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イージス・ユートピア  作者: 鍋田 リューマ
イージス・ガーデン編
28/40

EPISODE VI 「脚本改稿←ロースト死ね」

 対拡張現実犯罪対策機関『エクストラ』の本部の作戦会議室(ブリーフィングルーム)は、いつもより増して険悪な雰囲気が漂っていた。

「まずは旭山(あさひやま) 零加(れいか)殿。状況を教えてくれ」

 エクストラ幹部員は開口一番に現状の説明を求めた。

「遠隔で監視していたシグマフォースのチームメンバー4名のうち2名の心音が停止。現在は残る2名で任務を遂行しております」

 分かり易く、淡々と簡潔に述べる。

 表情は無を貫いてはいるが、心の中は自分の手が届かないところで仲間が死んだ悲しみで一杯だった。

「違う!我々が聞きたいのは護衛対象であるニーナ・セイントルウブの安否だ!君の部隊などどうでもいい!」

 先程の幹部が吠える。

大切な仲間を『どうでもいい』など平気で罵る連中とは、何年経とうが相容れない。

 零加は煮え滾るような怒りを抑えながら、気圧されないよう目線を合わせて反論した。

「いいえ、あなた方にとっても関係のない話ではありません。理解(わかっ)いる通り、我々のチームはいずれも精鋭ばかり。そんなメンバーを短時間で2人も殺害しているシュヴァルツの実力を鑑みるに、エクストラが潰されるのも時間の問題では?」

 シュヴァルツの目的はニーナ・セイントルウブの奪取であるだろうが、実行し終えた後は確実にエクストラを壊滅させに来るはずだ。

 その事実をエクストラ本部が予想していないことはなく、実際に零加から『シグマフォース隊員2名の死亡』の訃報を聞いた瞬間に幹部全員の顔色が変わったことが事実を裏付けている。

 もはや全面戦争に突入する他ない。そう彼等は確信しているのだ。

「それはそうだが、今はセイントルウブの安全確保が最優先であろう。その後の知らせはないのか?」

「現在、諜報部門に委託して連絡を取らせていますが、どうやら応答がないらしく……」

「まさか全滅したと!?」

 幹部員が声を上げながら勢いよく席を立つ。

「それは有り得ません。とにかく落ち着いてください」

 零加に諭され、幹部員はああ、と頷くと椅子に座り直した。

 辺りを見渡しても取り乱している者はおらず、不思議と言ってもいいほど静まり返っている。

「皆様も知っての通り、シグマフォースに任務失敗は存在しません。たとえ他のメンバーが息絶えようとも『クロミヤ・ロースト』だけは必ず成し遂げるでしょう。なにせ彼は、人類史上初となる『AR適性』の適合者なのですから」


 ローストがエイジと対峙していた同時刻、青髪セミロングで童顔の少女 シルクは霧の中で宛もなく彷徨っていた。

 目的地を示してくれるアビリティ『感覚検知』は意味をなさず、対AR用妨害装置が入ったバッグはいつの間にか手元から消えていた。

 こうなっては出口はおろか、ローストの居場所さえ掴めない。シルクは残された最後の武装(ウェポン)であるオートマチック拳銃を構え、先の見えない白く塗られた闇を進んでいく。

 幸いなことに、彼女のスタートアップ・サービスのスキル『シンクロ・コントロール』とオートマチック拳銃の相性は良好であった。

 弾丸に自らの意思を投影させ、まるで手足のように操作できるスキルがあればシルクが手にする銃器は一撃必殺の神器に変貌する。

 しかし言い換えれば幾度と死線を潜り抜けてきたスキルだけが今のシルクを支える唯一の希望であり、最後の抵抗手段でもあった。

〝こっちで合ってるの……?〟

 不安が押し寄せる。

 もしかしたら出口が見つからないんじゃないか。

 このまま脱出できないんじゃないか。

 永遠と彷徨う羽目になるんじゃないか。

 もう二度と───ローストと逢えないんじゃないか。

 胸が締め付けられそうだった。息が止まりそうだった。

 最悪な結末を夢想する度に精神が悪化する。

 シルクは落ち着くために深呼吸をして、見習い時代にローストに教えられた言葉を思い出す。

〝もしも、ありもしない妄想に取り憑かれて精神が狂いそうになった時、ローストさんならどうします?〟

〝そんなの簡単だ。目の前の事柄に集中すればいい。大体の場合、現状の問題を解決できない時にそういった事象が起きる。ならば『出来ないこと』で悩むより『出来ること』を模索し、実行する。それさえやっときゃ後はどうにかなるさ。───まあ、なんだ。取り敢えず、俺が言いたいのは兎に角立ち止まるなってこと。それで治らなかったら俺に相談しろ。どんなことでもな〟

 今は進もう。

 またローストに会うために歩こう。

 絶対大丈夫。必ずいつか、ローストに会えるから───。


「随分と隙が多いですねぇ」


 シルクは背後に気配を感じるも、振り返る直前に何者かに腕で首を絞められてしまった。

 咄嗟に肘で胴体を打ち、間合いを取ると拳銃を対象に向けて構える。

「なぜ、ここに……」

 対象の正体は黒の燕尾服を優雅に着こなしている魔性の男 フロストであった。

 しかし冷静に考えればすぐに判る。

 彼ら───シュヴァルツはシグマフォースの面々を個々に潰し、チームとしての機能を破壊しようとしているのだ。

 カルニ、ガイに続き、次は自分というわけか。

「勘違いしないで頂きたい。なにも私は貴女を殺しに来たわけではありません。ただ、お話がしたくて」

「貴方がカルニさんとガイ君を殺したことは知っているわ。そんな狂言に騙されはしない」

 フロストは含み笑いを浮かべ、銃口に向かって歩き出した。

「な、なにを……!?」

「他の御二方とは違って、貴女の能力は素晴らしいものだ。唯一無二の狙撃センス、更にそれを補正するためのスキル。どちらも天賦の才といっても過言ではない。……どうです?我々の仲間になりませんか」

「ふざけたことを言わないで!誰が貴方達みたいなテロリストと……!」

 銃把を握る力を強めるが、殺気は全くない。

 そんな異常な様子に若干圧倒されるも、シルクは振り払ってトリガーを引いた。

「おっと危ない」

 フロストはまるで小石でも受け止めるかのように弾丸を掴んだ。

「申し訳ありませんが、私に銃火器は効きませんよ。まあ、当てられたとしても大したダメージにはなりませんが」

 涼しい顔で言ってのけるも、構わず発砲し続ける。

 3発、4発、5発……。スキル『シンクロ・コントロール』で弾道を変えて様々な角度から攻撃を仕掛けるも、通用しない。

 装弾数が減っていくにつれ、シルクの表情も恐怖に染まっていく。

「いい顔しますねぇ。ホント、書き換えがいがありますよ」

 ついにマガジンから弾が無くなった。

 持っている拳銃も只の鉄塊に成り果てた。

 もう、迎撃手段はない。

 シルクは恐怖のあまり腰が引けて、その場に崩れ落ちた。

「素直になって頂ければ直ぐに終わりますよ」

 フロストは右手でシルクの顔全体を鷲掴み、スキルを発動させていく。

「あ、あ……!」

 せめてもの抵抗して執事の右腕を両手で取り押さえ、引き剥がそうとするが意味をなさない。

 それどころか眼球を通じて脳神経に凄まじいほどの激痛が走り、シルクは悶え苦しんでいく。

「それ、だめ……!記憶、ガ……!」

 今の記憶が消えていき、代わりに創り上げられた『創作』の記憶に上書きされている。

 産まれてから今日まで生きてきたシルクの歴史が、1人の人間の手によって改竄されている。

「ふむ。さてどういったストーリーにしましょうか。事前に複数用意してはいましたが、どれも捨てるには惜しい」

 フロストはまるで物語を紡ぐように、悩み、唸っている。

「いや……!ロースト、さん」

 もはやシルクに声を張るための余力は残されていなかった。

 ただ呆然と呟いた防衛本能に、フロストは目を見開いた。

「ロースト……!そうでした!貴女の精神の基盤はクロミヤ・ローストによって成り立っているのでしたね。なぜ忘れていたのでしょう」

 フロストの指に込める力が強まる。

 それに呼応し、脳を焼く神経痛も激しさを増していく。

 血管を巡る血液が沸騰して、記憶を司る海馬に『著:フロスト・フォレスト』の『二次創作』が埋め込まれていく。

 自分が生きてきた証が、喪われつつあるのがわかる。

 戦意は消失し、ただ結果だけを待つのみとなった。

 嗚呼、消えていく。

 楽しかった記憶が───。

 ローストと会って、教えてもらって、一緒に過ごした思い出。

 ついさっきまでは覚えてた。でも今だって覚えてる。

 あの男が他の仲間をみすみす『見殺し』にし、ニーナとかいう女と共に『逃げた』という記憶が。

 あれ、おかしいな。なんか違う気がする。

 でも合ってるよね。

 記憶にあるってことは、本当にあったってことだもんね。

 あの男は私達を裏切った。だから復讐しなくちゃ。

『大嫌い』なクロミヤ・ローストを、殺さなくちゃ。

 死ねロースト。死ねロースト。

 死ねロースト。死ねロースト。

 死ねロースト。死ねロースト。

 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死───。

 意識は途切れた。


「『リコフィケーション(記憶改変)』完了。さて、次に進みましょう」


 そして現在───。

 ローストは、黴臭く寝心地の悪いベッドの上で目を覚ました。

 見たことのない部屋の内装だが、妙に既視感がある。

 そこまで昔ではない。数日前───いや数時間前か?

 パズルのピースを填めるように想起していき、ついに結論に辿り着いた。

「そろそろ起きる頃だと思ってたよ」

「クレステット……。やはりアンタの仕業か」

 紫色のロン毛と、壊れかけの丸渕眼鏡。相も変わらず似合わない神父服を身につけているクレステットは、予想していたかのように扉を開けて現れた。

 「色々と聞きたいことはあるが、その前に。───その能力はなんだ?勘じゃ片付けられないくらいの察しの良さ。何らかの『スキル』が発動しているとしか考えられない」

 クレスは微笑を浮かべたままこちらを見下げているが、ローストの真剣な眼差しに感化されて観念したかのように溜息をついた。

「……ホントは隠しておきたかったけど、緊急事態だからね。君の想像通り、これはスキルだ。それも『存在してはいけない』と言われている。その名も───『未来透視』の魔眼」

「未来透視。つまり未来が視えると?そんなことが可能なのか?出来たとしても、使っていいものなのか?」

「だから『存在してはいけない』んだよ。イージス・ガーデンの開発元の『アイギス』はこれを『ショッド・ノット・イグジスト』と呼んでいる」

「連中も認識済みとはな。全く、とんだ運営がいたもんだ」

「彼らも総てを管理できているわけじゃない。現に『AR適性』なんていう恐ろしいシロモノが出てきちゃったわけだし。……このゲームは、プレイヤーの介入があって初めて完成するモノなのさ」

 未来透視の存在に驚きはしたが、イージス・ガーデンの仕様に今更顔色を変えるなどといったことはない。

 初めて『AR適性』を使った時からそうだった。

 イージス・ガーデンは普通のゲームではなく、何らかの深い意図があって創られた『人造の神器』なのだと。

 そして発生した事象には一部例外を除き、如何なる者も干渉してはならず、ただ成り行きを見守るしかないのだと。

 ローストは解っていた。

「フン。つまりアンタは『未来透視』の魔眼でこれまで起きた事柄を視ていたってわけか。俺の仲間が息絶え、そしてフォーナルが滅亡する未来を」

「確かに視てはいた。だけど正直言うとね、今までの『物語』は決まっていたことなんだ。なにせ世界線が一本しかない。君がたとえどんな行動を起こそうが、まあ多少の『経緯』は変わるかもしれないけど、結果として残るのはコレだけになる」

 3割ほど理解できない箇所があるが、今の偽神父に嘘偽りはないだろう。

 それほどにまで言葉に魂が込められていた。

 まるで、ひとつの作品における大役を担うが如く。

 ローストと対峙していたクレスは振り返り、両手を広げて満面の笑みで言った。

「だからこれからが大変だよ。幾つもの未来が無限に広がっている。だけど正解はひとつだけ。そのルートに辿り着けるかは君次第だ」

「ならヒントくらいは教えろ」

「あれ?疑い深い君は僕を信用しないんじゃなかったっけ?」

「味方が減ってしまった現状じゃ信じざるを得ない。臨機応変に、というやつだ」

 わざとらしく嘲笑してみせるクレスに若干の苛立ちを覚えながらも、ローストは構い無しに問う。

「仕方ないな。それじゃひとつだけ。───まずは、セイントルウブ嬢と仲良くすること。これがトゥルーエンディングへの第一歩になるに違いない」

「……なに?あいつと?」

 シュヴァルツの最大の標的(ターゲット)であるニーナ・セイントルウブを重要視することは判る。

 ただ、親交を深め距離を縮めることは別の問題だ。

 なぜ自分とニーナの個人的な関係の構築が安寧に結びつくのか。

 反射的に尋ねてみたくなったが、既に見通していたのか、クレスは手でバツ印を作って用意していた。

「取り敢えず受け取っておく。……それで?肝心のニーナはどこにいる?」

「へぇ、現在地とか日時の確認よりもお嬢様を優先するのかい?こりゃ思ってた以上に好感度高───」

「勘違いするなよ。場所や時間はアンタに聞かずとも自力で調べられる。外に出れば大体の位置は掴めるし、イージス・ガーデンを使えば余計にだ」

 食い気味に早口で言ってのけたローストの声色は上ずっており、これだけでもローストがニーナに対して並々ならぬ想いを秘めていることが感じ取れた。

「まっ、そういう事にしとこうか。彼女は前と同じで身廊にいるよ。迎えに行って───」

 言い終える前にローストは部屋を出ていた。

 最早、余計な手出しは不要だろう。条件は揃い、正規ルートに進むための基準値はとっくにオーバーしている。

 そう、これでようやく『未来』を楽しむことができるのだ。


 身廊までの造りは以前に訪れたフォーナルの教会と全く同じだった。

 歩く度に木材が軋む音、鼻につく埃を多量に含んだ空気。

 それらを掻い潜り身廊に出ると、ステンドグラスを見上げているニーナが独りで立っていた。

 そして根拠のない安心感が魂を満たしていく。

 今まで感じたことのない───いや、ある。

 忘れてみたかった苦い記憶の中にある。

 やはり、あの女はそうなのか。

「お互い無事だったようだな」

 今度もこちらから声を掛けた。

 些細な配慮も必要ない。彼女は、自分が来ていることなどとっくに気付いているはずだから。

「ええ。どれもこれも、貴方のおかげです。本当にありがとうございました」

「事実を捻じ曲げるな。ここまで来れたのは例の偽神父あってのことだろう」

「部分的にはそうでしょうが、総括すれば最初の襲撃以来、貴方が助けてくれなければこうして話すこともできなかったはずです。その事実に、感謝を」

 胸の中央で祈るように手を握り、ニーナは微笑んだ。

 そうだ、今確信に変わった。その全てを包み込むような優しい笑顔が本当にそっくりなんだ。

 まだ自分が『黒宮』の屋敷に住んでいた頃、1番仲が良かった人。

 自分が初めて淡い感情を抱いた人。

 そして───最期まで自分の味方であってくれた人。

 何をとってもかけがえの無い人だった。

 その生まれ変わりともいえる女性が、目の前にいる。

 その時、ようやく気持ちに気付いた。嗚呼、本当に自分はあの頃から変わっていないのだと。

 今でも、彼女のことを想っているのだと。

 改めて、実感した。

「アンタに話す必要があるな。俺の過去を」

 打ち明けることにしたローストの言葉に、ニーナは目を丸くした。

「なにを驚いている?聞きたかったんじゃないのか?」

「えぇ。ですが、意外でした。まだ話して頂けるほど信用されてないと思っておりましたので」

 多少、悪戯っぽさを含めて微笑みかけた。

「暫定処置だ。深い意味はない」

 そしてローストは語り始めた。

 ───刻は5年前、黒宮の屋敷にて。

ここまで読んで頂き、ありがとうございます。

次回はローストの過去編です。

あまり長くはならないので1話限りで終わると思っています。

次回もよろしくお願いします。

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