EPISODE Ⅷ 「新しく成る←最終章へ」
「──────とまあ、こんな感じだ」
ローストは自らの過去をニーナに話した。
会話はなく、ただローストが一方的に語っていただけだったが、所々に相槌を入れていたため、続けていいのかどうかは理解できた。
そして『物語』を邪魔しないために過度なリアクションは避け、些細な表情の変化だけに留める、目線はずっと彼に合わせる、などの気遣い。
隅々まで練られたニーナなりの優しさであるが、肝心のローストは気付かず黙々と語り部としての役をこなしていた。
しかし良いのだ。ニーナにとっては心を閉ざし、本来の性格さを突き止められなかった最大の疑問への終止符を打てる切っ掛けになったのだから。
「質問はあるか?」
聞きたいことは山ほどあった。
どれだけの訓練を重ねてきたのか。
シルクやガイといった仲間達とはいつ出会ったのか。
何故───此度の任務を請け負ったのか。
疑問は尽きない。ただ、それは──────。
「いえ、特にありません。話してくださってありがとうございました」
「それなら逆に尋ねる。フィナに、会ったことがあるのか?アンタが作ってくれたローストポークの味付けや焼き加減はフィナのものにそっくりだった。偶然なんかじゃ片付けられないほどに、な…」
本当に似ていた。
もしフィナが作ったと言われれば納得してしまいそうなくらいに。
「ありません…。ただ、具体的な調理手段は基本的に独学で習得したんです。手順や方法だけは本で学んで、後は時間をかけながら納得できる品が完成するまで練習して…。ですから、私はそのフィナ様とは縁もゆかりも無く───」
「いや、あるさ。根拠はないが、アンタはフィナと何処かで繋がっている。現にアンタと話していると妙に落ち着くんだ。こんなの5年ぶりだ」
ローストは右手をニーナに向けて伸ばした。
「だから頼む。俺と、一緒に生きてくれないか」
沈黙が流れる。
一瞬、ニーナの瞳が開かれて驚いたような素振りをみせるも、直ぐに冷静さを取り戻して考えるために目を閉じた。
そして答えを出したらしく、ゆっくりと瞼を開け───。
「もしも───貴方が私をフィナ様の偶像だと感じているのなら、お断りします。私は飽くまでニーナ・セイントルウブですから。それだけは、譲れません」
またしても沈黙が流れる。
ただ今回は長引くことなく、瞬時に破られた。
「すまない、語弊があったな。俺はアンタをフィナの代替品として見ている訳じゃなく、フィナのように心の在り処でいてくれる人として見ているんだ」
ローストは本能から言葉を紡ぎ出していた。
思考という理性に頼ることはせず、心から想っていることを口にして。
「今の俺には、アンタの無邪気で幼気な『優しさ』が必要なんだ。5年前で止まっているローストじゃない黒宮 裁弥の時間を動かしてくれるのは、ニーナ・セイントルウブだけだって───」
続きを言おうとしたが、阻まれた。なんという不意打ち。
ローストの懐には何の前触れもなしに抱き着いてきたニーナがおり、納得したかのように目を閉じて微笑んでいた。
「安心、しました。貴方から、その台詞が聞けて」
「───正直に言うと、俺もまだ半信半疑だ。口じゃどうとでも言えるが、いざ過ごしてみたらどうなんだろうって。…実際、さっきもフィナの影がチラついてたからな」
ローストは素直に告白した。
内に秘めても問題はなかっただろうが、何故かニーナの前では嘘はつけない。
理由としては、やはり自分が唯一無二の心の拠り所と認めているからか。
そして対するニーナは見抜いたかのように───。
「貴方に嘘はつけませんよ。今までだって私に下手な暴言を吐いていたのにも関わらず、ずっと守ってくれました。単に義務感だけで動いている人にそんな真似はできません。───ですので、よろしくお願いします」
自分の胴に顔を埋めてきた。体温が直に伝わってくる。
もはや───言い逃れはできまい。
「俺の方も、よろしく頼む。アンタを一生懸けて守り抜くと誓おう。たとえどんな敵が相手だろうと、総てを蹴散らしてみせると」
彼女の繊細で愛おしい躰に手を回し、陶器を扱うかのように慎重に力を入れた。
全身に温もりが広がる。
嗚呼、これが安らぎなのか。長らく忘れていた感情だ。
出来れば永遠に時を止めて、こうして互いを確かめあっていたい、が───。
重く伸し掛る現実を受け止め、ローストは離れた。
「アンタの望みはなんだ?せっかく箱庭から抜け出せたんだ。やりたいことのひとつやふたつあるだろう」
ニーナも少々、残念そうに距離を取る。
「外の世界が見てみたいです、けど───。無理、ですよね。私は各方面から狙われてますから」
「いや、そんなことはない。外見を変え、新たな人間として生まれ変わらせれば可能だろう。念の為、肉体にGPSが埋め込まれていないか検査する必要はあるが」
100%安全、という保証はない。
もしも連中が衛星カメラで逐一監視しているのだとしたら、外に出た瞬間に希望は潰えるだろう。
その他にも様々な可能性が浮上するが───。
それでも自分は、彼女が求める願いを叶えてあげたい。
ひとりの少女が箱庭を生み出すための『装置』ではなく、人として欲する願望を───。
「まずは第一歩として、名前を決めなきゃな。かといって今更呼び名を変えるというのも…」
ローストは3分間悩んだ挙句、結論に至った。
それでも苦渋の選択をした末の回答だが。
「『新成』で、どうだ」
『新』しく『成』る、という意味。
単純にニーナを和名にしただけではあるが、特に第三者に名を明け渡す予定はないので深く考える必要はないと判断した結果である。
ローストは近くにあったペンと羊皮紙を用いて名を書き綴り、新成に見せた。
「意味は───」
解説しようとするも、人差し指を唇に充てられて遮られる。
「後で勉強して調べます。貴方が与えてくれた名前ですから、きっと今の私に相応しい意味が込められているのでしょう。楽しみにとっておきます」
「苗字は───」
「『黒宮』で。愛を誓い合った者同士はファミリーネームを統一すると本で読みました。思慮する余地などありません」
キッパリ言い切った。『元』お姫様は意外と豪胆なのかもしれない。
普段なら他愛のない戯言と処理して聞き流すだろうが、今なら笑って賛同できる。
「なので改めてよろしくお願いしますね?黒宮 裁弥様」
「あ───ああ」
新成が右手を差し伸べる。
久々に|コードネーム(偽名)でない本名を呼ばれるも、なぜか反応が遅れた。
長年使われてこなかったことが由来しているのか、若しくはローストという復讐鬼に変るに至って脳が勝手に別人だと処理しているのか。
どちらとも取れる。
ただ、自分は前者だと信じたい。
たとえ世界に蔓延る悪を駆逐するべく名を封印したといっても、1秒足りとて忘れたことはない。
昔の自分なら愧じていたことだろう。完全無欠の殺戮兵器に感情や思考は必要ないと。でなければフィナへの贖罪の念を拭えない───と。
今は違う。新成と出会い、変われた。復讐など自己満足、贖罪など自責の一種。完遂しても在るのは虚無と破滅だけ。
自覚できた。黒宮 裁弥に戻れた。人の愛を、再び知ることができた。
ローストも───裁弥も微笑んで右手を出し、握る。
「俺の方こそ!よろしくな、新成」
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
次回からイージス・ガーデン本編より、1年後のストーリーになります。
今後ともよろしくお願いします。




