闖入(しんにゅう)者
謁見の間の奥に進むと、玉座に座するシルエットと、その隣にもうひとつのシルエットが見えた。
玉座に座すると思われる国王陛下に敬意を表すべく、ルナティアは頭を垂れて前へと進み、ジークリードの発言を待つ。
「陛下、夜分に申し訳ございません。どうしても急ぎ、内密にお知らせしたいことがございまして…。」
ジークリードの言葉に、陛下が玉座から降りながら声を掛ける。
「ジークリード。確かにここは謁見の間であるが、ここに居るのは私ともう一人のみ。内密な話というのであれば、今、この場は国王と王太子でなく、父と子として話をしようではないか。」
そう言いながら2人の前まで来ると、人懐こい笑顔をルナティアに向けて言葉を続ける。
「…ルナティア嬢、久しいな。元気だったか?」
「はい、大国の陽の象徴、国王陛下に置かれましては――。」
「…堅苦しい挨拶は要らんと言っているのに…。」
ルナティアが頭を垂れたまま、大国の陛下に対する挨拶を言うと、少し呆れたような声で挨拶を切り、更に言葉を続ける。
「…誰に似たのか…見目はデメーテルと大祖母様にだが、性格はお前似か?」
――お前、とは…?
素朴な疑問を持っていると、『お前』と呼ばれたらしき人物が話し始めた。
「お褒めに預かり光栄です。」
聞き覚えのある声に、ルナティアは思わず顔を上げてしまった。
「お父様?」
「ルナティア、久しいな。3か月ぶりくらいか?」
目の前には、微笑む父の姿があった。
「お久しぶりでございます。…というか…、お父様は、どうしてこちらに…?」
「陛下からひとつ仕事を頼まれていてな、その報告に昨日…いや今となっては一昨日か、来ていたのだが…、陛下から、殿下がお前を連れてくる、という話を聞いて待っていたんだよ。…この先、俺も魔物討伐に行く可能性もあるし、なかなか会えなくなるかもしれないと思ってな。」
大国一の戦闘能力を持つトーマスに、魔物討伐の指令が下らない訳がない。そして、討伐に出ればいくらトーマスでも無傷で帰ってくる保証もないのだ。
トーマスがルナティアと話している間、アレンとジークリードは小声で何やら言い争っていた。それに気づいたトーマスがアレンに向かい一礼して一歩下がる。
「相変わらず融通の利かない奴だ。…まぁいい。それで、ルナティア嬢。内密の話とは何だ?…父が居たら言いづらいか?言いづらいなら離席させるが…。」
アレンが言う隣で、ジークリードが少し申し訳なさそうな顔をしている。
多分、陛下が勝手に父を呼んだのだろう。それも、親子の対面と思い、良かれと思って。
(大丈夫、陛下に打ち明けると決めた時から、お父様にも伝えなければ、と思っていたことだもの。)
そう考え、ジークリードに笑顔を向けた後アレンに向き直り返事をした。
「いえ、父に同席いただいても問題ございません。むしろ、一緒に聞いてもらえた方が良いかもしれません。」
「そうか、それは良かった。して、話は?」
勝手に呼んでしまった手前、少し心配でもあったのだろう、ホッとした表情をしながらアレンが答えた。
「父上。ルナティア嬢の話を聞く前に、防音魔法をかけたいのですが。」
話を一旦切り、ジークリードが口を挟んだ。
許可を得て、ルナティアが防音魔法をかける。すると、アレンとジークリード、トーマス、ルナティアの4人を見えない壁のようなものが囲う。
アレンがルナティアの鮮やかな手際に感心していると、準備が出来たルナティアが、
「陛下とお父様に見ていただきたいものがございます。」
と言い、おもむろに胸元のリボンを解き、胸元に刻まれた宵闇の紋を見せた。
アレンとトーマスは、ルナティアが見せた紋を見て、言葉が詰まった。詰まりながらアレンはトーマスの表情を窺うように見ている。その様子に気づいているのかいないのか、先に言葉を発したのは、トーマスだった。
「…ルナティア、紋のことは…レグルスは知っているのか?」
「はい。ライラも知っています。…多分、ジャンも。」
「レグルスは何と?」
「…。」
沈黙は、ルナティアの行動と反対を意味するのだろう。
はぁ、とため息を吐いた後、低い声でトーマスは質問を続けた。
「…それなのに、どうしてお前はここに来た?それに…殿下、貴方様はどうして…。」
「お父様!殿下は関係ありません。殿下は…殿下は、私の我が儘を聞いてくださっただけです。」
肯定なのか否定なのかどちらとも取れない表情でジークリードを見つめるトーマスに対し、ルナティアがジークリードの前に庇うように立つ。
それまで、無言だったアレンが口を挟んだ。
「トーマス。…聞いているとお前の言葉からは「見なかったことにしたい」とも聞こえるだが…?」
「っ…それは…。」
「まぁいい。家族なら、しかも愛娘ならそう思うのは当然だろうからな。それに、今はただの二家の親子として話をしている。不問にしよう、気にするな。…ときに、ルナティア嬢。」
「はい。」
「紋を内密に見せる、ということはどういうことか、話してもらえるかな?」
「はい。…この紋が我が身に刻まれた時、意識の中で女神様にお会いしました。その中でお聞きしたことをお伝えした上で、ご協力を頂きたいのです。」
アレンを見つめ、凛とした姿でルナティアが話し始めた。
――ルナティアから聞いた話は、過去の王室に伝えられている伝説と異なることがいくつかあった。
そもそも暁の乙女と宵闇の乙女は、共に祈らなければ闇の浸蝕を防げないとされていた。だが、その言い伝えが虹色の魔石によって覆るという。しかも虹色の魔石を使用することで、宵闇の乙女が命を落とす可能性が激減するかもしれない、というのだ。
一通り話を聞いた後、アレンは頭を悩ませた。
若かりし頃から憧れたトーマスの愛娘、ルナティアの言葉を信じない訳じゃない。そもそも、命を落とす可能性が高い宵闇の乙女を探すことに、乗り気では無かった。それが命を落とさなくても済む方法があるかも知れない、というのなら信じたい。だが、ルナティアの話を証明する術が無い以上、周りの者たちを納得させられないのだ。納得させることが出来なければ、当然、虹色の魔石を渡すことも出来ない。虹色の魔石はクレオチア大国の最も大切な国宝とされる。…唯一救い(?)なのは、存在を知っている者が僅かである、ということくらいか…。
「…ジークリード。」
考え事をしていたアレンがふと思いついたように声をかける。
「はい、父上。」
「今更だが…お前は何故、ルナティア嬢をここに連れてきた?王太子としての使命か?」
「…いいえ。むしろ私は…、隠蔽出来るのならしたいと思っていました。ですが…ルナティア嬢が…例え助かったとしても代わりに他の者が傷つくなら、二度と心の底から笑えない、と言ったので、彼女の望みを聞いただけです。…本当は今でも隠せるなら隠したい。でも、それ以上に彼女の笑顔を守りたい。そのために私が出来ることは全て行うつもりです。」
アレンの質問に、迷いのない瞳でジークリードが答える。
アレンは黙ってジークリードを見つめた後、
「全く…。内密でなければとんだ問題発言だな。王太子としては失格の発言だが…お前自身の気持ちは分からないでもない。…となると…問題は他の者をどうやって説得するか、だな。」
と、再度考え始める。
丁度その時、急にトーマスが後ろを振り返った。
「どうした?」
トーマスの動きにアレンが尋ねる。
「アレン様。謁見の間に他の誰かを呼んだりなどしておりますか?」
「いや、人払いをしてある。誰も入れない筈だが…っ!?」
アレンも途中で言葉を止め、トーマスが振り返った先を見つめた。
そしてアレンが言葉を止めたのと同時に、ジークリードとルナティアも同じ方を見つめた。
明らかに『誰か』が居る。そして誰かがこちらに向かって来るのをその場の全員が感じていた。




