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閑話休題:ライラの過去②~一目惚れ~

 孤児施設に来てから、1年がたった。


 セリム施設長は、子どもの年齢に応じた仕事を割り振って掃除や食事の準備などをさせた。天気の良い日は外で遊ばせ、勉強も教えてくれた。お蔭で、この国の言葉の読み書きは出来るようになった。

 施設長に言わせると、私は『とても優秀』らしい。私と同じ年のジャンも優秀で、トーマス様の息子の侍従候補だそうだ。と言っても、息子はまだ5歳らしいけれど。

 トーマス様にはもう一人令嬢がいて、その子の侍女候補はまだ決まっていないらしい。

(トーマス様のお子様だもの、きっと綺麗に違いない。だって、トーマス様は施設に来るたびに「私の天使」と言っているし、一度だけ、トーマス様が施設に連れてこられた息子のレグルス様だって、とても綺麗な男の子だったもの。)

 そんなことを考えながら、いつかトーマスの役に立つ仕事をすることを夢見つつ、仕事も勉強も頑張って過ごしていた。


 そんなある日、施設長から声をかけられた。

「ライラ、君は今、7歳だったよね?この施設には12歳までしか居られないんだ。君が12歳になった時、どんな仕事をしたいと考えているか聞いておきたくてね。今までは、一般的な読み書きと簡単な計算を教えてきたが、これからは望む仕事によって、学ぶことを変えようと思っているんだが…君はどんな仕事をしたいと思っている?」

「私は…おこがましいかも知れないけど…トーマス様のお屋敷で働きたいです。」

 私の言葉を聞いて、施設長が笑ったような気がした。

「そうか…リストランド邸での仕事を望むのか。」

 少し、施設長は考えてから言葉をつづけた。

「ライラ、リストランド邸で働くには、まず、仕事に空きがでないと働けない。更に空きが出たとしても、自身を守る程度、戦うことができる者でなければ無理なんだ。」

「空き、ですか…。予定はありますか?」

「いや、リストランド邸で働く者はなかなか辞めないからね。トーマス様もあの通りの方だし、奥様もご子息もご令嬢も美しくお優しい方だから…。…あ、そういえば、一つだけ枠が増えたな。」

「それはどんなお仕事ですか?」

「ご令嬢ルナティア様の『専属侍女』だ。ただ…。」

「ただ?」

「『専属』だからな、個の主を持つことになるから、自身を守るだけでなく、主人のことも守らなければならない。つまり、他人を守れるほどの戦闘能力を身につけなければならない、ということだ。それはとても大変なことなんだよ。…それでもリストランド邸での仕事をしたいかい?」

 施設長の質問は、リストランド邸で働くには、最低でも戦い方を覚えなければならないこと、そして働くなら、トーマス様でなく、お嬢様をお守りすることになる、ということなのだろう。それがトーマス様のためになるというなら、答えはひとつだ。

「はい。」

ハッキリと自分の意志を込めて答えると、私に施設長は背を向けてついてくるように促した。


 施設長の後をついていくと、施設長室へ通された。

施設長室は、施設長個人のプライべートルームで、当然だが一度も入ったことのない部屋だ。

 部屋に入るなり、施設長はもう一度私に訪ねた。

「この先に進んだら、もう後戻りはできない。…もう一度聞くよ?君は、リストランド伯爵家の為に、いやルナティアお嬢様のために戦えるかい?『戦う』ということは、どんなに訓練をしても、実戦の経験がなければ、役に立たない。実践の経験をすることが最終試験となるんだ。…『実践の経験』とはどういうことか分かるかい?」

「…。」

「『人を殺すこと』だ。」

「っ!」


 驚き固まってしまった。固まった私に

「ここは大国の命綱—―国境を守る地だ。王都に比べてどうしても危険度が上がってしまう。この地を治めるトーマス様は勿論、奥方様もレグルス様も戦う術を持っている。ルナティア様も、いずれ戦う術を学ぶことになるだろう。だからこそ、主に護られるような使用人では困る。主が戦いに怯んだとしても、主の為に戦える、そんな者でなければリストランド邸では働けない。ましてや、『個の主』を持つものなら尚の事だ。」


 黙って話を聞いていた私に、もう一度施設長は訪ねた。

「…ライラ、この話を聞いても、まだリストランド邸で働きたいか?さっきも言った通り、君がリストランド邸で働くことを望むなら、ルナティア様の専属としての教育を進めることになる。普通の侍女ではない。その場合、命を捧げる相手は、トーマス様ではなく、ルナティア様だぞ?」

「ルナティア様…。」

(お会いしたこともない令嬢のために命を捧げられるのだろうか…いくらトーマス様のお子様だとしても…)

 そんな私の不安を見抜いたのか、セリム施設長がため息をつきながら提案をしてきた。

「では、一度、ルナティア様に会ってみるか?」

「…会う?」

「勿論、面と向かってではないが…近々、奥方様とレグルス様と一緒に街に買い物に出られるそうだ。一度、遠目にでも見てからもう一度考えるといい。…正式な返事はその後だ。」



 それから数日後、施設長に『お使い』を頼まれた。何故かジャンと一緒に。

 お使いの内容は、ジャンが知っているので、基本的にはついて行った先で買い物の手伝いをすればいいらしい。

 ジャンの後をついて買い物をしていると、街の裏路地から怒鳴る声が聞こえた。声の感じから子ども同士が言い争いのようだ。ジャンも気づいたらしく、お互いに目を合わせて頷き、声のする裏路地へゆっくりと向かい始めたその時、目の前を駆けていく幼い少女が目に入った。女の自分から見てもお世辞でなく『愛らしい』という形容が合うきれいな白銀髪の少女が、迷いなく裏路地へ駆け込んでいったのだ。

「ルナっ!!待つんだっ!!」

そう声を上げながら、少女の後ろから、見たことのある美少年が追いかけていく。

(あの子は…レグルス様?)

そう思った時には、ジャンはすでに裏路地に向かって駆け出していた。

 私も急いでジャンの後を追った。

 路地裏の入り口で見た光景は、子猫を抱いて(うずくま)るまだ幼い少年と、その少年を庇うように仁王立ちしている白銀髪の少女、そしてその少女の胸倉を、自分と同じ年頃の少年が掴もうとしている瞬間だった。

(危ないっ!)

 そう思った瞬間、少女の胸倉を掴もうとした少年の腕をレグルス様が掴み捻りあげていた。その光景を、少女は少し震えながら、でも目を逸らさずに、幼い少年と猫をイジメていたであろう少年を真っすぐに見つめていた。

 レグルス様は、少年の腕を捻り上げたまま少女を振り返って言った。

「ルナ、どうして一人で駆けだしたんだ。危ないだろう。…まだルナは3歳の女の子なんだぞ?」

「…だって…こえがきこえたんだもん。『たすけて』って…。」

「ふぅ…それ、僕には聞こえなかったけど、ルナには聞こえたんだな。」

「うん。」

 会話の間、ずっと腕を捻り上げられた少年は「痛い痛い」と騒いでいた。

「うるさい。」

 レグルス様は、腕を捻り上げた少年の腹を蹴り飛ばした。蹴り飛ばされた少年は、腕とお腹を押さえて蹲った。

 その様子を横目にしながら、レグルス様は少女にとても優しい笑顔を向けて

「…ルナ、助けを求めている人を助けることは悪いことじゃない。だけどね、まだ、ルナは自分の事だって守れないのに、ひとりで助けに行くなんて無謀だし、危険だよ。だから…」

少女の頭にそっと手を当て撫でながら続けた。

「せめて僕を連れて行ってくれよ。…ルナのことは僕が守るって言っているだろう?」

「にいさま…。」

「ルナが守りたいものを兄さまも一緒に守るから…ね?」

「…はい。ごめんなさい。」

「ん、いい子だ。」

すくっと立ち上がると(うずくま)る少年を、ひどく冷たい目で見下ろして言った。

「さて…と、コイツ、どうしてやろうか。どんな理由であっても、僕の可愛いルナの胸倉を掴もうとするなんて…。」

 見下ろされた少年は、冷たい視線に完全に怯えていた。

 そこに、逃げようとしていた少年の仲間を、いつの間にか捕まえていたジャンが声をかけ、少年たちは辺境地警備隊へ引き渡された。


 そんなやり取りをしているその隣で、幼い少女が少年と猫に声をかけていた。

「だいじょうぶ?たたかれたり、けられたりしたよね?ケガはない?」

「うん、ぼくはだいじょうぶだけど…この子が…。」

「あっ、あし、けがしてるっ!…ちょっとまってて。」

 少女はそう言うと、広場の水飲み場まで走っていき、持っていたハンカチを湿らせて戻ってきて、猫の怪我をした足にハンカチを当て、傷をキレイに拭いた後、髪を結んでいたリボンを外して、傷口を押さえたハンカチが外れないようにくるくるとリボンで猫の足を巻いてあげた。かなり不格好な巻き方だったけど。

「はい、これでだいじょうぶだとおもうけど…できたらおいしゃさんにつれていってあげてね?」

と、にっこりと笑った。


 一連のやり取りを、離れた場所で見ていたが、少女の笑顔を見た瞬間、身体が固まった…というか、息が出来なかった。息が止まり…ドキドキが止まらなかった。

 多分、あの白銀髪の少女が『ルナティア様』だ。

 私が『覚悟』を決めたら、『傍で守る相手』。


 自分と同じ年頃の男の子を庇い、傷つけられそうになってもひるむことなく、真っ直ぐに見つめた紫紺の目。

 そして手当をした後の笑顔。…まさか自分が、それも年下の女の子にドキドキするなんて…。



 そうして私は初めての『一目惚れ』をし、お使いから帰ってすぐ施設長に『覚悟』が決まったことを伝えた。

もう一話続きます。。。

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