空事
その年の武術大会は、クレオチア大国の平民である、ルプスが優勝した。
乱入事件があった上に、ベスト4に残った生徒のうち、2名が女子生徒だったことも、女子生徒が決勝戦に出たことも初めてで、平民の生徒が優勝したのは、約80年ぶりという、悪い意味でも良い意味でも歴史に残る大会となった。
決勝が終わった後、控室でルナティアとカエラは、リリーに(念のため)浄化魔法をかけてもらった。事情を知らないカエラには、「疲れを取る魔法です」とだけ伝え、浄化魔法の前にルナティア特製のお茶を飲んでもらった。
浄化魔法が終わった後、一緒に学園に帰ると思っていたカエラに「今日は父が来ているから、別邸で過ごすの。…ごめんね。」とルナティアが謝ると、カエラは残念そうな顔をしながら頭をうな垂れ、とぼとぼと会場を後にした。
会場を出る寸前、ルナティアに呼び止められ振り返ると、そこにはルナティアの父に友人として紹介をされると、急にご機嫌になり、先に学園へと帰って行った。
そしてその日の夜、リストランド別邸に、ジークリードがキュリオを伴い、カートリス、オレガノ、リリーが訪ねてきた。
一同は食堂に通されると、使用人を除いて、全員がテーブルの席についた。そこへ夕食の品々が運ばれてくる。その給仕を、ジャンとライラが行い、キュリオはジークリードの背後に控えていた。
全員が座ったのを確認した後、屋敷の主、トーマスがまずは挨拶をする。
「皆様、武術大会も無事に終わり、我が娘がベスト4入りする快挙を成し遂げました。今日はその祝賀を行うため、お集りいただきありがとうございます。どうぞ、心ゆくまで食事を楽しみください。」
トーマスの挨拶に、驚いた顔のリリーが立ち上がり、異議申し立てをした。
「あのっ!今夜はペルプランの―」
「さぁ、皆さま、どうぞ。リリー嬢も、難しい話はあとで…ね?」
言葉を遮り、言うレグルスにウィンクをされながらリリーは着席を促された。流石のリリーも頬を染め大人しく席についた。それを確認したジークリードがトーマス、レグルスに目配せをした後、
「では…ルナティア、4位、おめでとう!…乾杯!!」
その言葉を合図に、グラスを合わせ、テーブルに並んだ食事を食べ始めた。
「時に、ルナティア、会場を出る時に何かトラブルでもあったのかい?ひどく多くの女子生徒らしき方々に囲まれていたようだが…。」
トーマスがワインを片手に問うた質問にルナティアが答える。
「あぁ、ほとんどはカエラ様のファンです。…元々、凛々しいお顔をされているから、女子生徒に絶大な人気がおありの方でしたけど、学園内とは言え、男性に交じっての準優勝でしょう?今まで以上にファンがついたのではないかしら?」
「…半分はお前のファンだろう。」
レグルスがぼそりと呟く。
「え…そんなことは無いと思うけど…。まぁ、今まで知らんぷりされていた方からもお祝いの言葉をいただいたのは嬉しかったけど、あくまでもカエラ様へのお祝いのついで、という感じだったわよ?」
不思議そうに答える妹に、半ばあきれ顔で
「まぁ、相手は女子生徒だから、危害がある訳でもないだろうし構わないんだけど…ルナティアは、一定以上の好意については本当に鈍感だよね。」
と、レグルスが言う。
「…一定以上の好意って?」
「いや何でもない。」
兄妹の会話に、オレガノが口を挟む。
「一定以上の好意って言うのはね―」
「オレガノっ!黙れっ!!」
ルナティアに説明をしようとしたところを、珍しくレグルスが声を荒げて止める。
その後も他愛もない話で盛り上がりながら、食事は残すところあとはデザート、となったところで、ジークリードが話し始めた。
「さて、食事ももうすぐ終わりだな。まずはトーマス殿、我々を招いてくれて感謝する。…そして、ここからが本題なのだが…。」
と、今日の武術大会で起きたルナティア襲撃事件とその犯人ついて、話した後、リリーへと犯人についての説明を依頼した。
ジークリードからバトンを引き継いだリリーが、ペルプランとプルクーラについて、自身が覚えていることを覚えている範囲で順を追って話した。
全ての話が終わると、カートリスは青ざめた顔をして僅かに震えながら
「…思い出した。」
と呟いた。
「カートリス?どうした?何を思い出したんだ?」
隣に座る、ジークリードが声を掛ける。
声を掛けられたカートリスは、やや小さな声で話し始めた。
「そうです、彼はペルプランです。そしてプルクーラと本当の姉弟で…彼は、本当に淫魔なんです。」
「ということは…プルクーラは淫魔、ということで合っているか?」
カートリスの言葉にジークリードが呟くと、リリーが急に立ちあがり、
「ちょっと待って。昼間も魔族とか言っていたけど聞き間違いかと思ったのよ?淫魔とか淫魔って…魔物は居ても、そもそも魔族はこの世界に居ないでしょう?あれは伝説の…お話の中のことでしょ?」
と、声を上げた。
静まり返った時間が流れた。
お互い無言でを見つめ合っていると、ジークリードがトーマスと目を合わせ、合図を送った後、慎重に言った。
「確かに、物語の中でしか出てこない存在であった。だけど、今…その物語にしかなかった出来事が起きつつあるんだ。」




