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告白_1

 先に部屋に入ったレグルスとライラが奥のバスルームや衣裳部屋に向かう。その後ろからジークリードとルナティアが部屋に入る。


 部屋に入ってすぐ、ルナティアは左側の壁に掛かっている金色に輝く絵に足を止めた。


「殿下、この絵は何の絵…でしょうか?…地図、にも見えますが…この世界の地図と少し異なるように見えるのですが…。それに、この材質は…まさか、金?」

「あぁ、これか。俺も昔、陛下(父上)に聞いてみたんだ。その時に聞いた話だが…『()()()()()()』という題らしい。本当かどうかは定かではないが、口伝(くでん)で言い伝えられているだけで、描いた者も分からないと聞いた。…学園に入ってすぐ、学首様にも聞いてみたが、()()()()()()が返ってきたから、少なくともこの世界の常識としては『本当』なのだろう。…因みに材質だが…金、だと思っていたのだが…。」

「違うのですか?」

「正直、それすらも分からない。()()()()()()()()()で…少なくとも俺や陛下が知っている知識の中にある材質ではない、と言う事しか…。」

「…知識の中に無い、材質…。陛下もご存じない…?」

 そう呟きながら、改めて輝く絵を見ていると、絵の中心地、形が違うとはいえ、現代の地図に当てはめれば、公国があるとされる位置に、うっすらと小さなドアのようなものが浮かび上がって見えた。

「あっ!!」

 ルナティアはそう呟くと、絵に浮かび上がった小さなドアらしきものに手を伸ばした。

 すぐ近くでルナティアの呟きを聞いたジークリードが、反射的にルナティアの伸ばしていない反対側の手を握った。

 ジークリードが手を握ったのとほぼ同時に、ルナティアの伸ばした手が輝く絵のドアらしきもののドアノブに触れ、触れた瞬間、勢いよく、ぐいっと何かに引っ張られる感覚が2人を襲った。次の瞬間、白い花びらをした小ぶりの美しい花が一面に咲く草原に立っていた。


「ここは一体…。」

 辺りを見回しながらジークリードが呟く。

「多分、あの絵の…ドアの中です。…申し訳ございません、殿下。私と手を繋いだばかりに…巻き込んでしまったようです。」

 ルナティアの謝罪の言葉に、ルナティアの左手を握ったままだったことを思い出し、ジークリードは慌てて手を放す。

「うわっ…す、すまない。咄嗟に捕まえておかないと()()()しまうような…気が…して…。」

 ――そう、あの長期休暇の終わり、学園の門で自分には見えなかった『穴』に飛び込んだ時の何とも言えない空気を感じたんだ。手を放したらまたひとりで行ってしまうような…――


「捕まえておかないと、だなんて…。殿下から見たら、私は()()そんなに危なっかしいでしょうか?これでもかなり抑えているつもりなのですけど…。」

 くすくすと笑いながらルナティアが言う。

 腰まで伸びた長い白銀の髪が風になびいているのを目を細くして見つめていると、急に真顔になったルナティアが、一面に広がった花畑を見渡ながら言った。

「ここは…別世界、なのでしょうか。陽もあるようですし…一面、カモミールの花が……あっ!!」

 何かを見つけたらしいルナティアが、急に駆け出した。慌ててジークリードも後を追う。

 ルナティアが辿り着いた先には――



 ――カモミールの花に包まれて、人型の姿のシエルが横たわっていた。


 横たわるシエルの隣に座り、

「シエルっ!シエル、やっと見つけた。…ねぇ、起きて?目を開けてよ、シエル!」

と、必死に呼びかける。すると、ルナティアの呼びかけに応えるように、ゆっくりとシエルが目を開けた。

「…ここは…?」

 上体を起こし、辺りを見回すシエルに、ルナティアは、涙を浮かべながら抱き着いた。

「本当に…本当に良かった…。急に居なくなって…ずっと心配したのよ?だけど、女神(ステルラ)様が教えてくれたの。シエルは身体と心が別になっているから探しに来てって。身体を見つけて呼びかければ目覚めるって。だから私…。」

「…ぁあ…そうか…。ボク、ペルプラン(あいつ)に呪われて…。」

 自信の両手を見つめながら、シエルが呟く。

「どうして呪いなんか…。」

 『呪い』の言葉に反応して、青ざめた顔のルナティが聞くと、シエルが眠りについた(こう)なった経緯を話始めた。


 武術大会のあの日、ペルプランの乱入後、ルナティアの髪を持って消えた自分の後を、ペルプランが追いかけてきた。髪を渡さないために戦闘になり、お互い大怪我を負ったこと、同時に呪いに身体が(むしば)まれてしまったこと、意識を失い、闇の中を彷徨っている時に闇の女神(ステルラ)に逢い、精神と身体を分けられたことなどを話した。


「どうして…女神(ステルラ)様は、精神と身体をお分けになったのかしら?」

 ルナティアが問うと、シエルが答えた。

「このまま、ボクの精神を蝕んでいる呪いを解呪しようとすると、身体が傷つき過ぎて耐えられないからって、言ってた。ボクが、「ルナティアに逢えなくなるのは嫌だ」って言ったら、「大丈夫、迎えに来てくれるように伝える。それにそのままじゃ、あなたの大切な人(ルナティア)にも呪いが及ぶ。」って言うから、ここで眠ることにしたんだ。」

「もう、呪いは大丈夫なのか?…身体に傷のようなものは見られないが…。」

「多分。」

 ジークリードの質問に対して、シエルは少し曖昧な返答をした。

「多分…って、もし呪いが解けていない場合は、ルナティアにも危害が及ぶんだろう?ハッキリしないと―」

「大丈夫です。」

 ジークリードの追及に対し、今度は、ハッキリとした口調でルナティアが言い切った。

「…どうしてそんなにハッキリ言えるんだ?」

「それは……。」

 再度のジークリードの問いに、ルナティアは俯き、言葉を詰まらせた。


女神(ステルラ)様の言葉を聞いたことを話しても良い?殿下に、私が()()()()()()()()()()と話しても大丈夫なの?お兄様やライラのように、止められたら…。…ううん、殿()()()()()()()()()だもの、きっと私の気持ちも理解してくれるはず…―)

 ルナティアが自問自答しつつ、自身の服の胸のあたりをギュッと握りしめていると、シエルが寄り添ってきた。


「ルナティア、大丈夫?…その…『()』のこと…ボクは知っているよ。女神様が教えてくれた。…ボクに()()になって欲しいって。ボクが()()()()()()()()()()()、ルナティアは大丈夫だって。だから安心して?ルナティアの思うままに進むと良いよ。ボクは味方だから。」

 ニコリと微笑んでシエルが小声で言う。

 その言葉に頷き、深呼吸をして顔を上げ、ジークリードを真っ直ぐに見つめながらルナティアが口を開いた。


「殿下。見ていただきたい()()があります。」

「見て欲しい()()?…それは今、か?」

「はい。」

 半ば思いつめたようにも見えるルナティアの表情に、只ならぬ決意を感じたジークリードが頷くと、おもむろにルナティアは服の襟元を緩め始めた。


 その動作に流石のジークリードも焦った。

(10年、密かに片思いをしていた相手が、自分の前で襟元を緩めている…これは俺の願望なのか?俺は…そんなふしだらな想いをルナティアに持っているというのか?)


「ま、まて、ルナティア。物事には順序があって、()()俺は君に言ってな――」

 顔を(そむ)け赤面しながら焦るジークリードに、真顔で冷静な声のルナティアが言う。

「順序?とは、何のことか…それより、ジークリード様、顔を背けずにこちらを見てください!!」

 ルナティアの必死な声に、ジークリードは深呼吸をしてから、ゆっくりと閉じていた目を開けた。

 そしてその目に飛び込んできた()()を見て、目を疑った。


 ――襟元をはだけさせたルナティアの胸元には()()()()()()()()()()()()()()のだった。


「…な…んだ…?それは…。」

 ジークリードの声が震える。

「…文献には…載っていませんでしたか?」

 凄く冷静な声でルナティアが答える。

「…載っていた…いや、そうでなくて…俺が言いたのは、この『紋』が…どうして君に、ということだ!」

(信じられない…いや、信じたくない…だって、あの『紋』は…)

 ジークリードは、ゆっくりとルナティアの胸元から顔へ視線を動かした。目が合ったルナティアの表情からは、強い意志しか感じられなかった。

「……これが、君が「()()()()()()()()()()、か…?」

「はい。」


 そしてルナティアはあの閃光が走った夜のことを話し始めた。


 あの夜、自分自身が光に包まれ気を失ったこと、その気絶している空間の中で女神に逢い、シエル探しの助言をもらったこと、このことは兄達も知っていること、そして公表することを反対していること。

 一国の王太子に、身内が『隠せ』などと言った話をしても良いものか迷ったが、協力を求めるなら包み隠さずに話した方が良いはずだ、と思い、あの閃光が走った夜から翌日までの一部始終を話した。


 一通り話を聞いたジークリードは、顔を俯かせたまま暫く無言でいたが、

「ルナティア。…俺も同意見だ。」

と、呟いた。

 聞き間違いかと思い、「えっ?」と聞き直すと、

「俺も、レグルスと同意見だ。…ルナティアが祈りに命を捧げる必要はない。」

 今度は、ルナティアの顔を見て、ハッキリと言い切った。

 まさか一国の王太子がそう言うと思っていなかったルナティアは、

「何故です?殿下がそんなことを言うなんて…。それに、このままでは世界が―。」

「世界など…!…いや…ルナティアの言う通り、一国の王太子が言っていい言葉ではない。だが…王太子ではない俺の…()()()()()()()()()()()は、どうしたらいい?こんな時までも俺は…王太子でなければならないのか?!」

 頭を抱えたジークリードは、一呼吸ついて言葉をつづけた。


「ルナティア、これは…()()()()()()()だと思って聞いてくれ。…俺は君が好きだ。」


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