第21話「限界突破【リミット・オーバーⅡ】←過去を振り切る時」
声が聞こえる。
複数人による、自分に対しての怨恨と絶望の叫び。
部屋の中には自分以外誰もいない。恐らく『声』の正体は記憶が生み出している罪悪感の化身だろう。
そう判っていながらも、判っていても、裁破は蹲ることしかできない。
もはや心は磨り減っていて、精神は限界をとうに超えていた。
これ以上コワサれることがあれば自ら命を絶ってしまうほどに。
しかし──そんな裁破の前に無邪気で無防備な『手』が差し伸べられた。
希望と救済を込めたこの上ない光のプレゼント。
こんな俺をまだ──いやそれより──俺は、生きてみたい。
ブレイクが禁忌のスキル『リミット・オーバー』を発動する寸前、アサルトはそれを無効化するための『ロッキング・シェル』というスキルやアビリティの発動を抑制できるスキルを密かに行使していた。
『ロッキング・シェル』には成功確率など存在せず、プレイヤーの実力次第でどうにでもなる。
だが結果はこのザマだ。『リミット・オーバー』は起動してしまい、漆黒のオーラがブレイクの身を包んでいく。
そう、無駄だとは判っていた。なにせアサルトの基本知能はブレイクがサムライとして虐殺の限りを尽くしたその犠牲者によって成り立っているのだから、当然情報はインプットされている。
『リミット・オーバー』の前では全てのスキル、アビリティ、魔術が無力同然。
しかしそれでも止めなければ───。
この『災厄』とも言うべきスキルは半永久的に活動を続けるだろう。
「悪足掻きは終わったか?」
ブレイクは銀嶺の切っ先をこちらに向けて問う。
「俺も長引かせる気はない。理性が失せる前に、決着をつける」
まるで警戒などする必要がないかのように、徐々に歩を進める。
迎撃態勢を取らねば。
アサルトが『彼』という存在を明確な危険因子と断定し、何気なく瞬きを3回した後に、彼は───消えた。
形容ではない。残滓などなく、目の前から消え失せたのだ。
「これは……!?」
数秒後、背後に気配を感じて振り返るとブレイクが数歩先に立っていた。
直後に攻撃をされたと推測するも、体躯にそれらしい痕跡はない。
なにをした、と困惑の色を浮かべているアサルトだが、答えはすぐに返ってきた。
「がッ……!?」
腹が切り裂かれた。
斬撃を浴びせられたと思わしき鋭利な一閃が、アサルトを襲い、跪かせた。
ここまでの不可思議な事態に一瞬、情報を制御する回路がオーバーヒートしかけるが、すんでのところで治まり、思考を落ち着かせる。
そして、ひとつの結論に至った。
「まさか、ここまで成長しているとは……。今使ったのは『斬置裂刀』だね?高速で相手の背後に回り、その隙に致命の一撃を食らわせるアビリティだが、これは規格外過ぎる」
アサルトの言う通りだ。
『斬置裂刀』は本来、放った斬撃の『向き』が微かに見えるもの。
このように前振りすら行われず、突発的に発動へと到れる技はこの世界を探しても殆ど存在しないであろう。
それほどまでに強力で未知数のアビリティを、この男はさも当然のようにやってのけている。
それでも───。
「どれだけ規格外であろうと、一度受けてしまえば対処法はいくらでもある」
アサルトは腹部に手をかざすと、何事も無かったかのように立ち上がった。
「回復系スキルか……?」
「そうさ。『バックアップ・セメタリー』にはスタートアップ・サービスが幾つも眠っている。そして、その中でもとびきり極上なのがコレさ」
右手に握られた漆黒の日本刀を胸元に上げた。
銘を『儡惨』という闇に満ちたノット・スタンダード。
この妖刀こそがアサルトの切り札であり、持ちうるスキルや武器の中でも最強に位置するモノであった。
「聞いたことがある。俺の持つ『銀嶺』よりも更に上で、刀武器では右に出るものはいないとされる武装だろ?」
「よく知っているじゃないか。最終戦を祝うに相応しい」
「だがそれも所詮、人から奪ったものだ。お前のじゃない」
ブレイクは地を蹴り、漆黒の闘気に溢れる刀と対峙すべく銀嶺を振るった。
「ふざけるな!人というのは誰かを蹴落とし、手に入れていかなければ生きていけないんだろう!僕はその事実を、君を通して知ったんだぞ!」
「確かに人の本質はそうかもしれない。利己的で、脆く、自分に与えられた能力すら制御できないこともある弱い生き物だ。だからこそ変わらなければならない。自ら道を切り開き、向き合う必要がある。そんな人々が切磋琢磨し、築き上げたスタートアップ・サービスというひとつの『生きた証』を、お前は我が物顔で使っているんだ」
黒色の刀が唸る。
ヤツを倒せと、潜在意識から『誰か』が語りかけてくる。
この声に惑わされてはいけない。
確かにこいつは対処せねばならない敵だ。
しかし、それと同時に自分が生み出してしまった副産物でもある。
できれば導いてやりたいものだが───。
「『瞬動』───!!」
アサルトは人知を超えた速さで背後に周り、刃を突き立てる。
後頭部に命中したと思われたが、その一撃は空を切った。
何処に消えたのかと模索していると、ヒュンという風を切る音が微かに耳に入った。
次の瞬間、眼前にまで迫っていた銀嶺が無地の仮面を両断し、顔の表面を少しだけ裂いて彼の前へ再び姿を現した。
「やはり、顔は昔の俺と同じか。それも現実の」
仮面を割ったといってもまだ半分。それでも素顔を連想させるには充分過ぎるほどであった。
幼さを程よく残し、黒に濡れた髪を顎まで伸ばしている数ヶ月前までの『自分』がそこにいた。
何もかもに絶望している瞳。薄れることの無い罪悪感に苛まれ、果てには世を恨めしく思ったことさえもあった崩壊寸前の精神。
それら全てを兼ね備えた『自分』が、感情を露わにして立っていた。
「ああ、そうさ。今の僕はあの頃の君と同じ思想と強さを引き継いでいる!全てを嫌悪し、拒絶していた崇高な思想を……。──だってそうだろ?人は憎しみや怒りといった負の感情を糧に強くなる。だから今の僕は、誰よりも強いんだ……!」
「そうだな……。完全には否定できない。俺の全盛期は間違いなく『サムライ』として殺戮を繰り返していた時期だからな。でも、ひとつだけ言えることがある。俺が今在るのは、そういう暗い現実を受け入れたからだ。今もああして部屋に引きこもっていたら、ナギヤは飛び降りて命を絶っていた。それがなくとも、結果的にはシュヴァルツの傀儡と成り果てていたはずだ。その結末を回避できただけでも、あの時部屋から出てきて、もう一度『イージス・ユートピア』に足を踏み入れた甲斐があったってもんさ」
懐かしむかのように、ブレイクはほくそ笑んだ。
もしも『ビギニング・ショウ』の広場でナギヤと出会うことができなければ、恐らくはここまで辿り着くことはできなかっただろう。
だからこそ、あの出会いは奇跡に等しかった。
たとえ仕組まれていた脚本であったとしても、自分にとっては天啓であり運命であることに変わりない。
「ということはつまり、総合的な戦闘力でいえば僕の方が上ってことだ……!」
「どうしても心には響かないか……。その境遇と生い立ち、本当に申し訳ないと思うよ。せめて、お前にも誰か居たら、変わっていたのかもしれないが……」
「うるさい黙れ!同情されるいわれはない!それに、僕は君と違ってそんなモノは必要ない。なぜなら僕はこれから『クリエイト・ユートピア』を使って、理想の世界を手に入れることができるんだから……!」
もはや対話は不可能か。
誠に残念だが、ここからは刀を執るしかないだろう。
これ以上、説得を続けていたらリミット・オーバーの副作用で精神がイカれてしまうし、何より元の世界に帰るためのゲートが閉じる。
それだけは、どうしても避けたいところだ。
「それには至れないぜ。……もう迷いはない。この場で、お前を倒す」
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
次回で第1部、最終回となります。
よろしくお願いします。
第1話「理想郷到来←ニューゲーム開始」
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第2話「顕現せし能力←スタートアップ・サービス起動」
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第3話「貴方の過去とは?←まだまだ先のお話」
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第4話「古巣へようこそ←門前払いかよ」
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第5話「PvP開戦←彼のため」
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第6話「理想郷閉幕←カウントダウンが聞こえる」
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第7話「現実世界へ←神の庭開門」
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第8話「全ては仕組まれていたこと?←俺だけは違う」
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第9話「決死の猛攻←ボクにやれることは?」
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第10話「リアルの戦い←全てを懸けて」
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第11話「その時が訪れた←正体見たり」
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第12話「4年前の出来事←乗り越えねば」
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第13話「真名発動←主役は遅れてやってくる」
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第14話「神の裏庭←シュヴァルツ壊滅」
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第15話「決別のため←ゲームマスター登場」
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第16話「修行完了←助っ人はナンパ師?」
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第17話「決戦開始←後戻りはできない」
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第18話「魔術師に狙いを←詰みゲー不可避」
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第19話「バックアップはお大事に←第2ラウンド開始」
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第20話「限界突破【リミット・オーバー】←ここで終わらせよう」
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