寂しいなら【8】
何も言えなくなって、口をパクパク開閉していると、マリスは意味ありげに目を細めてからそっと離してくれた。
マリスに背を向けてお茶を飲んだが、赤面した顔に温かいお茶は何も意味がなかった。
「サーヤが知りたかったことって、それだけ?」
「ええ、まあ……。そもそも、どうしてお城に行くんですか? 異世界から来た人は、必ずお城で王族に会わなければならないという決まりでもあるんですか?」
「いや……。そうとは限らないんだけど……」
歯切れ悪いマリスの言葉に、沙彩は首を傾げる。
カップに口をつけると、マリスは口を開く。
「サーヤのことは、この国の第一王子が興味を持っている……って、言えばいいのかな」
「どうして第一王子が……? だって、第一王子とは全く面識がないのに……」
「まあ、平たく言えば、会いたがっているって言えばいいのかな。第一王子が、君に」
「私に会いたいんですか? でも、第一王子とは特に何もないですし……会いたがっているのは、どちらかと言えば……」
沙彩は傍らのマリスをじっと見つめる。
異なる世界からやって来て、妻となる女性を求めていたのは、マリスではなかったのか。
昨日この世界に来たばかりの沙彩は、当たり前だが第一王子とは全くと言っていい程、面識がない。
もしかしたら、どこかで会っていたかもしれないが、何も心当たりがない。
これまで男性とお付き合いさえしたことがない沙彩の印象に残っている男性といえば、せいぜい家族か同僚、仕事先の男性くらいで、それ以外の男性はほぼ覚えていなかった。
沙彩の視線に気づいたのか気づいていないのか、マリスはカップに口をつける。
艶のある唇を見る度に、昨晩のキスが思い出されて赤面する。
沙彩もお茶を飲んでいると、ふとマリスが左耳に触れてきた。
ーー左耳というより、正確に言うならば、左耳につけた婚約者の証という銀輪にだが。
「マリスさん……?」
沙彩がそっと振り向くと、どこか切なそうな表情をしたマリスの顔がすぐ目の前にあった。
眉をひそめて、騎士らしからぬ華奢な指先で、薔薇と交差した二本の剣が刻まれたイヤリングに触れるマリスは何かを我慢しているようでもあり、かける言葉が見つからなかった。
「どうしたんですか?」
沙彩の言葉に、マリスが一瞬だけ目を大きく見開く。
「どうしてそんなことを聞くの?」
「なんだか、辛い顔をしているので……」
「辛い顔か……。そうかもしれないね。これからのことを考えると、ちょっとだけ憂鬱でね……」
マリスの言う「これから」というのは、王城に向かってからのことを指しているのだろう。
王城に行くと、マリスにとって何か嫌なことや不都合なことがあるのだろうか。
(連れて来るのが遅いとか、大した美人じゃないとか、期待外れの異世界人を連れて来たとかって言われて、マリスさんが怒られるとか……?)
なんだか、明日王城に行くのが怖くなってきた。
そんな沙彩の様子に気づいたのか、マリスは安心させる様にフッと笑みを浮かべた。
「ごめんね。不安にさせて」
「い、いえ……」
マリスはイヤリングから手を離したかと思うと、今度は沙彩の耳の形に沿って耳を撫で始めた。
耳の後ろをくすぐられて、沙彩は首を竦めてしまう。
「サーヤはさ。自分では越えられない壁にぶつかった時、どうする?」




