仮装
武術大会から4ヵ月が過ぎた。
その間、心配していた、ルナティアやリリーに対する攻撃などもなく、時間は平穏無事に過ぎて行った。
唯一変わったことと言えば、女子生徒たちが発足したファンクラブが、急激に活性化していることだった。
元々、カエラのファンクラブは存在していたし、ジークリードやユグのファンクラブもあった。当然、レグルスのファンクラブもあったのだが、ルナティアが武術大会で活躍した後からは、レグルスファンクラブは、いつの間にか、『リストランドファンクラブ』という名称に代わり、レグルス&ルナティアの兄妹を敬愛するクラブへと変わっていっていた。
そんな中、今日の一般科の学内では、女子生徒たちの黄色い声が飛び交っていた。
「きゃあ、カエラ様よ、素敵~。」
「まさか、ルナティア様が男装なさるなんて…。」
「本当に素敵だわ~。」
今日は、一般科の学内に限り、『一斉仮装の日』だ。
各々、好きな仮装をして授業を受けることになっていて、制服では授業に参加が出来ないという、半ば強制のコスプレ日だ。
何故、そんな催しがあるか、というと…
昔、学園内で悪い霊が蔓延った事件があったそうだ。悪霊は何故か魔法使いを好み、騎士を嫌っていた。だが、悪霊を倒せるのは、魔法だけだったため、騎士の姿をした魔法士が戦い、無事に悪霊を倒したことが由来となっているようだが、今となっては、生徒と先生の息抜きを兼ねた、ただの楽しみと化している。その上、この催しでは、普段見ることのない姿を男女共にするため、その日に恋人として成立する生徒も少なくない。
だからこそ、息抜き、とは言え、裁縫が得意な生徒は、手製の衣装を、苦手な生徒は衣装を特注して準備をする、というなかなかの力の入ったイベントとなっていて、作られた衣装は一旦学園に提出し、魔法チェックと物理チェックをされた後、個人に戻される。勿論、学園のチェックを通った衣装しか着てはいけないことになっているし、チェックを受けていない衣装を着てくると、建物の入り口で弾かれる、つまり、授業を受けられないことになるのだ。
更に、この日の授業に出席しないと、『単位をマイナスされる』というオマケつきなので、参加しないという選択肢はない。
今年のルナティアの衣装は、クレオチアの騎士の衣装を模したものだった。
昨年、一昨年は、兄が準備した衣装しか着ることが出来なかった。とはいえ、他国の民族衣装のようなものばかりだったから、それはそれで楽しかったのだが、「最後の年は好きな衣装を着たい」と兄に懇願し、勝ち取った衣装だった。
因みに、ライラは魔法省の制服を模したものを着ている。
ルナティアは寮を出て学園の入り口に着くと、偶然に逢ったカエラは、なんと同じくクレオチアの騎士の恰好をしていた。
「ごきげんよう、カエラ様。カエラ嬢もクレオチアの騎士なのね?とてもお似合いよ。」
髪をポニーテールに束ねたルナティアが笑顔で挨拶をすると、一瞬、固まったカエラが挨拶を返す。
「ごきげんよう、ルナティア嬢。それからありがとう。ルナティア嬢も素敵だよ。だけど…私的には、例年通り、ルナティア嬢の護衛騎士をしたかったかな。クレオチアの騎士姿は、君のエスコート用に最後の年に取っておいたのに、まさかの『同僚』になるなんて…。」
と、カエラは苦笑いをする。
「そうだったの?…それは悪かったわね。…私ではないけれど、お姫様なら…ほら、あそこに居るわ。一緒にエスコートのお願いをしに行きましょう?アリシア様!ジュリア様!」
ルナティアが呼んだ先には、同じく教室に向かう途中で何やら話をしていたアリシア・カフスと、ジュリアが居た。2人は同時に振り返ると、何故か目を大きく見開き固まった。
ルナティアとカエラが近づき、ルナティアがアリシアに、カエラがジュリアに跪くと、
「「「きゃぁ~~~~~」」」
と、周囲から黄色い歓声が沸き上がる。
そんな歓声を気にもせず、ルナティアとカエラは2人に、
「宜しければ今日1日、貴女の騎士としてお傍に置いていただけないでしょうか。」
と声をかけると、更に大歓声に包まれた。
そんな中、アリシアとジュリアは、顔を真っ赤にしながら、必死にコクコクと頷いている。
「では…お手をどうぞ。」
と、2人の騎士が立ち上がり手を出すと、その所作に、ただただ、周囲は黄色い悲鳴で包まれ、その後は、エスコートする2人の騎士の後を羨ましそうな顔をした多くの女子生徒がついて行く。
そして、周囲の羨望の眼差しを集めた2人のお姫様は、というと、1日中、見目麗しい男装の麗人にエスコートされ、その間、ほぼずーっと騎士をうっとりと見つめ放心状態となっていたのだった。
――後日談だが、3年生のそれぞれのファンクラブ会長が撮った、ルナティアとカエラの映像魔法は、ファンクラブに入っている生徒は勿論、入っていない生徒たちにも飛ぶように売れていた、らしい。
そして、それを知ったレグルスとジークリードも、コッソリと入手したのは言うまでもない。
ルナティアとカエラのせいか、今年は恋人になる生徒たちが、異常に少なかったという、例年にない変わった盛り上がりを見せた、『一般科の一斉仮装の日』が終わった。
ルナティアは部屋に戻ると、ライラに手伝ってもらって仮装を脱ぎ、淹れてもらったお茶を飲んだ後、自室に入り、ひとり伸びをしていた。
終日女子生徒に「きゃあ、きゃあ」言われていた状況を思い出し、
「楽しかったぁ。改めて女の子って可愛い、って思っちゃった。…でも、中にはケンカしてしまった子も居たみたいね。仲直りできたかしら?」
と、呟く。
当たり前だが、その呟きに返ってくる言葉はない。
「…シエル、何処に行っちゃったんだろう?」
妖精は、武術大会以降、急に姿を見せなくなった。人型を取れるようになってからは自由に出てい歩いていたから、いつも傍に居た訳ではないが、大抵、呼べばすぐ来てくれたのに…。
武術大会の後の食事会が終わり、自室で話をしようと妖精を呼んだが、彼は来なかった。その後も何度呼んでも姿を現わすことがなかった。
妖精が姿を現わさなくなってからの最初の2ヶ月間は、出来る限り色々と探した。ライラやレグルスに不審がられないように探すのは大変だったが、ひとりで行動できる怪しまれない範囲で探していたし、こっそりジークリードにも捜索を頼んでいた。毎晩、寝る前にも呼びかけをしていたが、それでもシエルは現れなかった。その呼びかけは、今でも続けている。
「…もうすぐ、具現化の魔法を教わる時期だから、シエルの意見も聞きたかったのに…。それに、今日の凛々しい私の姿も見て欲しかったなぁ…。」
バルコニーの柵に手を吐き、夕暮れの空に向かって、秘密の友人を想いひとりため息を吐いていた。
ハロウィーンの月なので…というのは冗談ですが、男装させてみたくてww
無理くり感がありますが、ご容赦くださいませ。




