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イージス・ユートピア  作者: 鍋田 リューマ
GHOST編
40/40

第25話「西部の街へようこそ←銃撃戦は暫しお預け」

 馬車は神速の如く駆け抜けていった。

 流石はレイド・ストリーム特注の『馬』なだけはある。

 イージス・ユートピアにおける『馬』のステータスはテイムしているプレイヤー次第で強くなっていくと聞く。

 テイムも誰でもいいというわけではない。

 かくいうナギヤも未だに飼育はおろか、乗馬すらしたことがないので一概には言えないが、知り合いの『魔獣使い』などをみるにそれなりのスキルやアビリティ、そして知識とセンスがなければやっていけないはずだ。

 なのでここまで凄まじいステータスを保有した馬を育成し、提供してくれた見ず知らずのプレイヤーに感謝の意を示しながら警戒していた。

 「悠梨さん、大丈夫ですか?」

 「うん。あと新しい『ネガ』は一定のエリアから抜けると解除されるみたい。だからそろそろ安全地帯に着くと思うんだけど……」

 いわれてみれば色彩が正常になりつつある。

 通常ならノイズが追ってくるため脱出は不可能なのだろうが、今はシンが全ての軍勢を相手にしてくれているおかげでその心配もない。

 だが───。

 「先輩、無事だといいな」

 ふと呟かれた悠梨の独り言こそが、現状の不安要素の全てを表していた。

 たとえシンがどれほどの腕前を持っていようと、熟練(ヘビー)プレイヤー並みの実力を備えたモンスターの軍勢と1人でやり合うなど無謀に近い。

 自分だけでも戻ろうかと考えていたら馬車は『ウエスタン・ロック』があるフィールドの入り口に到着し、荒野のド真ん中にポツンと置かれている看板が目に入った。

 木製の盤面には《この先、危険区域》という書き殴ったような筆跡で表記された警告文が刻まれており、ナギヤは徒歩で向かった方が安全だと判断して荷台から降りた。

 念の為に振り返ってみるも、黒装束忍者の姿は無い。

 最悪の結末が脳裏によぎるが、続いて降りてきた悠梨が宥めるような声で。

 「ごめんね、心配させるようなこと言って。私も戻りたい気持ちがあるけど、今は先に進もう。───大丈夫。これまで先輩が倒せなかった敵なんていないんだから!」

 悠梨はナギヤを励まそうと笑顔を浮かべているが、内心は穏やかではないはずだ。

 ただ、あのまま3人で戦っていたら全滅は免れても誰かひとりはやられていたに違いない。

 その結果を考慮すればシンの提案を呑んだことは最前の策だった、とナギヤは自身に思い込ませた。

 でなければ、納得できないから。

(まあ、それを除いても……)

 荒野は地平線まで続いている。おまけに真夏の炎天下に晒されているような灼熱の気温が全身を襲い、劣悪な環境下の中、明確な位置すら分かっていない『ウエスタン・ロック』なる場所へ歩いていくのかとうんざりしていると。

 「目的地なら任せて。ていうか、このために私が呼ばれたんだろうし」

 悠梨はナギヤの前に立つと、目を細めて遠方を見つめた。

 瞳の色が切り替わる。深く濃い青色だ。

 可視化されてはいないが、明らかに雰囲気が変わった悠梨は戸惑うことなく歩を進めていく。

 「悠梨さん、それって……」

 「うん。スタートアップ・サービスの『サーチ・アイ』っていう魔眼だよ。これを使えば範囲内の街とか敵の位置が解るの。といってもまだ500mが限界で、持続時間も長くないんだけどね」

 それでも素晴らしい能力だ。ワールドマップを旅してきた自分でもそれほど索敵に優れたスキルやアビリティを持っていたプレイヤーはいなかった。

 忍者として隠密任務をしていたのも頷ける。シンといい、和旧連合軍にはこれほどの逸材が何人もいるというのか。

 「そうだね……。今のところ『サーチ・アイ』にそれらしいのは映ってないから見つけるには───」

 「行ってみるしかありませんね」

 「そゆこと。それと私は魔眼に集中したいから、湧いてくる敵の排除は任せたよ」

 静かに頷いたナギヤは馬車を携帯端末型のデバイス『フリージー』に収納し、悠梨の案内を受けながら果てしなく続く大地を進んでいった。

 道中に出てくるモンスターも大したことはなかった。ただ其れも『サーチ・アイ』による的確な指示があってこそで、出来るだけ戦闘をしないように選んでくれている。

 そしておよそ5kmは歩いたであろう地点で先導していた悠梨が立ち止まった。

 「この先だね。反応がある」

 「でも……」

 確かに踏み入れるべき大地はある。

 ただし、崖を隔てた遙か下方にだが。

 「落ちたら絶対に落下ダメージで即死だよね」

 先程まで迷うことなく道案内をしてくれた悠梨は、腕を組んで上を向きながら悩んでいる。

 「そうですけど、手がないわけじゃありませんよ」

 「えっ、なになに?」

 「簡単なことですよ。崖の側面を走って降るんです」

 「………………………………は?」

 悠梨は正気かコイツ、と言いたそうな目でこちらを見てきた。

 「いやいや無理でしょ!下手したら速度制御できずに死ぬよ!?」

 「忍者ならできません?パパパーッと。水面走り得意ですもんね?」

 「水の上走るのとこれとじゃ大分違うよ!?───ていうか、ナギヤちゃんできるの?」

 「まあ人並みには。旅をしてると場所によってはできないと行けないところとかありましたし」

 平然と言ってのけるナギヤに悠梨は顔を引き攣らせる。

 「とにかくやるしかありません。ほら、乗ってください」

 ナギヤがしゃがんで背中に乗るよう促すと、渋々了承して身体を預けてきた。

 「落とさないでね」

 「解ってます。じゃ、行きますよ……!」

 微笑んで、躊躇うことなく上半身に重心を集中させて身体を曲げる。

 並行になっていく身体と側面を密着させたまま足を乗せ───全速力で走った。

 その勢いたるや、背中にしがみついていた悠梨にまるでジェットコースターに搭乗しているかのような凄まじい重力と突風が起きるほどだった。

 崖を、駆けている。

 しかし、その事実に感動を覚えていたのも束の間、いつの間にか地面との距離は数メートルとなっていた。

 それでも尚、ナギヤは速度を緩めることを知らず、代わりに左を前に突き出して唱え出した。

 「『我が身を防衛せよ』」

 なにかの詠唱だ。

 すると前方に薄い水色の膜が照射され、ナギヤは体勢を変えてその中に飛び込んだ。

 悠梨は目を瞑った。

 全身に衝撃が走った後、恐る恐る目を開けると、砂埃は舞っているものの崖の下に着地できていることが確認できた。

 更に驚くべきことに怪我ひとつなく、ナギヤは悠梨を下ろして服を叩き始めた。

 「今、なにを……?」

 「え?……ああ、『プロテクト』の魔術ですよ。本来は防御系の魔術なんですけど、これを上手く使えば落下ダメージからも身を守れるんじゃないかって考えたんです。まあ軽減されるだけなんで多少は受けますけど、この通り死ぬことはありません」

 ナギヤは腰に携帯しているポーションを掴んで悠梨に投げ渡した。

 「魔術ね……」

 悠梨は桃色の体力回復用ポーションを飲み干すと、念の為に再度『サーチ・アイ』を発動する。

 「あっ、これ……」

 「?……どうかしました?」

 「確かにもう少し歩けば『ウエスタン・ロック』がある。でもその近くに人が───それもプレイヤーの反応が複数あるの」

 プレイヤーの───?『危険区域』であり、一般には知られていないフィールドに───?

 2人は驚きを隠せず、いつしか興味は『ウエスタン・ロック』の調査から謎のプレイヤーへと移り変わっていた。

 「ねえ……。ちょっと寄り道してかない……?」

 「ええ。私も同じこと考えてました。もしかしたら街とはまではいかないものの、人が住めるだけの居住区が存在しているのかも。なら、そこで情報収集してから行くのも悪くないんじゃないかって……」

 好奇心と不安の両方が押し寄せるも、足は半自動的にプレイヤーがいる方角へと進んでいた。

 既に5kmも歩いているせいで体力は限界に近く、もしかしたら好奇心は建前で、本当は安全に休むことのできる宿を無意識に探しているのかもしれない、とナギヤの脳裏に要らぬ考察がよぎる。

 ここ周辺に出現するモンスターのレベルは相対的に高く、簡易的な食事を摂ることは出来ても、思い切って休憩なんてことは危険すぎて実行することすら恐ろしい。

 ましてやいつ『ネガ』の脅威が襲ってくるやもしれない状況下で。

 勿論、それが発動してしまえば屋内だろうが危険度は変わりないのだが。

 というより、そんなネガティブな想像ばかり思い浮かぶのだから本音有り無しに休息は必要なのだろうなんて考えていると、前方に建物が見えてきた。

 近づいてみると全容が明らかになっていき、その見た目はまるで───。

 「西部劇みたい……」

 ふと呟いた悠梨と全く同じ感想だった。

 また、近づいてみてわかったことだが、その『ウエスタン』という名に相応しい造形をしている木造建築の家屋は並列しており、小さなひとつの集落になっている。

 「行きましょう」

 ナギヤ達は意を決して足を踏み入れた。

 そして即時、警戒態勢をとるも───。

 「───?」

 だが、なにかおかしい。

 まず、余所者が侵入してきたというのに、特に敵意や殺意といった攻撃的な意思が感じ取れない。それどころか、人の気配がない。

 これほどの『危険区域』に集落を作って定住しているくらいのプレイヤーなら自分と同じ『気配感知アビリティ』を持っているはずだ。

 そして、察知して行動を開始すれば必ず自分のアビリティにも引っかかる。

 なのに───どうしてそれが起きない?これではまるでゴーストタウンではないか。

 「悠梨さん。『サーチ・アイ』に反応はありますか?」

 「……ない。これって根城にしていた人達が見切りをつけてここを捨てたなんてことないよね……?」

 ナギヤは立ち寄った酒場のような建物に足を踏み入れ、悠梨からの推測に答えた。

 「それにしては物が残されすぎてます。考えられるとすれば大規模な遠征に出掛けているか、若しくは……」

 「───襲撃に遭ったか、でしょ?そもそも誰もいないのがおかしな話だしね」

 それから2人は住民のいない西部の街を調査し始めた。

 本来ならこんなところなど放っておいてさっさと目的地へと向かうべきなのだが、如何せん『ウエスタン・ロック』との関係性を無視できない。

 もしもこれが『ビギニング・ショウ』での殺人事件や、先程の『ネガ』現象を引き起こしている謎の勢力の仕業だとしたら?

 有り得ない話ではない。なにせその可能性を考慮して『ウエスタン・ロック』に来たのだから。

 「本当に誰もいないね……。みんなどこに───」

 刹那、物陰から人影らしきモノが現れ、悠梨の背後へ陣取る。

 完全に油断していた。

 狙われた当人は反応できず、振り返りざまに脳天を撃ち抜かれ────ることは叶わず、すんでのところでナギヤの操る剣によって弾道を逸らされた。

 奇襲に失敗した暗殺者はまるで化け物を見たかのように目を見開き、ナギヤを見つめて歯を食いしばった。

 「ち───ッッ!!なんでそこで反応できるんだい……!!」

 暗殺者は赤色のウェーブヘアの気の強そうな女性だった。

 茶色のハットに腰に巻かれたガンベルト。そして手には漆黒の回転拳銃(リボルバー)

 まさに西部の銃士(ガンマン)と呼ぶに相応しい見た目をしている。

 「『隠密(ステルス)』のアビリティですか……。それもかなりの練度……」

 確たる証拠はなかったが、自分の『気配感知アビリティ』や、悠梨の『サーチ・アイ』に反応しなかったのだからほぼ当たっているはずだ。

 女性は拳銃をナギヤへ向けているも、実力差があり過ぎると悟ってゆっくりと銃口を下ろし始めた。

 「……?なぜ殺さない……?アンタ達も私らを襲ったヤツの仲間なんだろう!?」

 「仲間……?それはどういう……?」

 「とぼけるんじゃないよ!さんざん殺しまくっといて!」

 会話が成立しない。

 ただ物凄い剣幕で激昂している女性と会話の内容から察するに嘘や罠であることはほぼない。何者かに襲撃され、この人だけ生き残ったと見るべきだろう。

 また、その犯人も推察の域ではあるが、『ネガ』現象を再発させた人物の可能性が高い。

 もしそうだとしたら、拳銃を扱えるここのプレイヤーらを一網打尽にできた戦闘力の説明もつくというものだ。

 「ちょっと聞いてんの!?」

 ついに怒りが頂点に達し、ナギヤの胸ぐらを掴むべく手を出してきた女性の腕をすんでのところで払い除けた。

 「落ち着いてください。そもそも、本当に敵ならこんな悠長に会話なんてしていません。それに……」

 ナギヤは前もってスカーレットから託されていた『レイド・ストリーム』のクランマーク───幾つもの両刃剣が円を作り、まるでひとつの花のようになっているエンブレムがついたカードを懐から取り出して見せた。

 「レイド・ストリーム……!!」

 目を見開き、ようやく手を下ろしてくれた女性はガンベルトについているホルスターに拳銃を仕舞った。

 「クランのエンブレムは偽造できない。もし強奪して使おうものなら奪った時点で滅却されるのが原則だからね。ってことはホントに……」

 「えぇ。実は『ビギニング・ショウ』で事件が起きまして。その調査の一環のためにここを訪れたというわけです。私はナギヤ。こちらは悠梨さんです。」

 「そういうことなら悪かったね。……私はサルビア。てっきりヤツがまた襲ってきたもんかと……」

 ナギヤはようやく敵意を消してくれた女性もといサルビアにホッとして胸を撫で下ろした。

 「いえ、こちらこそ。……それよりヤツとは?」

 さっそく本題に切り込んだ。これ以上、時間を無駄にする訳にはいかない。

 「無地の仮面を被った変な野郎だったよ。ひとりで私らを倒して、『ウエスタン・ロック』の方へ消えてった。だからまた来るんじゃないかと思って『隠密(ステルス)』アビリティで張ってたらアンタ達が来てね。勘違いしたってわけさ」

 無地の仮面───。

悠梨が話していた特徴と一致する。

 まさか本当に生きていたと?だとしたら───彼も───?

 「『ウエスタン・ロック』へ案内してくれませんか……!?その人がまだいるなら……!」

 ナギヤは詰め寄ってサルビアの両肩を掴んだ。もしもアサルトが生きているなら───あの人が生きているのなら───!


 「面白そうな話をしているな。俺も混ぜてもらおうか」


 無人となっているはずの酒場から声が聞こえた。いや、正確には酒場の屋根からだが。

 敵襲かと思い身構えるも、そこに立っていたのは身代わりを買って出てくれた青年───シンだった。

 シンは屋根から飛び降り、自分たちの目の前に着地した。

 「先輩……!無事だったんですね!」

 「ああ。戦っているうちに『ネガ』が消滅してな。同時にノイズどももいなくなって生き延びられたというわけだ」

 信じられない。あの状況下をひとりで切り抜けたというのか。

 見たところ目立ったダメージを受けているようにはみえないし、なにより悠梨の『サーチ・アイ』を頼りにここまで来た我々を単独で探し出している。

 事実、今まで実力に関しては半信半疑だったが、これには納得せざるを得なかった。

 シンはまるでそんな気持ちを見透かしているかのように、驚いているナギヤに目を向けてほくそ笑んだ。

 「『執行者(エンフォーサー)』。先程の提案はとても魅力的だが、あまりお勧めしないな。ここの連中が『危険区域』に拠点を作っているほどの熟練(ヘビー)プレイヤーだということには既に気付いているだろう。そんなヤツらが抵抗もできずにやられるくらいの強敵に勢いで仕掛けにいくのは無謀だと思わないか?」

 「ならどうしろと……?」

 「逆に迎え撃つというのはどうだ。見知らぬ狭いダンジョン内で襲撃者とモブ共を同時に相手にするより、広くて障害物もある街中で戦う方が対人戦に適している。それにどうせ俺たちと同じ『気配感知』のアビリティを常時ONにしているはず。ダンジョン内では『フリージー』による転移ができないから、必然的に外に出なくてはいけなくなる。そうすれば全滅させたはずの拠点にいる俺たちの存在にも気づくだろう」

 ナギヤに反論の余地はなかった。言いくるめられたともいえるが、ただそれほどまでにシンの言葉には説得力と重みがこもっていたのだ。

 確かに冷静になって考えてれば、未踏の地である『ウエスタン・ロック』に無策で飛び込むなどどうかしている。またみすみす逃がしてしまう危険性もシンの推測が正しければ恐れることはない。

 「念の為に『使い魔』をダンジョンの入り口付近に放っておく。索敵用のな。……安心しろ。ここまでして消えたら、もうそいつは俺たちでは手に負えない存在ってことになる。まあ、実際のところその通りだったんだがな」

 シンはそう言い残し、無人の酒場へと歩を進めていく。

 太陽は沈み、闇が広がる。

 今思えばそれはまるでこれからの惨劇を予知しているかのように、深い深い闇だった。

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