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ジークリードの言葉の後を継いで、今度はトーマスが話し始めた。
「皆も今の『属性星』について、2年前から星が並び始めて今、4つの星が並んでいることが確認されている、と聞いたことがあると思う。」
「ええ、それは知っています。今年の始め、4つ目が並んだと少し騒がれていましたよね?」
リリーが答えると、続けてオリガルが言った。
「俺も母から聞いていますが…過去にも属性星が並んだ例が多々あったと思います。凡そ50年周期で3つの属性星が、100年周期で4つの属性星が並んでいる、と学園で習いました。今4つ並んでいるのは100年周期の時期だからではないのですか?」
「オリガル君、君の母上は、今回のことについて何か言っていたかな?」
「…えぇっと…「星がこれ以上並ぶ可能性がある、万が一に備え、準備を。」と。後は俺には「学生だからと甘んじるな、出来る限り、先へ進め。」と言っていましたが、どういうことか…。」
「そうか。「先へ進め」と言ったのだな?それは、より多くの知識と技術を得る、という意味だろう。学園の授業のみではなく、自主的に学べ、ということだ。」
「…授業だけではダメ、と言う事ですか?」
「平時であれば問題は無いだろうが…クリスティ嬢が考える不測の事態が起きた時に備えるのであれば、授業のみでは大変だろうな。」
男性一同は、トーマスの言う大変の意味を考え、黙る。
「あのぅ…大変、というのは…どう言う…?」
ただ一人、大変の意味がよく分からないリリーだけが、トーマスに質問をした。
その質問にレグルスが口を挟む。
「リリー嬢、大変という意味については、後で僕が説明するよ。取り敢えず…父上、話を戻しますが、そのような話をする、ということは、属性星に何か変化があった、ということですか?」
その問いに、トーマスがジークリードを見る。すると今度はジークリードが、淡々とした表情で答えた。
「つい先日、5つ並んでいるのが確認されたそうだ。」
その発言を受け、ずっと黙っていたカートリスが、急に立ち上がった。
「なっ?!!…5つ、って…何と何ですか?!」
「…『赤、青、緑、黄、伽羅』だ。」
ジークリードの答えに、
「…そんな…一般属性が全て…?」
そう呟きながらカートリスは、フラリと椅子に力なく座り込んだ。
「その意味が分かるとは…シヴィア公爵のご子息は随分と博学だな。…分からない者には申し訳ないが、これ以上詳しく説明は出来ない。つまり、機密事項とされるような事態が起こる可能性がある、と言う事だけ理解してくれ。」
「だから、授業だけではダメ、と言う事ですか…。」
トーマスの言葉に、今度はオリガルが呟く。
暫くの間、室内には沈黙が続いた。
その沈黙を破ったのは、トーマスだった。
「とにかく、今話したことは、起きつつあるという可能性の話で、それすらも確定、ではない。だが、だからと言って、放置も出来ない。不安定であるからこそ、最悪の場合に備えて対策が必要なんだ。各国では勿論、様々な対策を取っているだろう。…今頃、王城でも会議が開かれている。…そんな中、君たちにも、対策の一つとして、自分自身に出来ることを改めて考え、行動して欲しい。」
「僕達に出来ること…。」
レグルスの呟きに、トーマスが頷き続けた。
「君たちが授業で習ったことは、「知っている」ことになるが、習っていない者にとってはその知識は「知らない」ことだ。「知らない」者はそこで終わりだが…まぁ、知るための努力をすることは出来るのかな。反対に「知っている」者は、今度はそれを「使えるかどうか」を試したり、「活かせる」か「活かせないか」を考えたりするだろう。そうやって学び習得していくわけだが…まぁそうは言っても、決めるのは君たちだ。君たちの自由な学園生活を「こうすべきだ」なんて野暮なことを言う大人にはなりたくないからね。…今言ったことは、大人の戯言と思ってくれて構わないよ。ただ、限りある学園生活を有意義に過ごしてほしい。時間は無限ではないからね。」
そう言いながらトーマスは苦笑を浮かべた。
食事を終え、トーマスは書斎に、その他の者たちは談話室に集まった。
「ねぇ、一般属性星がすべて並ぶとどうなるの?」
リリーがカートリスに質問をする。
「…良くないことが起こる…。」
「良くないことって?」
「…。」
聞かれたカートリスは少し震えている。知っているけれど言いたくないのだろう。そんな様子のカートリスにため息を吐いたリリーは、
「もう、ハッキリしてよ。…じゃあ、オリガル、教えてよ。」
と、今度はオリガルに向かって質問を投げかけた。
「俺?…俺はあんまり…俺も、良くないことが起こるってことしか知らない。」
カートリスほど怯えた感が無いオリガルは、本当に、そうとしか知らないのだろう。
「じゃあ、レグルス。貴方なら知ってるでしょ?それと、さっきの大変についても教えてよ。」
急に振られたレグルスだったが、軽くジークリードと目を合わせ、ジークリードが頷くのを確認した後、話し始めた。
「そう言えば約束、したな…。まず大変というのは、戦えないからという意味だよ。魔法科で実際に使って覚える魔法は、どの属性でも使うことが可能な、最低限の攻撃魔法だけだろう?あと、属性による特性魔法は、座学で学ぶだけ。学んでも、本当に使えるかどうかは、自主的に練習でもしていないと分からない。そんな状態でいきなり実践なんて、危険だ。だから戦えない、ってことだよ。」
「どうして戦うことが前提なの?魔法が使えたら戦わなきゃならない、なんて決まってないでしょう?」
「それはそうだけど…。じゃあさ、例えば…リリー嬢とラソ教信者の子供が一緒に居たとするでしょ?その時に、ゴブリンが現れたら、君はどうする?」
「え…と、い、一緒に逃げるわ。」
「信者の子が腰を抜かして動けなかったら?」
「え…そんなっ…、もしもの話をするなんて、ズルイわ!」
「ズルイって…。さっき父上も言っていただろう?最悪の場合を想定しておくべきだ、って。だから考えるんだ。もしも、そんな状況になったら、リリー嬢は攻撃魔法を使う?」
「それは勿論。使うに決まってるじゃない。」
「だけど、「知っている」だけの魔法だったら?使う?」
「…座学で教わっただけ、ってことよね?…うん、取り敢えず使うと思う。攻撃出来たら助かるもの。」
「そうだね、だけど、もし魔法を唱えて上手く発動しなかったら、絶対、助からなくなっちゃうよね?逃げてれば…半分…5割の確率で助かるかも知れないけど…。」
「それは…。」
そこまでを想定していなかったリリーは、言葉を詰まらせた。
「勿論、そんな状況が起きないことが一番良いけど、起きてしまったとしたら?授業を聞いて呪文を知っていたとしても、ちゃんと使えないならそれは知らないのと一緒だ。それを父上は言いたかったんだよ。ただの知識として知っているだけじゃなくて、いつどんな事になったとしても、実用出来るようにって。それにさ…特に僕たちは男だから、守りたいもの、沢山あるし…ね?オリガル?」
「んあ?…あぁ、そう、だな…。」
何故か少し照れたような顔でオリガルが同意する。
「ふ~ん、男の子って大変ね。…でもまぁ、理由は分かったわ。確かに座学だけじゃ実践では使えないかも知れないわね。だから自主的に、なのね。」
「そういうこと。」
「大変の意味は分かったけど、もうひとつ、一般属性星が並ぶとどんな良くないことが起こるの?」
「…リリー嬢、一般属性星と特別属性星については授業で習ったよね?」
「え…そ、そうだった…?」
「全く…一般科の2年生で習っているはずだよ?もう少しちゃんと勉強もしなくちゃ駄目だからね?いい?一般属性星はね…。」
レグルスが一般属性星と属性の繋がりについて丁寧に説明をする。
赤い星は「火属性」、青い星は「水属性」、緑の星は「風属性」、黄の星は「雷属性」、伽羅の星は「土属性」を示している星で、これら5つの星を『一般属性星』と呼ぶ。この5つの属性星が全て並ぶことは、まず無い。過去800年の記録を遡っても、1度だけ、今から約500年ほど前に確認されたと記述があるほど稀有な出来事だという。
残り2つが『特別属性星』で、白銀の星が「光属性」、紫の星が「闇属性」を司る。
「伝説の中でも、『7つの星が一列に並んだ時』とあるだろう?属性星が5つ並ぶと、その後、7つ揃う可能性が非常に高くなる、ということなんだ。」
「…どういうこと?あと2つの星は近くに無いんでしょう?なのに何で?」
レグルスの説明に、リリーが質問で返す。
「それは…。」
言葉を濁しながら、レグルスがジークリードを見ると、ジークリードは首を振っていた。その様子を確認した後、
「ごめん、それ以上は話せない。」
とレグルスが答えた。
「何で―」
「リリー嬢。」
リリーの異議申し立ての言葉を遮って、ジークリードが名前を呼んだ。その声にリリーが振り返る。
「今はまだ、調査中の案件だ。確定していないことで騒ぎ立てたりしないため、これ以上は話せない。」
「でも…。」
「だから、先ほどトーマス殿も仰っていただろう?不確定なことだけど、ギリギリ話せるところまで話したのは、君の稀有な魔法が必要になる可能性があるからだ。だからこそ、君に…いや君だけじゃない、俺たち全員が、自分に出来ることを考え、日々、研鑽を積んでおかなければならない。…研鑽を積まなければならない理由より、研鑽を積むことによって生じる利益を優先してはくれないだろうか。」
ジークリードの言葉に、質問攻めだったリリーは口を噤んだ。そして少し考えた後、
「分かったわ。」
と、答えたのだった。
ルナティアは、夕食の終わり近くの父の話の時も、談話室で兄達が話しているときも、ただ黙って聞いていた。耳に入る情報は、知らないことばかりだったからだ。唯一、知っていたことは、2学年で習う、『一般属性星』と『特別属性星』についてくらいだった。
各自解散をして自室に戻る廊下を歩きながらライラに話しかける。
「ダメね私。…知らないことばかりだったわ。」
「そうでしたか?」
「…私、属性星が並んでいたことすら知らなかったのよ?市井に住む人たちが知っているのに…。本当に世間知らずなんだなって改めて思ったわ。」
「ですが、ルナティア様はあまり外へお出になられることが出来なかったのですから仕方ないのでは?」
「そうかも知れないけど、それを理由に知らないままにしておきたくないのよ。…お父様の仰る通り、私も私自身が出来ることを考えないと…。」
手を握り、気合を入れている主を見ながら、
「お気持ちは分かりますが…ご無理だけはなさらないでくださいね。」
と、苦笑いをしながら、ライラは主の部屋のドアを開けたのだった。




