差し出された優しい手
「殿下...?」
そこに立っていたのはレイモンド殿下だった。
でもさっきとはまるで雰囲気が違うように感じる。
無表情という言葉は似合わず、ひどく驚いた顔でをしている。
「どうして泣いているんだ?何かあったのか?」
殿下のその言葉に私は慌てて手で顔を隠す。
(そうだった!私泣いてしまってたんだったわ...)
殿下の登場に驚きすぎて自分の状況をすっかり忘れてしまっていた。
はしたない姿を見せてしまったと少し後悔する。
「これはなんでもないんです。それよりどうしてここに?」
殿下はパーティ会場にいるはずなのになんでこんな所にいるんだろう。
「それはこっちのセリフだ。ソフィ君を探していたんだ」
え?私を探していたってどうして...。
それに殿下には忘れられていると思っていたのに名前を呼ばれているのが夢のように感じる。
急に殿下に会えた驚きで普通に話せていたけれど、じわじわと恐怖が芽生えてきているのを感じる。わたしは胸に手を当てて大丈夫と落ち着いて話す。
「私はお恥ずかしながら道に迷ってしまってたんです。それよりどうして私を...?殿下は私のことなんて忘れてしまっていると思っておりました」
そう言うと殿下は少し荒らげた声で言った。
「そんな訳ないじゃないか!ソフィは僕の婚約者だというのに」
「え?」
婚約者?って言いましたか今
えっと婚約者ってあの婚約者?
私は頭の中が?でいっぱいになる。
「あぁ聞いていなかったのか。昔約束をしたのを覚えていないか?あの時から実は君のご両親と話を進めていたんだ」
両親からはそんな話は一言も聞いていない..けれど...
「約束は...覚えておりました」
そう言うと殿下は安心したように笑った。
さっき会った時の無表情は嘘のように殿下はころころと表情が変わっていく。
「ソフィ、僕は今でも君と結婚したいと思っている。君への気持ちは変わっていないよ」
殿下は少し緊張した面持ちで優しい笑顔でそうおっしゃった。
その言葉にまた涙が溢れそうになる。
殿下はあの頃から変わっていなかったんだ。
「君が男の人が苦手なこともリンネから聞いて知っている。きっと今も僕が怖いだろう。でもゆっくりでいいんだ。ゆっくりでいいから僕のことをまた好きになってこの手をとってくれないか」
そう言いながら殿下は膝をついて手を差し出してきた。
殿下は私のことをちゃんと知ってくださっていたんだ。
そしてたくさん考えてくれている。
それがどんなに嬉しいことか...。
怖くないと言ったら嘘になる。
でも今目の前に差し出されている手は紛れもなく私の初恋の人の手だ。
結局心のどこかでは私は殿下のことが忘れられずにいた。
私は震えてしまっている手をそっと殿下の手にのせた。
「はい、殿下」
そう言うと殿下は「ありがとう」とすごく幸せそうな顔をして微笑んだ。
この笑顔を見れるのは私だけだったらいいのに。
その表情に懐かしさを感じたところで、意識が遠のいていくのを感じる。
(...やっぱり無理してたかしら...)
「ソフィ!!」