雑な魔法?
クレオチア大国からリストランドへ、ファケレ国に対する調査の連絡が入ったころ、学園の一般科の生徒たちは、一斉仮装の日を終え、3年生の卒業を3ヶ月後にひかえ、いよいよ卒業の準備に入っていた。
卒業する3年生は、一般科で学業を終え卒業する者と、次の魔法科へ進む者とに分かれる。
一般科で卒業する魔力の無い貴族の子息令嬢は、実際のデビュタントを想定した卒業式の準備に力を入れ、魔法科に進む生徒は、卒業式の準備と並行して、魔法科入学前に『具現化の魔法』の習得に忙しかった。
今日は、魔力持ちの3年生の卒業前の最後の魔法合同授業で中央棟の教室に集まっていた。『具現化の魔法』の仕組みと必要性について説明を受け、その後は魔法科の2年生と一緒に実演をする予定だ。
『具現化の魔法』とは、簡単に言えば、魔法をより効果的に使うために自信の魔力で武器などを具現化することだ。
具現化する武器は、人により異なる。『剣』を具現する者も居れば『槍』を具現する者、『杖』を具現する者など様々だ。
魔法を使うために武器を具現化しなくても構わないし、魔法を使うことも出来るのだが、武器を介することで魔力が一点に集中し、より強い魔法を使うことが出来るため、魔法科での授業では具現化した武器を使用することになっているのだそうだ。
説明の最後に担当教師が、
「自身の魔力に耐えうる武器を具現化することが大切です。一般的には『杖』を具現化する者が多いですね。…まぁ、魔法使いだから当然といえば当然なのですが…。魔力に応じて杖の大きさは異なりますが、具現化武器も魔力の一部なので、身の丈にあった武器を具現化するようにしてください。」
と告げ、説明は終わった。
説明が終わると、魔法科の2年生が教室に入ってきて、それぞれ一般科3年生の席の前に立った。どうやら既に、組み分けは済んでいるようだ。
教室に入ってくる2年生の中に、レグルスを見つけたルナティアは軽く手を振る。…が振り返すレグルスの表情は明るくない。不思議に思いながら考えていると、
「ルナティア。」
と、聞き覚えのある声が聞こえた。
顔を上げると、そこにはジークリードが立っていた。慌てて挨拶をしたあと改めて尋ねた。
「殿下?…もしかして…殿下が…?」
「そうだ、君のペアは俺だ。…レグルスは悔しがっていたけど。」
「そうなんですか?あのぉ…ペアって…どのように決まるのですか?」
「うん?魔力量、だよ。魔力量の高い順にペアが振り分けられるんだ。と言っても、同じ人数とも限らないから、同じくらいの魔力量の場合、お互い複数人になることもあるけど。レグも、一般科に130%台の魔力量の子がいなければ、俺と一緒にルナティアのペアになったんだけどね。」
魔法科2年生の中で、一番、魔力量が多いのはジークリードの170%だ。次いで156%のレグルス、153%のオリガル…となる。
対して一般科の3年生は、ルナティアの魔力量が一番多く、次いで134%のテーレ国の貴族子息ディオン・ベニテル、121%のクレオチア大国男爵子息のレスター・エセリアル…となっている。当然、魔力量の高い者の順にペアを割り振りされるのだから、レグルスはディオンの、オレガノはレスターとのペアとなったというわけだ。
「あ~あ、俺も妹ちゃんとペアになりたかったよ。…それが無理でも…せめて女の子だったら良かったのに…。」
ルナティアの横を通り過ぎながら、オリガルがブツブツと文句を言っている。
「オリガル、うるさいっ!お前がペアになるくらいなら僕はどんな手を使ってでもルナとペアになったのに…。そうだよ、本来なら僕が教える予定だったはずなのに…。」
と、オリガルのその隣で、レグルスが不機嫌な顔で呟く。
その言葉を聞き、ルナティアが背後に立つジークリードに、
「…えぇーっと…本来なら、とは…?」
と、振り向きながら小声で聞く。
「あぁ、基本的に王族は『合同授業』に参加しないからな。俺が参加しなければ、繰り上がりでレグルスがルナティアのペアとなる、ということだ。」
しれっとした表情でジークリードが言う。
「…王族の方は『合同授業』に参加されないもの、なのですか?」
(ユグ殿下も参加していたけど…?)
そんなことを考えながら、質問をする。
「絶対、ではないな…。まぁ、余計な縁を持ってしまうと何だかんだ、困ることも多いからな。俺も長期休暇前の合同授業には参加していない。」
「…そう言えば…(きゃあきゃあ言われていたのは、兄ばかりだった気がする)。では何故、今回は参加されたのです?」
「魔力量順にペアが組まれる、と分かっていれば、俺のペアはルナティアだと想定できるだろう?ルナティアなら知った仲だし、余計な縁でもない。それに…。」
「?」
「…多分、今日の授業なら、俺が一番適任だと思ったから。」
そう言いながら、珍しくニッっと笑う。…たまたまジークリードの笑顔を見てしまった教室内にいる数名の女子生徒が軽く悲鳴を上げている。
今となっては、ジークリードが無表情で過ごしていることの意味も理解しているルナティアは、軽く咳払いをしてから
「殿下、他の方の授業の妨げになるので…淡々と、ご指導をお願いいたします。」
と、ジークリードを諫めたのだった。
「それでは、魔法科2年生は、後輩の魔力量などを考慮して、具現化の魔法の提案をしつつ指導をお願いします。具現化が出来た順に帰って結構ですよ。指導の最終時間は、終業の鐘の音が鳴るまで、です。…では、各自、始めてください。」
こうして担当教師の言葉を合図に、各ペアごとの指導が始まった。
「それじゃあルナティア、始めるよ。先ずは俺の具現化魔法を見てみて。」
「はい。」
「…我が手に剣となり宿れ『炎剣!』」
ジークリードが右手を前に出し、唱えるとその右手に赤い炎を纏った剣が現れた。
「あっ!その剣は…!」
「覚えているんだ?」
「はい、探検大会の時に靄を切り払ってくれた…。」
「そうだよ。これも具現化魔法で作った剣だ。」
「…あの…殿下はあの時、一般科3年の始め、でしたよね?…その頃にはもう具現化の魔法が使えていたのですか?」
「ああ。だけど俺だけじゃない。レグも使えていたよ。オリガルとカートリスはまだだったけどね。」
「…す…凄いですっ!というか、お兄様も出来ていたのに教えてくれないなんて…長期休暇の時にでも見せれくれたら良かったのに…。」
感動して目をキラキラさせたかと思うと、少し離れた場所で、ディオン・ベニテルに指導しているレグルスを見ながら頬を膨らませた。
ぷくりと頬を膨らませた様子のルナティアを見たジークリードは笑いを堪えながら言う。
「っ…。レグも長期休暇の時には、忘れていたんだと思うぞ。俺たちが具現化を覚えたのは、王城での剣の訓練の時だから…。ルナティアが入学する前、よくレグも学園に戻る途中に、数日、王城に滞在していたのは知っているだろう?あの時に、たまたま訓練を見に来た陛下が教えてくれたんだ。その後は学園に行って生活するだろう?だから学園が休みに入って領地に戻るころには忘れてしまっていたんだろう。」
「…なるほど…。それなら仕方ありませんね。…はっ!申し訳ありません。教えていただく身で雑談など…。」
「いや、構わない。…けれど、ちゃんと身につけないといけないからな。真面目に取り組もうか。」
そう言って、ジークリードは具現化について話し始めた。
「まず、どんな形のものを作るかをイメージして…自分の手に収まった形を考えられるとより良い。出来たら、自分自身の手に魔力を集中させて放出する…のだが、…ルナティア、君はどんな形で具現化するのか決まっているのか?」
「…うっ…それが…。魔法使いなら『杖』と思うのですが…『二双の短剣』も良いなと思うし、先ほどの殿下の具現を見ると『剣』も良いな、と…。」
「…つまり、迷っている、と?」
「はい…。」
「そうか、なら…イメージごとに名前を付けると良いだろう。因みに、俺は『炎神』以外にも具現できるぞ。」
「え…、ひとつ、ではないのですか?」
「ひとつ、とは先生も言っていないだろう?」
「…確かに。…殿下、他の具現も見せていただけたりは…?」
「構わない。見せるつもりだったしな。…俺が適任だと思った理由は複数の具現が出来るから、だ。…レグルスは剣しか具現していないからな。ルナティアは魔力量も多いし、結構努力家だろう?ひとつの具現じゃもったいない。時と場合によって使い分けが出来た方が良いと思っていたからな。…それじゃあ別の具現を…。…我が両手に集え『雷槍!』。」
ジークリードが唱えると、彼の両手に柄の長い槍が現れた。
感心して目を輝かせているルナティアに、
「具現はひとつじゃなきゃならないわけではない。複数の場合、より強いイメージが必要だし、具現する武器それぞれに名前を付けた方が分かりやすいはずだ。」
と、少し自慢げにジークリードが言う。
ひとしきり感動した後、ルナティアは目を閉じた。どうやらイメージを膨らませているようだ。暫くして目を開けたルナティアが、気合を入れながら言った。
「イメージ出来ました。やってみます。…私の両手に形を『アネモイ』。」
ルナティアが唱えると、目に見えて魔力が両手に集まる。…が、魔力は集まるが、短剣の形を作ることはなかった。
「…何故?」
うーん、と考えながらルナティアが小首を傾げる。
「イメージがはっきりしていないんじゃないか?ルナティア、自分のイメージをコレに書いてみてくれ。」
と、ジークリードが言いながら紙とペンを渡す。
紙とペンを受取ったルナティアは、その場にしゃがみ込んで紙に絵を描き始めた。
「出来ました!こんなのをイメージしてたんです。」
ふんす、と自慢げに見せた絵は、装飾まで事細かに書かれた、綺麗な短剣が2つ対で書かれたものだった。
「…え、ルナティアって…絵、上手いんだな。ちょっとびっくりだけど…うん、とても綺麗な短剣だ。だけどそんなにしっかりとしたイメージが出来ているなら、普通は形をとるものなんだけど…何で出来ないんだろう?」
感心していたジークリードが、少し考えた後、言葉を続けた。
「…ルナティアは普段、魔法を使う時、どうしている?」
「魔法を使う時、ですか?…えっと…、手をこう目的物に向けて、呪文を唱えてます。」
「…それだけ?」
「はい。」
「…それで魔法が発動するの?」
「はい。」
「…。」
「あの…何かヘンですか?」
「呪文を唱えた時、手に魔力を集中させるとかは?」
「…意識したこと、ないです。」
「それでも魔法は発動した、と?」
「…はい。」
ジークリードは軽く頭を抱えた。
(…天才、か?…いや、魔法に愛されている、という方が正しいかもしれない。だがそのせいで…)
そんなことを考えながら、息を吐き、少し不安そうな顔をしているルナティアを見た。
「…原因が分かったよ。」
「何です?何がいけないのですか?」
「…うーん、簡単に言うと……君が魔法を唱える時は『雑』なんだ。」




