提言者
全員でその気配に警戒していると、段々と『誰か』の姿がはっきりと見えるようになってきた。
アレンが小声でルナティアに防音魔法の解除を指示し、解除がされた後、冷ややかな声でその『誰か』に声をかける。
「これはこれは…教皇殿。一体どのようにしてこの間へ入られたのか。ここは現在人払い中なのだが…。」
「クレオチア大国の陽の象徴、国王陛下。突然の来訪をお許しください。…実は正直なところ私にも何故ここに辿り着いたのか分からないのです。」
頭を垂れ、敬意を表す仕草をしながら、教皇が答える。その様子に、アレンはトーマスをちらりと見る。その視線に対してトーマスは、教皇を見てから軽く頷き返した。
トーマスの頷きに、反意はないと判断したアレンが、そのまま言葉を続ける。アレンとトーマスの後ろで、ジークリードがルナティアを背に隠すように立った。
「…分からない?どういうことか説明していただけるだろうか。」
「はい。…正式な教会の司祭であったリリーが、今朝、…いや昨日の朝、ですね、暁の乙女として表明されたことにより、各地で宵闇の乙女を探す動きがより活発になりました。あの物語のとおり、乙女は二人でないと闇を払えないと、世界中の誰もが信じているからです。元々、闇に侵されてから、各地で乙女探しが秘密裏に行われていたようですが、暁の乙女が見つかったことで表立って宵闇の乙女を探す活動が激化したようなのです。…たった1日で、乙女に担ぎ上げられる少女達から、教会に助けを求める声が数倍になりました。ラソ教としても、無関係な少女たちが無理やり担ぎ上げられるのは好ましくない。…いえ、例え本当に乙女だとしても無理やり背負わせるのは望んでおりませんから…。」
その話を聞いたルナティアは、ジークリードの後ろでやや俯き、両手をギュッと握る。
教皇には、姿は見えないが王太子の後ろで、手を握りしめる誰かの手だけが視界の端に映り込んだ。その手を見つめながら、そのまま話を続けた。
「何か良い方法はないかと…北の洞窟に入り、聖なる場所を目指したのですが…何故かここに…。信じていただけるかは分かりませんが…。」
一同、無言で顔を見合わせている。教皇の言っていることが本当かウソかを見極めているのだろう。そんな中、
「私は…信じます。」
と告げながら、ルナティアがジークリードの後ろから姿を現した。
「ルナティア嬢?…何故、そんなにハッキリと信じると…?」
驚きながらアレンに聞かれたルナティアは、戸惑いながら小声で信じる理由を述べ始めた。
「え…えっと…、そ、その…女神様が…。」
「女神のお告げがあるのか?!」
思いもよらぬ名前に、アレンが食い気味に詰め寄る。
「その…意識の中でお会いした、女神様が『教皇様を信じて良い』と仰っていたから…。」
(本当は、シエルが『大丈夫』って言っているんだけど…)
何とか誤魔化そうと、苦し紛れの言い訳を言ってみたのだが、アレンとトーマスは信じたようだった。…シエルのことを『光』として見えているジークリードは、気づいているようだが…。
納得して頷くアレンに、今度は教皇が話しかけた。
「信じていただけで何よりです。今度は私が質問をしても…?」
「あぁ、構わないが…。」
「では…。皆様はここで一体何をされていたのですか?こんな夜中にお人払いまでされて…。」
「…。」
「…私は、乙女の件で何か手掛かりがないかと洞窟に入り、ココに導かれました。つまり、ここで何か乙女に関する情報があるのでは、と考えているのですが如何でしょうか。」
質問に無言で答えなかったアレンに向けて、教皇が核心を突いた質問をする。
今日、この場の話は『内密』なのだ。
従って、先ほど聞いた話を、いくら教皇であったとしてもおいそれと話す訳にはいかない。だが、聖なる場所に導かれてここに来た教皇に、どう言えば誤魔化せるというのか…。
頭の中で誤魔化し方法を色々と巡らせていると、ルナティアがアレンに対して言った。
「陛下、お話しいただいても大丈夫です。…多分、教皇様はお気付きでしょうから…。」
その言葉に、トーマスも何かを思い出したかのように顔を上げ、アレンを見る。
トーマスとルナティアの表情から察したアレンは、正直に教皇に話すことを決めた。
「教皇殿、これから話すことは現段階では他言無用に願いたい。」
そう言い、アレンは、ルナティアが宵闇の乙女であること、意識の中でルナティアが女神様と話をし、虹色の魔石を使えば命を落とさなくて済むかも知れないということ、などを話した。
教皇は、驚いた表情をしながらも、黙って最後まで話を聞いていた。
そして話を聞き終わると、ルナティアと2人きりで話をしたい、との希望を言った。
ルナティアが再度防音魔法をかけ、5分程度ではあったが、ルナティアと教皇の2人で話し合いが行われた。
話が済み、防音魔法が解かれた後に、教皇からアレンに提案があった。
「陛下、虹色の魔石の使用については、私が提言いたしましょう。恐らく他の誰が提言するよりも皆様が納得されるのではないかと思いますが。」
「っ!…それは願ってもないこと。ですが…虹色の魔石を使うということは、宵闇の乙女が誰か、表には出さない、ということになる。ラソ教としては、乙女を象徴として擁立したいのでは?」
「…そう、ですね。確かに、世界中が闇に包まれている状態ですから、人々の心の支えとしては、乙女の存在は大切です。ですが、その対価に、誰かが犠牲になるのはやはり違うと思うのです。犠牲を払わない方法があるなら、私はその道を選びたい。…女神様もそうお考えだから提案されたのだと私は思います。それに――」
そう言いながら、ルナティアの方をチラリと見る。そしてそのまま言葉を続けた。
「実は…リストランド嬢にも…勿論、ここに居る皆様にもお話ししていないことがあるのです。」
そして教皇が語ったのは、ルナティアが元々持っていた透明な魔力が、数か月前の再測定時には、虹色の魔力に変わっていたことを告げた。
「虹色の魔力など、ラソ教内の文献では見たことがありません。一体どのような魔力なのか、と思ってたのですが…祈りの媒介に虹色の魔石を使うと聞いた時、やっと繋がりました。」
話を聞いていた一同が、一斉にルナティアを見る。知っていたのか、と問われていると感じたルナティアは首を振る。
その様子を見て、今度はトーマスが質問をした。
「教皇様、魔力測定の時から、娘に多大な配慮を頂きありがとうございます。ですが…その…虹色の魔力、とは一体?どうやら娘自体も知らないようですが…。」
「あぁ、それは…お伝えしておりませんから…。再測定の時、水晶はリストランド嬢の風魔力と土魔力が全体を覆うように見えておりました。…まるでそれ以外の魔力は存在しないかのように。そのせいで、透明な魔力について確認が出来なかった為、後で解明出来るよう、学首が映像記録を行いました。そして、ご令嬢がお帰りになってから、改めて分析した結果、風魔力と土魔力の奥、内側に虹色の魔力を見つけたのです。私たちは、虹色の魔力は透明な魔力が成長したものだと考えました。ですが…先ほども言った通り、教会にある文献には虹色の魔力に関する情報は無く、もし、分からないままこのことを公表しようものなら、ご令嬢の身の回りが激変してしまうと思い、学首と話した結果、ご令嬢が学園を卒業するまでは我らの胸の内に収めておくことにいたしました。…卒業の時に改めて再測定させてもらい、まだ虹色の魔力が存在しているなら、リストランド卿とご令嬢に相談の上、ご報告しようかと…。」
後半は少しだけ、言いにくそうにしながら、教皇は黙っていた経緯を話す。
話を聞いた後、アレンは深くため息をついた。
「…教皇殿、ラソ教は独立した存在故、報告する義務はないのは確かだが…我が国の国民についての情報を隠匿するのは反逆の意があると思われるとはお考えにならなかったのか。」
「…。」
黙る教皇の前にトーマスが立ち、
「お待ちください、アレン様。アレン様の仰ることは…大国の王としてはもっともな事ではございますが…今は大国の王としてではなく、一家の長として居るのではないですか?」
と、援護をする。
ふむ…、と考えるアレンに対し、続けてトーマスが訴えた。
「それに…教皇様の胸の内は、我が娘を慮ってのこと、もし、その思いを罰するというのであれば、我がリストランドも共に罰してくださいませ。」
深々と頭を下げるトーマスを見てアレンは、更に大きなため息を吐いた。
「…教皇殿、私の言い方が悪かった。トーマスの言う通り、今は王としてこの場に居る訳ではない。先ほどの反逆云々については聞き流していただけると助かる。」
「ご温情、痛み入ります。」
僅かにホッとした表情をして教皇が頭を下げた。
その様子を見ながら、
「だが――。」
と、アレンは言葉を続けた。
「…今夜は衝撃的な話が多すぎる。少しは想定していたが…もう皆、隠し事は無いだろうな?」
そう言いながらアレンがぐるりと全員を見渡す。
沈黙が流れる中、
「実は…もう一つ、お伝えしなければならないことがございます。」
と、ルナティアが俯きながら口を開いた。




