えば叶うなんて…。一番近いのは…光、なのかな?)
黙ったまま考えている。
ふと、何かを思い出した様にトーマスが質問をした。
「ルナティア、レグルスとライラは紋の存在を隠したいと言っていたな。レグルスは今、こちらに向かっているそうだが、レグルスがルナティアをそのまま置いてくるとは思えない。…こちらに来る前はどんな状態だったんだ?」
「…。」
「軟禁状態でしたね。」
答えないルナティアの代わりに、ジークリードが答える。
「ライラとレグの使い魔が外部との出入り口を見張っていると聞きました。レグが公国を出てからは、ジャンがレグの代わりに見張っていたと思いますよ。」
ジークリードの言葉を聞き、トーマスは、信じられない、と目を丸くして驚いている。
「トーマス。その、ライラとジャンという者は手練れなのか?」
アレンが聞くとトーマスが頷く。
「はい。我が領の暗殺部隊の頭が直々に育てた、次期頭候補たちです。それぞれ、レグルスとルナティアの側近として置いております。その二人を出し抜くなど…。例え私でも、二人を無傷で出し抜くことは不可能です。全く気付かれずに部屋から出ることでも出来ない限りは…。」
トーマスの答えに、アレンとジークリードが同時にルナティアを見る。
「…今更だが…一体、どうやって雑木林へ…?」
無事に、シエルに伝えた場所に辿り着いたことに安心して、どうやって抜け出てきたのか聞いていなかったジークリードが確認する。
どうやって言えばいいのか、どこまで話していいのか、悩んでいると、シエルが耳打ちをした。
『みんな信頼できる人?ルナティアが信頼できる人達なら、見せてあげれば?消えるところ。全部話さなくても良いんでしょ?どうやって抜け出したか、だけを聞いてるんだし。』
シエルの言葉を聞き、考える。
(お父様と殿下は大丈夫、多分、陛下も…。教皇様は、今まで沢山助けていただいたけど、あまり一緒に居ないから分からないわ…)
悩んでいると、またシエルの声が聞こえた。
『教皇は大丈夫だよ。ソール様に選ばれた人だから。』
シエルの言葉に心を決め、ルナティアが口を開く。
「陛下、教皇様、殿下、お父様。今からどうやって抜け出したか、お見せします。」
そう言って深呼吸をし、両手を組んだ。
「……『希求』。」
少しの沈黙の後、ルナティアが言霊を唱えた途端、頭から順に身体がすぅっと消えた。それと同時に、ルナティアから感じていた魔力の気配も消えた。
「「「「???!!」」」」
一同が混乱する中、
「これが抜け出した方法です。属性は分かりません。」
と、答える、姿の見えないルナティアの声と僅かな息遣いだけが聞こえた。
「その魔法は…上級魔法、それも使える者が限られる類の魔法だ。…一般科の年齢で出来るとは…。トーマス、君はいくつで姿を消せる魔法を使えるようになった?」
アレンが感嘆の声を上げた後、すぐ近くに居るトーマスに質問をした。
「私は…18です。魔法科の3年になってすぐ位だったかと。」
「確かトーマスが姿を消せる魔法を使った時、魔法省が大騒ぎだったと記憶しているが…学園在籍中に高度な魔法を使う生徒が現れた、と。その記録を、お前の娘が塗り替えるとはな。…だが、そうなると姿を消せるのは秘密にしておいた方が良いだろう。」
アレンの言葉に、一同が頷く中、トーマスだけが渋い顔をしながら再度質問をした。
「ルナティア、動いてみてくれ。」
「?…はい。」
相変わらず見えないままのルナティアは、聞かれた真意もイマイチ分からないまま返事をした。
トーマスはそっと目を閉じ、自身の耳に集中する。僅かだが衣擦れの音と足音も聞こえる。
「…僅かだが、息遣いも衣擦れの音も足音もするな。姿は見つからないとしても、ライラやジャンの使い魔が気づかないとは思えないのだが…。」
「それは…防音魔法を重ね掛けして―」
「重ね掛けも出来るのか?そもそも防音魔法は風の中級魔法だろう?上級魔法と重ね掛けするのにはセンスが無いとダメだとノーランド嬢から聞いたことがあるぞ。」
話すルナティアの言葉を遮って、驚きを隠せないアレンが言う。
アレンの言うノーランド嬢、とは、現魔法省長官で、ジークリードの側近候補オリガル・ノーランドの母親だ。因みに、トーマスを勝手にライバル視している。
アレンの隣で冷静なトーマスがもう一度質問をした。
「それに、姿と音が消えたとしても、部屋から魔力が消えてしまったらライラが怪しむだろう?そこはどうしたんだ?」
「…ベットに人形を寝かせて…その人形に魔力を少し移しました。どれくらいの間、魔力が残るかは分かりませんが、抜け出して一定以上離れるくらいの時間は稼げると…っ。」
――ステルラ様が言った。
思わず女神の名前を言ってしまいそうになり、言葉を一瞬詰まらせてしまった。
幸いにも、人形に魔力を少し移す、という大変稀有な魔法を使ったことに一同は驚き、ルナティアが言葉を詰まらせたことには気づいていないようだった。
「…完全に確定、だな。」
動揺が広がる中、アレンが口火を切った。
「そうですね…。」
教皇が相槌を打つ。トーマスとジークリードは無言のままだ。
「しかも、特級魔法書を取り込んだ宵闇の乙女、などと公表しようものなら、リストランド嬢へ過度な期待が向けられるでしょうし、…この闇夜を作ったと考えられる魔族から執拗に狙われるかもしれません。」
「だろうな。そうでなくても宵闇の乙女は魔族に狙われやすいらしいからな。」
「っ?!父上、それはどういうことですか?」
ルナティアへの想いを自覚しているジークリードがその言葉に反応する。その反応に、我が子の気持ちの変化に感づいたアレンが、敢えて王の顔で答えた。
「…何故、については不確定ではっきりしていない。ただ、狙われやすいが故に塔からは出さなかった、としか言い伝えられておらん。」
王の顔で答えたことにより、この件は王族秘匿事項であると察したジークリードは、それ以上、この場では問い詰めることを止めた。
沈黙が流れる中、ルナティアが
「あの…宵闇の乙女が誰か、は公表しなければなりませんか?」
と、聞いてきた。
「公表…?ルナティア嬢は、無関係の者たちが巻き込まれないよう、公表するためにここに来たのではないのか?」
「いえ、公表は『宵闇の乙女が見つかった』と言う事だけで、私であることは伏せていただきたいと思いまして…。」
「ふむ、伏せる、か…。」
「よく分からないのですが、名を公表してしまえば魔族に狙われやすいのですよね?そうなると必然的に塔で暁の乙女のグレシャ様と共に過ごすことになると思います。その方が結界も警護もしやすいでしょうから。ですが、それでは過去の乙女たちと全く同じ状況となってしまいます。未来の乙女たちの為にも、私は女神様の案を試したいのです。もちろんこれには、虹色の魔石を使わせていただくことが必要、となるのですが…。」
「名を公表しなければ、魔族も執着しようがないのは確かだな。となると…。」
アレンが教皇をチラリと覗き見る。
それに対し、教皇はにっこりと微笑みながら答えた。
「私の番、ということですね。お任せください、陛下、それからリストランド嬢。虹色の魔石の使用許可について、大国の貴族の方々を納得させて見せましょう。」
その答えに満足した笑みを浮かべたアレンが
「ときにルナティア嬢。名を公表せずに宵闇の乙女としての務めを果たすとして、何処でどのように過ごすつもりなのだ?通常通りが一番、紛れ込みやすいが、警護が難しい。そうなるとやはりリストランド領で過ごすのが一番安全か…?」
と、聞くと、ルナティアはまた、一同が驚く発言をしたのだった。
「いえ、私は、殿下や兄と共に、太陽の剣を探しに行こうと思っております。」




