具現化の魔法
『雑』と言われたルナティアは、ショックを受け、茫然としていた。
それもそうだろう、本人は淑女になるため、この3年間は特に細心の注意を払い、生活も行動もしてきた。…領内ではたまーに駆けずり回っていたけれど…。お転婆な行動も自重していたのに『雑』などと、淑女であるなら到底言われない言葉を、信頼している人に言われたのだ。
(行動だけを気を付けているのではダメだったの?…私は…根本的に『雑』ということなの?)
ルナティアの表情を見て、ジークリードが慌てて言い直す。
「あ…いや、『雑』というのはあくまでも魔法を唱える時の話で…。ルナティア、普通は魔法を唱え、発動する時は、魔法を発する場所に魔力を集中させるんだ。だが、それを君はそれをしていない、聞いた感じだと、ほぼ無意識に魔力を集めて発動させているみたいだね。そのせいで、魔力を一か所に集中させることが出来ていない。だから思う武器の具現化が上手く出来ないのだと思う。特に、君が思い浮かべたのは短剣という小型の武器だしね。多分、斧や槍、杖でも大型のものであれは上手く作れるんじゃないかな?」
ジークリードの言葉を聞き、自分の両手を見つめながら呟く。
「…魔力を集中できていない?」
「出来ていない、じゃなくて、意識していない、んだ。…君には魔力量も多いしセンスもあるから、今まで必要なかったんだと思う。教えてきた教師達も、呪文を唱えれば魔法が発動するから、気づかなかったんだろう。」
「…。」
「ルナティア、まずは大型の…うん、魔法の杖とかを具現化してみたらどうだろう?それなら出来ると思うのだが…。」
「杖…。」
「そう、そして次に剣、次に短剣…と徐々に小さくしていく。その時に魔力の集中を意識していけば、精度はどんどん上がると思う。君が一番望んでいる短剣が最後になってしまうけど、意識しての魔力集中は、今後、絶対役に立つはずだから。」
諭すジークリードの言葉を聞きながら、しばらく俯いていたルナティアは急に顔を上げ、
「…そう、ですね、『雑』な魔法じゃ…家名に傷がついてしまいます。…きっとこれは私に与えられた試練ですね。頑張りますっ!」
と、気合を入れ、ガッツポーズをしていた。
その後、杖のイメージを膨らませた後、両の手のひらに意識をしながら杖の具現化を唱えてみる。
「大地からのマナを形に『オプス』」
今度は、呪文を唱えたと同時にルナティアの両腕から魔力が流れ出て、みるみるうちに両手で持つ大型の杖の形を象った。
「…出来た。…殿下、出来ました!」
具現化した大型の杖を両腕に抱き、嬉しそうに微笑む。その笑顔にホッとしたジークリードが言う。
「あぁ良かったな。…それにしても…この杖の装飾も素晴らしいな。だが、こんなに大型で装飾も細かい杖だと魔力を沢山使うのでは…?…あ、いや、何でもない。」
キョトンとするルナティアの表情を見て、それ以上は何も言わなかった。
多分、ルナティアにとっては、大きな杖に使った魔力ですらそれほど多く感じていないのだろう。
「…本当に魔法に愛されているんだな…。」
ポツリと呟いたジークリードの言葉は、ルナティアには聞こえていなかった。
具現化の魔法が出来たルナティアとジークリードは、まだ苦戦する他の生徒たちの邪魔にならないよう、取り敢えず、中央棟の教室を後にした。
中央棟を出て、2人でクレオチアの寮に向かいながら話す。
「授業時間よりも随分と早く終わったな。」
「そうですけど…、私が望む武器の具現化は出来ていなかったのに…。」
ブツブツと不満を口にするルナティアを見て、ジークリードは笑いを堪えながら言葉を返す。
「基礎が出来れば、今日の授業は終わりだ。君はもっと練習したかったんだろうけど、それは個人で行うべきことだから。他の…苦労している生徒たちに場所を譲ってあげて良かったんだよ。」
「…今日の具現化の魔法って、場所の広さとか関係あります?」
「うーん、無い、とは言えないな。そもそも魔法の練習には、一定の広さが必要だろう?剣と違って、特に練習では自分の意志通りに狙えるものではないし…。剣も完全に思う通りには行かないけど、目標物とのズレは少ない。対して、魔法は出力する魔力量の調整を間違えば、想定より大きな範囲に被害が出る可能性もある訳だから…。」
「それは、具現化の魔法でも同じなのですか?攻撃魔法ではなくて、物質作成の魔法、ですよね?」
「物を作りだす魔法だからこそ、より細かい体内魔力の操作が必要だ。だから間違うと…。」
「…周りに被害が出る可能性がある、と?」
「そういうことだ。」
「…『雑』な私の魔法で被害が出なくて良かったですね。」
「いや、それは…!」
どうやらまだ根に持っているらしい。
プイッと顔を背ける姿に、ジークリードが珍しくオロオロしている。…が、顔を背けているルナティアを見ると、僅かに肩が震えているようだ。それに気づいたジークリードが咳ばらいをした後、
「…ルナティア、揶揄っているな?」
と、問う。
すると、笑顔で謝りながらルナティアが返した。
「すみません…、殿下がオロオロする姿など、見たことが無かったので…つい…。」
「全く…俺に対して物怖じしないのは良いことだが…リストランドの血筋なのか?」
「え?リストランドの血筋、ですか?」
「ああ、リストランド卿も父上、つまり陛下に対して物怖じしないし、レグルスも…友人の中で特段に俺に対して物怖じしない。…まぁ、俺としてはそれで有難いのだが…。」
「有難い、のですか?口煩いとかではなくて?」
「口煩い?いや、理不尽なことを言うのであればそうなのだろうが、戒めてくれる、という観点では有難いと思っている。自分一人ではどうしたって偏った考え方になる可能性が高いから、レグやオリガル、カートリスの助言はちゃんと受けとろうと思っているんだ。」
「…カートリス様も助言を?あまりお話しされているところを拝見していないのですが…。」
「カートリスは基本的にしゃべらないからな…。でも、アイツも何かあるときは言うぞ。」
「そうなのですね。…そういう関係のお友達は素敵ですよね。」
楽しそうに笑うルナティアの横顔をジークリードがチラリと見ながら、ここ最近、気になっていることを聞くために、どうやって切り出そうかと考えていると、話に一区切りついたと思っているルナティアが授業のお礼を言い始めた。
「…それでは殿下、本日はありがとうございまし―。」
「ちょっと待て。」
そのまま別れてしまったら気になっていることが聞けなくなってしまうと思ったジークリードは、思わずルナティアの言葉を遮った。
言葉を遮られ驚いてはいたが、何か別の用事があるのかと思ったルナティアは、聞く姿勢で待っている。
「あー…コホン。ルナティア嬢、もうそろそろ君の卒業が近くなったが…その…。」
一番聞きたいことについて、上手く口に出せないでいると、
「ジーク?」
ジークリードの後方から、レグルスの声が聞こえてきた。どうやらレグルスも指導を終え、中央棟から出てきたようだ。
「え?お兄様?」
ジークリードの横からルナティアが顔を出す。
「ルナもまだ一緒だったのか?2人してこんなところで何をしているんだ?」
少し怪訝そうな表情でレグルスが聞く。
ジークリードは、卒業パーティのパートナーの件をこっそりと聞こうと思っていた下心があり、すぐに答えられず少し口籠っていると、
「世間話ですよ?…ふふ、殿下にとってお兄様達がどれほど大切なのか伺っていたのです。」
と、屈託のない笑顔で、想定外の答えをルナティアが言う。
「ちょっ…!!」
「僕達が大切…?」
「はい。素敵な関係だな、と思って…。」
「ルナティアっ!!…その…もう、止めてくれ…。」
思いもよらない暴露に、ジークリードの顔は真っ赤だ。
楽しそうに2人を見て笑っていたルナティアだったが、レグルスの耳も少し赤いことに気づき、レグルスの顔を覗きながら言う。
「まぁ!お兄様もお顔が赤いようですけど?」
それに反応して、顔を背けたレグルスが、
「揶揄うなよ。…ほら、ルナは遅くなる前に寮に戻れ。僕達も帰るから…。」
と、照れながらも、ルナティアの向きを変え背を押す。
「はーい。…では殿下、今日はご指導、ありがとうございました。今後、成果がでましたらご連絡いたします。特訓の成果を是非、お兄様と一緒に見てくださいませ。…それではごきげんよう。」
そう言うと、ぺこりと頭を下げ、ルナティアは女子寮に戻って行った。その様子を見送っていると、
「ジーク、本当のところ…何の話をしていたのかな?」
顔を向けずにレグルスが聞く。
「…ルナティア嬢が言った通りだが…?」
「そう?僕はてっきり卒業パーティのパートナーのことを聞こうとしているのかと思ったんだけど、違ったのか。」
「っ!?」
「そっか、そっか、違ったのか…。」
うんうん、と頷きながらレグルスが男子寮に向かって歩き出す。
「あ…いや、じゃない…それも、って…レグは何か知っているのか?」
意味深なレグルスの言葉に反応したジークリードが後をついて行きながら探りを入れるが、レグルスは、楽しそうに、のらりくらりと返事を誤魔化すだけだった。
そしてその後、約1ヶ月の個人練習を経て、ルナティアは『杖』『剣』『二双の短剣』の具現化の習得をし、師匠と兄に披露したのだった。




