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イージス・ユートピア  作者: 鍋田 リューマ
イージス・ガーデン編
25/40

EPISODE Ⅲ 「お姫様の手料理を召し上がれ←失われし愛情」

 ローストは廊下に出て、身廊へ向かった。

 クレスの素性は掴めなかったものの、ヤツという未知の人間が既に潜んでいる事実は確認できた。

 敵意を全く見せず、尚且つ友好的だったことから自分達の脅威となる存在ではないことは明白だろう。

 それでも命を預けて共に戦う選択肢を選ぶことには届かない。

 一時的とはいえ、『仲間』になるということはそれだけ危険が伴う行為であり、逆にそれに見合う安全を同価値で手に入れられることなのだ。

 それをクレスに喩え、天秤にかけたならば皿がどちらに大きく傾くかなど考えるまでもない。

 つまりはそういうことだ。

 辿り着いたローストは陽の光が差し込む身廊に目を向けると、目を閉じ、手を絡めてステンドグラスに頭を下げているニーナの姿が映った。

 環境によるシチュエーションのせいで『美しい』と錯覚し暫く硬直してしまったローストだが、我に返ると雰囲気などお構い無しに声をかける。

 「お楽しみ中のところ悪いな」

 自分の気配に気付かずビクつくかと思っていた。

 しかし意外にもニーナはゆっくりと目を開けてこちらを向き暖かい笑顔を零したのだ。

「俺がここにいること、分かってたのか?」

「前にも言った通り、フォーナルの住民ならば顔を合わせずともオーラで誰か判別できます。それを逆利用しただけですよ」

「勝手な思い込みは死を招くぞ。敵だったらどうする」

「いえ、そんな猛々しいものではありませんでしたので。……ですがそれもそうですね。少し反省致します」

 そしてまたニコリと笑った。

 この女には隙がない。全く以てやりづらい。

 それでも何故か気になって仕方がない。

 ───絶対に有り得ないが、もしも第三者から「好意を抱いているか?」と聞かれたら、全力で否定してやる。

「……?どうされました?」

 ニーナが様子を伺うように顔を覗き込んでくる。

 顔を合わせまいと背けると、腹からエネルギー補給の知らせを告げる『音』が鳴った。

「なんでもねぇ。それより、もう充分だろう。そろそろ帰るぞ。」

「お腹空いたからですか?安心してください。此処にはキッチンもありますし、料理の腕には自信があります」

「いや、そういう事じゃないんだがな。これ以上時間を浪費すると、任務に支障が───」

 言い終える前にニーナは独りでに奥の部屋へと向かってしまった。

 本当に困ったお姫様だ。このまま見捨てて帰ってしまいたいのは山々だが、任務なのでそうはいかない。

 後頭部を掻きながらローストも次いで部屋に入る。

 内部は簡素であるものの調理ができる厨房となっており、ニーナは慣れた手つきでフライパンなどといった器具を取り出して準備を始めた。

「少し待っていて下さい」

 もはや何も言うまい。

 時には流れに身を任せることも重要だろう。

 そう言い訳して自分に言い聞かせなければ、崩壊寸前のメンタルを保っていられない。

 こんなに疲れたのは久しぶりだと思いながら椅子に座ると、耳に装着している無線機からシグナルが入った。

〝今なら大丈夫か?〟

 フロストの指示で、ニーナの前では携帯端末や銃火器などの近代機器の使用はなるべく控えるようにと言われている。

 外界へ興味を示す要因となるからだと推察されるが、こうも情報規制された箱庭で一生を過ごすなど同情せざるを得ない。

 それでも何も知らぬまま楽しく満足のいく暮らしができるなら、悪くはないのかもな。

ローストはニーナの目を奪って通信を開始すると、イヤホンからシルクの声が聞こえてきた。

「どうかしたか?」

「任務中すみません、ひとつ報告が。ガイさんが到着しました。これで想定していたメンバーが全員揃いましたので、私もそろそろ……」

「すまねえが今日は時間が取れそうにない。護衛対象の余興に付き合わなきゃならんくてな。また今度にしてくれ」

「え、ちょっ……!」

 ローストは通信を切ると、調理を終えたらしいニーナが皿を乗せた盆を持って歩いてきた。

「アンタの分は?」

 盆の上には皿が1枚しかなく、肝心の料理をした本人の分がない。

「私はいいんです。あなたに食べてもらいたくて作ったので」

 そう言って皿を手に取り、テーブルの上に置いてきた。

 さて、気になる品目はと言うと───。

「マジか……」

 ローストポーク。

 仮にも神聖なる教会に食肉が置いてあるという事実だけでも驚きだが、それ以上にこの品を選んだことに驚愕の色を見せていた。

「『ロースト』さんなので。少し洒落を利かせてみたんです。───あれ?もしかしてダメでした……?」

 不安そうな声色で語りかけてきたニーナのおかげでローストは正気を取り戻し、状況を整理しながら言葉を返した。

「あ……。いや、別にダメじゃない。ありがたく頂くよ」

 手を合わせて合掌し、左右に置いてあるナイフとフォークを駆使して身を切り分けていく。

 身はナイフに力を入れる必要がないほど適度な温度で焼かれ、そして炒られている。表面に掛けられたガーリックソースが食欲をそそり、保たれていた理性が消失していく。

 ローストは無意識のままフォークで肉片を突き、口に運んだ。

「──────」

 自然と泪が零れた。

 もちろん味付けも似ている。

 だがそれよりも。もっと、奥深く隠された重要なモノ。

 それがローストの心を揺り動かし、涙腺を刺激させたのだ。

 本当に懐かしい。またあの『温かさ』に出会えるなんて───。

「なぜだ」

「……?」

 ここまで完成度が高く、更にロースト自身を満足させられるローストポークを調理できる人物など限られてくる。

 それこそ彼が全幅の信頼を寄せ、初めて恋情が湧いた女性───。

 まあ、もうこの世にはいないが。

「誰に教わった?」

「いえ、教えてもらったとかではなく、レシピなしで作ってみたらこうなったというだけで。……なにか?」

「なんでもねえ。単に昔を思い出しただけだ。それより美味かった。よかったらまた作ってくれ」

 ローストは食器をテーブルに置き、椅子から立ち退いた。

 たとえニーナが俺の過去を彷彿とさせるほどの女だとしても、今はまだその気にはなれない。

 自分が初めて『AR適性』を開花させ、戦士として犯罪者を駆逐すると決めた日のことを口に出すなど。

「いいですよ。でもその代わりに条件が」

「なんだ?」

「あなたのことを教えてください。先日、あなたは〝自分のことを知ってもしょうがない〟と仰っていました。ですがやはり興味は尽きません。なので少しずつでも、私に話してくれませんか?」

「……いいぜ。アンタが俺の仲間と同じくらい信用できるやつになればな」

 ローストは僅かに口角を上げる。

 お互いが笑い合う中、家具を経由して伝ってきた振動に気付き、ローストは窓に駆け寄った。

「……?」

 徐ろに近寄ろうとするニーナを手でジェスチャーしながら静止し、外の様子を伺った、その時───。

 遠方にて爆発が起き、家屋を木端微塵に吹き飛ばした。

 ローストはすぐさまニーナの手を引き、神父がいるであろう応接間へと足を運ぶ。

「おい、神父!ヤツらが───!」

 扉を勢いよく開けると部屋はもぬけの殻となっており、神父など最初からいなかったように気配が完全に消えていた。

 感傷に浸って油断したらこのザマだ。

 確かにシュヴァルツを誘き寄せることまでは作戦通りだが、これだけはまずい。

 今は袋小路の家の中。どこから攻められてきてもおかしくないのだ。

 この状況下で、やるべき事は───。

「おい、聞こえるか!?緊急事態だ。1人応援を寄越してくれ!場所は……」

 ローストはニーナの視線など気にせず無線に声を充て、応援要請を開始した。


 同時刻 セイントルウブの城にて。

 シルクはローストからの通信を聞き、それを残った2人のチームメンバーに共有する。

「まさかシュヴァルツがここまでしてくるとはね。何がなんでもセイントルウブのお姫様を炙り出す気だろう」

「んなことより、このままじゃ兄貴が死んじまいますよ!……こうなりゃ俺が行きます!」

 冷静に考察を口に出すカルニと、短い黒髪を逆立てて激しい感情を露わにしている最後の仲間 ガイが拳を握り締めて決意を声に出した。

「いや、僕が行こう。君ではまた道に迷ってしまう。近接戦闘が不得手なシルクは論外。ならば肉弾戦最強の僕が向かうのが1番得策じゃないかい?」

「そりゃそうですが……。でもいいんスか?」

「なにが?」

「いくらカルニさんの『スタートアップ・サービス』が最強でも、1人で行くのは……」

「ここを単独で守るのは避けたい。もしもここを失えば拠点がなくなり、戦略的に不利になるからね。それにもし僕がやられたとしても、ここさえ残っていれば陥落することはないはずだし」

 それだけを言い残し、カルニは城を出た。

 ───数分後、見るも無残な廃墟と成り果てたフォーナルの街に到着したカルニは、先程から背後にて気配をチラつかせている存在へ語りかけた。

「誰だい?君は。何の用かな」

 大気中に漂う粒子が集まり出し、やがて人の形を創造し始めたソレに目を向ける。

 黒のコートにズボン、ブーツといった如何にも『殺し屋』というイメージが真っ先に連想しそうな服装を形成した黒ハットの男は、輝く銀灰色の瞳を隠すかのように帽子の鍔を曲げた。

「些細な気配にも反応できるとハ。さすが『生ける伝説』ともいわれるエクストラの最強格の1人なだけはあル。我々シュヴァルツの相手として申し分なイ」

「やはりシュヴァルツか。そのスキルかアビリティは見たことないけど、相当な実力者であることは間違いないようだ。ロースト君が戦った幹部級並みかな?」

「ファントムのことカ……。確かに奴とは同僚ではあるが、実力まで同じにされてもらっては困ル。我は貴様のスタートアップ・サービスを知っての上でここにいるのダ。その意味が判るナ?」

 ハット男から殺気が迸る。

 しかし中途半端なプレイヤーであればこれだけで気絶してしまうような威圧にカルニは眉ひとつ動かさずに耐え、その中を平然と歩いていた。

「やるナ。噂通りダ」

「見くびらないでほしいな。僕は君達のような犯罪者を幾度となく地獄に叩き落としてきたんだ。この程度じゃ牽制にもならない」

「らしいナ」

 男は掌を向けると、可視化できるほどの紫色のエネルギーを中指へ集約させ、アビリティ『キロ・デストロイド』として一気に放出する。

 アビリティはカルニの顔面へと高速で飛来するも、迫り来るソレを見切ったカルニは右手で掴んでそのまま握り潰した。

「それが肉弾戦最強と謳われるカルニの『撃滅葬』カ……!」

 刹那、カルニの姿が消えた。

 目を離した覚えは無い。そう錯覚させるほど素早く移動したのだ。

 既に懐に入っていたカルニは拳を遠心力を以て鳩尾に充て、溜め込んだ力を体全体に流した。

「がッッ……!?」

 完全に油断していた男は勢いよく瓦礫の中へ吹き飛ばされた。

 一撃必殺───それこそ『撃滅葬』の真骨頂であり強み。

 短超高速と破壊力によって敵を粉砕して、確実に仕留める。

 そんな『撃滅葬』のアビリティの中でも今仕方使った『幻剛』は破壊力もさることながら不意打ちにも適したワザでもあるため、クリティカルヒットは確定なはず。

「くっ……」

 カルニは反動として返ってきたふらつきに顔を顰めた。

『幻剛』は爆発的な威力と引き換えに身体能力は一時的に低下する。

 それでも休んでいるわけにはいかない。一刻も早く、ローストと合流しなくては───。


「その必要はないよ」


 何処からともなく聞こえてきた声と共に、腹部に激痛を感じた。

 目を下に向けると、自分の血で赤く染まった何者かの手が腹の中から飛び出ている。

「なッ……!?」

 振り返り、最後の力を振り絞って反撃に転じるべく『撃滅葬』を起動させるが、それは叶わなかった。

 致命傷となるまで深く突き刺さった手が引き抜かれ、力が抜けて死者同然に成り果ててしまったからだ。

「撃滅葬は頂いた」

 静かに呟かれた暗殺者の言葉が、カルニが聞いた最期の言葉であった。

 もはや復活の兆しはない。僅かに、それでも着実に、カルニという史上最高の戦士の意識は消えていき、その生を終わらせた。

ここまで読んで頂き、ありがとうございます。

ちなみに今回登場した黒ハットの男は、名前は明言されていませんが『ユートピア』本編の終盤にて出てきた『シーカー』と同一人物です。

次回もよろしくお願いします。

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