168、王子の華の成人と血の晩餐舞踏会 (わちゃわちゃと大切な弟)
「人間をすり替える?」
「私もどこまで真実味を帯びたものかは分かかねるのですが……」
アニエスがそう前置きした。
「元々のオリジナルである人物と、その人物にそっくりな意のままに操れる複製の人間をすり替えるというのが、かの『エキストランダ』……古エキス語を使っていた幻の国で頻繁に起こり、何度も政権が混乱したみたいなのです」
「それは本にあった記述からか?」
「……それと大穴の奥で見た光る文字列から、私はそう読み取りました」
「でも、あんな怪しい穴に自分から入っていく奴なんかいないだろう!?」
「いいえ、あれは本来なら縦横無尽に移動し、自分から人間を飲み込んでいく……はずなんです。けど見たところ魔力がだいぶ枯渇していて、動けないみたいですね?」
「うーんあほなのか? ……ま、なるほど、だからこんな各国主要な要人が集まる派手な場所にあえてアレを放ったのか。……やはり権力の簒奪だけが目的ではなかったということか……。ははっ自惚れが過ぎるだろう?」
セオドリックは後半、自分しか聞こえぬ小声で吐き捨てる。
その横で切れ長の目を細め、事の成り行きを見届けていたジュリアスが、口角を上げ、静かに機嫌良く口を開いた。
「……アニエスさん、貴女は本当に予想外な方です。流石はロナ家の姫君……」
ジュリアスのその言葉にアニエスとエースはヒュッと喉が急激に冷たくなる。
「ユージーン……君のそんな成長した姿を見られて嬉しいよ。……とはいえ、その成長もだいぶ早く思えるが、それもロナでは普通なのか?」
「…………!!?」
「……ジュリアスさんは、何か大きく勘違いされているようですわ? ロナのお嬢様はまだ十をいくらか過ぎたばかり……失礼ながら、私がそんなお子様に見えまして……?」
アニエスは脊髄反射で相手を欺き、流れをジュリアスに持っていかれぬよう踏ん張った。
「貴女の言動の端々には、幼く……瑞々しい感性が光っています。それに、貴女ほど魅力的な方が、見た目そのままの年齢まで誰にも手をつけられていないというのは……正直に申せば、いささか非現実的すぎる」
「まあ、魅力的だなんてお世辞でも勿体ない! ……ですが、私はこう見えて普段、屋敷に引きこもっていて、あまり社交に積極的ではありませんのよ?」
「その割には、ダンスの手並みにはかなり場慣れたものを感じます。深層のご令嬢はそんな熱心にダンスなどしない。だって……必要ないのだから。……それとセミを食べるほど活発な方なのに、あり得ない」
「…………………………アニエス。お前はセミを食べたのか?」
「ドン引かないで頂けますか、セオドリック様? それはその…………当時、必要があったからしただけであってでして!」
「……そうですか? あれ以来、お嬢様は事あるごとに嬉々としてセミを集めようとして、当の元凶である師匠にすら止められていましたが……?」
「…………もおぉう!? お二人ともどちらの味方なのです!? 邪魔をしないで!?」
「というか、純潔のうんぬんの前に話していたべろちゅーってのもなんだベロチューって!?」
「本当ですね……そこら辺、詳しくお伺いしたいです……っというかそれは殿下もでしょうが!? ……いい加減、お嬢様の半径五ヤードに入らないで頂けますか!?」
「え…………皆さんどのあたりから見聞きしてたのですか? ダンス中の会話なんて普通聞こえないはずですよね?? ……ちょっと私ですら恐いのですが……」
「ふむ……アニエスさんは、やはりかなりの人気者みたいだな?」
「………………」
皆がギャーギャーと話す中、エースだけは青い顔で沈黙を守り俯いている。
そんなエースにジュリアスは顔を向けた。
「久々の再開なのに、だいぶ浮かない顔だな。ユージーン……」
その声はアニエスに話しかけた時より温度が低い。
しかし、それにエースはギロっと睨むだけだった。
エースの手足がわずかに震えている。
そんなエースにジュリアスはおもむろに近付こうとした。だがーー。
「私の弟に近付かないで!!?」
アニエスが二人の間に入り、しゃがんだままエースをぎゅうっとその胸に抱き寄せる。
後ろからは、はああーーーっ!? という二人の声が聞こえるが、そんなの今は無視だ無視!!
「……また矛盾が増えますが、それはもう宜しいのですか?」
「ええ、作戦変更です。優先順位が変わりましたから! ……フットワークの軽さは私の売りの一つなんです」
「貴女のことをより知ることが出来るのは、実に喜ばしい」
「そうですか。ではもう一つお教えしますね? まだ出会ったばかりですが……私は貴方がとても嫌いです! 私の弟の敵は私の敵よ!! …………エースは強い。……けど……強い弱いなんて関係無く、弟を虐める人に一切容赦をしませんから。どうか覚えておいて!?」
そこでようやくエースからピクリと反応があった。
「義姉さん……」
先ほどまで、まるで気の抜けた人形のようだったエースに英気と勇気が再び宿りだす。そして……。
「えーと……セオドリック殿下にも、この間いじめられたよ? (※85話より)」
「おいっ!?」
また振られたジュリアスはショックを受けて落ち込むどころか、顎に手を置き、ますますアニエスに興味津々に瞳孔をギラッと光らせる。
「僕が誰かに執着するのは初めてで……もちろん拒絶された上に、振られるのも今夜が初めてになります。今日は記念すべき日だ」
「そんなのは精神衛生上、まっとうとはいえませんから、永久に忘れ葬り去る事をオススメ致します!」
「どうして貴女は生意気になればなるほど魅力が増すんだろう? ……いち早く躾けてみたい」
「……義姉さんは馬や犬じゃない。躾けるって、いったい何?」
「味方ができて強気になったのか。ユージーン?」
「貴方を恐いと思っても……負けていると思ったことなんか一度もない。魔法も能力も………………全部ね!!」
「そうか……そう君に思わせる要因は僕にも覚えがある……だが同時に、それは君の一生ものの傷で汚点なのではないか?」
「それをさせた側の人間に言われる筋合いはこれっぽっちも無いんだよ……。本当いちいち虫唾が走るな!!」
二人の言い合いが過熱する中、一人、冷静にそれを静観していた者がいた。そこで一言、その人物が言葉を発する。
「というかそもそも……貴方様こそ、いったい誰なんですか?」
ごもっともな鋭いツッコミをここでアレクサンダーが放った。
「あれ? そう言えば私も……よくは知らないや??」
アニエスもエースの知り合いらしいのと、名前しか知らないことにいま思い至る。
「殿下は逆によく知っている風ですね?」
「ああ、私はまあ……立場上な?」
セオドリックがエースに目配せするが、それにエースも目が泳いだ。
「でも……エースが話したくないなら私は無理に聞きたくない。誰にも触れられたくないことはあるもの……! それに、今日をもって二度とこの人とは会わないんだから、関係ない!!」
「……さあ、それはどうかな? 何しろ逆プロポーズもされているし」
「〜〜〜だから、それはそうゆう意図は、全くありませんってば!」
そこで、キーンッという大きな耳鳴りのような音がして、視界が一瞬ぐらりと回った。
「!? 今度は何」
「お嬢様、周りを見て下さい!」
アニエスがアレクサンダーに言われて見ると、さっきまで周りにいた人々もエースたちも姿が消えている。
場所はさっきと同じはずなのに、見上げれば大穴もこつ然と消えていた。
「ふーむ、これは異空間だなぁ?」
「え……ネコさん!?」
「僕らだけ切り離されたということですか?」
「あの大穴……他にも秘密がありそうだぞ? ……それよりも見ろお前たち」
見ると先ほどまで何にもなかったのに、上から女の高らかなキンキンとした笑い声と翼が大きくはためく音がいくつも響く。
「!!」
果たしてそこに現れたのは……。他のメンバーはどうなったのか!? 次回に続く。
【ぷち閑話・セミ娘】
これはアニエスたち三人が師匠・ジオルグに修行をつけてもらっていた頃の話である。
「あ、師匠セミがいます。採りますか?」
「あ、セミが死んでます。これは拾うのを止めた方がいいですか??」
「あ、セミが大量です。師匠!」
「おかずが足りない……セミ採ってきますね?」
「はい! おやつにセミは入りますか!?」
「俺が悪かったよアニエスっ!! もう勘弁して!?」
「「…………」」
こうしてジオルグの方が何故かわからせられたのだった。




