プレゼント【3】
「サーヤ、お店の人が下着を見繕ってくれたよ。試着が出来たら見てくれないかな?」
「は、はい……」
しばらくして、扉越しにマリスが声を掛けてくる。
けれども、サーヤはまだドレスを着れていなかった。
(首の後ろのボタンが閉められない……)
首の後ろに付いているボタンを留めるだけだが、ボタンが小さいのか、引っかかる穴が狭いのか、なかなかボタンが留められなかった。
そうして、あの手この手でボタンを締めようとバタバタやっている間に、今度はせっかく結んだ腰のリボンが解けてきたのだった。
「サーヤ? 大丈夫?」
「えっと……」
なんて答えようか悩んでいると、察したのかマリスが優しく尋ねてきた。
「入ってもいい? 俺で良ければ手伝おうか?」
「はい……」
沙彩が答えると、マリスは遠慮がちに扉を開けて、そっと顔を覗かせたのだった。
「まだ、そのドレスを着ていたんだ。どう? 気に入った?」
「サイズや着心地は問題ありませんが……。その、後ろのボタンが留められなくて」
マリスは入ってくると、沙彩の後ろに立った。
「ああ、このボタンだね」
「はい。なかなか閉められなくて……」
沙彩が言いかけている間に、マリスはボタンを留めてくれた。
更には、腰のリボンも直して、スカートの皺も伸ばしてくれたのだった。
「ありがとうございます。手慣れているんですね」
「まあ、妹がいるからね」
マリスに妹がいるのかと思っていると、後ろから抱きすくめられる。
「マ、マリスさん!?」
「よく似合ってるよ。さすが俺の姫」
腰に腕を回されて、耳元で囁かれる声に、沙彩の顔が赤くなる。胸がバクバクと大きな音を立て始めたのだった。
「恥ずかしいからやめて下さい……! 私、姫なんて柄じゃないです……!」
可愛くもなければ、性格も「姫」から遠い。
マリスから「姫」なんて呼ばれるような人間ではなかった。
「俺にとって、サーヤは姫だよ。見た目や性格は関係ない」
「でも、姫とは言い難い年齢ですし」
「そんなことはないよ。王族だって、何歳になっても姫のままでいたら、ずっと姫って呼ばれるし」
「そうなんですか?」
マリスによると、他家に嫁がず、親が王位についたまま、王位を継承せずにいれば、年齢に関係なく「姫」のままとなるらしい。
「そんなお姫様いるんですか?」
「昔はね。今のこの国にはいないけど。そうなる前に、大体は他国や他家に嫁いじゃうから」
「ああ。政略結婚ですか」
「うん。それもあるかな」
ふと気になって、沙彩は尋ねてみる。
「マリスさんは国や王族について詳しいですよね。やっぱり、騎士だからですか?」
「そうだね。それもあるけど、俺はーー」
その時、扉がノックされた。
恐らく、下着を見繕ってくれたという、店主の老婆だろう。
マリスは素早く沙彩から離れると、扉に向かった。
「じゃあ、俺は外で待ってるから。気に入ったのなら、そのドレスを買って、そのまま着て行こうか」
「下着も好きなだけ選んでいいからね」と言うマリスに、沙彩は戸惑う。
「いいんですか……?」
「勿論。値段を気にせず、何着でも買っていいって言ったからね」
「あ、ありがとうございます」
沙彩が頭を下げると、マリスは「そうだった。忘れてた」と思い出したように言ったのだった。
「そのドレス、サーヤによく似合ってるよ。これは嘘でもなんでもない。俺の本当の気持ちだから」
そうして、マリスは沙彩が口を開く前に出て行ったのだった。
(それって……)
嬉しいような恥ずかしいような、そんな気持ちになったのだった。




