目覚め
シエルの力で3人が一緒に元の世界に戻ると、
「ルナ!!!」
「ルナティア様!!!」
と、当たり前だがレグルスとライラがものすごい勢いで駆け寄ってきた。
「一体、何処に行っていた?僕達が奥の部屋から戻って来てみたら姿が無くて…ジークも見当たらないし…本当に心配したんだぞ?どこも怪我はないか?……無事であったなら良かったが…。それにしても…。」
余程心配をしていたのだろう、レグルスが珍しく捲し立て、無事を確認すると同時に、ちらりとルナティアの隣に立つ、見たことの無い水色の髪の美青年を見て、急に顔色を変え聞いた。
「…彼は一体…?」
明らかに訝しんでいる表情だ。
すると、その視線に気づいたルナティアが、レグルスとシエルの間に入り、
「心配かけてごめんなさい。でも、見つかったのよ!…彼が妖精よ。」
と、謝りながら説明をした。
ルナティアの言葉に、想像していた妖精と異なる姿の妖精を紹介され、レグルスとライラは驚きを隠せない。
「いや、妖精って…教科書に載っている妖精は、こう、羽の生えた小さな生き物だと認識していたけど、彼はどう見ても『人』にしか見えないのだが…。」
困惑しながらレグルスが言うと、自慢げにシエルが答えた。
「君たちの思ってる姿になることも出来るけど…そうするとみんなは見えないでしょ?ボクはルナティアと繋がっているから『人型』をとれるんだよ。この姿ならみんなにも見れるし話せるから…。もちろん、こんなことが出来るのはルナティアのお陰なんだけどね。」
シエルの言葉を聞いても、レグルスとライラは顔を見合わせている。
「レグ。彼が言っていることは本当だ。正真正銘、彼はルナティア嬢の妖精だよ。どうしても信じられないなら…シエル。」
「ん?」
「『人型』を解いてもらえるか?元の姿になって欲しいのだが…。」
「いいけど…そうするとルナティア以外見えないけど…いいの?」
「あぁ。かろうじて俺は光として見ることが出来るし、恐らく、この場で消えた方がきっと信じてもらえると思うんだ。」
ジークリードの言葉を聞き、シエルはルナティアに確認を取る。ルナティアが頷くのを確認すると、
「分かった。それじゃあ、ちゃんと見ててね。」
そう言った途端、先ほどまでルナティアの隣にいた水色の髪の美青年が急に消えた。辺りを見回しても何も見えない。…がルナティアだけは真正面を向き、何かと話をしているようだ。
「…ルナ?その…先ほどの妖精は今、ルナの目の前に居る、ということなのか?」
「はい、居ます。…もしかして見えるのですか?」
「…いや、見えないけど…。はぁ、分かったよ、信じる。信じるから先ほどの姿になってもらえないか?」
レグルスが降参して両手を上げながら言うと、
「やーっと信じてくれたぁ♡」
と言いながら、シエルがまたルナティアの隣に人型を取って現れたのだった。
「改めまして、妖精殿、御目通りが叶い嬉しく存じます。併せて先ほどのご無礼、何卒ご容赦くださいませ。」
再度現れた『人型』のシエルに対し、レグルスが深々とお辞儀をしながらお詫びの言葉を述べる。その後ろで同じように深々とライラも頭を下げていた。
「え、別にいいよ。ボク、堅苦しいの苦手だから。それより――」
シエルが何かに気付いたようにドアの方を見ると、部屋の外がざわついているようだ。
様子を見るためにジークリードがドアを少し開けると、丁度そこを通りがかった司祭が、ホッとした表情で話しかけてきた。
「あぁ、殿下!お探し申しておりました!大変恐縮ですが…ちょっとご相談がございまして…こちらへお越しいただけないでしょうか。」
話しながら、奥に居るレグルスやルナティア達のことも気になるのだろうか、ちらちらと視線を送っている。
「何かあったのか?」
「はいっ!やっと、やっと目覚めたのです!それで偶然にも、殿下がいらっしゃるならご挨拶をした方が良いかと思いまして…。」
と、司祭は目を輝かせながら、しかし、ジークリードだけに聞こえるよう小声で耳打ちした。
「殿下、何かございましたか?」
人前、ということもあり、言葉遣いに注意しながらレグルスが近寄ってくる。ジークリードは、他の者が寄らないように制止しながら、
「何でもない。…お前たちは目的を達せたし、疲れただろうからもう寮に戻ると良い。レグルス、お前は護衛として残れ。…ライラとシエル、ルナティア嬢を頼む。」
と言い、レグルスを伴って、司祭と共に部屋を出て行ってしまった。
そして、残されたルナティアとライラ、シエルの3人は、後から来た他の司祭から帰るように指示をされ、大聖堂を後にしたのだった。
一足先に学園に戻ったルナティアは、学首に目通りを依頼し、約束通り学首室で人型のシエルを紹介すると、学首は目を輝かせながらシエルと握手をした。
あまりにもあっさりと信じるので不思議に思いながら学首に尋ねてみると、
「空気?というか雰囲気?というか…とにかく、普通の人間には無いものを纏っている、と感じたから。」
と、さらりと答えていた。…流石は『聖なる場所に選ばれた人』だということなのだろう。
学首との目通りも終わり、ルナティア達は女子寮の自分達の部屋に戻る。ライラにお茶の準備を頼み、着替えのため自室に入ると、先に来ていた妖精姿のシエルが、少し興奮気味に窓際の机の周りを飛びながら話しかけてきた。
「やっと来た!!ねぇルナティア!ここ、ここに何かあるみたいだけど…何?なんか懐かしい気がするんだけど…。」
(…そう言えば、黒く汚れたような古い本があって…でも、淡い光を放っていた気がする…)
そう考えながらルナティアは、机の一番上の引き出しを開けた。―そしてそこには、確かに昨日見かけた『古い黒い本』が入っていた。
「この本は…私の本じゃないと思うわ。見覚えが無いし…――うっ…。」
途中まで話すと、急にルナティアの頭が痛みだした。
(頭が痛い…何、急に…。この本、見覚えが無い…?本当に…?…違う、ある…ない…ある…、……そうだわ、思い出した!)
思い出した途端、先ほどの頭痛は嘘みたいに無くなった。
「見覚え、あるわ。これ…『特級の魔法書』よね?」
10歳の時の魔力測定の日。シエルと出会った日に教皇様が来て見せてくれた『特級の魔法書』。
(確か、王城で保管する、って言っていた気がするんだけど…どうしてここに?)
そう思いながら、恐る恐る『特級の魔法書』と思われる『古く黒い本』に手を伸ばした。
ルナティアが本を手にした瞬間、淡く光っていた古く黒い本は一瞬だけ、強い銀色の光を放ち、すぐに消えた。
光に驚いたルナティアが本を持ったまま固まっていると、同じく光に気づいたライラが部屋に飛び込んできた。
「お嬢様!大丈夫ですか?!先ほどの光は一体……これは?」
ルナティアの手の中にある、銀色の本を見て、ルナティアの顔と本を交互に見ながら続けて言う。
「えっと…、お身体は…大丈夫なようですね。ところで…先ほどの光は、初級の本ですか?…初級の魔法書が持ち主が確定する時以外に光を放つなんて…一体どういうことなのでしょうね?」
どうやらライラには、特級の魔法書がルナティアの初級の魔法書に見えるようだ。…確かに表表紙が銀色の本に変化したことで、ルナティア専用の初級の魔法書と同じ外装になったのだからそう見えても仕方がない。
「え…っと…」
どう説明したらいいものか迷ってルナティアが口籠っていると、
「「大丈夫かっ?!」」
と、レグルスとジークリードが隣のリビングへと駆け込んできた。どうやら遅れて大聖堂から戻ってきて学園の門をくぐったところで、一瞬だけ光った銀色の光を見て駆け付けたようだった。
その後ろから、やや怒りモードの寮館長もついて来て、捲し立てた。
「一体どうしたというのです?!先ぶれもなく女子寮に来て「一刻を争う」などと…。このように夜が明けない状況の中で、生徒たちの不安を煽るような行動は困るのです。…ちゃんとご説明いただけるのでしょうね?!」
ルナティアの無事を目視で確認したジークリードが、寮館長に向き直り礼をして答えた。
「寮館長殿。突然の来寮、申し訳ない。説明は私、クレオチア大国の王太子ジークリードからさせていただこう。ルナティア嬢、リビングを借りても?」
「はい、どうぞ。」
「ありがとう。では寮館長、こちらへどうぞ。…あぁ、悪いが他の女子生徒達は自室へ戻ってもらえるだろうか。詳細は後で寮館長から話していただくから。」
普段、学園内で大国の王太子と名乗らないジークリードが、敢えて名乗ることの意味を察した寮館長は、自分の後からついて来ていた数名の女子生徒達に自室へ戻るよう指示をして、自分だけルナティアの部屋に入りソファーへと座った。
ルナティアも自室から出て、リビングのソファーに座る。その隣にレグルスが座り、ライラは急いでお茶を淹れ、ルナティアとレグルスの後ろに立った。
全員が座ったのを確認すると、ジークリードが話し始めた。
「まずここに居る方には、これから話すことについて当面の間、情報を漏らさないようにお願いしたい。宜しいだろうか。もし、無理だという方には退席を願おう。」
全体を見回すと、先ほどまでの威勢の良さが全く無くなった寮館長が手を上げた。
「あの…確かにご説明を、と申しましたが…機密情報、ということなのでしょうか?」
「機密…というほどではないが、今は伏せておきたい情報なので…。なに、2,3日後には周知されるような内容です。その間だけ黙認していただければ。」
「…分かりました。殿下に従います。」
「ありがとう、寮館長殿。…レグルス、防音魔法を頼む。」
「はい。」
レグルスが呪文を唱えると、一定の空間が風の幕のようなもので覆われた。
「では、本題に入る。闇夜に蝕まれている状態だが…あの伝説の通り…乙女が目覚めた。…先ほど大聖堂でレグルスと共に確認を取ってきた。」
(シエルを見つけて戻った時に、ざわついていたのはこのことだったね…)
そう思いながらルナティアは真っ直ぐにジークリードを見つめている。対してレグルスは俯き、ライラは青ざめている。
寮館長だけが、
「本当ですかっ?!誰なのです?乙女は…。あぁ、それにしても良かった。これできっとまた日の光を見ることが出来るのですね。」
と、喜びに満ちた表情をしていた。
「誰、ということは、今は言えません。ですが、私は今日中に彼女をクレオチア大国まで連れて行かなければならなくなりました。」
「…今日、ですか…?」
ジークリードの言葉にルナティアが驚きながら聞いた。
――少し前、別世界で「ルナティアに協力する」意思を表したジークリードは、あの時確かに、「明後日、王城に向かう」と言っていた。そしてその時に、一緒に連れて行くと。部屋から抜け出す方法は、シエルが手伝うことになっていた。それなのに…――。
そんな思いを抱きながら、ジッと見つめるが、ジークリードの表情に変わりはなかった。
「彼女はその足で、国王陛下に謁見することになる。その後、クレオチア大国国王の声明で世界中に乙女の存在を伝えることになるでしょう。…それまでの間、この話は極秘ですよ?寮館長殿。」
喜びに顔が緩んでいる寮館長に、再度、釘をさす。寮館長は慌てて姿勢を正し、
「はい、かしこまりました。」
と、返した。この返しは、流石は年の功、と言ったところだろうか。
「この件に関わることでもあるのですが、魔物討伐に関することでリストランド家の者と打ち合わせが必要になったため、先ぶれもなく訪れた次第です。申し訳ない。」
頭を下げるジークリードに、急に恐縮した寮館長が立ち上がりお辞儀をしながら答えた。
「いえいえ、そう言う事でしたら…。ん、コホン。世界がこのような時に対策を、というのであれば仕方ありませんね。…生徒達には上手く説明しておきます。ですが、仮にもここは女子寮ですので、あまり遅くならないようにお願いしますね。」
そう告げて、寮館長は先に、ルナティアの部屋を後にしたのだった。




