妖精(シエル)探し_1
翌朝、朝の時間になっても、闇が明けることは無かった。
人々は明けない闇に怯え、各国ともに貴族も市民もパニックを起こしていた。
例に漏れず、学園内でも授業どころではない騒ぎで、急遽、授業が中止され、その上で改めて学園からの外出禁止令が公表された。
学園から出るには、『正当な理由で学首が認めた場合』という異例の通達が流れていた。この通達により、家に帰ることも出来なくなった生徒たちのほとんどは、各自の部屋で震えて過ごしているようだった。
その通達を全く知らないルナティアは、自室で朝食を取った後、レグルスが来るのを大人しく待っていた。
「…本当に闇が明けないのね…。」
寮の自分たちの部屋でソファーに座り、外を眺めながらルナティアが呟くと、その言葉にライラが反応する。
「え…?…あぁ、そうですね。朝だというのに、真っ暗で…本当に夜みたいですよね。学園から、学園外に出てはいけないって通達があったみたいですよ?」
初めて知った通達に驚きながら反応する。
「え?そうなの?…学園から出ちゃダメなの?…うぅん、困ったわ…。」
「そう、出ちゃダメなんです。…って、その後何か言いました?良く聞こえなかったのですが…。」
どうやら小さな声であったためか、困ったと呟いた言葉はライラには届かなかったようだ。
「あ、ううん、何でもないの。それよりお兄様、今日、来るって言っていらしたけど、何時ころに来るかのかしら?」
「…恐らく、もう直ぐいらっしゃるかと…。」
そんな会話をしている所に、コンコンとドアを叩く音がした。
ライラがドアを開けると、そこにはレグルスが立っていた。
「待たせたね、ルナ。…ちょっと学園に寄っていたから遅くなってしまって。」
「ようこそ、お兄様。学園に寄って来たって…何かあったの?」
「いや…授業が休止になったことは知っているかい?」
「えぇ?授業もお休みなの?…学園内から出てはいけない、っていうことはさっきライラに聞いたのだけど。」
「あぁ、それは知っているんだね。授業も当分の間、休止になったんだよ。この闇の対応が色々とあってね。魔法科の生徒の一部は、討伐隊に組み込まれることになりそうだから、少し学首様と話をしてきたんだ。」
話しながら室内に入ってきたレグルスは、ルナティアが座る向かいの席に座った。
「…討伐隊?」
「うん。一応、各国の主要都市や町、村とかには結界が張ってあるから、そうそう魔物は入ってこないとは思うけど、闇がこの先も続くと、どうなるか分からないからだろう?だから魔物討伐隊と…あ、いや何でもない。」
「?」
「それより…ルナ、今日はどう?体調は良い?」
「え…ええ。もう大丈夫。それより私、お兄様達にお願いしたいことがあるの。」
「僕に?」
「そう、あとライラにも。…ライラ、こっちに来てくれない?」
ルナティアに呼ばれ、ライラがルナティアの後ろにくる。
「違うわ、ここ、ここに座って。」
ルナティアが自分の隣の席をぽんぽんと叩く。ライラがちらりとレグルスを見ると、軽く頷いたのでゆっくりとルナティアの隣に座った。
ライラが座ったのを確認した後、ルナティアが話し始めた。
「2人にお願いがあるの。」
ルナティアの話はこうだ。
10歳の魔力測定の時に、妖精と出会ったこと。妖精に『シエル』と名前を付けたこと。その妖精は、基本的にルナティアを拠り所にして必要な時に来てくれたこと。数か月前の武術大会で羽男に髪を奪われそうになった時も助けてくれたこと。その後から姿を見せなくなったこと――。
妖精との出会いから現在に至るまでの説明が終わると、
「妖精を探したいの。…公国から外には出ていないらしいけど、まさかの学園外への外出禁止令が出るなんて思わなくて…。なんとか外に出る方法は無いかしら?」
と、ルナティアが真剣な表情で訴えかけた。
驚くべき事実を明かされ、暫く黙っていたレグルスは、考えていた。
(確かにそう言われれば思い当たる点はいくつかある。10歳の魔力測定以降、ひとりでも楽しそうにしている時が多々あった。元々、明るく笑顔で過ごすことの多かったルナティアだったから、それほど違和感は無かったのだが、思えば誰かと話をしているような…独り言だと思っていたけど。)
そう思いながら、
「ルナ、その妖精探しは、今、本当に必要なのかい?…いや、君の友人だということは分かった。だけど、何もこんな世界が闇に覆われている時に探さなくても…。探す利点も感じないし、せめて闇が明けてからでも良いと思うんだが…。」
と、言った。隣に座るライラも頷いている。どうやらレグルスの意見に同意しているようだ。
ルナティアとしては、紋様の話をする前に、妖精探しを済ませたかった。無意識に、紋様が描かれた自分の胸元をぎゅっと握った。その瞬間、一瞬だけ、レグルスの表情が少し動いたのをルナティアは見た。
「お兄様…もしかして…昨日、何か御覧になりました?」
ルナティアの言葉に、レグルスが無言で目線を反らす。その間、ルナティアはただ黙ってレスルスを見つめていた。
根負けしたレグルスは顔を上げ、ルナティアを真っ直ぐに見つめながら、
「…あぁ、見た。だからこそ妖精探しなどさせられない。部屋からだって出したくないくらいだ。」
と、強い口調で言い切った。
「っ?!どうしてそんなことを…。私が宵や――」
「ルナっ!!!」
荒げたレグルスの声の大きさに、ルナティアはびくりと身を縮こませた。温厚なレグルスが荒げた声を出すのを初めて聞いた。少なくとも愛する妹の前ではそんなことはしたことがなかった。
驚き縮こまるルナティアの様子に我に返ったレグルスが、労わるようにルナティアの手にそっと触れ、
「すまない、驚かせてしまって…。だが、宵闇の乙女の名は言わないで欲しい。僕は…いた、僕だけじゃないライラも、ルナを神への供物にしたくはないんだ。たとえその選択でこの闇が永遠に払えなかったとしても…。」
「でも…でも、それでは魔物が…。日がある頃から魔物が少しづつ出てきていたのに、闇に覆われた今は、結界が張られた集落以外では魔物の被害が出ているのでは?」
「……現在、調査中だそうだ。」
「調査中…それは被害状況、ということですよね?普通に考えれば、小さな集落は襲われているハズです。違いますか?」
「それでも、だ。それに…乙女ひとりでは大したことは何も出来ないはずだ。暁の乙女は現れて居ない。2人揃わなければ闇は払えない。…魔物については各国の騎士や魔法士たちが何とかする。勿論、魔法科の生徒たちにも召集がかかっている。…だから頼む、ルナティア。大人しく寮の部屋でじっとして居てくれないか?」
「…それは…暁の乙女が現れたら…出してくれる、ということですか?」
「……。」
「お兄様っ!」
「…。」
「はぁ…。分かりました。」
「ルナ、分かってくれたか。」
「理解、はしましたが、納得はしていません。でも、ここでこれ以上論議しても仕方ないと思ったので…。でも、シエルだけは探したいです。彼が居ると居ないとでは、今後の(私の行動に)大きな影響があるので。」
「…妖精が?」
「ええ。…基本的に妖精の姿はほとんどの方が見えないのでしょう?その中で彼は、人型を取れるし、姿だって見せることが出来る妖精なのよ?魔物討伐にもきっと役に立つと思うの。それに…彼を目覚めさせるのは女神様の思し召し――!」
そこまで言って、ルナティアは口を噤んだ。
「女神?…女神の思し召しって…?どういう事なんだ、ルナ。」
レグルスの問いに、少しの間を空けてルナティアが答えた。
「…夢で…お会いしたの。そこで色々と聞いたの。シエルのことも。シエルは女神様と繋がることも出来るって。だから…絶対、目覚めさせなきゃいけないの。」
「…はぁ。…取り敢えず、妖精を目覚めさせたい理由は分かった。だけど、探すのはルナでなくても良いんじゃないのか?」
「でも…目覚めさせるには私が呼ばないとダメみたい。…お願い、私一人で探そうなんてしないわ。お兄様…は招集されているのよね、それじゃあライラに一緒についてもらえれば…。」
「招集はされているが、1週間以内、という連絡だからまだ日はある。…仕方ない、僕とライラが一緒に行こう。ただし、探すのは僕が招集に応じるギリギリの日にちまで、つまり今日を入れて5日間、それでも見つけられなかったら妖精探しは諦めること。これが条件だ。」
「…分かったわ。それに従います。」
「よし、そうと決まれば学首に外出許可をもらいに行かないと行けないけど…理由をどうするか、だな。まさか『女神の思し召しで妖精を探しに行きます』なんて言えるわけないし。」
「それは大丈夫、学首様は私が妖精を認識していることはご存じだから、妖精探しを理由で問題ないと思うけど。」
「え…、何で知っているのさ。」
「長期休暇の終わりころ、教皇様と学首様に呼ばれて魔力の質の確認に行ったの。その時に…。」
「妖精が見える、とか話が出来るとか言ってしまったのかい?」
「あ、いえ、『光』として感じた、としか言っていないわ。あの時、シエルと相談して『見える・話せる』は言わない方が良いだろうって決めたから。」
「…そっか、それなら良かった。…もし教皇様と学首様がご存じなら、間違いなく『乙女候補筆頭』にされるかも知れないからね。そう言うことなら、そのとき以来、周りで光っていた妖精が最近見えなくなって心配している、という理由で許可がもらえるかもしれないな。…それで行こう。ルナとライラは出かける準備をして。時間もあまりないから、準備ができ次第、直談判に行くよ。」
レグルスの言葉に、ルナティアは急ぎ準備をするため、自分の私室へと戻って行った。




