転生して十七年、貴族に馴染めない私
魔王様が寝坊をかましてから数十年。
ところ変わってとある一族の邸宅。
「全く。お姉様には失望しましたわ!こんな簡単なレッスンもサボるなんて!」
「いやはや、面目ない面目ない。どうにもマナーレッスンは性に合わなくて」
「少しは令嬢らしい淑やかな言葉遣いをなさったらどうなのですか! 私たちは穢れなき聖女の血筋の家系ですのよ!」
とある宗派を信仰している最大派閥である「我が家」。辿ってみると百云十年前くらいから存在する聖女様の血を引くお貴族様。
しかし聖女、聖女ねえと初代聖女と同じ名を持つ女の記憶を持つ〝私〟は思う。
文字の綴りやイントネーション、所属している国家の名前に差異はあれど、ここは前世の実家のはずだ。
ちなみに前世では聖女でもなんでもなくただの薬師の家系だったし、
宗派だって「金にがめついが救えるもんは誰彼構わず救っておくか精神」のゆるゆるな宗派だった。どうしてこんなお高く気取ってしまったんだ。何があった子孫たちよ。よよよ。
…とまあ嘆いてもしょうがない。魂が廻ってしまった以上、生きるしかない。
前世と価値観が違えどちょっとずつ慣れるかもしれない。なんとかなるかもしれない。
住めば都よと考えて花盛りの十七歳まで「かもしれない」と生き抜いてみました。
「うん。無理だわ貴族」
「何を言っておりますの! 解呪の魔法が必要でして!?」
「洗脳とか精神干渉の魔法は食らってないよ可愛い妹よ。お姉ちゃんは頑張ってきたよ。やけに突っかかるけどなんだかんだ私を見捨てずに、五年くらいずっと私のマナーレッスンに付き合ってくれる君がいたからこそ、今までボロが出ずに殿下の婚約者を務めあげてこれた」
「お姉様…その庶民っぽい言葉、減点ものですわ…!!」
ここは感動するか、ちょっとツンッとしながら「可愛い妹」の単語に反応して照れるところではないのか。そうか…ないのか…と真面目な妹の説教を流し聞きしつつ考える。
本当に無理というものだ。性に合わん。
前世じゃただの薬師としてくたばった私が、いつの間にか初代聖女に仕立て上げられ、今世じゃ王子様の婚約者になれるくらいに高位の存在となってしまった。
肉体年齢に引きずられて年相応に可愛いものや綺麗なものに目がいかないわけではないが、割と長生きしてしまった前世があるうえに、平民と貴族。価値観が違いすぎてストレスで胃が痛くなる。誰か薬師を呼んでくれ! いや、私のことではなく。
こんな私が、明日にでもこの国の王子様と結婚しないといけないらしい。いやあ急だね貴族!
単純に妹や両親が話してくれた内容を私がまるっと全部忘れていたのが悪いのだけど。
前世ではそれなりに徳と金を積んだと思ったのにこれだ。やってられんよ人生。
「どうにかならんもんかねえ…」
「…明日の結婚式でしたらどうにもなりませんわよ。今から新婦の取り換えなんて非常識なこともできませんからね」
「なんと! …どうしても?」
「どうしても! 恨むならサボりっぱなしのお姉様に呆れることもなく、心広き殿下を恨むことですわ。それこそ不敬罪で何が起こるのか分かりませんけれど」
「うーん。どっかに庶民派王子様、この際人間寄りの魔王様でも道端にでも落ちてないかな」
「そのような存在が気軽にいたら国が混乱しますわ」
「だよねえ。家族には迷惑かけられないから、私が我慢するしかないんだが。……いつ追い出されると思う?」
可愛い我が妹は「何を言ってるんだこの馬鹿姉は」という冷たいまなざしで私を見つめる。言いたいことは分かるけど、私にお妃様が務まると? という笑顔を返す。伝われ!
「…下手したら初夜でバレますわね。お姉様、殿下の前では基本淑やかに笑うだけで相槌以外では一言もお話ししてないでしょう?」
「うん」
「そこは「はい」です。」
「はいはい。でも初夜でバレたら拙い。ひらひらのネグリジェで追い出されてしまう」
「流石にそういったことにはならないと思いますが…。気まずい雰囲気のまま翌日追い出されそうですわね」
それは嫌だ!初夜で猫かぶりがバレて丁寧に追い出されるなんて!色々なものが奪われ損な気がする!
「どうしようか…」
「…少しでもマナーをお姉様に覚えていただくことしか私たち家族には手助けができませんわ。というわけで、そこの椅子に座ってくださいませ!愛しのお姉様?」
ううむ、可愛い妹がかわいくない。