EPISODE IV 「ボスは性別不明←脱出計画開始」
横たわるカルニの躯をよそに、彼を殺した暗殺者は崩れている瓦礫の山に向かって語りかけた。
「芝居は十分だ。そろそろ起きてきなよ」
その言葉と共に瓦礫が四方に飛び散り、倒されたと思われていた黒ハットの男がゆっくりと立ち上がった。
「奴は死んだカ」
「君のおかげでね、シーカー。それにしても、まさか1番のアタリのカルニが来てくれるとは嬉しい誤算だったよ」
「主ヨ、『ブラック・ミスト』の方はどうすル?奴はカルニ以上に危険ダ。早急に始末しておくことを勧めル……」
暗殺者は血に濡れた右腕を着用しているジャケットで拭き、不敵に笑った。
「いや、彼を殺してしまっては計画に支障が出る。ここはひとまずやり過ごそう。シーカー、君も一旦消えた方がいい」
シーカーは反論することなく静かに頷き、体を霧状の粒子に変えて退却した。
その様子を見送った暗殺者はおもむろに携帯端末を取り出し、連絡先を選定すると通話を始める。
「───ああ、僕だよ。うん、お願い」
同時刻 フォーナルの教会
応接室で援軍の到着を待つローストは、奇襲攻撃に備えるために応接室に籠城していた。
〝まだか……。もしも前回のような幹部級に複数で襲われたら勝つことはできても、この女を守り切れる自信がない〟
しかしそれも救援がやってくるまでの辛抱だ、が───。
ローストは知る由もない。期待している援軍は永久に来ることはないことを。
「ローストさん……。私、街や皆さんがどうなったかとても気になるのですが……」
傍らで囁くニーナに言われてハッとなる。
そういえばそうだ。あれだけの爆発が起きたのに、誰一人として悲鳴等が聞こえてこない。
現に人間はおろか、動物一匹の気配すら神経に伝わってきていないのだ。
「ばすたーばすたー。いやー、実に良い『殺し日和』ですね~」
ジャケットの内側のホルスターより拳銃を引き抜き、声のする方向へ銃口を向ける。
バカな、有り得ない。なぜ侵入を許せた?
こうも容易く、ましてや、こんな子供を───。
「お初にお目にかかります。僕はエイジ。シュヴァルツなんて中二臭い組織を仕切っている若輩者でございます」
「その喋り方はやめろ。それに、貴様のことは知っている。全世界で指名手配されている最重要ターゲットだからな」
目の前で笑っているシュヴァルツのリーダーことエイジは、ブカブカの白衣を着て中性的な顔立ちをしており、絹のように綺麗な銀髪セミロングがより一層『性別不詳』という謎に拍車をかけている。
今まで一切公には姿を見せずにいたため詳細な人相は不明だったが、ここまで条件が揃っていれば偽物ではないだろう。
「君のことも知っているよ、ロースト君。随分と僕の仲間を殺してくれたらしいね」
「そいつはお互い様じゃねえか。テメェらの前身に当たる組織のせいで俺の家族は全滅したんだしよ」
「その件に関してはごめんね。まさか全員逝っちゃうとは思ってなくてさ」
エイジはその時の光景を思い出すかのように、恍惚とした表情を浮かべた。
「その話はまた後でじっくりとさせてもらうぜ。それより、なぜ今になって姿を現した?よりにもよって俺の前に」
「ああ、朗報を伝えようと思ってね。……あれ?君にとっては訃報かな。まあいいや。───カルニを殺したよ。それに伴って『撃滅葬』を頂きました。ごちそうさま」
一切の罪悪感など微塵も感じ取れないほど陽気な声で言ってのけたエイジの発言に、ローストの思考は白紙に帰した。
ニーナの存在すら消え失せている。もしも不意をつかれて攻撃されれば、為す術なくやられるだろう。
それほどにまで、ローストの精神状態は追い詰められていた。
「嘘じゃないよ。何なら死体を持ってきてみせようか?まだ死んで間もないから、変色は進んでな───」
『黒霧刀』を召喚し、首元に置いた。
「殺りなよ。……怖いのかい?」
「違う。さっき言った〝『撃滅葬』を頂いた〟とはどういう意味だ……!?他のプレイヤーのスタートアップ・サービスを奪い取れるなんて聞いたことがないぞ……!」
本当はそんな質問、どうでもよかった。
しかしそうでもしなければカルニが死んだ事実を───悲愴と絶望で覆い尽くされている感情をコントロールできない。
「『バックアップ・セメタリー』。……聞いたことない?倒したプレイヤーのスタートアップ・サービスを自分のモノにできるスキルなんだけど───」
自らの耳を疑った。
なんだそのスキルは?いくらなんでも規格外すぎるだろう。
そんなスキルが実在するなら、この世全てのスタートアップ・サービスを手中に収められるということになるではないか。
シュヴァルツの目的は『世界の掌握』だと聞いたことがあるが、まさか本当に───?
「その話が真実なら、今度は俺の『黒霧刀』を盗りにきたってわけか?」
「違う違う、君のはいらない。僕が欲しいのは、君の後ろにいるプリンセスのスキルだよ」
ローストは振り返った。
ニーナの持つ『AR適性』が計り知れない実力を秘めていることは知っていたが、スタートアップ・サービスまでもがそうなのか……!?
ならばかなりまずい状況だ。すぐ傍にある窓ガラスから逃亡できそうではあるも、背を向けた瞬間に殺されてしまうだろう。
「素直に差し出してくれ。それとも─────僕と戦うかい?」
全身の毛を逆立てるほどの圧が飛ばされる。
勝てない、と本能が警鐘している。
この男にはどう足掻こうとも勝利することはできない。
全てが無駄になる、と。
それでも、だとしても、やる必要がある。
覚悟を表明するかのように黒霧刀の柄を握ったローストだが、次の瞬間窓が割られて銀色の筒が投擲される。
〝フラッシュバン!?〟
ローストがピンが抜かれている閃光手榴弾の存在をいち早く確認すると、続いて侵入してきた1人の人間によってニーナ共々連れ出された。
「ご無事ですか、ニーナ様。ロースト様」
救助に現れたのはセイントルウブ家の執事 フロストであった。
「アンタ……!なぜ!?」
「実は念の為にカルニ様を尾行していたのです。万が一のことを考えた末の行動でしたが、予感は的中してしまいましたね」
「そうだったのか……。できれば遺体だけでも回収したいが時間がない。このまま城まで頼む」
両者を脇に抱えたままフロストはフォーナルの街を後にし、遠方に聳え立つセイントルウブの城へ飛んでいく。
城門前───ガイとシルクが待機している場にロースト達は着陸した。
「ローストさん、カルニさんは!?」
「諦めるんだ。それより荷物をまとめろ。……離脱する」
数分も経たない内にエイジ率いるシュヴァルツの精鋭が城へ攻めてくるだろう。
カルニが倒されたことといい、悪い流れが続いている現状で篭城戦を決め込むのは得策ではない。
ならば無理矢理にでも『シグマフォース』へ連れ帰り、再度作戦を練るのが最大手であろう。
しかし、それを実現させるには頭の固い執事を説得するしか───。
「いいですか、フロスト殿。もはや情報規制などといっている場合ではありません。どうかここは切り替えて……」
「えぇ、構いませんよ」
ローストは意外な答えに目を丸くする。
まさかこんな簡単に了承してくれるとは思っていなかった。
「そちらの調査によると、フォーナルで生活していた住民の姿が確認できないということですので。管理を担当しているアイギス社系列の組織であるエクストラの方々がフォーナルを手放すと判断したならば、それに従うまでです」
もう隠す気はないのか、フロストはニーナの前だというのに俗世にまみれた単語を次々と発していく。
「そうか。なら異論はない。ガイ、シルク、10分で零加への報告と準備を完了させろ。俺はその間に、こいつと話をする」
「わかりました。行こ、ガイ君」
「……うす」
ローストは状況を完全に把握できていないニーナの前へ立ち、目を合わせた。
「外に出る前に、アンタに言っとかなきゃならないことがある。この世界は虚構で、ホンモノなんてひとつもないってことを」
「どういう意味です……?」
「フォーナルはアンタの持つ特異体質『AR適性』が生み出した世界だ。全てが拡張現実───ARアプリケーションソフト『イージス・ガーデン』で創られたモノで、実際の物体と遜色ないほどにまで練り上げられている。だから異世界転生なんてものはないし、フォーナルも本来存在していない」
事実を突き付けた。だがこれでいい。
ヘタな芝居を打つより、多少の精神負荷を与えられる現実を教えた方が実感が湧くというもの。
「しかし納得できていない点もある。たとえ高出力のAR適性でも、国ひとつを1人で創造できるはずがない。アンタの持つ『スキル』が関係しているんだろうが、何か心当たりは……」
「ッ───!!待ってください!……ひとつ、聞いていいですか。もしもフォーナルやセイントルウブが嘘だというのなら、私は一体誰なんですか……?」
数分前まで笑顔で満たしていた表情からは想像もつかないほど、ニーナの顔は曇っていた。
「わからない。ただ、アンタは強い。これから醜くも憎めないクソ現実で生きることを望むなら、絶対にやっていける」
今後、ニーナはアイギス社の監視下に置かれ、自由のない生活を送る羽目になる。
規格外のAR適性を保持し、シュヴァルツに狙われている今となってはその方がいいだろう。
その一方で異常な生活環境のせいで普通の人間ではストレスや不安で精神疾患に陥ってしまいがちになってしまう。
しかしその点に関しては、ニーナの性格故にあまり心配にならないはずだ。
「ローストさんッ!!大変です!!」
シルクが息を切らせながら走ってきた。
「どうした?準備が終わったのか?」
「それはそうなんですが、さっき零加さんに連絡したらとんでもないことがわかって。実は街に住んでいた人々がいないという件、衛星から時間を遡って確認したら住民全員が同時に粒子になって蒸発していたんです……!」
「なっ!?……なにか仕込まれていたのか?どういう……。───待て、その情報が今きたってことは、なぜヤツは……?」
「ローストさんも気付きましたか。その件を確認するため、今から複数人で行こうと……」
シルクは片割れのガイを呼ぼうと振り返るが、姿を見えない。
「さっきまでいたのに、どこに……!?」
「探しに行くぞ!」
蝋燭で照らされた廊下を独りで歩く執事 フロストは、背後に迫りつつある気配に気付き、立ち止まった。
「見つけたぜ、執事野郎」
「あなたはロースト様の取り巻きの確か───ガイ様?でしょうか」
毛先を逆立てた黒髪が特徴的なスーツの青年 ガイはジャケットの内側にあるホルスターから回転式拳銃を引き抜き、銃口を向けた。
「なんのつもりですか?」
「とぼけんじゃねえ。テメェがカルニさんを殺したんだろ?」
「フッ、それはまた突拍子のない推理ですね。どこにそんな証拠が?」
「ローストの兄貴が脱出の提案を持ち掛けた時、テメェ言ったよな?もうこの街に人はいないってよ。……どうして俺たちでさえ知らなかったことを、テメェは知ってたんだ?」
フロストは眉をピクッと動かし、動揺する素振りを見せた。
「図星のようだな。さあ、大人しく膝をつきな」
「成程。混乱の最中でも言葉を聞き漏らさず、更に覚えているとは。エクストラという部隊組織もバカではないらしい」
周囲で灯っていた蝋燭が消えていく。
廊下に僅かな妖気が漂い、肉体を侵食していく。
「全ては崇高なる我が君の計画の一部なのです。あなたをここに連れ込んだのもね。……わざとあなたの前に姿を見せ、ここに誘導し、個々に対処する。まさか上手くいくとは」
何処からともなく鎖が飛んできて、ガイの首を絞め上げる。
更にそのまま天井付近まで吊り上げられ、苦しみの余り手から拳銃を手放してしまった。
「あなたのスキル『クイック・バレット』は無から弾丸を生成し、瞬時に装填させられるといったものでしょう?これでもう無力なはずだ」
「なぜ、知って……!?」
「シュヴァルツの情報網を舐めない方がいい。クロミヤ・ローストの『黒霧刀』の全貌は不明ですが、それ以外なら把握済みですよ」
フロストは手を引く素振りをし、締めていた鎖を緩め、呼吸と会話ができるだけの気道が確保させた。
「これが最後のチャンスです。あなたの知るローストの機密情報を話せば、生きて帰してあげましょう」
「そうかよ……!なら、話は簡単だ。───絶対に、話さねえ!!性格はクソだが仲間思いのカルニさんを殺したテメェの言うことなんか誰が聞くか!」
途端、鎖に力が込められ、ガイの生命活動を停止させるべく首が潰れていく。
「淡い期待に賭けてみましたが、無駄だったようですね。もはや用済みです。死になさい」
頸部を形成していた骨が木の枝のように容易くへし折られた。
もはや人としての形を成していないガイという名の肉塊は床に叩き落とされ、フロストは蔑むように一瞥してから廊下を歩き始める。
フロストにとって殺人など単なる作業に過ぎない。よってそこに感情は存在しない。だからこそ演技が際立つ。
しばらくすれば嗅ぎ付けたローストがやってくるだろうが、それも計算の内だ。
最後の最期まで『悲劇の主人公』として踊っていてくれ。
我が君の脚本の上で───。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。




