閑話休題:ジークリード&アレン
王城を訪れた時に、遠目から主人公を見ていた人のお話です。
その日、王太子であるジークリードは、午前中の予定として入っていた帝王学の授業が急遽無くなり、ヒマを持て余していた。その上、午後にはあまり好きではないダンスの授業がある。
ダンスの授業とは、美しく踊ることはもちろん、立ち振る舞いや女性をエスコートすることなども含めた授業だ。ダンスや立ち振る舞いの練習は問題ないのだが、女性が嫌いなジークリードにとって、女性のエスコートについて学ぶことは、本当に気が重くて仕方なかった。
ジークリードは、帝国の『蝶』と称された母親似の美しい顔と王太子という身分で、幼い頃から周りにいる女性達に可愛がられてきた。
傍にくる女性たちは、隙あらば抱きしめたり頭をなでたりしてきた。それも幼いうちは純粋に『可愛がってもらっている』と思っていたのだが、6歳で魔力発動をしたあたりから、抱きしめ方や触れ方が変わってきた。
礼儀作法の先生には、ご褒美、と抱きしめられ、身体中を撫でられた。
同い年の女の子からはキスをされそうになり、侍女には押し倒されたこともあった。
女性達にとっては、『キレイな王太子』だけでも十分魅力的なのに、さらに『魔力が高い』が付加され、幼い王太子を襲ってでも手に入れたい、と様々な暴挙に出ているらしい。
幸い、ジークリードに降りかかったこれら災難は、侍従のキュリオによって寸でのところで防がれているのだが、こんな日々を1年近く続けていると、母親以外の女性に対しての感情は、恐ろしい存在となってしまっていた。だから『女性をエスコートする自分』など想像もできないし、したくもないから、エスコートについて学ぶなんて、と考えるだけで気が滅入ってしまうのだ。
朝から予定が狂ってしまったせいか、いつも以上にダンスの授業に気が乗らなかったジークリードは、持て余していた時間で少しでも気を紛らわそうと、普段は遠目にしか眺めない庭園を散策してみようと思ったのは、本当に偶然だった。
王家の庭園には、色々な花々が植えられているが、今の時期は何といっても薔薇が素晴らしい。
庭園の一角を薔薇のみで植えてあり、この庭園でしか見ることのできない『2色薔薇』が一斉に咲きほこっているのだ。
『2色薔薇』とは、薔薇の花びらが交互に薄いピンクと薄い空色、そして白の3色のうちの2色が組み合わさり咲く花だ。
3色の組み合わせは、その年の薔薇の気分(?)なのか、薄いピンクと薄い空色、薄いピンクと白、薄い空色と白の3パターンが咲く、とても珍しい、王家の秘密の庭園でしか見ることのできない貴重な薔薇なのだ。
そして今年は、ジークリードが一番好きな『薄い空色と白』の組み合わせの薔薇が咲いていた。
滅入る気分を払拭するため、外の青空に誘われるように、ジークリードは一人で秘密の庭園に向かった。そこに先客がいるなど思いもせずに…。
ジークリードが庭園の入り口につくと、奥に誰かがいる気配がした。
(誰かいる…?ここは父上の許可がない限り、王家の者以外が立ち入れない場所のはずだけど…)
そう思い、警戒しながら2色薔薇が咲いている奥の方へゆっくりと進んでいくと、白銀色の髪の女の子が薔薇にキスをしているところが見えた。
(女の子?どうしてここに…?それに、薔薇にキス…してるなんて…)
少し不審に思いながらも様子を見ていると、銀髪の女の子は薔薇にキスをしたあと、にっこりと微笑んだ。
「っ!!!」
女の子の微笑みを見た途端、カっと、自分の頬に熱が集まるのを感じ、思わず顔を背けた。
(なんだ、コレ…)
両手で自分の頬を押さえ俯き、初めての感情に戸惑いながらも深呼吸をして顔を上げると、そこには誰もいない。急ぎ、銀髪の少女がいた場所、2色薔薇のところまで駆けていったが、周りを見回しても誰もいなかった。
そっと、白銀髪の少女がキスをしたであろう薔薇に手を振れ、
(あの子は一体…?ここには王家の者しか入れないはずなのに、急に表れて急に消えた。後で父上に聞いてみようか。)
そんなことを考えながら、ほとんど無意識に、ジークリードは薔薇にキスをした。
はっと我に返り、薔薇へキスをした自分の行いを顧みたジークリードは、また赤面し、顔の熱が引くまで暫くひとりその場に蹲っていたのだった。
その日の夜のこと。食事中に、唐突にジークリードがアレンに質問をした。
「父上、今日、王家の特別庭園で…その…女の子を見かけたのですが…父上はご存じですか?」
「っ!(ゴフッ)けほっ……何時頃だ?」
「確か10時頃かと…。」
「ふむ……。その頃だと、奥の間で魔法省のクリスティ嬢が『新しい魔法のお試し』をしていた頃だな。」
「『新しい魔法』…ですか?」
「あぁ、確か…『妖精を具現化する』とか…。まぁ、実際には具現化できなかったのだが…。いや、もしかしたら、外の『庭園の妖精』を呼び出していたのか?…だとしたら、あの魔法は成功していた、ということになるな。」
急にブツブツ言い始めた父王にジークリードは口を噤み、ため息をついた。
(『妖精』…か。もしかしたら、父上に秘密の来客でもあって、と期待していたけど…。…『期待』ってなんだよ。…でもそうか…『妖精』だというなら、きっともう会うことは叶わないかもしれないな…)
ため息をつく息子を見て、
「どうした?ジークリード、ため息などついて…。そういえば、お前が今日見たという『妖精』はどんな子だったのだ?」
と、ニヤリと笑って言うと、ジークリードが答えた。
「どんな『子』ですか?…遠目で良くは見えなかったのですが…薔薇にキスをしていました。白銀色の髪がとても印象的でした。」
「可愛かったか?」
「か、可愛い??と、遠目だったからよく見えなかった、と言ったではありませんか。ただ……ただ、知らない者が庭園に居たので驚いたというか…。…その…『妖精』というのなら納得です。新しい魔法が成功していたということをクリスティ嬢が知ったらきっと喜ぶでしょうね。」
そう言うジークリードの頬が少し赤く見えた。
夕食後、アレンは自室で一人、喜びをかみしめていた。
ジークリードが見たのは、間違いなくルナティアだ。
そのルナティアに、息子は少なくとも好意を寄せたに違いない。
女性に幾度となく襲われ、女嫌いになっていた息子が、もしかしたら幸せな未来など無理かもしれないと思っていた息子が、自分が望む女の子に好意を寄せている。
出来るなら事実を明かしてあげたい。お前のその思いが何なのか、見た相手が誰なのか…。しかし、今回の謁見は『秘密裏』だから明かすことが出来ない。残念だ。
いつか、ルナティアに会った時のジークリードの反応が楽しみだ、などと不謹慎なことを考えながら、後でクリスティ嬢に『新しい魔法』の口裏合わせを頼んでおかねば…と思うアレンだった。