プレゼント【4】
結局、沙彩は最初に試着したミントグリーン色のドレスと、下着と靴下を一着ずつだけ購入した。
マリスには「もっと買っていいのに」と苦笑されてしまったが、これ以上、マリスの好意に甘えるのも気が引けてしまったというのもあった。
そうやって沙彩が遠慮してしまったことで、開店前に無理を言って店を開けたにも関わらず、あまり元を得られなかったからか店主の老婆は顔を引きつらせていたが、支払い時にマリスが色をつけたら、一応は満足した様子を見せたのだった。
二人は老婆に礼を述べると、一度、宿の部屋に戻った。荷物をまとめると、すぐに宿を出たのだった。
マリスが宿を引き払う間、沙彩は複数の視線に晒されていることに気付いた。
視界の隅に、今朝の食堂で会った女性がいたことから、彼女が広めたのだろうか。
宿の関係者だけではなく、宿泊客とらしき人たちも声を潜めて沙彩を観察していたのだった。
(やっぱり、このイヤリングに何かあるの?)
左耳を触っていると、沙彩に背を向けたマリスと話していた宿の人がビクリと肩を揺らしたようだった。
店主の視線が左耳に釘付けになっていることから、やはりイヤリングが原因らしい。
(注目ばかり集めて……嫌だな……)
沙彩がイヤリングに触れながら小さく溜め息を吐くと、ようやく店主の視線の先に気づいたのかマリスが振り返ったのだった。
「待たせたね。そろそろ行こうか」
「はい……」
マリスに促されて宿の外に出ると、そこにはマリスが宿の人に頼んで厩から連れて来られたジョセフィーヌが待っていた。
二人に気づいたジョセフィーヌは、鼻を鳴らすと最初にマリスに、次いで沙彩に、顔を擦り付けてきたのだった。
「ごめん。ごめん。すっかり待たせたね」
マリスはここまでジョセフィーヌを連れて来てくれた宿の厩番らしき人に礼を述べると、銅貨を渡したようだった。
「そうだ。サーヤ、少し寄り道していい?」
「はい、構いませんが……?」
「明日には王城に着く予定だけど、先に連絡を入れておきたいんだ」
「連絡?」
「そう。色々と用意が必要になりそうだからね」
沙彩が首を傾げている間にも、マリスはジョセフィーヌを連れて、早馬を扱っているという建物に向かっていた。
早馬を扱っている建物は既に開いており、早馬を出す者、依頼されて出て行く者たちが入れ替わり立ち替わり出入りしていたのだった。
「すぐに戻ってくるから、ジョセフィーヌと一緒にここで待ってて」
「はい」
マリスが「ジョセフィーヌ、サーヤを頼んだよ」と声を掛けると、ジョセフィーヌは了解したとばかりに鼻を鳴らしたのだった。
マリスからジョセフィーヌの手綱を預けられると、マリスは建物の中に入って行った。
ジョセフィーヌと一緒に、建物の外で待っていると、目の前を新聞売りの男性が声を掛けながら歩いて来たのだった。
「新聞! 新聞だよ! 一部十銅貨だ!」
「お〜い! 一部おくれ」
「は〜い!」
丁度、マリスと入れ違いに建物から出てきたそこそこ身なりの良い男性が一部買っていった。
男性が支払っている間に、新聞売りが持っている新聞を眺めることにしたのだった。




