25、六月の催しと強い華(その二)
フェスティバルがついに始まった。
華やかな招待客や父兄たちが、次々とエールロードへと入場する。
ひっきりなしに到着する馬車は、学園側が一時的に別次元へと魔法で退避。
そこから駐車場、動線へとそれぞれ案内するので、人の流れを見事に制御しきって混乱は無く、スムーズに来客は馬車を降りられた。
父兄の多くが王侯貴族や大富豪、古き名のある豪族。
さらにどんなに末端であろうと大病院の院長や大手弁護士事務所所長といった、社交・教養・富を備えた人々。
その顔触れだけで、この学園がいかに別格かは明らかだろう。
その中でも一際目を引く一団があった。……それが王族だ。
王太子殿下の妹姫タニアと、タニアが引き連れた王宮宮廷行儀見習い達。
特にタニアは生まれながらに国を代表する人物なだけに、集団の中でも特別な光を放っている。
それを目の前にしてアニエスは感心し見惚れながら、同時に仕えるのが誇らしく……思わず自分もキリリと襟元を正した。
「アニエス、それで例のお二人はどこなの?」
そんなタニアの問いに、アニエスはきょろきょろと辺りを見渡す。
本当は当初、学校側が人員を割いて案内すると申し出ていたのだが……タニアは笑顔でそれを断っていた。
「今回の訪問は王族の公務ではなく、一生徒のお兄様の……あくまで妹として遊びに行くのですよ? それに王宮宮廷行儀見習いたちの羽を伸ばす意味でも、肩ひじを張らないものが良いわ!」
そう言いアニエスの例の二人や、その友人たちに案内役を是非にとタニアは希望したのだ。
「もちろん、それで案内する側の負担になってもいけないと思うのです。――だから、私のこの我儘も先方が良ければというのが大前提なのだけど……どうか聞いてみてくれないかしら、アニエス?」
と、タニアはしっかり考えて付け加える。
それでもこれに関しては、かなり責任が伴う事柄なだけに……アニエス自身、どうかな~? と思いつつ……そう手紙で打診すると、なんと二つ返事でOKの手紙が届いた。
「はい、案内役とはこのあたりで待ち合わせなのですが……あ、おりました! ブロードー!」
現れたのはエースとアレクサンダーの級友であり、茶髪の子犬のような少年。伯爵子息ブロードだ。
「やあ……お久しぶりですアニエス嬢! 相変わらずお元気そうな様子で嬉しいです」
「はい、お久しぶりですブロード様! 今回はお忙しいのに案内役を引き受けていただき、ありがとう存じます」
ブロードは人懐っこい笑顔を見せて首を横に振る。
「いえいえ、僕のような一般的な一年生は暇を持て余しているので、このような栄誉に預かれて名誉に感じています」
彼はそう言って流れるように胸に手を添え、タニアに挨拶した。
「……お初にお目にかかります。タニア王女殿下。私はブロード・アシュレイ・バーンと申します。どうぞお見知りおき下されば幸いにございます」
「まあではバーン伯爵の……? そう、ではお願いしますね。ふふふっ、この大所帯で何を……と思うかもしれませんが、一応今回は私はお忍びなの、どうか宜しくね?」
「――はい、そちらの事情もアニエス嬢の手紙で、重々承知しております。どうか宜しくお願いいたします!」
エースとアレクサンダーは今回、発表に自治委員の手伝いと忙しく……全ての案内が難しいらしい。
ゆえにアレクサンダーがブロードに頼んで、このように彼が案内役を務める運びとなっていた。
「じゃあ、まだボートには時間がありますが、早速エースのところへご案内いたしますね?」
「よろしくお願いしますね。……いよいよ噂の君に会えるのね。楽しみだわ!」
アニエスもそれについては嬉しかったが、数か月ぶりに会うため……何故か少しだけ緊張する。
一緒に暮らしていた時はこんなに長いあいだ顔を見ないことなどなかった。
ブロードは案内が上手で、学校を案内しながら昔から伝わる幽霊の話や伝説。
先輩たちの武勇伝なんかを話して行儀見習いたちを大いに盛り上げてくれる。
やがて学校の敷地を流れる大きく立派な河川が見えてきた。
「あ、いたいた、エースはあそこです。ちょっと呼んで参ります!」
ブロードがダッシュでエースを呼びに行き、呼ばれて現れたエースの姿を見た瞬間。
アニエス以外の全ての女性陣が思わず息をのんだ……。
蒼とエメラルドを滲ませた、濡れ烏のごとき黒髪。
その下にある顔は整いすぎて、現実よりも先に“物語”を思い出させた。
透き通るようにきめ細かな肌は清潔で、健やかで、まるで人間の理想だけを集め磨き上げたかのよう――。
凛とした眉、長い睫毛の影に宿るタンザナイトの青紫。
見つめ返されれば、目を逸らすのを忘れてしまう。
鼻筋は美しく唇は静かに結ばれ、その口角は、生まれたときから微笑むように作られていた。
――神が本気を出し、少しだけ悪戯心を添えてしまった結果。
そんな傑作の少年が、そこに佇んでいる。
誰もが絶句し、ただ、目が貼りついて金縛りの様に動けない。
「皆様、よくいらして下さいました! エールロードの一員として心より歓迎いたします。今回は僕が案内をすることが敵わず……残念です」
エースがまずは本日、案内を出来なかったことを悔しそうに話す。そのあと、アニエスはエースの紹介のためにすぐ隣へと立った。
「エース。こちらの御方が、私のお仕えしているタニア王女殿下でらっしゃいます。どうかしっかりとご挨拶を……」
「お初にお目にかかります。我が国の誇る王女殿下。アニエスが義弟。エース・ロナ・チャイルズ・アルティミスティアです。 義姉がいつも自慢している、かの誉れ高き殿下にお会いできてとても光栄にございます!」
「私もお噂はかねがねアニエスから伺っております。……おりましたが……お噂以上で正直驚いていますわ」
「どんな噂かは存じてないのですが、それが良い噂であるとよいのですが……?」
「それならご安心ください。アニエスの口に上る貴方に関することは、どれもこれもご自慢ばかりですから。でも……今日お会いして、そんなアニエスが実は謙虚過ぎるという新たな疑惑が浮上いたしました!」
この茶目っ気たっぷりの言い方に、場がふふふっと笑いに包まれる。
アニエスだけはつい恐縮したが、タニアが冗談だからね? と優しく微笑んでアニエスの肩を叩く。
しかし、話と実物を目にするのとでは、その衝撃と説得力は雲泥の差だ。
他のタニアの側仕えや行儀見習いは、素晴しく良い夢を見ている心地でエースを見つめる。
ふわふわと足取りがおぼつかず、顔を真っ赤にして倒れそうになる者までいた。
お酒を饗されたわけでもないのにまるで酔っぱらってしまったみたい。
もっとも酔ったのは美酒ではなく、この人の正気を破壊するほどの美貌の少年……エースにである!
「エース、そしてこちらの可憐な方々が、私が普段お世話になっている、王宮宮廷行儀見習いの先輩方でらっしゃいますよ」
「アニエスの先輩……」
くるりと彼女たちに向かって振り向き、にっこりと満面の笑みでエースが挨拶をした。
「義姉がいつもお世話になっています。少々お転婆が過ぎて、ご迷惑をおかけすることも多々あるでしょうが……義姉はとても優しい人なのでどうか仲良くしてやってください」
((((……!! ……!? ……!? …………!?))))
エースの笑った顔。
それはちょっとした大魔法である。
エースは常に口角を上げ、相手の警戒心を和らげようとする。
だがその美貌は度を越えており、ときに冷たく、精巧すぎる人形を見つめるような不安を人に抱かせた。
けれど、その完璧な顔がくしゃりと崩れて笑うと、一転して幼さが滲み出る。
そう……それは思わず庇護欲を掻き立てられるほどの、凄まじい可愛さへと変貌するのだ。
いったいこれはどんな反則技なのか?
エースを目にして、美の第一弾をなんとか耐え忍んだ人々もこの追撃には耐え切れずに何人かがへたり込んだ。
「え、どうされました!? あ……申し訳ありません。か弱い女性をこんな直射日光の当たる場所に長居させるとは……真に紳士失格でした! あちらの木陰の席に移動しましょう」
エースは近くを歩く学校の臨時雇いのフットマンを呼び止める。
「申し訳ない。あちらの木陰の空いているテーブルに、冷たい飲み物を人数分だけ持ってきてくれますか? ……あ、お釣りは結構です」
そう言い、エースはさっともてなしの席を用意してしまう。
フットマンにも分け隔てなく向けられた、エースの柔らかな物腰。
いくら渡したかは見せていない――だが、上機嫌で立ち働くその姿を見れば、相当な額だったことは誰の目にも明らかだ。
「あんなにお優しくて、スマートで、リッチな上に羽振りまでいいだなんて……」
行儀見習いの令嬢の一人がぼそりと呟く。
「あの……エース様は、おいくつでいらっしゃるのですか?」
「あと少しで十三歳になります。学年は一年生です」
それに他の行儀見習いが、まあ! と口に手を当てて驚いた。
「まだ一年生でらっしゃるのに寮の代表としてボートに乗られるの!?」
「はは……補欠が繰り上がっただけなんですけどね?」
エースが照れくさそうに笑いながら答える……。
ううん、かわい過ぎる!!
「あの……たいへん不躾なのですが、婚約者はございますの?」
「それが残念ながら、まだなんです!」
そこで、ザワッと行儀見習いのご令嬢たちが過敏に反応した。
(アニエス嬢の義弟殿は確か跡取りと聞いたわ。と言うことはエース様は将来の公爵様……しかも、あの『ロナ』家の!?)
(十三歳でこの落ち着いた物腰に……紳士的な態度!!)
(寮の代表に選ばれるなんてエリート中のエリート! やはり優秀なんだわ……)
(髪がこんなに黒黒としていらっしゃる。ということは魔力も恐ろしく高いのは確定事項!?)
……心無しかご令嬢たちは先程より、かなり目をギラつかせている。
それを察してか、タニアがおっとりと感想を述べた。
「これは彼女たちに、とんでもないものを見せてしまったようね? アニエス」
そう言うと、エースがご馳走した飲み物をのんきに飲んでいたアニエスが顔を上げ、タニアが何について言っているのかをわかっていないのか、んっ? と小首を傾げた。
「では、お名残惜しいですが。そろそろ準備がありますので、僕は失礼いたします!」
「「「ほ、本当にお名残り惜しい……!!」」」
中にはヨヨヨ……と本当に泣いている者もいて、エースの魅力はもはや魔性のものと言ってもよい。
「エース!」
エースの去り際にアニエスが声を掛けた。
「……忙しいのにわざわざ時間を作ってくれてありがとう。義姉としてとても鼻が高かったわ。エースのボート……絶対に先頭の席で応援するからね!!」
アニエスのその言葉に、エースは本当に噛み締めたような嬉しそうな笑顔を彼女にだけに見せる。
それを近くで観察していたタニアが、あらあら、まあ……! とほくそ笑んだ。
「じゃあ次は発表や出し物を見ましょう! 中世および古代の生活の体験コーナーなんかもありますよ!」
エースと別れ、ブロードが次の案内を始める。
ブロードの社交的な性格や人懐っこさはエースほど強烈では無いものの……それはそれで親しみやすく人気があり、すでに行儀見習い数名と気安い様子で頻繁に会話を交わしていた。
「わあっ……皆様、セオドリック様一筋かと思いきや、そういうわけでもないのでしょうか?」
アニエスがぼそりと一人呟くと、隣にやってきたアンジェリカが軽く肩をすくめた。
「もちろん、殿下にお選びいただくのが至上に違いありません。……けれど本音では、ほどよい縁で静かに退く――それを望むご令嬢も多いのでしょうね」
アニエスはアンジェリカを見ると、彼女は何だか厳しい顔で前を向いて歩いている。
「……アンジェリカ様は、少なくともそうではないようですね」
「貴族令嬢としては決して賢くはありませんけどね……それよりも、あなたのその格好は何なの? ほとんど皆がお揃いのドレスを仕立てて着ているというのに!?」
アニエスの本日の装いは、行儀見習いとして模範的な楚々としたドレスだ。
色柄も節度があり清潔感は十分! ……だが、色味は他の令嬢と辛うじて近いものの、華やかな場では装飾の少なさが目立ち……きらびやかな令嬢たちの中でわずかに浮いて見えた。
「外出着くらいお持ちでしょう?」
というと、アニエスはムッとして答えた。
「この催しのためにドレスを新調するお話は、私には届いておりませんでしたし…………それ以前に、どなたかが私の残りの衣服をほとんど破いて捨ててしまいましたので、今は選択肢がとくに少ないのです!」
さらにチラッとアンジェリカを見上げる
「本来は十分な衣装を持っている身のはずですから、実家の裁縫係を呼び寄せれば、ロナ家が余計な勘繰りをするでしょう? ……ですので、成長して服が合わなくなるまで大人しく待つつもりなんです」
それにアンジェリカは、うっ、と声を詰まらせる。
「……そ、それは、大変失礼いたしました……今度、当家の仕立て屋をアニエス様のところに向かわせていただきますわ!」
アニエスはそれに、ふふっと笑った。
「そうしていただけますと……とっても助かります」
そう言い最初から何事もなかったように水に流した。
中世、古代の生活体験コーナーでは、入り口で生徒たちが古の衣装を完全再現したものを着用し、わざと当時を思わせる粗暴な態度で、客を敷地内へと案内している。
それがいかにもお祭り感があり、アニエスの胸はワクワクと高鳴った。
中に入ると昔の平民から王族のあらゆる衣装の貸し出しコーナーもあり、アニエス以外の行儀見習いは、昔のお姫様の装束に興味津々のようである。
だが、アニエスは別のコーナーでしきりに呼び込みをする声に思わず心惹かれた。
「力自慢! この中に力自慢の方はいないかなー!? 我々この武術、武闘、戦術研究会の屈強なメンバーを倒した者には……豪華景品をお贈りしよう!」
メンバーは確かに体の大きな屈強な者が多く、その腕の太さたるや少女の太ももの倍ほどある。
アニエスはそれをキラキラした目で、じっと熱心に見つめた。
「アニエス、もしかして……“アレ”がしたいのですか……?」
タニアに声を掛けられ、アニエスはビクッと肩を震わせる。
「そ、そ、そそそんな……滅相もございません! 私はタニア様付き行儀見習いの立場ですし、まずはタニア様の周りのお世話をすべく、そんな勝手なこと……!」
「ふふ、ではその私が許可します!」
「へ、は!? よ……宜しいんですか!?」
かなり前のめりにタニアのお許しにアニエスは食いついた。
「ええ、こういうお祭りの時くらい、たまには羽目を外すのも必要でしょう?」
「タニア様……! 私には今タニア様が一段と輝く女神様に見えますぅ!」
ルンルンと浮かれ気味で、アニエスはエントリーに向かう。
「すみませーん! 一名お願いします」
「はいはい、では(キョロキョロ)どなたがエントリーされますか?」
「……私です!」
「え、……え、君!? ……申し訳ないけど、これ割と本気のものだから冷やかしはちょっと……」
「な、冷やかしのつもりは毛頭ございません!?」
「ケガをするから、止めといたほうがいいよ!!」
アニエスはそれにキリッと相手の目を見据え、宣言する。
「――なら自己責任を持って、怪我、死亡、または障害が残っても……治療費や裁判等の責任は一切問わない旨を一筆書きますので、紙とペンを下さいませんか? ……なんなら血判も押させて頂きます!」
「いや……本気!?」
アニエスはサラサラと宣誓書の一文を書いてサインをした。
「これで宜しいですか?」
「……本人が、そこまで言うのなら……僕は止めないけど」
受付係はかなり困惑気味である。
「では第一の力比べは、腕相撲! ここで三人に勝たねば次のステージには行けぬので、そのつもりで!! さぁ、さぁ! 小さな勇者の健闘を祈る!」
誰もが、やれやれこれは一発で終わるな……と微笑ましい気持ちと同情で笑っている。
そう、このアニエスが竜持ちのドラゴニストだと知るタニア以外は――。
「では、始め!」
どーーーーーーんん! と何かをなぎ倒すような鈍重な音があたりへ響く。
見るとただ腕相撲しただけのはずのアニエスの対面の者が、横にひっくり返っているではないか!?
それもまるで腕だけでなく……身体ごと持っていかれたかのように……。
「イエス!」
その結果を一人だけ当然のものとして、アニエスはガッツポーズをとった。
他の者は目の前で見ていたのに、何が起こったのかわからず。目を瞬いている。
「……判定は?」
アニエスはレフェリーを見て判定を促す。
「し……勝者、挑戦者!!」
「わーーーい!」
満面の笑みで十三歳の少女は小躍りする。アニエスは最近十三歳になっていた。
「つぎです、次ぃ!」
そう促されて残り二人と戦ったが、結果はアニエスの恐ろしいほどの圧勝。
そこで見ていた者たちが全員キツネにつままれたような顔をしている。
観客の紳士の一人が案内役に尋ねた。
「え……これは出来レースか何か?」
研究会のメンバーの皆がブンブン頭を振る。
「いいえ、……全て真剣勝負です!」
そう震えながら答えた。
「で、では、次の勝負です」
次のステージに通されてアニエスは思わずニヤリと口の端を上げる。
「これは、そもそも騎馬が出来なければならないが……」
それにアニエスはにっこりと答えた。
「貴族ですから、乗馬の嗜みはございます!」
「……いや、騎馬なので武器を持っての乗馬なんだが……?」
そう言うと、アニエスは少女と思えぬ妖艶な表情で笑う。
「なら、……尚更!」
「……で、では、その恰好ではやりにくいだろう。あちらでこれに着替えてもらおう!」
と中世の戦士の服を子供サイズにしたものを貸し出してくれた。
なかなかに主催側は準備万端である。アニエスは着替えると馬を見上げた。
「……この子はどんな性格ですか?」
「物怖じしないが、一度走り出したら止まらないよ」
「それは素晴らしい馬ですね! ……今日だけだけど宜しくね」
馬にアニエスがそう言って撫でると、馬は気持ちよさそうに瞼を閉じた。
「では……用意された的に当たった矢が、半分以下の場合は失格です。また走らせる馬の速度があまりに遅い場合も失格となります。……宜しいかな?」
アニエスはサッと馬に跨る。その姿は妙に様になっていた。
「ええ、――いつでも始めてください」
レフェリーは言われた通り、すぐにスタートの旗を振り下ろす。
「始め!!」
そう合図が出た瞬間から、スタートで研究会会員が馬の尻を鞭で強く打ち、アニエスも腰を上げて馬を全速力で走らせ、弓を引き絞った。
難易度の低い的にさっそく矢を当てる。
それも、ど真ん中にいきなり三本! いったいどんな速さで矢を射ているというのだろう!?
アニエスは次々矢を射る。
どの矢もまるで磁石のように、標的のど真ん中に吸い込まれて当たる。
ここまで的中率は満点……しかも全てど真ん中! いったいどんな天才……いいや、化け物なのか!?
あまりの光景に気付いたら一人、また一人と見物人は増えていく。
最後二つはかなり意地悪な的。一つは風にはためく旗。
これはタイミングを見て風になびいて旗が広がっているときに当てねばならない。
しかし、それもど真ん中に矢を当てた!
そう――この瞬間、アニエス自身は、いわゆる『ゾーン』に入り、その時間の流れ、見ているものは、周囲とは次元が異なっていた。
そして、もう一つの高難易度の的がポールの上に置かれたリンゴ。
これにも矢が刺さる。……それもぐるんとリンゴの円周上にバツ印の形で二本だ!
終わった。
まさにこれこそ完璧である。
しかしアニエスの中ではまだこれで終わりではなかった。
躊躇なく乗馬中の馬の背中に立ち上がる。
そして、はるか上空に向かい矢を放った。
いったい何をしているのか? と皆が訝しむ中、次の瞬間。
一匹の鴨が、一瞬にして地上へと降ってくる。
アニエスは落ちる場所を予想し、跨って馬を走らせ、その羽根をタイミングよくガシリっとキャッチして、撃ち落とした鴨を頭上へと高々と掲げて見せた!
会場はその一瞬、不気味なまでの静けさに包まれる。
静寂。
――だが、やがて……地の底から噴き出すような大歓声が上がった!
アニエスは馬にストンと、滑るように改めて馬に跨り直し……手を会場の見物人に向けて振りながら、気取って片手で投げキッスして手をさらに振ってみせる。
そして、そんな英雄も人間なのか、その肩は呼吸で大きく上下していた。
そんな大騒ぎに、ある人物もひょっこりと顔を出し、アニエスを見るとその顔を掌で覆う。
「……あの人、何やってるんだ!?」
顔から手を放すと、その人物はすぐに裏手からスタッフルームへとズンズンと入っていった。
「先輩、公演までの時間の間の手伝いに上がったのですが……思いもよらない事態になっていますね?」
「おお!! アレク姫……じゃなかったアレクサンダー! ああ、とんでもない番狂わせだ。何者なんだ? あの女の子!?」
「……確か次で最終ステージですよね? このままではあの少女が制覇するのは火を見るより明らかですよ……」
「今まで達成者は一人も出したことが無いのに……このままじゃ、卒業した先輩方にどんなお叱りを受けるか……オマケに最強の紳士勢の面子も丸潰れだ」
先輩である研究会会長は思わぬ事態に頭を抱えた。
「先輩、この次のステージで僕が出る許可をいただけませんか?」
それに会長は心底驚いた顔になる。
だがアレクサンダーは無表情ながら確固たる自信があるようだった。
「彼女は僕の知り合いなんです。……彼女に勝てるとしたらこの学校ではエースか僕しかいません。必ず止めます。……止められなかったら頭を丸めます!!」
「そんなことをわが校の姫にしようものなら、俺は学校中から総スカンだよ……」
けれどこのままでは誰を出しても、あの少女に勝利を奪われるだろう。
会長は一縷の望みに賭けることにした。
「わかったお前に任せてみよう。ただしその顔に傷だけはつけるな!」
「あの人はもとより僕の顔には手を絶対に出しませんよ。その点はどうかご安心ください」
アレクサンダーはそう言って、ギラと鋭い視線を外にいるアニエスへと向けた。
かくして、いよいよ最終第三ステージは、アニエスVSアレクサンダーの二人の一騎打ちの舞台が整えられたのである。
戦国アニエス無双。
なお、仕留めた鴨は、あとでアニエスが捌いてエールロードの食堂に寄付し、エースとアレクサンダーのその日の夕飯になりました。
【クラブ活動】
アレクサンダー……武術、武闘、戦術研究会所属
エース……ヨット部所属




