第24話「平穏な旅でありますように←ネガ世界再び」
和旧連合軍。
かの『レイド・ストリーム』と同等の歴史を持つクランで、規模や名声は遠く及ばないが、総合的な戦闘力だけなら上回っているとされる知る人ぞ知る秘密組織だ。
その機密性は運営のアイギスでさえ全てを把握出来ていないほどで、拠点も一般プレイヤーには辿り着くことのできない秘境に存在している。
また一説によれば、リーダーである『シン』はブレイクとは宿敵同士だったというウワサも流れている、と後にスカーレットから聞いた。
そう。常識的に考えれば挑む者はおらず、ましてや敗北するなど有り得ないことなのだ。
ただ、今問題なのはそれほどにまで強大で申し分のない実力があるクランのメンバーが、目の前で血みどろで倒されているわけで───。
「とりあえず大事には至ってないよ。今はラスターが付き添いで看病してる」
部屋から出てきたスカーレットがナギヤに言った。
現在、客室を使って『和旧連合軍』のプレイヤーを介抱している。
残りHPはほぼゼロに近かったらしく、あと数秒遅れていたら取り返しのつかない状態になっていたと搬送する前に聞いた。
それ以外にも色々と尋ねたいことはあるが、今は───。
「なぜ彼女が血塗れになっているのか、気になっているんでしょ?」
スカーレットはナギヤの心を見透かしたように笑いかけた。
「ええ。通常、イージス・ユートピアでは流血演出は省かれて、幅広い年齢層に遊べるように配慮がされている。ただひとつの機能を除いて……」
「『ゴアモード』。数年前にアイギスが血迷って実装した謎機能ね。使用すれば現実世界のようにリアルな演出が楽しめたけれど、さすがに非難の声が多すぎたせいで直ぐに削除された、はずだった」
そう。削除後に始めたナギヤは、消えた『ゴアモード』を目の当たりにしているのだ。
シュヴァルツというサイバーテロリスト集団によって強制的に発動させられ、最悪のデメリットである『現実世界への影響』をモロに受けてしまい、『彼』は致命傷を負った。
更に言うなれば半年前に人知れず仮想世界を侵食した『ネガ』にも同様の現象がみられ、そこで倒された者はアカウントごと肉体が消滅するという効果を生み出してしまった。
そんなナギヤにとって悪夢でしかない出来事が、また眼前で起きようとしている。
「これから彼女のアカウントを解析してみるつもりだけど、十中八九当たってると思う。───しばらく待ってて。終わってから、頼もうとした用件を説明するわ」
そう言い残してスカーレットは再度客室に戻っていった。
2時間後、部屋から顔を覗かせたスカーレットは手招きしてナギヤを呼び寄せた。
室内に入ってまず感じたことは、鼻をつく厭な臭い。
あまり他人の血など嗅いだことがないナギヤには耐性がなく、気を抜けば倒れてしまいそうになるほど精神を圧迫していた。
「ごめんね。気分が悪くなったら出ていっていいから」
ラスターが応急処置をしたのだろう。目の前にはベッドの上に横たわった少女の姿があり、発見時にあった目立った傷はあらかた処置されていた。
「少し前にアイギスに交渉して『ゴアモード』の治療方法を教えてもらったの。勿論、使うにはそれなりの技術が必要だけど」
「俺も初めてやりましたけどね。もう悪化することはないはずです。話したり、多少動く程度ならできますよ」
ならば、とスカーレットは乗り出して彼女の傍に近づいた。
「もし苦じゃないなら、聞かせてもらいたいんだけれど。何があったのか。そして───誰に襲われたのか」
少女は間を置いて、小さな声で語り始めた。
「もうご存知かもしれませんが、私のプレイヤーネームは『悠梨』。列記とした和旧連合軍のメンバーです。───結論から言わせてもらうと、和旧連合軍並びに拠点にしている『和旧市街』は壊滅しました。それも、たったひとりのプレイヤーによって……」
ナギヤは息を呑んだ。
「───プレイヤーの名前は隠されていて正体は掴めませんでしたが、私や他の幹部メンバーでもHPを半分削ることすらできないほどの強敵だったことは確かです。黒いマントと妙な片手剣、そして───『無地の仮面』。見聞でしか伝わってませんが、その様相はまるでネガ世界を統率していた『アサルト』とよく似ていました」
この場にいた一同がもれなく衝撃を受けた。
アサルトが、生きている───?
確かに今しがた悠梨が説明していた特徴は記憶の中のアサルトと一致するし、最期を見届けたわけでもないので人違いだと言い切れない。
「その襲撃者がアサルトなら『ネガ』によって貴女を血塗れにしたんでしょうね。でも半年間、『ネガ』現象が起きたという通報は受けていない……。まあいいわ。ところでシンは?まさか彼も……?」
悠梨は首を横に振った。
「先輩の行方もわかっていません。ですが最後まで戦っていたのは確かです。みんな散り散りになって逃げたんですけど、先輩はずっと『和旧市街』に残って……」
「……なら『和旧市街』にはこちらから調査隊を送るわ。そしてナギヤには予定通り行動してもらう。……これでい い?」
スカーレットの提示した案に異を唱える者は誰1人おらず、反対意見が出ないことを悟り、ナギヤに対してこう言った。
「準備が出来次第、ナギヤは『ウエスタン・ロック』に向かって。悠梨が動けない以上、単独での任務になるから十分注意してね」
ナギヤは頷くも、内心は不安でいっぱいだった。
またもや半年前のような悲劇が繰り返されるのかと思うと恐怖で押し潰されそうになる。
独りで行くとなると、尚更だ───。
「私にも、行かせてください……!」
悠梨がベッドから起き上がり、スカーレットの目を見て言った。
「貴女の傷はまだ完治していない。許可できないわ」
「でもこの人だけじゃ無理です!実力はあっても、1人じゃ危険過ぎます!」
「だからといって療養中の貴女を同行させるわけにはいかないわ」
「なら、俺がいればいいか……?」
部屋の入り口から聞こえたその声に、全員が一斉に顔を向ける。
居たのは黒髪に口元を黒い布で覆い、黒のマフラーに悠梨と同じような黒装束を身に纏っているどこからどう見ても『忍者』にしか見えない男性だった。
「先輩……!?」
悠梨はそう呟き、目を見開いて呆然としている。
では詰まるところ、この男こそが会話の節々に出てくる『シン』というプレイヤーなのか?
「悠梨……。無事だったか」
「先輩こそっ……!!」
悠梨は感涙し、感情のままに立ち上がってシンに抱きついた。
胸に顔を埋めて、嗚咽を漏らしているほどに。
「ラスターさん、もしかしてあの人が……!?」
「ああ。見るのは初めてだけど、和旧連合軍のリーダーで間違いないだろうな」
チラッとスカーレットの方をを見ても、やはり驚いたまま硬直している。
解りきっていたことだが、確認せざるを得なかった。
雰囲気が、明らかに異常なのだ。
敵対すれば絶対に敵わないと印象付けさせられる圧倒的なオーラ。そして、断片的に襲ってくる突き刺すように鋭い殺気。
これら全てが重なり合って、ナギヤの鼓動は高まり、汗が滝のように流れ出てくる。
「フッ、10秒も耐えるとは。中々やる」
シンがほくそ笑んだ後に、身体に掛かっていた圧が嘘のように消え去っていった。
「『赤騎士』のスカーレットや、『骸霊魔術』のラスターのことはよく知っているが、そこのプレイヤーは記憶になかったのでな。少しカマをかけさせてもらった」
「体調が悪そうだと思っていたけどそういうこと……。シン君。ナギヤは『執行者』っていう渾名があるくらい実力を認められてる子よ。あまり勝手な真似はしないでもらえるかしら」
「悪かった『赤騎士』。なんでも自分の眼で確認しないと気が済まない質でな。そちらの彼女にも謝罪しよう。……すまなかった」
「「いえ!……ところで、貴方も一緒に?」
動悸が治まってきたナギヤは本題に切り出した。
「できればそうしたい。手負いの悠梨が行くとなれば尚更な。これ以上、無意味に仲間を失う訳にはいかない」
「先輩、じゃあ他のみんなは……!」
「半数は無事だ。幹部メンバーの所在も知れてる。……シノの居場所もな」
結果を聞いた悠梨は複雑そうな表情で俯いた。
「ラスターさん、シノって……?」
「和旧連合軍のサブリーダーだ。噂程度でしか聞いたことがないが、なんでも『結界術』なるスキルを使えるらしい。それにそのスキルとも魔術ともとれない未知の能力を狙って『魔術側』のプレイヤーが目を光らせているとも聞いた。そして、その魔の手からずっと守っているのが和旧連合軍のリーダーだということも」
ナギヤは概要を聞き、胸が締め付けられるような感覚に陥った。
というのもナギヤ当人も旅の途中、スキル『魔操術』を保有しているせいであらゆるプレイヤーから声をかけられ、挙句の果てには襲撃されたこともあったからだ。
なので会ったことも無く、顔さえ知らぬサブリーダー様に同情せざるを得なくなり、意を決してスカーレットの前に立つ。
「スカーレットさん、私からもお願いします。未知の敵が蔓延っている中、同行者は1人でも多い方がいいはずです。ですからシンさんを旅に加えては頂けませんか……?」
スカーレットは意外そうな顔をしてから顎に手を充てて考え始めた。
すると10秒も経たないうちに顔を上げ、微笑みながら口を開き。
「そうね。敵も然ることながら、『ウエスタン・ロック』は無法地帯って話もある。護衛として、お願いできるかしら。リーダー君?」
「俺自身も手負い故に実力は半分程度しか出せないが、全力を尽くして悠梨達を護ると誓おう。和旧連合軍の長としてな」
それから1時間以内に準備を終え、ナギヤ達は北西にある『ウエスタン・ロック』への旅路を辿っていた。
ただ、身一つでは流石に骨が折れるだろうとのことで、スカーレットが用意してくれた馬車に乗り移動している。
馬車もプレイヤーが運転する場合はそれなりの休憩時間と金額が必要になるが、NPCに設定すればそのデメリットも解消される。
今回は観光目的ではないし危険地帯を行くためNPCに旅の舵取りを任せ、現在ナギヤ達は座席に座りながら目的地への到着を待っているわけなのである。
そんなパーティーメンバーに関しても護衛のシンは疲れているのか腕を組みながら目を閉じており、残されたナギヤと悠梨は気まずい雰囲気の中、揺れる荷台の中で黙り込んでいた。
「あ、あの……。シンさんって凄いですね。こんなに揺れてるのに寝れるなんて……」
「先輩は寝てませんよ。半分くらいは意識を残してあるはずです。それより話す時タメ口でもいいですか?見たところ同年代っぽいし」
「え……?……あ、うん。平気ですよ」
距離縮めるの早いな、と思ったがこれから先ずっと余所余所しい関係でいるのも癪なので良い機会か。
私だってあわよくば友達になりたい、なんて傲慢な欲が無きにしも非ずだし。
「ありがとう。ナギヤちゃん───だっけ?貴女はどうしてイージス・ユートピアを始めたの?」
「夢、だったんです。仮想世界で生活したり、冒険したりするのが……。今はそのキッカケを作ってくれた人みたいになることが目標なんですけど、あんまり上手くいかなくて」
「へぇー。じゃあ私と似てるね。私の目標も、隣で聞き耳立ててる先輩に認めてもらうことなんだ。そのために和旧連合軍に入ったし、それがなきゃ多分辞めてた」
悠梨は仄かに頬を赤らめさせ、思い出を振り返るように天を見上げて、楽しそうに話している。
無邪気に、そして愛おしく言葉を連ねていく様子にいつしかナギヤは悠梨のことが好きになっていき、また悠梨の方もナギヤへの興味が尽きず、かれこれ2時間は談笑が続いていった。の、だが───。
案の定、均衡は破られた。
頬に伝わる空気が変わったのだ。
頬を撫でる妖しい風にナギヤと悠梨は気付き、目を閉じていたシンも立ち上がって荷台の中から周囲を確認し始めた。
「先輩!これって、プレイヤーによる奇襲攻撃では……!?」
「違うな。ここ一帯のフィールドの適正レベルはかなり高い。そんな多少なりとも経験を積んできた奴らが、非戦闘時のプレイヤーに悟られるようなヘマをするとは思えない。こいつは気配から察するに、大量の高レベルモンスターの襲撃だ。……中々の強さだぞ。油断するなよ」
シンはそう言い切って腰から短刀を引き抜いた。
流石、名高いクランを仕切っているだけはある。緊急事態にも関わらず、冷静で正確な状況分析。
その様子はまるで───まるで、『彼』みたいで───。
「おい」
シンからの呼びかけでナギヤは我に返った。
「『執行者』とか言ったな?お前はこの光景に見覚えがあるんじゃないか?」
「えっ?」
問われたことに疑問を感じたまま、ナギヤもシンの横に立って外の様子を確認する。
すると微かにだが遠方の空やオブジェクトの色彩が反転しており、驚愕の事態に記憶の中にある類似の現象の名を呟いていた。
「『ネガ』……!」
それを聞いたシンは既に知っているかのように目を細めた。
「やはりな。レイド・ストリームからの情報提供で存在自体は認知していたんだが、実物を見たことがなかったのでな。『和旧市街』を襲ったのもアレだ。なら出てくるのは黒い人型モンスターか」
「ノイズです。でも、もう発生源は……」
人の影を模したモンスター ノイズにはある特殊な発生条件がある。
それは『ネガ』を支配していた仮面の男『アサルト』から生成されるというもの。
だが、その『アサルト』は半年前に倒されたことになっているため、前述した発生条件を辿るなら生まれることはないのだ。
「進化したのかもしれないな。情報じゃ『ネガ』は空間に浮き出る亀裂を介して入れる別世界にあるんだろう?こちら側に発生しているこいつとはまるっきり違うじゃないか」
シンの言う通りだ。『ネガ』が今までイージス・ユートピア側に出現した事例は存在しない。
ならば自分の知っている『ネガ』ではなく、新たに創られた所謂『Ver2』だいうのか───。
「なんて考察している場合じゃないな。───俺が奴らを殲滅させてくる。お前と悠梨は先に行け」
「て、手負いじゃ無理です!ノイズの実力は……!」
「経験済みだ。それに俺たちの本来の目的は『ウエスタン・ロック』へ行くこと。ここで立ち止まるわけにはいかない」
確かに荷台に乗っている悠梨はまだ戦えるような状態じゃない。
また『ネガ』が機能している現状で万が一、致命傷を喰らってしまったら最悪の事態になり兼ねない。
「……解りました。ただ、危なくなったら必ず逃げてください。ノイズに倒されたらアカウントごと消滅する可能性がありますから」
「それも了承済みだ。……さっさと行け。奴らが来るぞ」
ナギヤは頷き、NPCに指示して馬車をフルスピードで走行させた。
荷台から降りたシンはナイフを片手に馬車が走り去っていくのを見送り、生まれ出てくるノイズどもを凝視する。
「さて、どうするかな」




