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イージス・ユートピア  作者: 鍋田 リューマ
イージス・ガーデン編
27/40

EPISODE Ⅴ 「時間軸変更←分岐ルートF」

 ローストの過去は闇に包まれていた。

 黒宮家の長男として産まれ、実に平穏な生活を送っていたが、そんな日常は容易く奪われてしまった。

 後にシュヴァルツに統合されることとなるサイバー犯罪者の集団に襲われ、ローストを除き使用人含めた家族全員が死亡。

 以降はエクストラに身を寄せるも、元々人付き合いが苦手なローストにとって負荷でしかなく、更に身内を同時に喪ったショックから立ち直れずにいたため、心は沈んでいく一方だった。

 しかし、当時イージス・ガーデンのスポンサーをしていた旭山家の当主 旭山(あさひやま)零加(れいか)の計らいで、エクストラとは事実上切り離された少数精鋭部隊『シグマフォース』が設立される。

 勧誘を受けたローストはダメ元で入隊し、自らが選考した人員を確保しながら過ごしていく。

 捻じ曲がった性格をしている奇人 カルニ。

 単純で熱く、ムードメーカー的な存在のガイ。

 人見知りで寂しがり屋だが、実は陽気で芯の強いシルク。

 そういった面子が集まったシグマフォースが第2の家族となり、ロースト自身の闇も徐々に晴れていく。はずだった───。


 目の前で、仲間が死んでいる。

 ついさっきまで元気だったのに、肉体から生命力が枯渇している。

 これで2人目だ。なんだこれは───?

 夢か?いや、違う。悪夢ならば醒めるはずだ。

 現実を認識できなくなる。動悸が激しくなり、息も上がっていく。

 だが、たとえそういう発狂しそうな状況でも、自分だけは正気を失ってはいけない。

 後ろで膝から崩れ落ちているシルクや、声が出せないまま立ち尽くしているニーナを更に不安にさせてしまうから。

 冷静な『振り』をしていなくてはならない。震える息を吐きながら、表情を切り替えて平然とした顔持ちで振り返った。

「ガイは置いていく。できれば連れて帰りたいが、今は脱出が最優先事項だ。行くぞ」

「待って下さい……!!仲間より任務の方が大事なんですか……!?フロスト・フォレストを追って、仇をとることを優先すべきじゃ……!」

 シルクが反論してきた。

 普段は叫ぶことなどしない女だが、仲間が2人も殺されては致し方なしか。

「非効率的すぎる。そんなことをしても時間は過ぎていく一方だ。ならばその時間を脱出に充て、拠点に戻り、作戦を立て直すことが正しい」

「確かに、それはそうですが……。でもローストさんはここまでされて、頭にこないんですか?仇を討ってやろうとか思わないんですか……?」

「任務こそ全てだ。死んだカルニさんやガイもそう思っているだろう。さあ、早く来い」

 嘘だった。本当は燃え滾るような憎悪と復讐心で溢れかえっていた。

 しかし悟られてはいけない。もしも感情に身を任せてフロストを追跡しては奴らの思うつぼとなり、結果カルニとガイの二の舞となる。

 そんなローストだが、横で彼を見つめているニーナは今の発言で気づいてしまった。

 エイジによりカルニ訃報の知らせを聞いた時、静かな怒りが爆発していたこと。

 その一部始終を見ていたニーナにとってローストの連ねている明らかな嘘は痛々しくもあると同時に、彼の心境を初めて理解できた瞬間でもあった。


 ローストら3人は城を出ると、辺り一面は濃い霧に覆われていた。

 しかも肌を伝う静電気のような感触からするに自然発生した霧ではなく、人工的に───何らかのスキルかアビリティによる生成だと確信付けた。

 どうする?どうやって切り抜ける?シルクが背負っているバックには携帯用の対ARジャミング装置があったはず。

 万が一の時はそれを使うのもアリか。

「ローストさん、妨害装置を使っては?」

 シルク当人も同じ考えだったようだ。しかし───。

「そいつは3分程度しかもたない。奥の手として残しておくべきだ。だからここは『感覚検知』のアビリティで進む」

 このような罠フィールドや視界不良の場所で役に立つ『感覚検知』は、五感を強化して設定された目的地まで案内してもらうアビリティだ。

 ただし、展開されている既存の罠が堅牢であればあるほど質は落ちていき、出口に辿り着ける確率も減っていく。

 今回は5:5か。

 アビリティを発動させて霧の罠へ足を踏み入れる。

 脳の中にどちらに進むべきかと案内表示が知らされ、その通りにロースト達は歩いていく。

 大丈夫だ。正常に動作している。

 駆け抜けたい気持ちは大いにあるが、はぐれてしまう危険性を考慮してここは慎重にいこう。

「シルク、さっきは済まなかった。決してお前を否定したいわけじゃない。ただ、私情に囚われては新たな厄災を生むだけだ。それを理解してくれ」

 罪悪感が残っていたローストは心境を吐露するも、シルクは微笑んでこう返した。

「そんなの解ってますよ。私がどれだけローストさんと一緒にいたと思ってるんです?謝る必要なんでありません。───逆に、謝らなければならないのは私の方です。逆上して柄にもない声を上げて……」

「気にするな。お前の意見にも一理ある。そもそも『仲間を第一に』と教えたのは俺だしな。それに従ったお前は何も悪くない。だからあいつらの死が無駄にならないように任務をやり遂げよう。そんで帰って、また遊びに行こうぜ」

 ローストは普段みせない笑顔を作る。

 そしてニーナの状態も確認すべく横を見ると、こちらを慈しむような瞳で優しく見守っていた。

 窮地に立たされているというのに穏やかな感情が湧き上がってくる。

『感覚検知』によれば数メートル足らずで到着だ。

 何事もなく終われれば、と不意にシルクの方を見───。


 いない。


 忽然と、姿を消した。

 何処に行った?周囲を見渡してみるが、相変わらず霧が濃くて発見はおろか、探索することすら難しい。

 さっきまで確実にいた。もしやシュヴァルツの仕業か?

 それでもこんな近距離で奴らの気配に気付けないわけがない。

 いや、今はそんなこと考えている場合ではない。

 とにかくニーナの安全を───と振り向くが、いなかった。

 連れ去られた。全てが無に帰した。

 しかし希望はある。既に限界を迎えている『感覚検知』をフルブーストすればどちらか一方は見つけられるはず。

 その際、神経が焼き切れるような激痛に苛まれるが、そんなのは些細なことだ。

〝『感覚検知』ランクIV───!!〟

 瞳が熱い。

 気を抜けば眼を抉ってしまいたくなるほどの負荷がかかる。

 持って4分。あのジャミング装置とあまり変わらない制限時間で発見できるのか。

 否、見つけねばならない。どちらか片方でなく両方とも。

「ッッ───!!!」

 ローストは走る。ただひとつ、アビリティの性能を信じて疾走する。

 そして濃霧による異空間を彷徨うこと3分、ローストは人影のような『異物』がポツンと置かれている光景を目撃した。

 駆け寄り、確認すると影の正体は涙目になりながら恐怖に怯えているニーナだった。

「大丈夫か!?何があった!?」

「分かりません……。気付いたらここにいて……」

 すぐさま安全を確保するべく気配を探るが、敵意はおろか生命体の反応すらARデバイスには伝播しない。

 またもや罠か───?しかし警戒している時間すら惜しい。

「とにかく行くぞ。次はシルクだ。早く見つけねえと……!」


「やあ」


 振り返ると、そこにはエイジがいた。

 臨戦態勢をとる。黒霧刀(こくむとう)を実体化させて、間合いをとった。

「ノーノー。殺意を飛ばすのはやめておくれよ。僕は君と話がしたいだけなんだから」

「そんな時間はねえッ!シルクをどこにやった!?さっさと教えろ!!」

「教えてもいいけどどうせ意味ないよ?せいぜい惨たらしく死んだ亡骸が見つかるくらいだし。フフフ……」

 手遅れ、だったのか。

 最後の希望として無線にて連絡を取ろうとしたが、声が出ない。

 絶望に打ちひしがれてる精神と、それに共鳴して信じるなと呼びかける理性。

 奇しくも両者の衝突によってどうにか壊れずに済んでいるものの、それも長くは続かない。

 もう、泣きたかった。このまま死にたいとすら思えた。

 人生で初めて逃げたいと感じているローストの手を、誰かがそっと握った。

「ニーナ」

 彼女の手が、心を繋ぎ止めた。

 ニーナ自身も精神的異常をきたしているローストを気遣ってのことだったが、彼の心を救ったことまでは知らない。

 少しくらいは力になってあげたい。今まで助けて貰った恩義に報いたい。

 ただそれだけの、なんてことない善意の行動であったにも関わらず、堕ちていく彼を立ち直らせたのだ。

「……フッ、そうだよな」

 ボソリと呟くと、深く息を吸って空を見た。


「だあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


 絶叫が響く。

 成層圏を突き抜けて、銀河にまで轟いたと感じ取れるような『覚悟』が空宙を埋め尽くす。

 煩くはない。聞き手によっては泪を流してしまえるほど清々しく、そして哀しい決別の意。

 それはまさしく、消えた仲間(かぞく)へ送るローストの鎮魂歌(レクイエム)だった。

「吹っ切れたぜ。お前の言うことなんて信じられねえが、今はこいつを守るために戦う」

「いいのかい?長年過ごした大切な家族より、そんな出会ったばかりのお姫様を優先するなんて。仲間思いが聞いて呆れるなぁ」

 「俺達はいつだって死ぬ覚悟はあんのさ。だから最期はみっともなく命乞いして仲間を売るような真似はしねえ。───シルクを探しに行きたいのは山々だがな。考えなしに動けばニーナまでも失う。それだけは、絶対に避けなきゃならねえ」

 なにせ、失ってしまえばこれまで皆が命を懸けた意味がなくなるから。

 だからこれで終わりにする。

「シルクッッ!!!もし聞こえてんならさっさと逃げろ!!俺らはこの場を離脱するッ!!生きてたらまた逢おうぜ!!!」

 涙を堪えた精一杯の決別だった。

 後悔はない。やれることはやった。

 ローストは正面で笑っているエイジを見据え、黒霧刀(こくむとう)の切っ先を向ける。

「ハハッ、まさか本当に見捨てるとは。……それより今なんと?離脱するとか聞こえた気がするけど?」

「間違いじゃねえ。消えるぜ、じゃあな」

 ローストが告げると、映画でも鑑賞するように傍観していたエイジは一瞬だけ真顔になり、虚空からルービックキューブのような見た目をしたアイテムを出現させた。

「『バックアップ・セメタリー』起動。検索フィルター『黒霧刀を攻略できるだけの武器又はスキル』」

 9等分された升目が上下左右に高速で移動し始める。

 まるで内にある何かを探しているかのように升目はキューブを駆け巡り、そして止まった。

《検索終了。検索結果:2件該当。詳細ヲ確認シマスカ?》

 キューブから中性的な電子音声が鳴る。

 人語を解する武装やスキルなど聞いたことがない。

「ノー。スキルの方を使用する」

 このままではマズイ。

 ローストはニーナの手を引き、逃走を図る。

 反撃している場合ではない。

 足を動かせ、走れ───!!


「ズルすぎやしない?エイジ君」


 何者かが、キューブの稼働を止めた。

 フリーズしたままビクともしないキューブを見て、エイジは似合わない舌打ちをしながらローストの後ろを見た。

 乱入者の正体は紫髪を腰まで伸ばしている神父服の男───クレスであった。

「悪いけど貰ってくよ。でないと『正史』じゃなくなるからね」

 クレスは両者の肩に手を置くと、微笑んでから共に姿を消した。

 正確には消えたというべきか。とにかくこの場にはもういない。

 追いかけるのは得策ではないだろう。

 エイジは仕方なく『バックアップ・セメタリー』を虚空へ収納し、頭を搔いていつものように笑みを浮かべた。

「まあいいや。やることはやったし、何より面白いモノも手に入ったし。ここは痛み分けってことかな、クレステット・ワルツ君」

ここまで読んで頂き、ありがとうございます。

今後ともよろしくお願いします。

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