第12話「4年前の出来事←乗り越えねば」
全話です。
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そこは地獄そのものだった。
人が生を渇望し、啼き叫び、赦しを乞うも、待っているのは非情なる鋼の一撃のみ。
命あるものは淘汰され、コンクリートの床に敷き詰められているのは見たくもない『残留物』だけだった。
これを地獄と呼べずして何と呼ぼうか。まるで処刑人のように刀を振るい、嬉々として嗤っているその男は、老若男女問わず総てを殺し続けた。
そう。両目に大粒の泪を抱えながら──。
〝もう、辞めてくれ〟
男はそう訴えかけた。
この状況を打破できるなら、悪魔に魂を売ってもよいと。
以前の自分だったら違っただろう。全力で解決策を模索し、危険とわかっていながらも実行する。
それがブレイク──黒宮 裁刃のポリシーだったはずだ。
しかし今の自分はどうか。思考機能さえ奪われ、惨めにも哭き、ただ奇跡に縋るのみ。
別人のように変わり果てたブレイクは希望を抱くことすら苦痛に思えるほどになり、残された最後のプレイヤーを見下げた。
「助けて、ください…………!!」
死の恐怖に怯えていた。
勿論、この世界は仮想空間でありゲーム空間である。本当の〝死〟はない。
だがプレイヤーはそう思えるようにまで〝死〟を現実のものと直視させられている。
「そもそも私達がなにを…………!!したっていうんですか…………!!」
なにも、していない。だって攻撃を仕掛けたのはこちらなんだから。
殺人の衝動を──湧き上がるスタートアップ・サービス《リミット・オーバー》の副作用を抑えることができず、無実の人々を手にかけてしまった。
その罪悪感だけがブレイクの心を占めていた。
「いや…………!いやいやいやいやァァァァ!!!!」
今までの連中と同様に命を乞い、涙を流しながら同じ言葉を何度も繰り返している。
「悪い」
まだ自由が効く口を動かし、対象に謝罪の言葉を述べる。
そこから先の記憶は曖昧だ。覚えているのは死の温床にて血流と叫喚を谺しながら〝無様〟に倒れていく肉塊の姿だけ。
そこで、意識は途切れた。
狂気に呑まれつつある精神をなんとか保ち、記憶を視ていたナギヤは我に返った。
「これが、ブレイクさんの過去…………?」
脱水症状なりかねないほどの汗を流しているナギヤにライリが水とタオルを渡す。
その光景を横で見守っていたシルフィがナギヤから『記憶書』と呼ばれる本を取り上げ、テーブルの上に置いた。
「まだ一部分に過ぎません。その後、倒されたプレイヤーは恐怖のあまり再ログインできず、運営はヘビーユーザーを派遣してアカウント停止措置を決行。そしてブレイク様はプレイヤーによる襲撃と副作用に約2ヶ月間苦しめられ、その果てに貴女と出会いました。──端的な説明でしたが、理解はできたはずです。なにせ貴女は先程までブレイク様だったのですから」
記憶書。
普通の本と変わらない見た目・構造をしているが、ページを捲ればその本に書かれていることと同様の体験をできるという夢のようなアイテムだ。
しかし希少アイテムのため知っているプレイヤーは少なく、半ば都市伝説と化していた。
価値は闇市場で『魔眼』以上とされているアイテムをナギヤは使用したわけだが、5分もいかない内にギブアップしてしまい、今に至る。
「ひとつ気になることがあります。『リミット・オーバー』ってなんですか?そのせいでブレイクさんは自由を奪われたんですよね?」
ナギヤが発言するとシルフィとライリは俯き、顔を強ばらせる。
「リミット・オーバーは発動してはいけないスキルです。その存在が確認できた時点で運営に報告し、然るべき対処をしてもらわねばなりません。なのにブレイク様はそれを誰にも打ち明けず、暴走した当日まで黙っていました」
「どうして…………?」
「俺達にもわからねえ。副作用が解かれたあと、ブレイクは現実世界の自宅で引きこもってたからな。俺やゼノスっつーダチが迎えにいっても顔すら見れなかったくらいだ。たぶんとてつもない罪悪感に襲われてたんだろう」
ライリは当時のことを思い出すかのように遠くを見つめながら話していたが、すぐさまナギヤへ視線を変えた。
「だから改めて礼を言わせてもらいたい。どんな理由であれ、アンタのおかげでブレイクは元に戻れた。実を言うと、その日のうちに決着がつかなければアカウントの削除が行われるところだったんだ。だから本当に感謝している」
アカウントの削除、つまりそれは死を意味する。
イージス・ユートピアを含むバーチャルリアリティゲームはいずれも現実世界の肉体とリンクしており、ゴアモードのような設定下で深く損傷すれば後遺症となって肉体に残る。
なのでアカウントを消してしまえば繋がっている本体も消滅してしまい、結果的には『殺人』と変わらない方法になるのだ。
たとえ数百人単位のプレイヤーを引退に追い込んだ悪魔であろうと殺害することには躊躇っていたのだが、運営は葛藤の末に期日を設け、それを超えれば削除を行うこととした。
「い、いえ!そんな御礼を言われるほどじゃ……!ボクだってどうしてブレイクさんの暴走状態を止められたのかわからないんですから」
あの時はただ素直に助けて貰ったことに対して礼を言い、去っただけなのだ。
そんな些細なことだけでリミット・オーバーの副作用を消滅させたとは考えにくい。
ならば自分自身が副作用を消滅させる何かを持ち合わせていたとしか──。
「あなたはかつてフォーナルを統治していたニーナ・セイントルウブの血を継いでいます。それを踏まえれば何が起きても不思議ではありません。一時的とはいえ、ホンモノに近い『理想郷』を作った御方ですから。──さて、そろそろ本題に入りましょうか」
シルフィは当時のことを思い出すかのように憂いながら答えた。
そういえばそうだった。
リミット・オーバーの副作用解除の理由は確かに気になるが、だが本来ここですべきことはそれではなく、零加に言われた『任務』の方だ。
本題から逸れてはいけない。
「ボクは零加さんにここに来ればブレイクさんの過去がわかると聞きました。ですが、それが一体この現状とどう関係しているのかがわかりません。シルフィさん、貴女はなにか知っているんじゃないですか?」
息を呑み、一時の沈黙を経てからシルフィは口を開けた。
「ええ、知っています。あの世界を支配している『アサルト』という仮面の少年は、ブレイク様のリミット・オーバーから生まれた存在です。幾人ものプレイヤーを倒し、類まれなる戦闘能力を誇ったブレイク様のプレイデータを元にアサルトは開発されました。それをシュヴァルツが奪い、未完成のままネガを生成し、自身がホンモノのブレイク様になるために『あの時』のようにプレイヤーを倒し続けているのです」
淡々と喋り続けているが、ひとつの疑問が浮び上がる。
なぜ──。
「なぜ、そこまで知っているんですか……?」
シルフィは急に口を噤んでしまい、ライリはその光景を笑いながら見ていた。
「あんまし意地悪してやるな。ナギヤ、これは『未来透視』の魔眼と言ってな。その名の通り、未来が視えるスキルってわけさ」
ナギヤは絶句した。
そんなスキルを持っていることより、存在していること自体に驚愕したのだ。
未来が視える、ということになれば誰よりも優位なアドバンテージを取ることができる。
つまりそれは隠し立てができないということ、奥の手が使えないことを意味する。
「なら分かるんですか……!?これから先、この世界がどうなるかっていうのが……!!」
あまり答えたくなさそうにシルフィは目を伏せたが、意を決したように視線を合わせた。
「残念ながら視えません。私のは単なる『模倣』ですから、ホンモノと違って『真名』を唱えなければ基礎能力以上の使用は許されない。視えるのは、人やモノが歩んできた歴史だけです」
イミテーション。
それがシルフィのスタートアップ・サービスだった。
他者のスキルをひとつだけコピーし、自分のモノとする。
一見すると便利で若干チート気味な能力だが、本来『合わない』スキルを無理矢理適合させているため、躰にかかる負担は通常の2倍以上。
更に発動中は常に気を張り巡らせ、精神を狂わせないように注意せねばならない。
だがそこまでして使いたかった、選びたかったスキルが『未来透視』だった。
「レイド・ストリームから送られてきたアサルトのスクリーンショットを視て正体を看破しました。しかし既に旭山家やウォーレン氏には共有済みなので、知っていてもおかしくはない事実ですが……。──あぁ、なるほど。恐らく貴女を呼んだのは『コレ』ですね」
シルフィはナギヤの躰に流動している歴史を垣間見た。
「魔装術。我々、魔術側にとっても大変興味深い代物です。未来透視と同じノット・スタンダードで、『真名』を唱えることで本当の力を発揮できる。──ご存知ですよね?」
「…………真名?」
キョトンとしたナギヤの顔を見てシルフィは困惑した表情を浮かべた。
「ちょっと失礼しますね……」
彼女の顔に眼を近づけ、もっと深く探るように見つめ続けた。
「ちょっと恥ずかしいんですけど……」
「暫しの辛抱を。──そうか、貴女以前に暴走したことがありますね?それも本来は真名が必要である能力を使って」
「──弌式」
そうだ、あの覚えたてのスパイラルを応用して不用意に発動させたアビリティのこと。
そして、暴走した挙句に恩師の腕を半壊させてしまったアビリティのこと。
思い出したくないのに。
忘れたいのに。
そんな忌み深いアビリティが、真名だというのか?
「それです。それこそ、真名が判明する以前の名称です。貴女にとっては辛く暗い記憶でしょうが、それを使いこなせなくてはアサルトはおろか、シュヴァルツにも勝てません」
「でも……あれは……!」
「消してください。いつまでも過去に囚われていては前に進むことなどできません。あの時は単に失敗しただけで、真名さえ見つければ貴女はあの力を自在に操れることができます」
シルフィは簡単に言ってのけるが、忘れることができれば苦労はしない。
あの腕を裂いた感触、そこから溢れた血を頭から被り不運にも正気に戻った記憶。
それが大切な人の腕だと知った瞬間、咽から胃液が逆流し、眼を開いたままぶちまけた。
そんな自分をブレイクは抱きかかえ、優しく諭すように大丈夫、大丈夫だと言ってくれた。
あんな思いはもうしたくない。
ならば、そうするためにも──だからこそ。
「……………………わかりました。ブレイクさんのためにも、ボクのためにも、今は忘れるよう努力します」
「ではこちらへ。ライリ様には練習相手をお願いします」
同刻 レイド・ストリーム執務室。
「おいおいおい……!こりゃどういう理屈だ!?」
精神体による不可視攻撃を全て弾いている。
その上、『骸霊魔術』で召喚された骸骨兵士 スケルトン・アーミーの連撃をも防いでいる。
この2つの事実をウォーレンはよりにもよって鼻歌を歌いながら、両刃の剣『トランス・サバイブ』のみで完結させていた。
「この程度では相手にもならん。貴様、ラスターの記憶を保持しておきながら実力差も理解していないのか?」
ウォーレンにとってはまるで遊戯当然だった。
これこそイージス・ユートピアのトップに君臨するプレイヤーの力量であり、レイド・ストリームを統率しているリーダーの実力である。
再度トランス・サバイブを構え直し、ウォーレンは微かに笑った。
「ちと予想外だったがな。まあ範疇の域さ。……計画に狂いはねえよ」
ファントムは依代であるラスターの体へ戻る。
その依代の所有物だった杖『アンチライブス』を掲げ、トランス・サバイブによって切断されたアーミーの腕を動かした。
「無駄だとわからないのか?」
弓矢のように宙から飛んでくる腕を剣で相殺し、そのままの勢いで直立しているファントムへ特攻した。
「フッ……!」
精神体と本体を分離させられる効果をも備えているトランス・サバイブのシークレット・アビリティでトドメを差し、これにて一件落着──。
────とはいかなかった。
「そいつは俺じゃねえよ」
背後から声がした。
後ろにはニヤリと笑っている黒コートの男がおり、胸に剣を刺したままのラスターは先程とは打って変わって虚ろな目をして項垂れていた。
「『フォースト・ポゼッション』は分離できんのよ。調査不足だな」
振り向こうとした寸前、ウォーレンの背中に銀の剣が刺さる。
倒れている骸骨兵士の剣を拾い上げて投擲されたのだ。
そのままウォーレンは地に倒れ、翅を失った鳥のようにピクピクと痙攣し始めた。
「つまらねえ。ヤベェ女だと教えられてたから警戒してたのによ」
黒コートの男 ファントムは服の内側からナイフを取り出し、逆手に持ってウォーレン目掛けて振り下ろした。
ナイフは首に命中し、女を殺害した。
──が、奇妙にも女は笑った。
まるで、この状況は計算済みと言わんばかりに。
「──まさか!?」
予想通りだった。
女の体は霧のように粒子となって消え始め、そして完全に消滅した。
体力全損による消滅とは全く違う。
普通のプレイヤーならそのような思考には陥らないが、フォースト・ポゼッションを操り、精神体を扱うファントムは違った。
こいつはスキルかアビリティによる消え方だ──と。
そして彼を煽るように、推察を事実にするように背後から声が聞こえた。
「やっぱ私いて正解だったじゃん。アンタ、絶対無茶するし」
「いや、これはお前の顔を立てるためにわざと殺されてやったんだ。決して油断したわけではない」
……………………マジでムカつく。
こりゃあもう、ガチになるしかねえな。
「初めましてシュヴァルツの残党。私はミスト。アンタ達をかつて追い詰めたクロミヤ・ローストの娘よ」
薄桃色のロングヘアー、純白のシャツと黒のフレアスカートを身につけた生意気そうな女 ミストは無傷であるウォーレンの横に立ちながらそう言った。
赤色の眼──『幻霧の瞳』という魔眼を浮かべながら。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
第1話「理想郷到来←ニューゲーム開始」
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第2話「顕現せし能力←スタートアップ・サービス起動」
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第3話「貴方の過去とは?←まだまだ先のお話」
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第4話「古巣へようこそ←門前払いかよ」
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第5話「PvP開戦←彼のため」
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第6話「理想郷閉幕←カウントダウンが聞こえる」
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第7話「現実世界へ←神の庭開門」
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第8話「全ては仕組まれていたこと?←俺だけは違う」
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第9話「決死の猛攻←ボクにやれることは?」
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第10話「リアルの戦い←全てを懸けて」
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第11話「その時が訪れた←正体見たり」
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