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アニエス嬢はご苦労されてます  作者: ちゃ畜
魔術・魔法王立寄宿学校エールロードのフェスティバル
30/184

30、成長と胸


 

 

 エースは小さい頃からアニエスとこっそりキスをしていた。


「僕、アニエスとキスしたい」


 それは本当は、最初の彼の想いを含んだ告白めいたものだった。アニエスはそれをびっくりした顔で聞いたが、すぐに向日葵(ひまわり)みたいな晴れやかな笑顔になる。


「いいよ!」


 そう返してきたアニエスに、その時エースは自分の気持ちを受け入れてくれたのだと天にも昇る心地だった。


 ……だがやがて、これは何かがおかしいぞと気付く。


 それで改めて知ることになった。

 彼女がこのローゼナタリアよりスキンシップが激しく、やたら情熱的で、親友や家族間でも毎度、頰といわず口にキスを交わす隣国の習慣を、この背伸びをしたい義弟が真似ていると勘違いしていることに……!


 …………最初こそ、絶対に訂正しようと考えた。


 しかし、そこで普段はエースの中に深く眠っているズルい自分が、この時とばかりにひょっこりと顔を出す。


 このままそういうことにすれば、彼女はいつでも自分のキスを受けいるのではないか? と……。

 しかも、その考えは全くその通りだったのである。


 アニエスは自分がキスを求めても、一時期アニエスが病気がちだった時期を除いて、いつでも快く受け入れてくれた。


 最初はそれにアレクサンダーへの強い罪悪感を感じていたエース。


 だが、いつでも一心同体のように自分よりもアニエスに一歩も二歩も近いところにいる、アレクサンダーとの縮まらないその差を考えた時。


 それに、知らず焦りはじめていたエースは自分自身を振り返って、冷静にこのチャンスを逃すべきではないのではないのではないか? ……と思いはじめた。


 エースはアニエスとキスを重ねることで、次第にアレクサンダーとの差が埋まり、劣等感が払拭されるのを実感する様になる。

 いや、むしろ気持ち的にはわずかに逆転し、余裕さえ生まれた。


 が、エースはそこでまた改めて、はたと気付く。


 けれどこれでは、むしろ自分が異性として意識されることへのハードルを上げているだけではないか? と……。

 そこでエースはアニエスが王宮に行儀見習いに入る前日。賭けに出た。



「アニエス、キスをしない?」



 エースはキスに誘う時は絶対にアニエスを『義姉さん』とは呼ばなかった。


 相手がどう捉えているかはさて置き……自分はキスする時はアニエスを唯一、自分の大切な女の子だと思って意識してキスをしていたからである。


 それで、キスをした。


「……んふっ……!?」


 生まれて初めての舌を相手に侵入させるキス。

 子供でも、家族でもない……大人が恋人や結婚相手とだけ交わすもの。

 それはきっと全然上手くは出来ていなかった。

 けれど、思い知らせてやりたかったのだ。


 エースがどういう気持ちで彼女にこんなことをするのかということを……。


 唇を放した時の彼女はいつもと様子が違い。

 顔を赤くし、どうしてこんな風にするのか解らず、ひどく戸惑った表情を見せていた。

 エースはアニエスの吸い付くような柔らかな頬に手を当て、彼女の瞳をじっと見つめる。



「……宿題だよ。よく考えて答えを出して……」



 そう囁き手を放した。

 アニエスは何も言わない。

 だからその時、どう考えていたのかは結局解らなかった。

 あれから一年近く経つ。エースはベッドの上で口元に自分の手の甲を置いた。


(アニエスの唇が恋しい……)


 大人になればきっともっと色々欲しくなる。


 寄宿舎学校は厳格だが男子校のため、実はこっそりその手の本や情報は正誤含め溢れていた。


 アニエスはまだ少女の殻の中におり、本で見るような女性とはまだまだ遠い形をしている。


 しかし、ふとした拍子にみせる彼女の腕や首元、足首や表情が、自分の中の制御できない何かを暴れさせた。


 エースは、ごそりと枕の下に入れていた本を取り出す。

 それは学校に来てから気が合い、よくつるむようになったトーマスが兄からもらった本のおすそ分けだ。

 そのお礼にとこの前、新たにトーマスには飛行船の模型をあげている。

 トーマスの弟がものすごく模型が大好きらしく、おかげで級友トーマスの家での株も急上昇らしい。


 エースはぺらぺらとページをめくると、そこには、半裸か全裸の扇情的な格好をした女性の絵や写真がいくつも掲載されていた。


 ぺらぺら、ぺらぺら、ぺらぺら……。

 捲っていくと、やがて金髪の細身の女性のページでエースの長い指が止まった。



「…………………………」



 やがて、アニエスもこんな風になるんだろうか? とエースがページに顔を近付けた。



「……何見てるんだエース?」



 急に声を掛けられたことに思わず勢いよく本を閉じる。

 そこにいたのは親友にして最大のライバル。アレクサンダーが目の前に立っていた。


「……アレクから声かけてくるなんて、だいぶ久しぶりなんじゃない?」


 理由は解りきっている。


 アニエスと公衆の面前でキスしたことに、本人は有頂天であったが、その反面、エースとは何とも顔を合わせづらくて避けていたのだ。


「うん」


 まだ多少、気まずいようで視線をずらして話す。


「ちょうどいいや、食べ物でも賭けてカードでもしない?」


 そう言ってカードをすることになった。

 ゲームの内容はポーカーやブラックジャック。実力はほぼ互角だ。


「なんか普通だなエース」


 アレクサンダーがポツリと言う。


「別に負けたと思ってないし、まだまだ勝負は着いてないよ。……まあムカついたけど」


 エースがそれにそっけなく答える。

 アレクサンダーは暫く黙ったあと、ふと先程エースが枕の下に隠した本の方へ視線を投げた。


「気になるなら見ていいよ? 何ならあげるよ。俺は言ったら、たぶんまたトーマスが何冊か分けてくれると思うから……」


 その答えにアレクサンダーは不思議そうな表情をして見せる。


「エースもああいうのに興味があるのが少し意外だ……」


 それにエースは鼻で笑う。



「スケベじゃない男なんてこの世にまずいないだろ? お前もむっつりだし!」

「……………………………………」



 嫌そうな顔をしているが、無言なのは図星だからに他ならない。


「ま、アレクにはまだまだ幻想抱いてるやつも多いからそういう本を勧めにくいんだよ。……たぶん」


 アレクサンダーは、そこで立ち上がり、エースのベッドの端に腰かけてエースの枕下から本をスッと出すと、足を組んでぺらぺらとページを捲りだした。


 そしてあるページで止まった。

 エースは何となく気になり、アレクサンダーの横に座ってそのページを覗き込んだ。


(……ゲッ!)


 そのページは、さっきエースが同じように手を止めたページである。


「………………」


 しかしアレクサンダーはそのまま次のページ、次のページとページを捲った。で、あるページで手が止まる。

 写真の女性は赤毛だった。


(……いったいこのページの何に引っかかったんだ?)


 そう思っているとアレクサンダーは、ぽつりと呟く。



「やっぱりでかい胸はいいよな」



 確かに写真の彼女はかなり豊満な胸を有していた。


「うーん……確かにこれは幻想が壊れるかもな」


 エースは何故、皆がアレクサンダーにこの手のものを差し出さないのかがようやく実感を持って理解できのだった。





◇◇


 一方そのころ王宮では、セオドリックが今の彼女二人と同時に仲良く事が済み、ベッドにうつ伏せになって眠っていた。

 そこにドアのノックの音が響く。



「……ノートンか、入れ」

「失礼いたします。先日、申請のあった資料が届きましたのでお持ちしました……て、これは入ってよろしい状況でしたか本当に?!」

「うん……もう終わってるから大丈夫だ」



 ……いやいや、そうではなくて! とノートンは思わず顔を背ける。

 女性二人がベッドでしどけなく、あられも無い全てさらけ出した状態で眠っているではないか……。


 ノートンも一応未成年で思春期なのだから、ちょっとはそこら辺を配慮をしてもらいたいたかった。


(……それにしても)


「お二人ともタイプが似た方でらっしゃいますね。何というか、その、金髪で細身で色白で……」


 それにセオドリックは純粋に首を傾げた。


「そうか? そんなことないと思うが?」

「いやいや……先日お会いした方も先週お会いした方も、また同じように金髪で細身の色白の方でしたよ?」


 今までセオドリックの付き合ってきた彼女たちは、もっとはるかにバラエティーに富んでいた。


 赤毛も茶髪も青毛もいたし、ぽっちゃりもガリガリも背が高いのも低いのも、褐色の肌も青白い肌も、綺麗系もかっこいい系もいた。


 なんなら時に悪食と言っていいほど、どんな相手とも挑戦するのだ……ただ単に節操がないのかもしれないが……。


 しかし最近はもの凄く好みが偏っている。

 その原因にノートンは物凄く心当たりがあったのだが、本人はどうして気づいていないのだろうか?


 そんな風にノートンが考えていると、それであることを思い出した。


「そういえば、何だか見せたいものがあるご様子で、アニエス嬢がセオドリック様を先刻、探しておいででしたよ? 殿下がお楽しみの最中でしたのでお声を掛けませんでしたが……」


 正直、珍しいこともあるものだと、ノートンは思った。

 どちらかというとアニエスは普段、セオドリックを警戒して避けがちである。


「………………どのあたりで声を掛けられた?」


「はい、アナスタシア様の部屋の前の廊下で……って、殿下!? もう着替えられたのですか!? 手伝いもないのに、はっっや!!」


「わかった」


 セオドリックはすぐに廊下を出て短距離の瞬間移動魔法を発動させた。



(大叔母の部屋の前で見かけたということは、たぶん今はアナスタシア大叔母の部屋にいる!)



 部屋の前に来たセオドリックはサッと居ずまいを正してドアをノックした。

 すると中から返事が返ってくる。


「どうぞ」


 聞きなれた静かな柔らかい鈴のような声。


「失礼します。アナスタシア大叔母様……」

「……セオドリック様?」


 アニエスはベッドに座るアナスタシアにパン粥を食べさせているところだった。


 アナスタシアは若干虚ろな目をしているが、肌艶がよく、清潔な部屋で食欲旺盛な様子でアニエスに世話をされている。


「いや、私に用事があった様子だったと聞いてな……」


「なんだ、アナスタシア様にご用で来たのではないのですね。私の用事は本当に大したものではなかったのですけれど……。アナスタシア様が食べ終わるまでお待ちいただくことは可能ですか? 私のは別に本当に大した……」

「ああ、それくらいなら大丈夫」


 話に食い気味に言われて、それなら……とアニエスはアナスタシアの食事のペースに合わせ、時々お茶を飲ませながらゆっくり一匙ずつ口に運ぶ。


「アナスタシア様ご覧ください。お皿がすべて空きました! これはきっと料理人たちもすごく喜ぶことになりますよ? ……ではでは、ごちそうさまでした!」


 アニエスはアナスタシアの食器をいったんテーブルに片付け、綺麗な布巾でアナスタシアの口元を拭うのを丁寧に手伝い、アナスタシアの手を濡らしたハンカチで宝物のように優しく拭く。


 食後の水にストローを挿して渡し、それも飲み終わるとグラスを受け取って片付け、アナスタシアの枕をポンポン縦横に膨らませて整えてから、アナスタシアをゆっくり寝かせて、布団を肩までそっとかけた。


「……私はまだここにおります。……何かあればすぐにお声がけください……」


 そういうとアナスタシアはこくこくと頷いて、笑顔で目を閉じた。


「今も君が世話を焼いているのか……?」


「私もここで一年たってすることや任されることが増えましたので、いつもいつもというわけにはまいりませんが可能な限りは……。あ、でも、今は食事に行ってもらっておりますが、普段から常駐の者が三人ほどはおりますよ?」


 そう言いセオドリックを待たせていたテーブルの対面にアニエスはお辞儀をし、許可をもらってから座った。


「……で、用事とは?」


 それにアニエスは何ともバツの悪そうな顔をする。


「先程も申し上げました通り……本当に大した用事ではないのです……お怒りになりませんか?」

「……よく知らんが怒らないと思うが?」

「それでは……」


 そう言うとアニエスは、えっへん! と胸を張って見せた。


「?」

「……実は先日、身体測定が王宮宮廷行儀見習いの者たちに行われたのです。そこで、私は身長はもとより……胸囲も前よりずっと成長していたんです。おかげで、身に着けるものも増えました……これで『ぺったんこ』の汚名は返上されました!」


 アニエスは別にもともとは胸なんて気にしていなかったが、散々セオドリックに胸を馬鹿にされたことで、いつか、必ず見返してやるとずっとこの時を待っていたのである!


 ……そんな本当にくだらない用事であったので、最初わざわざ来られたことに気が引けていたのだが……こうして目の前で本人に宣言できたことが思いの外うれしく、アニエスは心の底からドヤれた。


「……と、本当にくだらない理由だったのですが……怒らないと言ったのだから怒らないでくださいね殿下?」


 ニコニコとしてアニエスが言う。それをセオドリックは頬杖をついて聞いていた。


「いや、別にほんとに怒りはしないが……」


 そう言っておもむろに前に乗り出すと、まるで肩を触る気軽さで、アニエスの胸を全体に揉んだりポンポンと触ったりする。


「…………っき、きゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」

 

 アニエスが胸を隠すように、ずざっと後退りした。


「ななな、なっ、何をしているんですか一体!?」

「いや触って確認してほしいから呼んだんだろう? 胸も突き出していたし……」

「んなわけないでしょう!! が、この、うつけ者!?」

「……うつけ者って」


 うううっと言って顔を真っ赤にし、アニエスは胸の前をかばうように両手で隠し続ける。

 セオドリックは先程アニエスの胸を触っていた手をぐーぱーして眺めた。


「十三歳で……Bにほど近いAか……うむ、とりあえず合格かな?」

「え、合格ですか? やったーー!! ……っとでも言うと思うと思いますか? この痴漢殿下!?」

「……ノリがいいな」


 セオドリックは、そこで、ゆっくりと立ち上がった。


「……なぜ、今、立ち上がるのですか?」


 セオドリックは、すりっと顎を撫でる。


「……いや、下着を挟むから結局よく形が分からないから、直接触った方が良いのではないかと思ってな……?」

「い、いやいやいやいやいや、別に確認していただかなくて結構ですから! あと、あまり騒ぐとアナスタシア様が起きてしまいますよ!?」

「確かに……それでは私の自室でゆっくり確認するとしようか?」


 セオドリックはにっこりと手を差し伸べたが、アニエスはその手をバチーーーーン! と払いのけた。


「そっちには行ってはいけないと、何故か全本能が私に叫び掛けるので全力でお断りいたします!!」

「そうか、魔法はあまり使いたくなかったが、アニエスの成長を確認するためだ。これもいた致し方無い……」

「だ、か、ら、私は結果を聞いていただければ満足ですので! というか魔法ダメ。絶対!」


 こうして二人の攻防は激しく行われたが、アナスタシアの世話係達が間もなく戻ってきたことで、アニエスの貞節は危機一髪で守られることとなる。


 そして後にセオドリックは、もちろんちゃんとこってりと、タニアからお灸を添えられたのであった。

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[良い点] エース=サンはエースさんだった。不遇じゃなかった。
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