伝説の始まり
合同授業も終わり、ルナティア達、一般科の卒業パーティを1ヶ月後に控えたころ、クレオチア大国の国王執務室に緊急情報が飛び込んできた。
「大変でございます、陛下!!星が…星が…!!!」
クレオチア大国の国王執務室のドアを、魔法省長官のクリスティ・ノーランドが激しく叩いている。
折しも、国王からの密命を受けたトーマス・リストランドが、ファケレ国への調査報告をするために、王室第1近衛騎士団団長と共に執務室を訪れていた時だった。
開けられたドアに立つクリスティ・ノーランド伯爵を、国王とフーランク公爵、リストランド辺境伯爵が振り返る。
一瞬、トーマスを見て顔を顰めたクリスティ・ノーランドだったが、すぐに我に返り、国王の前に跪く。
「お話し中、大変申し訳ございません。火急の要件のためご容赦くださいませ。」
「…ノーランド長官がこれほど慌てることなのだろう?良い、して、何があった?」
「はい。…あの、お人払いは…。」
ちらりとトーマスを見ながらクリスティ・ノーランドが言う。
「ノーランド長官、ここには聞かれて困るものは今、居ない。早く要件を述べよ。」
「…かしこまりました。…星が…揃います。先ほど、6つ目の白銀の星を確認いたしました。」
「なにっ??!」
「「っ!!!」」
「紫は闇夜に隠れてしまうため、正直なところ見えておりませんが…過去1000年の記録の中で、6つ並んだ時はございません。その属性星が6つ並んだのを確認ということは―。」
「7つ並ぶのは確定、ということか。紫が見えない以上、いつ並ぶかも分からない、と言う事なんだな?」
「左様でございます。」
「…グラハム、トーマス、聞いての通りだ。先に確認したファケレの件もある。もはや一刻の猶予もならん。グラハムは近衛騎士団長を集め、剣捜索の準備に取り掛かってくれ。…王太子には私から話しておく。」
「はっ。では御前を失礼させていただきます。」
一礼をして、グラハムが先に執務室を出る。その様子を見送った後、クリスティ・ノーランドにも、トーマスが持ち帰った情報を伝えた。
ファケレ国の国王が各国会議に参加するようになってすぐ、クレアチオ大国の騎士を魔物討伐という名目でファケレ国に送り、討伐をしながら、秘密裏にファケレ国内部を探っていたのだが、ある日突然、音信不通となってしまった。
そこで国王陛下はトーマスに連絡を取り、ファケレ国の内情を探れないかと依頼をした。その依頼により、トーマスは…というよりリストランドの特殊部隊が、1ヶ月くらいファケレ国へ潜入、国内の様子を探り、今日はその報告に来ていたところだった。
陛下が伝えたファケレ国の内情に、クリスティ・ノーランドは驚いた。
既に王妃が崩御しているのは知っていたが、王城内には王と王子以外は、人型に変化したと思われる魔族たちしか見当たらなかった、というのだ。噂通り、本当に「魔族に落ちていた」という訳だ。
「…そんな…、王族には…記憶違いでなければ姫君もお二人いらした筈では?」
報告を聞いた後、震える声でノーランドが言うと、トーマスが首を振りながら答えた。
「…消息は分からない。ただお姿は無かった。だが、僅かに人の気配は感じた、だから生きておられると思いたい。勿論、我が国の騎士たちも…。」
「ノーランド長官の報告から推察すれば、もう闇夜に覆われることは逃れられないだろう。いつどうなったとしても、すぐに対応できるように根回しをしておかねばならない。…ノーランド長官。」
「はい。」
「其方には、伝達魔法で、各国へこの事実を伝えてくれ。それが済んだ後は、魔法省内に限らず、魔法に長けた者のリストアップを頼みたい。王太子が剣捜索に出る場合、魔法部隊も同行させたいのだ。」
「かしこまりました。早急に準備いたします。」
「トーマス。」
「はっ。」
「此度は本当に世話になった。ゆっくり休め…と言いたいが状況が状況だ。申し訳ないが…消息を絶った騎士たちを探しては貰えないだろうか。たとえそれが…死体であったとしても家族の元へ返してやりたい。頼む。」
アレンが頭を下げると、クリスティ・ノーランドが慌てる横で、トーマスは恭しく答えた。
「陛下、大国の王が頭を下げることなど必要ございません。どうか私にお命じくださいませ。我がリストランドはクレオチアの盾であり剣でございます。忠誠を誓った王からの拝命であれば、必ずや全うしてみせましょう。」
「…分かった。では…「トーマス・リストランド、貴殿にファケレ国からの騎士奪還の命を与える。必ずや成し遂げよ。」」
「はっ!!拝命、確かに承りました。 …では速やかに取り掛かるため、御前を失礼いたします。」
そう言って、トーマス・リストランドとクリスティ・ノーランドは共に執務室を後にしたのだった。
それから1週間、各国の上層部が奔走する中、各国の一般貴族と平民は、何も知らずにいつも通りの平穏な日々を送っていた。それは、例に漏れず、基本的には学園内も同じだった。
そんなある日の夕方、ルナティアは夕焼け空を眺めながら、ひとりベランダで考え事をしていた。
「卒業まで、あと3週間…か。パートナー、どうしよう…。」
このことをライラに相談すると、
「王太子殿下にお願いしては?」
と言うばかり。それに対してレグルスは、
「ルナの卒業パーティのパートナーを殿下に頼んでは、周りから婚約者だと勘違いされてしまうから駄目だ。」
と、反対をしているのだ。
「…言い分は分かるのよ、分かるんだけど…じゃあ誰なら良いのよ…。はぁ…こんな時、妖精が居てくれたらなぁ…。」
(相談に乗ってくれるのに…。)
そう思いながら、ただぼんやりと暮れていく夕焼けを眺めていた。
今日の夕焼けは、いつも以上に朱く、暮れかけの闇夜と混ざり合った、何とも言えない美しさと不気味さを醸し出していた。何処かへ誘われそうなほどの美しさに、不安を感じながらも目を反らせずにいると、タイミングよくリビングからライラの声が聞こえてきた。
「ルナティア様~、お夕食の準備が整いました。」
「っ!!…はーい、今行くわ。」
我に返ったルナティアは、ライラの声に答え、踵を返しリビングへと向かったのだった。
夕食を終え入浴を済ませた後、自室で寛いでいると、
「―――。」
ふと、外で誰かが呼んでいる気がして、ルナティアはベランダに向かって歩き出した。
「誰か…いるの?」
それなりに遅い時間なので、一応、警戒しながら窓を開け、ベランダへと足を踏み入れる。…が、誰もいない。
「…シエルかと思ったのに…。」
ふぅ、とため息を吐きながら夜空を見上げると、大きな尾を引く流れ星が目に入った。
「あ、流れ星―。」
呟くと同時に、流れ星は、より強い光を発し出した。
強い光に目を開けていられなくなったルナティアは片目を瞑り、もう片方の目で流れ星を確認する。…段々と大きくなる流れ星は明らかにルナティアに向かってきていた。
(何でこっちに?…考えてる暇はないわ、取り敢えず避けなきゃ…)
そう思って背を向けた瞬間、背後からの強い光は大きな光の玉になり、ルナティアを包んだ。その光に包まれたルナティアは、目を開けることも言葉を発することも出来ずに、その場で気を失った。
ルナティアが光に包まれ気を失ったのとほぼ同時に、天が大きく裂け、一瞬、夜なのに昼と勘違いしてしまうほどの光を放った。
人々は驚き、天を確認しようと空を眺める頃にはその光は消え、空は星も見えない暗闇が広がっていた。
人々は口々に、「さっきの光はなんだったのか」と不思議がったが、何度空を見上げても暗闇が覆うばかりで異変を感じることは出来なかった。
――1部の、天が大きく裂けた瞬間を目の当たりにした者以外は。




