EPISODE Ⅱ「束の間の異世界デート←謎の神父(変人)」
対拡張現実犯罪対策機関 エクストラ。
東京都に本部を構えている政府公認の機関であり、拡張現実アプリケーション『イージス・ガーデン』に対抗できる唯一の組織だ。
20まで存在する部隊を保有し、それらを駆使して犯罪の抑止を行っている。
そんな機密機関だが、中には一部の人間にしか知られていない部隊もあった。
それこそ第12部隊『シグマフォース』
かの有名な『ブラック・ミスト』こと『ロースト・クロミヤ』が在籍している小隊だ。
『イージス・ガーデン』の製作元であるアイギス社のスポンサー、旭山財閥の屋敷にてシグマフォース リーダー、旭山 零加が壁掛け用モニターを凝視しながら通話していた。
「──成程。つまり貴方1人じゃ、任務を完遂させるのは難しいと?」
「そういうこった。つーわけで、さっさと増援よこしやがれ」
「えっ、なになに?今日はめちゃくちゃ素直じゃない。なんかスッゴイ可愛いんですけど」
モニターの先に映っている黒髪でスーツ姿の青年──ローストが久々に弱音を吐いている様子を見て、黒髪ロングヘアーの零加は悦に浸っていた。
しかしそれと同時に普段はどんな逆境に立たされようとも、強気な振りをしながら乗り越えているローストがここまで追い詰められている状況を隠さず露わにしているのは明らかに異様であり、且つ非常事態なのだと推察できた。
「心にも無いことを言うな。お前も分かっているだろ?この任務は俺達、シグマフォース史上最悪のモノになると」
「そうね……。貴方が戦ったのは恐らく『シュヴァルツ』と呼ばれている近年最も勢いのあるサイバーテロリスト集団のメンバーでしょう。ファントムっていうプレイヤーネームもエクストラの指名手配リストに載っていたわ」
「聞いたことがある。シュヴァルツは今までのテロリストとは一線を画すほど凶悪で残忍だとな。いよいよ連中も本腰を入れてきたか」
これまで解決してきた事件も闇が深く、思い出すだけで怒りの込み上げてくる胸糞悪いものだったが、この案件は序盤だけを鑑みても明らかにレベルが違う。
それにファントムは単なる雇われ兵でも、況してや下っ端でもない。
幹部級のプレイヤーが先発隊として宣戦布告をしてくるなど異例だ。
それ程にまで例の『お姫様』がレアなのか。
「──それで?肝心の護衛対象はどうなの?」
「呑気なもんだ。俺がファントムを殺そうとしたら守りやがった。依頼人のセイントルウブ家も、フォーナル国の『設定』を守ろうと必死だしよ。このリモート通信だってわざわざ窓のない部屋を選んでやってんだぜ」
「フォーナルは『外界』で精神的に傷を負った者や、住居がなくて生活がままならない人のための国。ここでは外界の情報は持ち込んではいけないし、本来なら介入すら許されてない場所よ。……だからでしょうね」
こうしてローストの鬱憤が溜まると、零加が受け皿となる。
もはや通例行事になりつつあるイベントを終え、安心感を覚えた両者は会話の話題を元に戻した。
「……カルニとガイを行かせるわ。それでも足りないでしょうけど、ミューフォースが全滅した現状、他の部隊からの応援は難しいと思う」
「だろうな。……だが、それでいいのかもしれない。シュヴァルツは『AR適性』を持っている。下手な人員を送り込めばそれだけ犠牲者が増え、死ななくてもいいヤツが死ぬ。そんなのは御免だ」
「そういうところ変わらないわね。あと2時間くらいで着くと思う。それまで待機してて。──くれぐれも、無茶はしないように」
ローストは無言で頷き、通信を切る。
ブラックアウトした画面を見ながら、零加はリモート中に押しとどめていた不安や懸念といった負の感情を心の内に吐露していた。
実際のところ、ローストが曝け出していた『嫌な予感』は零加自身も感じてはいたが、そこで任務を中断させて帰還させるなど不可能だ。
なによりロースト本人が許しはしない。
嫌味たらしく愚痴を言っていたローストも内心では『ニーナ・セイントルウブ』を守りたいと思っているだろうし、シュヴァルツが絡んでいるとなれば引き下がるはずがない。
なにせローストが憎んでいる『AR犯罪』と、それに伴う『一般人への危害』を公に実行しているのがシュヴァルツなのだから。
フォーナル国 セイントルウブ城 2階応接室
通信を終えたローストはノートパソコンをバックに収納し、応接室から廊下に出た。
現在、護衛対象であるニーナ・セイントルウブは昨日、援護射撃を担当してくれたシグマフォースのチームメイト『シルク』が見張っていてくれている。
それにしても、まさかカルニとガイを呼ぶ羽目になるとは予想していなかった。
これで零加を除いたシグマフォースのメンツ全員が集合してしまったため、もしも緊急事態の場合に外部からの支援を自由にできなくなった。
何故ならエクストラは小隊ひとつひとつが個々で活動しているので、必要になったからといって直ぐに手配できるものではない。
更にシグマフォースはエクストラ内部では所謂『嫌われ者』に位置している関係性で引き受けてくれるところが存在しない。
だから最初は自分とシルクで任務をやり切ろうかとも思っていたが、シュヴァルツが総攻撃を仕掛けてきたら支援を呼ぶ前にニーナ諸共全滅するだろう。
そのせいで、異例ともいえる『全員出撃』を余儀なくされてしまったのだ。
「おや?用事は済んだのですか?」
背後から声をかけられた。
振り返らずともわかる。口調だけを鑑みればニーナ・セイントルウブと然程変わらないが、音質が非常に異なるからだ。
「お陰様で。部屋を提供してくれて感謝する。フロスト殿」
フロスト・フォレスト。
我々の雇用人だが、苦労人でもある。
どういう事かというと、昨日からこいつとニーナ以外の人物を見かけたことがないことを疑問に感じ、朝イチで調べてみた結果、驚くべきことにこの男以外に使用人はいないらしい。
つまり城内に住んでいる人間はニーナとフロストの2人だけなのだ。
なので無駄に広い城を1人で切り盛りしていると思うと、同情せざるを得ない。
「いえ、御力になれて嬉しいですよ。──ああ、そうだ。私も貴方に頼み事があったのを思い出しました。聞いて下さいますか?」
「なんでしょう」
「ニーナ様と御一緒に、街へ散策に行ってはくれませんか?なにやら2人だけで話したいことがあるとか。先日、あのような事があったばかりですが、ここはどうかひとつ」
まったく、お姫様に続いて執事までこうも楽観的だとは。
──いや、待てよ。考えようによっては良いかもしれない。
人数の少ない城内に立て篭もるより、人の多い市街地へ出向き、人混みに紛れた方が撹乱しやすい。
乗っておくのも悪くないか。
「分かりました。では相応の準備をしてから出発させてもらいます。それと、あと少しで我々の仲間が到着しますので、ご承知置きを」
「……ええ」
ローストは背を向け、階下へ続く道に歩を進めた。
1階の広間に到着したローストが目にしたのは、純白のワンピースに身を包んだニーナだった。
傍らには青髪セミロングで耳にワイヤレスイヤホンを装着している黒の軍服を着た少女 シルクがおり、こちらに気づくと駆け寄ってきた。
「異常なしです、ローストさん。……それより、これからお出掛けするってホントですか?」
「ああ。……なんだ?一緒に行きたいのか?」
ローストに指摘されると、図星を突かれたかのように慌てふためき目を逸らした。
「だ、だって最近ローストさんと遊びに行けてないですし……。どうせなら、と……」
「悪ぃけど、連れてはいけねえ。シルクがいなくなったらここの守りが手薄になる。そいつだけは避けたい」
「それはそうですが……」
納得のいっていないシルクを見てローストは目線を外して言った。
「さっき通信で零加から聞いたんだが、もう少しでカルニとガイがこっちに到着するらしい。アイツらが来れば、お前の望みが叶うかもしれねえな」
「……!そ、そうですか……!」
「それに、そう遠い話でもなさそうだぜ。もう『あの人』は着いているみたいだし」
ローストが背後に目を向けると、先程まで完全に気配と肉体を消して会話を盗み聞きしていた眼鏡の男が姿を現した。
「まさか見破られちゃうとは。また一段と腕を上げたねぇ、ロースト君」
「お世辞はよしてください。俺に気が付かせるためにわざとやったんでしょう?」
「あっ、バレちゃった?上手く演じてみせたんだけどなぁ。やっぱ君に嘘は効かないか」
黒髪に黒縁の眼鏡をかけた優男風の雰囲気を漂わせている黒スーツの男 カルニは笑顔のまま、真顔のローストに煽りをかけた。
「そんなことより、ガイはどこに?一緒に来たんじゃなかったんスか」
「なーんか途中ではぐれちゃってねぇ。ま、そのうち合流できるでしょ」
カルニはヘラヘラと笑いながらナチュラルに答えているが、半分は嘘だろう。
恐らく彼らは別々の便でこちらに向かっていて、カルニは資料として受け取ったマップを難なく解析して所定通り着いた。
一方、ガイは空港に降り立ったはいいものの脳筋で方向音痴なため、『フォーナル』に辿り着くことができず、未だ迷っているという始末に違いない。
たとえ仲間であろうが平気で嘘をつき、それを罪だとは思わず平然でいる。
それがカルニだ。
ただ、ローストを初めとした『シグマフォース』のメンバーは何れもそういった『常識』から乖離している人物ばかり。
それにロースト(自分)や、これから来るガイより単に嘘だけで済ませてくれるカルニの方が幾分かマシだ。
「……分かりました。ならガイが到着するまでカルニさんとシルクで城の守りを固めます。カルニさんは内部や城の周りを、シルクは外壁から俺とニーナの周囲の安全確認を」
「敵はシュヴァルツでしょ?攻撃を実体化させられる『AR適性』を持ってるとしたら、ちょっと不利じゃない?」
「確かに……。昨晩のシュヴァルツとの戦闘を鑑みるに、敵幹部の実力はローストさんとほぼ互角。いけますかね……」
「ざけんな。俺は実力の半分も出してねえよ。つーかそろそろ行くか。これからする『外出』も、シュヴァルツを陽動するための作戦に過ぎないからな」
異世界。
そうとしか形容しえないほど、『フォーナル』の街並みは完成されつくしている。
まるでホンモノの異世界をそのままゴッソリ転送させたように現実離れしている様相は、ローストの心境を圧倒させるものであると同時に、人々はここまでして平穏を求めねばならぬほど世界は狂ってしまったのかと悲観する光景でもあった。
誰を責めるわけでもない。
積み重ねてきた人間の『善意』と『悪意』が歪んだ世を生み出したわけで、無意識の内に人は自らの手で細く柔い首を絞めている。
そして自覚のないまま世界は引き返せないほど闇に堕ちていき、気付いた時には光を見ることさえ叶わぬ暗黒の次元へ塗り替えられていた。
これが人の犯してきた『罪』であり、人という生命体を人たらしめている『性』でもある。
そんな『性』が究極的に増幅した結界、生成されたのが今歩いている『フォーナル』というわけだ。
「あの、どうかされましたか?」
城を出てからというもの、警戒を解かず神経を張り巡らせている自分を気遣ったのか、ニーナが話しかけてきた。
「別に。単に敵が襲って来てもいいように臨戦態勢を取っているだけだ」
「それ、疲れません?ずーっと眉間に皺寄ってますよ?」
「当たり前だろーが。昨日のことを踏まえると、奴らがこの街に潜んでいる可能性も低くない。遠距離攻撃なら殺気で判るが、接近されたとなれば守り切れるかどうか……。だからこうして気を張ってるんだ」
周りの町人の反応から見るに、やり過ぎているようにも思えるが、状況が状況なので致し方ない。
「でしたらご安心を。私は時間があれば街に出向き、皆とよく話しています。そのお陰で顔を見るまでもなく雰囲気だけで誰なのかが判別できますし、外敵が紛れ込んでいたら本能的に判るでしょう」
「ハッ、そんな『第六感』としかいえない不完全なモンを信用できるか」
「それは貴方も同じでは?それに延々と集中していては、余計な体力を消耗しますよ?」
ニーナは屈託のない笑顔で語りかけてきた。
悔しいが、この女の言うことにも一理ある。闘気を振り撒き、目立ってしまっている現状、逆に呼び寄せてしまう確率の方が高いのだ。
当初は苦肉の策で編み出した案だったが、同じような手段でコストが安くて済むなら越したことはない。
護衛対象が言い出したことだ。もしも襲撃されて死ぬなら自分の中では『自業自得』でカタがつく。
「……いいだろう。その妙案に免じて、多少だが臨戦態勢は解く」
ローストは息を吐き、肩を下ろして100%中40%の警戒網を解除した。
「ありがとうございます。では、こちらの件はひとまず終了として。行きましょうか!」
ニーナはローストの手を取り、街中を駆けていく。
突然のことで脳の処理が追いつかず、されるがままに連れて行かれ、到着した先は異世界でもよく登場する聖職者の拠点『教会』であった。
このまま入るのかと思いきや、ニーナは人々が出入りしているメインの扉ではなく、庭の裏手にある小さな扉のドアノブに手をかけて捻る。
「クレスさ~ん。居ます?」
若干カビ臭く、埃っぽい裏口にニーナの声が反響する。
暫く待つも、目的の人物は一向に現れる気配すらない。仕方なく諦め、帰ろうとした瞬間、紫髪で眼鏡をかけた長身の男が何処からともなく部屋から出てきた。
髪は背丈ほどにまで伸びており、全てを包み込むような笑顔を浮かべながらニーナへ顔を向ける。
「いやー、ごめんごめん。待たせてしまったねぇ。どうもお久しぶりです。ニーナ・セイントルウブさん。それから君は───誰だい?」
飄々としているクレスと呼ばれた男は疑いの眼差しを向けてくるが、なんとも不思議な神父だ。
まるで自分がここに来ることを予想していたかのような顔をしている。
そもそも神父というには見えなくはないも、服装が明らかに似合っていない。
しかしニーナを信じるならばクレスは恐らく『フォーナル』の列記とした住民なのだろう。
「こちらはローストさん。私を護衛してくれている『転生者』の方です」
「へぇー。君が昨日の夜、ここら近辺でドンパチやってくれた人か。噂になってるよ」
「そりゃどうも。んなことより、ここなんだ?どうして俺を連れてきた?」
圧が篭った口調によってニーナが少したじろぐ中、クレスが代わりに答えを返した。
「僕が呼んだのさ。もしも君のような人間が現れたら僕のところまで連れてきてほしいってね。───少し話そうか」
クレスはニーナに身廊にて待つよう伝え、ローストと共に応接室へと入っていく。
「いいのかよ。あいつを1人で待たせて」
「問題ナッシング。身廊にはたくさん人がいるし。それに、ここでは誰も襲ってはこないよ」
「そうかい。つーか、なんでそこまで事情に詳しい?まさか、お前も執事と同じ『仲間』なのか?」
ローストは手の内側に漆黒の刀『黒霧刀』の柄のみを展開させ、いつ戦闘に移っても対処できるよう扉の前で陣取った。
「執事───フロスト・フォレストのことかな?そう思われるのは正直心外だけど、まあこの際『仲間』でもいいや。僕は君の敵じゃないしね。それにもしも『シュヴァルツ』だったとしたら、こんなお喋りなんてせずに直ぐに殺してるでしょ?」
「どこまで───」
どこまで知っているんだ、と反射的に声が出そうになったが、すんでのところで飲み込む。
「僕が何者か、なんて今はどうでもいい。大事なのは規格外の『AR適性』を持つセイントルウブ嬢を守り切ること。……違うかい?」
「確かにその通りだ。だが、アンタを信用することはできない。ニーナ・セイントルウブの『第六感』が正しいのなら尚更な。これ以上、話がしたいのなら、正体を明かせ」
特段、ニーナ・セイントルウブを買い被っているわけではない。
自分としては『第六感』は単なる勘ではなく、ヤツが保有する『スタートアップ・サービス』並びに『スキル』に関係しているのだと思っている。
ただ、クレスと名乗る奇妙な神父を見抜けなかったのは頂けないが。
「したいのは山々だけど、今は無理。それにここでバラしちゃったらバットエンド一直線だよ?───嫌だろう?彼女が何も成し遂げられず、無様に死ぬ姿を見るのは」
クレスはローストの肩に手を置き、顔に似合わず嫌味たらしくニヤリと笑った。
「ハッ!俺はあいつが死んでも個人的にはどうでもいい。いや、むしろ死んでくれた方が逆に好都合かもな」
手を払い、ローストは応接室を出る。
引き止めることはなく静かに見送ったクレスはボソッと、誰にも聞かれることはなく、呟いた。
「……君の『未来』には多くの絶望が待っている。楽しみだよ、いつまで強がりを言ってられるか。いずれ愛する人を失った時───今のように精神を保っていられるか」
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
ネガ編の『クレステット・ワルツの解説コーナー』も順次更新していくつもりですので、よろしくお願いします。
ちなみにその解説コーナーのクレスと本編に出てきたクレスは同一人物です。
今後ともよろしくお願いします。




