EPISODE XⅡ 「地を焦がす魔眼←ならば俺は空間を侵す妖刀を」
剣が唸る。
限界値を遥かに超えた『AR適性』の供給により、黒髪の青年 黒宮 裁弥の手にある漆黒の刀『黒霧刀』はかつてないほど洗練されていた。
その代わり刀身は赤黒く点滅し、刃も徐々に欠けていっている。
つまり崩壊寸前なのだ。
裁弥も細心の注意を払いながら『AR適性』を送り込んでいる。
『黒霧刀』が壊れないように、慎重に。
ただ、振るう剣は速く、そして正確だった。
世界最高と謳われる『ブラック・ミスト』こと黒宮 裁弥でなければ不可能な芸当であり、また考えつかない戦法であった。
「どうした?鈍ってるぞ」
片や相対している銀髪セミロングで童顔の性別不明人間 エイジは、他者から奪ったスキルや武器を自在に操れるスキル『バックアップ・セメタリー』から召喚した武器『鎌鼬・改』という半月状のダガーを使って応戦していた。
『鎌鼬・改』は振るった方向に突風を巻き起こせる性質を持つ。しかし『黒霧刀』から放たれる漆黒のオーラを纏った一撃の前には凪も同然であり、ただの短剣に成り下がっていた。
「参ったね、どうも」
エイジは都度『バックアップ・セメタリー』からスキルや武器を呼び出しているが、どれも効果的ではなかった。
たとえ『黒霧刀』に拮抗できるアタリに恵まれたとしても、一瞬で打ち消されてしまう。
それほどにまで『黒霧刀』は強力であり、それを扱う黒宮 裁弥の実力は人智を超えていた。
「シュヴァルツの親玉だからそれなりの覚悟をして来たのにこの程度か?つまんねえな」
「想定よりずっと強いな、君は。僕も本気でいかなきゃマズいかも」
エイジは透明なキューブ型の箱『バックアップ・セメタリー』を手の平に乗せ、胴の前に出した。
「検索:『お気に入り02』を展開」
箱に命令すると、中から4体の白く丸い飛翔体が発射され、裁弥の周りを取り囲んだ。
次の瞬間、飛翔体は中央からレーザービームを放ち、それぞれ彼の体を焼くべく攻撃を開始した。
当然裁弥は避けるも、飛翔体は意思があるように追跡を始め、執拗な狙撃を繰り返していく。
「スキル『トラッキング・フォース』。これも君には通用しないことは解っている。だが───」
エイジは右手を裁弥に向け、手中から黒い鞭状のヒモを放った。
ヒモは見事左腕に絡み付き、裁弥は動きを制限される。
「捕まえれば問題ない。───さあ、どうする?」
迫る飛翔体もとい『トラッキング・フォース』。
これでは避けることは難しい。ならば取る行動はひとつ。
「『ダークネスII』」
裁弥は右手で『黒霧刀』を地面に刺し、そう呟いた。
すると刀身からドス黒い液体が溢れ出し、裁弥の身体を包むように囲んでいく。
掃射されたレーザービームも、左腕を掴んでいたヒモも、全て闇の中に呑み込まれていき、唯一残された4体の『トラッキング・フォース』さえ、身体から切り離した闇の礫により尽く破壊されてしまった。
「素晴らしい……!『ダークネス』のアビリティのみで2種のスキルを無力化するとは!未来でもここまで強い人間はいなかった!」
エイジは興奮気味に声を昂らせる。
しかし実際のところ、裁弥は既に限界寸前であった。
それも当然であろう。本来であればゆっくり時間をかけて流すはずの『AR適性』を、初めてハイペースで『黒霧刀』に入れているのだから。
全身の激痛は勿論、心臓の期外収縮が頻繁に起こり息が苦しい。
脳の思考判断能力は戦闘に全振りしているため、屋外の現状はおろか、新成のことさえ思い浮かべるのも不可能だった。
まさに壊れかけの殺人マシーンと化した裁弥は、それでも尚、刀に『AR適性』を流すことをやめようとしない。
「もっと見せてくれ。君の実力を……!!」
エイジはそう言うと、『バックアップ・セメタリー』を赤色に光らせる。
何らかのスキル若しくは武器を召喚したらしい。
目に見える範囲では四肢に武装が展開された様子はなく、ならばスキルかと身構えてみるも特に異変は起こらない。
待つ意味はない。地を蹴り、裁弥は駆けた。
「かかったね」
バン、という破裂音がエイジの声と共に鳴り響く。
次の瞬間、左腕に熱を感じ、裁弥はすぐさま状況を確認した。
腕が───燃えている。
消そうと思った矢先、炎は水を被ったかのように鎮火した。有り得ない現象だ。
ただ、これほどの異常を目の当たりにすれば答えも自ずとでる。
「なんのスキルを使った……!」
エイジを見る。
そして直ぐに解った。
右眼を妖しく飾る、紅色の輝きが放たれていたおかげで。
「その『魔眼』は……!!」
『魔眼』とはその名の通り、瞳に施された呪いのことである。
イージス・ガーデンにおいて、現実の肉体を改造する類のスキルは基本的に実装されていない。
クレステットの『未来透視の魔眼』のような自身にのみ影響する例外を除いては。
だが去年のアップデートで攻撃的な『魔眼』はサーバー上から削除されたはずだ。
その理由は何故か。
発動してしまえば最後、アプリケーションを終了しない限り呪いは消えることなく、瞳を蝕み続けるからだ。
勿論、運営であるアイギスでさえ予期していなかった事態で、実装されてから僅か2日で消滅した幻のスキル、又はイージス・ガーデンの黒歴史、と呼ばれている。
それがどうして、今ここにある───?
「驚いただろう。『バックアップ・セメタリー』はたとえ存在しないはずのスキルでも、箱の中に残っていれば使えるようになるのさ。そして今、僕の瞳に宿っているのは『煉絶の瞳』という最強クラスの『魔眼』。これでようやく、君と対等に渡り合えるかな?」
「……………………お前、解っているはずだ。『魔眼』が相手に与える呪いは凄まじいものだが、その呪いは自分も差分なく受けることを」
今、エイジの右眼には体を引き裂くほどの激痛が走っているはずだ。
しかし、当の本人は苦悶の表情を浮かべるどころか、余裕そうに微笑んでいる。
「ああ、知っている。でもこんな痛み、僕にとってはなんてことないんだ。所詮はデバイスを通じて送られてくる『仮想』のものだからね。ホンモノの痛みっていうのは、この程度じゃない……!」
瞳から見えない炎が放たれる。
対象を決め、今度こそ全身を炙るべくこちらを見つめる。
そんなエイジの攻撃を、裁弥は避けることなく迎え撃った。
「───確かにそうだ。それだけは、お前に同意してやる。『仮想』で造られた痛みなんて、ホンモノに比べりゃあなァ!!」
裁弥はもはや使いモノにならない左腕を盾にして『煉絶の瞳』による呪いを受け切った。
血が飛び散り、肉が裂ける。
それでも、裁弥は進むことをやめない。
「それを知っていながら、なぜ君はこちらに来ようとしない!?」
「理解してるからこそだ。そんな思いをさせないために、俺は俺の救いたい連中を助ける。テメェは、俺の『理想』には必要ねェんだよ!!」
『黒霧刀』による、闇の瘴気を纏った一撃が振り下ろされる。
エイジは咄嗟に力を込め、耐えれるだけのエネルギーを瞳に蓄積させた。
「なッ……!防御壁だと!?」
「『煉絶』を上手くコントロールすればこういうことも可能となる。更に……」
瞳が眩い輝きを放つ。
目眩しではない。これはアビリティ発動の兆しだ。
避けようとしても『魔眼』による呪いは不可視のため感知することができず、全て直感で迎え撃つしかない。
裁弥は第六感に全神経を集中させるも、遅かった。
全身は硬直し、まるで凍ったかのように手足を拘束されてしまったのだ。
「指1本も動かせねえとは……!スタンの比じゃねえ……!」
「君が近づいてきてくれてよかったよ。これは命中範囲が狭いんだ。───さて、お終いにするかな」
エイジは裁弥から距離を取り、右手で右眼に宿る『煉絶の瞳』を抑える。
これはマズい。トドメを刺す気だ。
イージス・ガーデンにおいて、規格外のスキルや武器を指す『ノット・スタンダード』や『魔眼』に関しては所謂『必殺技』に相応しい能力を備えている。
こいつはそれを発動するつもりなのだ。
どうにかして脱出しなければ今後こそ命はない。しかし術がない。
模索しろ。この状況を打開するための策を───!
「獄炎を内包せし瞳。世界を焼き、そして再生するため、地を焦がせ。覚醒【〝See〟igneous detonation】」
刹那、地面がオーブンになったかのように熱され、天井には星のように煌めく赤い球体が幾つも浮遊し始める。
「悪いね。本当はもっと楽しんでいたいんだけど、何かの手違いでジーナス達を壊されちゃ堪らないし。それに、役目を終えた駒は舞台から退場してもらわないと。───本当にありがとう。君でなければニーナ・セイントルウブのスキルを目覚めさせられなかった」
「どういう……意味だ……!?」
「全ては決まっていたことなのさ。君というキーパーソンがいたからこそ、僕らの『理想』が完遂できる。君は僕のことを邪魔者扱いしていたけど、僕からしてみたら黒宮 裁弥はVIP顔負けの超重要人物だったってわけさ」
そんなハズはない。
自分は自分で決めてきた道を進んできた。それだけは自信を持って言える。
たとえ日常をコワされようとも、大切な人を目の前でコロされようとも、信じていた組織がクサっていようとも、第2の家族だった人達がゼンメツさせられても。
作り物だったとは言わせない。まだ自分には希望があるから。
その希望に逢うため、この危機を───絶望を乗り越えなければならない。
裁弥は最後の賭けとして、黒霧刀を地面に突き刺すべく、全身に力を入れた。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
今後ともよろしくお願いします。




