EPISODE Ⅹ 「始まりの地へ←隠されていた真実」
黒宮 裁弥が目覚めたのは、12時間以上経過してからのことだった。
普段ならそこから意識を確立させるのに2秒とかからないが、今回だけは違う。
脳内に駆け巡る、失態の数々。
それが裁弥の覚醒を妨げていた。
これまで解決してきた任務は過程を問わず必ず成功させている。しかし、このザマはなんだ。
たった1人の少女すら、守りきれてないじゃないか。
後悔の念が強すぎて死にたくなってくる。
こんな自分を殺してやりたい、と憎悪がこみ上げてくる。
それでも裁弥はグッと堪え、ちょうど室内に入ってきたクレスを睨みつけた。
「あん時、俺を気絶させたのはアンタだろ」
朧げではあるが、確かに何かをくらった記憶がある。
正面にいたフロストや霧の男が攻撃らしいモーションをした覚えはないため、必然的に対象は───。
「あぁ、そうだね」
包み隠さず言い切った。
屈託のない笑顔が本当に憎たらしい。
「でも勘違いしないでほしい。それよりも逆に褒めてもらいたいくらいだ。───あの時点で君がフロストに全身全霊の一撃を放っても、彼らは倒れなかったよ。むしろ力を使い切ったことと、『黒霧刀』のアビリティを酷使したことが合わさって君自身が死んでいたはずだ」
「全部視てたってのか?その『未来透視の魔眼』でよ」
「未来透視は幾つもの未来が並行して視えるんだ。だから直前にならないと解らないけど、ハッキリ言うと、さっきの未来は数あるビジョンの中でも最悪のバットエンドだ。その先に訪れる結末は僕でさえ惨くて見てられない」
「なら予め教えてくれりゃあ、こんなことにはならなかったんじゃねえのか……!?」
「それこそ不可能な話だ。なにしろ、新成ちゃんが『シュヴァルツに拉致される』という未来以外の選択肢は全てバットエンドだからね。もし素直に伝えていても、君は新成ちゃんを助けようとしただろう?」
「「そいつは……」
裁弥は下唇を噛んだ。
図星だったからだ。
理性を取り戻した今だからこそ想像がつくが、確かに教えられていたとしても自分は黒霧刀のアビリティを駆動させていたに違いない。
そうなってしまえば、もはや裁弥の放つ言葉に意味はなく、ただの言い訳にしかなり得ない。
裁弥は、言い争うことをやめた。
「───なあ。今から新成を救いに行けば、まだ間に合うか」
残された手段はこれだけだった。
あれから何時間、いや何日経過したかは不明だが、そんなのは関係ない。
未来透視を持つクレスの返事だけで、裁弥の行く末は決まるのだから。
「うん。助かる未来はある。───ただ、君が死んでしまえば話は別だ。彼女が幸せになれるルートは、君が生きている時間軸でしか起こらないからね」
「つまり這いつくばってでも生きて帰れってわけだ。分かり易くていいぜ」
裁弥は覚悟を決めて立ち上がった。
身体中の節々が痛むが、刀を振るうには支障はきたさないだろう。
「どこに向かえばいい?」
「全てが始まった地『フォーナル』に新成ちゃんは捕らえられている。準備ができたら教会の身廊まで来てくれ」
クレスはそう言い残すと部屋から去っていった。
───フォーナル。
新成と出会い、そして仲間が散った因縁の場所。
恐らくエクストラが回収していなければ、今も仲間達の遺体は放置されているはずだ。
もしも再会してしまった時、自分は正常でいられるだろうか?
クレスの忠告通りなら、復讐に取り憑かれ、身を滅ぼしてしまえば自身はおろか新成までも死に至る。
そんなのは御免だ。新成と│霧華音を守るためならば、たとえ世界中の全てを敵に回そうとも構わないが、その末に2人とも息絶えるのならば話は別だ。
裁弥は部屋を出て、廊下を伝ってクレスの待つ身廊へ───。
「裁弥」
不意に、名前を呼ばれる。
振り返ってみると、深刻そうな表情でこちらを見つめている零加がそこにいた。
「やっぱり行くのね」
「ああ。シュヴァルツを斃し、新成を救う」
「……………………前にも言ったけど私はエクストラを抜けた。だから貴方を止める権利も、義務もない。───でもね」
零加は裁弥の手を掴み、手に持っていた『なにか』を託した。
それは銀色に輝く見たことのない小型のゴーグル型ARデバイスであった。
「旭山財閥独自に作った右目にかけて使うタイプのデバイスよ。かなり出力と容量を上げたから、貴方の異常な『AR適性』にも耐えられるはず。───全く、嫌になってくるわね。いつも後方でふんぞり返って偉そうに指示している癖に、肝心な時に役に立たないなんて」
零加は俯き、視線を泳がせて呟いた。
「いや、アンタがいなかったら俺は───俺達はここまで来れなかった。訳アリでリスクの塊でしかなかったのにも関わらず、保護してくれたことに、心から感謝する」
裁弥は頭を下げる。
6年半前、病院で出逢った時から現在に至るまでの人生を走馬灯のように振り返りながら、零加に敬意を評した。
「───こちらこそ、ありがとう。それにしても、本当に変わったのね。昔の貴方だったら悪態ついて終わりだったでしょうに」
「新成に出会ったおかげだ。俺はあいつと会って、過ごしたことで、黒宮 裁弥だった頃の俺に戻れた。もしもローストとして今も戦っていたら、俺の心は更に荒んでいたんじゃないかって思ってる。だから、新成は俺の宝なんだ」
「ホント、敵わないわね。───行ってらっしゃい。必ずあの子を救って、無事に帰ってきて」
零加は背中をトン、と軽く押した。
激励と祈望を込めた一発は重く心に響き、裁弥の覚悟をより一層強固なものに仕立てる。
微かに残っていた不安や恐怖心を捨て去った裁弥は、観音開きの扉の横に立つクレスに目を合わせた。
「来たようだね。扉の先の出口はフォーナルの敷地内に設定してあるんだが、ひとつ注意事項がある」
「なんだ?」
「潜り抜けた瞬間、エイジに君の存在を感知される。それでもいいかい?」
「ハッ、そんなことか。どうせ奴と戦うことは避けられないんだ。宣戦布告の意味も込めて、ここは堂々と登場してやるよ」
裁弥はドアノブに手をかけ、躊躇することなく回し、そして呟いた。
待ち受ける最後の戦いに対して。
求め願う平和な未来に対して。
全てが上手くいきますように、と───。
裁弥は生まれて初めて、誰でもない『なにか』に祈った。
通り抜け、地面を踏みしめた刹那、空間を繋ぐ扉が消滅した。
退路は絶たれた。だが計算の内だ。
それよりも、1年半前に見た光景と然程変わらないフォーナルの様相に心が打たれた。
主を失っているにも関わらず、まだ異世界を内包しているサマは理想郷とは大きくかけ離れた『暗黒郷』に他ならない。
しかしこれが真実だ。どんなに理想郷を名乗っていようとも、化けの皮が剥がれてしまえばこのザマである。
やはり、完璧な理想郷は人類には早すぎたのだ。
そんなことを思いながら、裁弥は城に目を向けた。
「それにしても───気配がなさすぎる」
たとえ数名だろうと、エイジを含めたシュヴァルツのメンバーが幾人かいるならそれなりに解るものなのだ。
するとクレスが言っていた情報はガセネタなのか?
しかし有り得ないことだ。飄々としているが、中身はかなり用心深いことを知っている。
もちろん、城以外にも隔離されている可能性を考慮してはいたものの、前回新成と散策した時にそういった建物はないことは確認済みである。
そしてなにより、エイジは自分が来ることを期待している。
なぜなら───。
「そうさ、正解だよロースト君。いや、裁弥君と呼んだ方がいいかい?」
不意に背後から話しかけられた。
振り返ると、そこには地中から青白く照射された映像───いわゆる『ホログラム』となった等身大のエイジがいた。
「もしもニーナ・セイントルウブを殺しても、君は必ず僕らの邪魔をすべく立ち塞がるはずだ。それなら、この場で引導を渡しておいた方が手っ取り早い」
「お見通しってわけか。───まさか、そんな答え合わせをするためにわざわざ来た、なんて言うんじゃねえだろうな」
「正直に言えばそれもあるけど、君を正式に招待してあげようと思ってね」
「フッ。生憎だが、そのパーティー会場の場所が解らなくてな」
「そんなことだろうと思っていた。……以前、城内部を探ろうとした時、エラーになったことはないかい?ヒントはそれだ」
そう言い残すとホログラムのエイジは消失した。
城の調査?───あまり記憶にない。そもそもしたことがあったか?
裁弥は記憶回路をフル稼働させ、初めてここに来た時の出来事を思い返してみる。
検問でのやり取り。フォーナルへの嫌悪感。そして、ニーナ・セイントルウブとの出会い。
想像以上に思い出せる。次は───。
「────」
───そうか。そういうことか。
エイジが言った『エラーになった』という発言に若干の違和感を感じたのだが、あれは比喩でもなんでもなく、事実そのものだったのだ。
「地下4階か」
エクストラより支給されたスマートウォッチ型デバイス『Moa-GⅡ』で城全域のマッピングを行おうとした所、一箇所だけ『ERROR』と表記された場所があった。
そこが『地下4階』だ。
以降は度重なるシュヴァルツの襲撃が始まったため、忘れてしまっていたのだが、言われてみればそうだ。
電波すら遮断する隔絶された空間に、何も無いわけがないじゃないか。
裁弥は自らの判断能力に嫌気がさし、歯を食いしばりながら城へと歩を進めた。
地下4階への入口は城の裏手にあった。
実際に足を運んだのは今回が初めてだが、たとえエラーで弾かれたとしても大体の位置は特定できる。
扉も城の綺麗で洗練された造形とは打って変わり、錆びて雑草に覆われた古めかしい外装となっていた。
裁弥は何年も放置されていたのであろう扉を無理矢理こじ開け、闇に包まれた異空間へと足を踏み入れる。
このままではマトモに歩くことさえできないため、零加にもらったデバイスを右目にかけ、『赤外線モード』を起動した。
しかし、裁弥が見たのは想像を絶する光景であった。
〝なんだ、ここは───!?〟
目の前にあったのは壁に設置された長方形のカプセル───所謂『培養カプセル』と、その中で眠る裸体の人間。
そんな非現実的なモノが、無数に置かれていた。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。




