EPISODE Ⅸ 「新婚生活は穏やかに←脚本が許さない」
ダン、ダン、ダン、ダン─────。
銃声が響く。
教会の地下にあしらえた広めの防音室にて、少女は人型のシューティングターゲットに向けて弾丸を撃ち続けていた。
彼女の過去を知る者がみれば目を疑うだろう。別人なのではないか、と。
しかし実際そうだった。
靡かせていたロングヘアはセミロングへと変わり、黄金に輝いていた金髪も茶髪に染め上げられている。
草木が似合う純白のドレスは脱ぎ捨てられ、今は赤色のフレアスカートを身にまとっている。
もはや、そこにかつてのニーナ・セイントルウブの姿はなかった。
代わりに黒宮 新成という逞しく成長したひとりの人間の姿があった。
〝まだ当たらないか〟
半ば無心でハンドガンの引鉄を引いている。そのためターゲット上にどれだけ風穴が空いているかなど心に留めているわけもなく、残弾数が底を尽きたことで初めて意識を確立させた。
「やっぱりここか」
地上に続く階段から見知った男が降りてきた。
あまり手入れされていない中途半端に伸びている黒髪によって左目は遮られ、耳も隠れている。その代わり、白いワイシャツはシワが一切なく新品同然なのだが、もし自分が進言しなければ使い古されたヨレヨレのシャツをそのまま身につけていたはずだ。
そんな彼を、自分は1年半に渡ってずっと見守り支えてきた。
「ごめんなさい裁弥。本当は上にいる『あの子』の世話をしなくちゃいけないのに……」
「俺がいれば十分だろう。昨日、あんな事実を突きつけられたんだ。気を紛らわしたくもなる」
先日───突然アイギス社の社長 綺羅山 宝剣が連絡を寄越してきた。
どうやって位置を特定したのか不明だが、告げられた事実を聞いた瞬間にそんな疑問は吹き飛んだ。
───新成が、かつて自分が敬愛し支えてくれた存在『フィナ』を元に造られたという真実を。
今まで新成が度々漂わせてきたフィナとの擬似感の正体が解明できたメリットもあったが、やはり連中の愚行に対する怒りと絶望の方が大きかった。
打って変わって新成は関心を示さず、受け流した様子を見せていた。だが現状を鑑みるに、自分を心配させないように無理をしていたのだろう。
彼女の性格とよく照らし合わせれば直ぐにでも気付けたはずなのに。
「でももう平気です。戻りましょう」
階段で地上に帰ろうとする新成を裁弥は引き止めた。
「新成。───長くはないのかもしれないな。アイギスに居場所を特定された以上、エクストラを送り込んでお前を奪いに来るだろう。ずっと共に過ごしたいと思ってたが、もう限界かな」
いつもの裁弥からは想像もつかないほど悲観的な思考に、新成は微笑んで手を握った。
「いいえ。確かに遅かれ早かれ、その時は訪れるでしょう。それでも最後の一瞬まで一緒にいることが大事なんです。貴方と、私と、霧華音と一緒に」
黒宮 華音音。裁弥と新成の間に生まれた子供であり、2人が手にした至高にして究極の宝。
もうすぐ1歳の誕生日を間近に控えている華音音を祝福しようと密かに準備を進めていた裁弥だったが、果たして無事に迎えられるのか───。
たとえ如何なる犠牲を払おうとも構わない。
その覚悟を示すため、先程裁弥はエクストラ本部にメッセージを飛ばしたばかりだった。
逆探知され、明確な位置を探られてしまう危険性も考慮した上での決行であるも、連中も下手に手出しはできなくなるはずだ。
「それにそう簡単に見つかるはずがありません。クレスさんが以前、教会は『次元の狭間』にあるため特定は困難を極めると仰っていました。入口はクレスさん本人が管理しているおかげで許可がないと入れませんし、しばらくは大丈夫ですよ」
「そいつがフラグにならなきゃいいけどな」
現在、教会に居るのは裁弥、新成、霧華音、そしてクレスの4人だ。
ただ、1年半前からクレスは教会を自分達に預けると言い、あまり姿を見せなくなってしまった。
しかし必要な時は必ず現れてくれるのだ。
その為、今も何処かで自分達を監視しているに違いない、と考察しているわけだが───。
「お客さんだよ、裁弥君」
噂をすれば。
階段を伝って地上から聞こえてきたクレスの声に溜息をつき、新成と上がっていった。
それにしても、埃まみれで廃墟同然だった内装もだいぶ変わった。
欲しい家具はクレスを通じて揃えさせ、設置は新成と協力して行う。
新成は自分よりセンスのいい、的確な位置を指定してくれた。
クレスに関しても、古今東西問わず、様々なインテリアを手に入れられるらしく、裁弥の無茶な要望さえ軽く実現できるほどバリエーション豊かだった。
おかげでイメージ通りの内装にすることができた。その点に至っては素直に感謝せねばなるまい。
「客だと……?俺にか?」
クレスは視線を変え、ソファに座っている人物を見た。
そこには───。
「久しぶり、ロースト。……いや、今は裁弥だったわね」
「零加……!?」
予想もしていなかった。会えると思っていなかった。
というのも、例のモニター通信を介して生存確認はできたが、個人的にはそれで満足だったのだ。
エクストラとの決別を口にした時点で零加との絆は断ち切られ、会う資格がないと感じていたからだ。
だが1番は、再会してしまったら色々な気持ちが溢れることになるからで、現にもう───。
「先に言っとくけど、エクストラは辞めたわ。貴方が言ってた通りね。エクストラも数多のサイバーテロリストも本質は変わらない。同じ冷めた人間なのだと」
「そうか……」
「あら、意外と安直な反応。もっと驚くと思ってたのに。───ああ、そういうこと。貴方が気にする必要はないのよ。」
そんなことはできない。
それ以前に、自分は零加と面と向かって話す価値すらない。
家族にも等しかった『シグマフォース』のメンバーを見殺しにしたんだから。
「カルニさん、ガイ、それにシルクが死んだのは貴方のせいじゃないわ」
「俺のせいだろ。カルニさんは俺が独断行動したから死んで、ガイはフロストの脅威を感じ取れなかったせいで死んで、シルクは俺が目を逸らしたから───!……あいつとは、約束までしたのに」
「違う。貴方は一生懸命戦ったわ。確かにいつもの任務なら全員無事に帰還できていたでしょうけど、今回の相手はシュヴァルツ。みんな、一筋縄でいかないことは解っていたんじゃない?」
「アンタに解るってのか……?あいつらの気持ちが……」
つい、聞いてしまった。
本当は答えなどとっくの昔に気付いているというのに。
「……………………もしも死んだのが私だったら、惨めに引きずっているより前を見てほしいって思うでしょうね。特に、シルクに関しては同じことを言うはず」
言い返せなかった。
シルクのことを1番よく知っているのは自分だからだ。
たとえ想像だろうと、そう慰めてくれる彼女の情景が容易に脳裏に浮かぶ。
「───そうだな。燻っていてもしょうがない。今はやるべき事をやらなければ」
裁弥はそう言い新成を見ると、彼女も満足したらしく静かに頷いた。
そしてタイミングを見計らったかのように別室で寝ていた霧華音がぐずり始め、新成は反射的に足を動かすも、裁弥が静止する。
「俺が行こう。───零加、新成と何か話したいことがあるんだろ?」
「よく分かったわね。……えぇ、あるわ」
零加の視線が新成に向いた。
もう用済みだと悟った裁弥は退散し、その様子を見届けた零加は口を開く。
「聞いておきたいことはひとつ。───貴女、裁弥と居られて満足?これで良かったと思ってる?」
「はい。これ以上ないほど、毎日が楽しいです。今まで私はこの為に生きてきたのだと痛感してます」
即答だった。
問うた零加が呆気にとられるほど、明確で淀みのない返事である。
本来なら新成を知るために様々な質問を用意してきたのだが、これでは聞くだけ野暮というものだ。
「楽しい、か……。───ならいいわ。その答えが得られただけで私も安心した」
真面目で優しい子だ。
やはり今の裁弥にとって必要不可欠な存在であると、零加は再認識した。
それにしても、こうして余計な心配をしてしまうのも親代わりとして数年間世話をしてきた影響だろうか。
「零加様、でしたよね?貴女は裁弥とお付き合いされていたのですか?元カノ、というやつでしょうか?」
唐突にそんなことを尋ねてきた新成に零加は言葉を詰まらせる。
数秒後、沈黙が解けて零加は盛大に笑い散らかした。
「いやぁ、ごめん。いきなり言うもんだからビックリしちゃって。───それこそご安心を。裁弥とはそういう関係じゃないし、私の知る限りじゃ女の人と付き合ったことなんてないわ」
安堵する彼女の表情に零加は意地悪したくなり、言葉を続けた。
「まあ、貴女はそんな純粋無垢な裁弥に愛の告白をして無事ゴールイン、と」
「ち……!違います!───確かに誘いをかけたのは私ですけど、『愛の告白』なんて大それたことはしてません!」
「へぇ。でも告ったのは事実と。見かけによらず、中々大胆なことするのね」
もはや新成の顔は過熱寸前だった。
そろそろやめないといい加減怒られそうなので、零加は会話を終わらせるべく締め括る。
「兎も角、これからも裁弥のことを宜しく頼むわ。解ってると思うけど、今みたいに突然過去に囚われたりする脆い人だから、扱いは慎重にね」
「えぇ、重々承知してます」
「フフ、随分と愉しそうじゃありませんか」
対処が遅れた。
声がした時点で零加の首元には既にナイフが置かれており、1秒あれば皮膚を破くことなど造作もない。
「しまっ───!」
悔恨の言葉を放つことだけは許された。
しかし、着実にナイフは侵食を始め、やがて頸動脈に───届く前に下部より顕現した『黒霧刀』によって弾かれた。
「ほう、間に合うとは。……意外でした」
「嗅ぎ付けてくることは想定してた。それに、お前らのドス黒い殺気は嫌でも鼻につくんだよ」
金髪の青年 フロストは相も変わらず執事服に身を包み、その悪意溢れる歪んだ笑顔を浮かべる。
対して間一髪で馳せ参じた裁弥は2人をフロストから引き離し、ゴーグル型のARデバイス『Moa-003』を装着している零加の様子を伺った。
本来ならデバイス装着者同士でしか干渉できない『イージス・ガーデン』が展開されている現状で、わざわざデバイスを着けることなど自殺行為に等しい。
だが相手は仮想を現実化できる能力『AR適性』の持ち主だ。たとえ身につけていない一般人だろうと、強制的にダメージをくらってしまう厄介な能力の前では逆に装置していないことが命取りになる。
だから止める訳にはいかないのだ。
「傷は浅いな……。止血しとけ、零加。それくらい出来るだろ」
「当たり前でしょ……!」
これで零加への心配は無用となった。いざとなれば自衛程度はできるだろう。
そうなれば、次は───。
「新成、お前も着けろ。それと、ヤバいと感じたら後ろの部屋に逃げろ。クレスと霧華音がいる。……頼りたくなんかないが、今のところシュヴァルツに対抗できる数少ない戦力のひとりだからな」
「そして情勢が変わるまでは下手に動かずに裁弥の側でジッとしてればいい、と」
「そういうことだ」
この場にいるのがフロストだけではないことなど百も承知だ。
例の『ファントム』とか、最悪のケースとして『エイジ』まで来ている可能性だってある。
現状として戦えるのは自分だけであり、尚且つ黒霧刀の能力をフルで使いこなせるような場所じゃない。
理想としては引き分けに持ち込みたいのだが、新成を前にして易々と立ち去ってくれるほど甘くはないだろう。
「最期の別れは済みましたか?よければ始めさせてもらいますが」
「気ィ使ってくれてたのかよ。いらねえ世話だぜッ……!」
裁弥は地を蹴って跳ぶ。
反撃の隙すら与えさせぬ一撃でフロストの顔面を狙ったつもりだったが、ソレは直撃する前に何の変哲もない只の『拳』によって防がれた。
「なに───?」
「驚く必要などないでしょう?コレの特性を貴方は誰よりも知っているのですから」
「まさか……!?」
脳裏に浮かんだ答えに冷や汗をかき、裁弥はフロストから距離をとった。
「『│撃滅葬』か!?」
「正解です。流石、カルニ氏と長年過ごしてきただけはありますね。アビリティも出さずに見破るなんて、少しビックリしましたよ」
「スキルの強奪───エイジの『バックアップ・セメタリー』の仕業か。ヤツから倒した相手のスキルを奪えるとは教えられたが、よもや他人に譲渡できるなんてな。強すぎるだろ……!」
「フフフ。そのせいもあってか、扱いは難しいですがね」
次に仕掛けたのはフロストだった。
目に見えぬ速さで裁弥の眼前まで移動し、右拳による必殺の殴打を叩き込む。
片や裁弥も驚異の反射神経で殴打が胴に辿り着く前に反応して、黒霧刀の峰を使い弾き返した。
「これは……!」
大きく仰け反ったフロストを見逃すはずもなく、裁弥は柄を強く握って刀を薙いだ。
命中したと、確信した。
但し、戦闘前に頭を入れていた想定案が機能していなければ、の話であるが。
「フロスト。油断しすぎダ」
裁弥の決死の反撃は、無から生まれた紫色のオーラを纏った手刀によって阻まれた。
『黒い霧』らしき粒子により構成された肉体を持っている黒ハットの乱入者は、裁弥を一瞥してフロストの横に並び立つ。
「また新手かよ……!しかも『黒い霧』とは、俺のお株を奪うような能力じゃねえか」
「そういうことダ。我が魔眼『アンラベル・アイズ』の前では貴様の攻撃など無に帰ス……」
マズい。かなりマズい。
口振りから察するに、ヤツには物理攻撃が効かないようだ。
またしても厄介な敵の登場だ。これ以上増えられたら守り切れる自信がない。
もう最終手段として、退避してもらうしかないのか──
「どうやら奥の手を用意してるようですが、それ叶いませんよ」
「なに言って───!」
刹那、裁弥の耳に聞き慣れた音が轟いた。
そして、同時に突き破られる零加の大腿部の皮膚。
容赦なく肉を抉る銃弾により、血液が床にぶち撒けられていく。
〝狙撃手───!?〟
ここは咄嗟に屈んで防衛態勢をとるのが王道だろう。
だが裁弥は違う。負傷の度合いを確認すべく、彼女に駆け寄った。連中の目的が解っていたからだ。零加を行動不能にさせた以上、第2の狙撃はないということを。
「零加!───クソッ!出血が止まらない……!」
止血をしようと試みるも、傷口からはとめどなく血液が溢れてくる。
「無駄ですよ。そういう弾丸を使いましたから。───さて、取り引きをしましょうか。大人しくニーナ様を渡せば、その方を治してあげます。もし断れば、貴方諸共殺して頂くとしましょう」
やはり、そういうことか。
回りくどいが、新成を連れ去るには最も効率的な手段なのだ。何故かというと───。
「なら迷うことはありません。どうぞ誘拐なさって下さい」
「バッ!バカ言ってんじゃねえッ!どうせコイツらの取り引きなんて罠に決まってる!それに、今ここでお前が捕まったら全てがオジャンだ!早く後ろに退避して───!」
「それなら裁弥は零加様が死んでもよろしいというのですか?もはや他に手段はありません。私は───行きます」
自らを問い詰めた。なにか方法はないのか、と。
考え抜いた結果、やれる事はただひとつだけだと気付かされた。
捨て身の覚悟で突撃し、黒霧刀をフルブーストさせて殲滅する。
但し、│使用者の命は保証できないが。
だがそれでもいい。新成を助けられるなら、最悪犠牲になっても構わない。
裁弥は黒霧刀に力を込め、深く息を吸った。
「───ッ!?」
全身の力が抜けていく。体の自由が効かなくなり、やがて床に倒れ伏した。
フロストや霧の男がスキルやアビリティを発動した素振りはない。
ならば誰が───?残されたのは───いや、もう。
考察できる余裕すら無くさせるほど、裁弥の意識は奪われていた。
それでも手だけは伸ばした。新成を喪いたくないから。
行かないで───。また俺を、独りにしないで───。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
これからもどうぞよろしくお願いします。




