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平穏にお別れする時間はありませんでした

「そういえば、最近友人達が噂しているの。森に誰かが踏み入れたって。それで大騒ぎ。ついにはあの方から箝口令が下されるほど。あーあ、つまらない」

アリーシアが入れ直した紅茶を飲みながらキリエがやあねぇ。と溜め息を漏らす。

光に反射して虹色に輝く羽根がふるりと揺れる。

妖精が見えるのは限られた人間だけで、殆どの人には見えない。見える人を人々は魔術師という。

失くしていたものが出てきた、さっきまで有ったと思ったのにとふとした出来事に彼等が関わっている等気付かず過ごしている。

会話が出来る者には魔術が備わっており、妖精の恩恵を受けて使うことも出来る。

人間とは関わるな、という掟がある中でアリーシアだけが特別な存在。

一方の妖精たちもそんな彼女に好奇心と崇敬心をもつ者までも現れる。

妖精王自ら彼女の名を呼ぶのだからより一層憧れを抱くようになった。

そもそも長が特に従ってないので、何の拘束にもならないが。


「今頃ユリウスは更に眉間に皺寄せていることでしょう。まあ仕事で忙しいのなら当分来ないわね」

「アリーシアの所へ参られるなんて素敵なことよ!どんな会話をなさるの!?」

「ええ?どんなって――」

追い返すことが先立ち、会話の記憶なんて思い出せない。


などと彼女の期待した眼差しを向けられるとうぐぐ、と思わず言葉がでない。

何しろ妖精王である彼の扱いに困るなどアリーシアかその直属の部下ぐらいしかいないだろう。

彼を引き取り(連行)に来る際は御互いに慰め合うほど。

なまじ力が無駄に強い分、障壁を作ろうともぶち破り逃げられるのだと嘆きを漏らす彼等に、リラックスティーを差し出すこと位しか出来ない。

それを知った彼が尚逃走を図りアリーシアの所に転がり込んできた等、本末転倒な事が数えきれない。

いや、本当にでないで欲しい。勝手に家をすり抜けるな不法侵入者め。


玄関から来る、そんな常識すら学ばなかった?

何故私のために寝室にいないのだ?常識だろう?

昨日も来たじゃない。永久の別れだが何だかと話していたことも忘れてしまったようね。

はは、愛の密事は決して忘れやしない。横たわる君の姿は扇情的でーー

寝言は寝て言うものよ。目を開けたまま寝言も賑やかね。


ダメだ、会話になってない。

言葉が分かるのと伝わるのではこうも隔たりが有ることを毎回学ばされるアリーシアは諦めることにした。

諦めも肝心である。



「村の人たちも同じ様なことを言っていたわね。王国の騎士達が隣町に現れたとか。こんな地方までご苦労様な事」

考える事をやめた(追い出した)アリーシアはふと先程の村人との会話を思い出す。

お気に入りの紅茶も苦くなる。記憶に蓋をしよう。

せっかく自然豊かな田舎を選び、ゆっくりと自由気ままにーーあれ?傍迷惑な来客もあるがまあ、うん。

何の目的なのかは知らないが、アリーシアはこの平穏を心から望んでいる。

ビバ隠居生活、いやいやスローライフ。



「そろそろ、二人も起きる頃ーーーあら?」



チリリィーーンーーー




遠くで鈴のなる音がアリーシアだけに聞こえた。

懐かしく、その音を聞くだけで思い溢れる記憶が押し寄せてくる。



私たちは良い友達になれるわ。私の予感は外れないの。

そう言う自信家な所が貴女の素敵なことね。





「ーーー今日は忙しいこと。紅茶のカップは足りるかしら?」

「ーーハッ、僕の心が奪われてる!?」

「いっそ踏んでください女王様」

「ちょっともう一回寝ててくれる邪魔」

「「うぐっ!?」」

ふふ、と微笑を浮かべて次の来客者のためにお茶を入れ直した。

キリエは寝ぼけた二人に虫螻を見るかのような眼差しを二人に向けた。

取り敢えず。もう一力業で回眠らせた。



**********

「団長ォッ!この道先程も通過しませんでしたか!?」

「そうですね…、印を付けた木があると言う事ですから」



赤地に錦糸で縫われたマントを翻し、決して困惑の表情が浮かんでなく寧ろこの状況を楽しんでいるかのような微笑を彼は浮かべる。

部下はこの緊張した状況にも冷静に把握する上司に尊敬の眼差しを向けた。

齡12歳という史上最年少の若さで王立騎士団へ入団し、瞬く間に騎士団長と言う最高位まで登り詰めた彼に憧れを持たない者はいないだろう。

自分よりも若いと言うのにこの沈着の姿のみならず、剣捌きは他の追随を許すことなく彼から剣を奪えた者はいない。

上に上がるにつれ驕り高ぶる中、地位を何とも思わず誰ひとりとして平等に扱う彼に、自分のみならず同僚も彼だからこそ戦場で命を預けられるのだろうと思う。

そりゃ憧れていた女性に告白して「彼みたいな人が好きなんです」と断られても、腹も刃も立たない。

それを慰め合う事数えきれない。

時には心身ともに身を捧げそうになる同僚を皆でやっとの事で止める場面もあるが、これ以上信頼をおける上司は誰ひとりいない。


「ーーまるで姫を囲うための罠のようですねぇ」

「何か仰いましたか?」

彼の後ろで物思いに耽っていたら上司の話を聞き漏らしてしまう。

「もう少しでお目当ての方にお逢いできる事でしょう」

彼の胸元から覗かせた、掌に十分収まるほど小さい呼び鈴を鳴らす。

精巧に掘られた幾何学的な模様が施されたそれは、一見普通の鈴だ。

音すらも何の特徴もないが、目の前には信じられない景色が広がっていた。

木々が地響きを上げながら自分から動き出し、徐々に見えてきたのは石段が並べられた道。

緑の葉の間から溢れ落ちる日の光だけではない、その道の周辺だけが仄かに明るく道を照らしている。

今まで木々に遮られ、足元すらも危うかった道のりががらりと変わり後ろで控える馬車も嘶く。


「さて、行きましょうか」

「は、ハイッ!!」

本来は10人以上の軍隊だったが、この上司の命令で森へ入るのは極少人数で遂行することになった。

誰しも不思議に思ったが、今までこの森で事件が起こったことは聞かない。

だが知らなかったのだ、入らざる森だったことを。





石段を歩き続け、初めて拓けた土地に出た。

この道中、導かれるかのように石畳が並べられ、歩くたびにうっすら石が発光するといった不思議な現象に遭遇した。

しかしそれ以上に目の前に広がる光景に誰しも言葉を奪われた。

人の手が加えられた畑に木材で建てられた家、決して国の要人が住んでいるとは思わない一般的な家が目の前にあった。

家のとなりは井戸水だろうか、耳を澄ませば涼しげな川の音が聞こえる。

先程までは全く聞こえず、この拓けた土地と導く道だけが太陽の光を浴びて光輝いていた。

木々に遮られた所には涼しい風が辺りを包む。

耕された畑には見たこともある野菜他、全く奇妙な形色した植物が植えられているが、区画が整えられ、食物はみずみずしく実る様子に、非常に手が込んでいることが伺える。

軒に乾燥されたハーブだろうか、規則正しく束ねられて要塞をイメージしていた筈がすぐさま崩れ落ちた。

風に揺れるまっさらな白い布がなんと眩しい事だろう。

いつかは妻とこう言った田舎で長閑に暮らすのもいいな、と憧れそのものだあが当の本人には結婚はおろか、恋人もいなかった。


辺りの空気が震えるような気がして後ろを振り返ると、あっと驚くことに道は消え、木々が生い茂りどこから来たのかも既に分からなくなってしまっていた。

ここだけ世界に取り残された、そんな錯覚を覚えてしまう。


「だ、団長ッ、帰り道が失くなってます…ッ」

「それはそれは。さあ行きますよ」


何も心配もせず扉を叩く団長に声を掛ける間もなく扉が開かれた。

待って待って!心の準備が出来てない!!

慌てて止めるも遅すぎた。


あの方は今も部下に拘束されながら勤務中。

「さあ終わったぞ、この呪縛を解いてくれ彼女が待っている」

「さあ次の書類です。書類と共に待っていません。楽しいですね」

「お前は鬼か」

「そうですか、私は鬼なので彼女手製のお菓子を一人で頂く事にしましょう。あー私のために作ってくれたのでなんて私は幸せなのだろう。上司にひどい事言われてもこれさえあれば乗り切れますねぇ」

「なんていい部下を持ったんだろう仕事するから食べるな触るな…はッ、貴様さては私を差し押さえて会ったな!?」

「さっさと仕事しないとたーべちゃおっと」


部下も上司の扱いにLvアップします。

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