寂しいなら【3】
「サーヤ。部屋に行こうか。一番良い部屋を取れたよ」
「は、はい」
マリスの半歩後ろについて歩きながら、よく磨かれた木製の階段を登っていく。階段から眺めていた人たちは、マリスが近づいて行くとそれぞれ階段の両端に分かれたのだった。
(な、なにこれ?)
まるでカメラのフラッシュがなく、テレビ中継をするテレビ局員がいないだけで、よくテレビで見かける赤い絨毯の上を歩いている映画スターの様に、二人は注目を浴びながら階段を登っていく。
(どういう事?)
人垣に視線を向ければ、マリスを見てはコソコソ話し出し、沙彩が通れば噂する声はもっと大きくなっていた。
「あの子が……」
「きっとそう。まだ新聞にも載ってなかったけど……」
漏れ聞こえてくる「あの子」という単語にハッと反応してしまう。
(わ、私の事かな……?)
やはり、異世界から来た人間が珍しいのだろうか。
マリスの話だと、たまに異世界から人間がやって来るらしいので、この世界では異世界人は珍しくないものと思っていた。
それなのに、周囲の注目を集めてしまうような、こんな物珍しい扱いを受けるとは思わなかった。今なら、動物園で展示されているパンダの気持ちもわかる気がしたのだった。
(恥ずかしいよ〜)
顔を伏せて、荷物を持って身を縮めて歩いていると、目の前を歩くマリスの姿が目に入る。
こんな噂をされている中でも堂々とした振る舞いをするマリスが眩しく輝いて見えたのだった。
(マリスさんは恥ずかしくないのかな……。それとも、やっぱり騎士だから慣れているのかな……?)
背筋を伸ばして正面を見て歩くマリスの姿は、小説や漫画に出てくる自信家の姿そのもの。
優雅に階段を登る姿は、西洋の昔話に登場する王子様と重なったのだった。
(そうだとしたらすごいな。私には真似出来ないよ……)
どんなに注目されても、昂然たる姿を見せるのは騎士として、常にアマルフィア王国民から期待を寄せられているから。
その期待に相応しい振る舞いを、普段から心がけているのかもしれない。
そんな事を考えていると、急にマリスが振り返ったので沙彩は慌てて目を逸らす。
「サーヤ? もしかして階段が辛い? 手を貸そうか?」
「いいえ。大丈夫です」
沙彩が首を振ると、マリスはどこか寂しそうな顔になりながら「そう?」とだけ返して正面に向き直った。そんなマリスの気遣いが嬉しい反面、傷つけてしまったのではないかと不安にもなる。
(真似できる訳がないよね。だってマリスさんとは何もかも違うんだから。立場も境遇も住んでいる世界さえも)
元の世界に居た頃、子供の頃から沙彩はいつも隅で目立たないようにしていた。
学校を卒業して、社会人になっても、周囲から頭一つ出ている者は、賞賛か嫉妬の対象となり、周囲と同じ事が出来なくても、嘲笑と罵倒の対象となった。
それを知ってからは、周囲と同じ存在である様に気をつけていた。
成績も運動も芸術も、全て周囲と同等になるようにした。
目立った行動もせず、適度にブームに乗って、適度にクラスの女子の話題に入って、人付き合いもした。
職場の先輩に目をつけられないように、適度に仕事をして、適度にオシャレして、人付き合いもした。
社内で人気の男性社員とは適度に距離を置いて、間違っても恋愛関係と思われないようにした。
それを息苦しいと思った事もある。上手く息が出来なくなってもがいた事も。
ただ、常に集団行動を求められていた子供の頃と違って、大人になった分、一人きりになって、息を抜く時間も場所も、自分で確保出来るようになった。
誰も見られていない場所で、自分の好きな事をする至福のひと時。
沙彩にとっての読書がまさにそれだった。
仕事が終わり、知り合いが誰も来ないようなお気に入りのカフェで本を開くあの瞬間。
気づけば、カフェの閉店時間まで本を読んでしまうあの時間が何よりも幸せだった。
長時間滞在するなら、なるべく職場から遠くて混雑しない店がいい。
チェーン店が味も値段も無難だが、一つ一つが手作りの個人店も捨てがたい。
ネットの口コミにも載っていないような、隠れた名店を見つけた時は、ちょっとだけ自慢気な気持ちになる。
まるで自分だけの宝物を見つけたように、心が弾んだものだった。
そんな沙彩にとって今の状況はまさに拷問と言えなくもなかった。




