163、王子の華の成人と血の晩餐舞踏会 (どタイプと強要したプレゼント)
「……ど、どなたかとお間違いのようですわ〜!」
アニエスがまず最初にしたこと。
それは、すっとぼけである。
どなたかと間違えられて困惑したように首を傾げ、あらぬ方向に視線を外した。
「馬鹿を言うな。そんな瞳の虹彩と天然の白金髪がセットになっている人間がこの世に二人といると思うか!?」
「うぐぅ……っ!」
……そう、単に虹色の虹彩なわけでなく、アニエスのこのオパールのように優しく温かみある七色へと輝く瞳は、アニエス本人ですらまだ他に出会ったことが無いのだ。
ロナの家では時どき女の子に現れる特徴らしいが、それも相当にレアケース。
仮面をしても、目元が丸わかりなデザインなのが仇となっていた。
「と、いうわけで出番だな。行こうかアニエス?」
「へ、出番??」
「ああ、私のファースト・ダンスだよ」
アニエスはざっと血の気が引く。
この手の事に疎く関心が薄い彼女にも、さすがにそれがどういう事で、何を意味するのかを知っていた。
「ななな、何で!? エレナ様はっ!?」
「……もしかして後から来たのか? エレナ嬢は石化の呪いを受けた。呪いは解けたが今もとても踊れる状態ではない」
「え……な、どうやって!?」
何しろこの王宮は、日々、週間ごとに魔女であるアニエスの祖母、ガブリエラご本人が直々に結界を張っている。
使い魔は用事の必要があって通り抜けられる仕様だし……アーティファクトも個々の個体差が大きく、数も情報もほとんど無いゆえに感知しない。……だが、それ以外のほぼほぼ全ての呪いを当たり前に跳ね除けた。
「……もしや、結界と結界を繋ぐ僅かな数分の隙間を狙ったとか……? でも、そんな極秘情報を知る人間は王宮でも限られているのに……」
「それか、その情報を外の人間に売った人物……スパイがいたとかかな? …………捜査については日を改め厳密に行う必要がある。が……とはいえ、いま問題なのは急遽、私に新たなパートナーを準備しなければならないということだ」
「あ……では、今の彼女のどなたかに頼まれては!? もしくはこの際、妹君であるタニア様が代理でも許されると思いますが!?」
「馬鹿を言うな!! フレイに引けを取るわけにはいかない……。適当な人物であっていいわけが無いだろう!?」
「私だって、適当も適当でしょうが!?」
セオドリックはそう言われても、一切怯まず、むしろアニエスを真っ直ぐに見た。
「私は、アニエスが年頃だったなら、迷わずパートナーに君を選んだよ!?」
セオドリックは、他人に聞かれぬよう。
いつの間にかアニエスを人気の無い柱の陰まで連れてきていた。
「なんでまた……」
「それくらい、言わなくても解るんじゃないか?」
捕えるように、碧いエメラルドの様な瞳がアニエスを見つめて離さない。
あまりに熱っぽくて、見られているだけで火傷してしまいそうだ。
セオドリックはそのままアニエスの仮面を剥ぎとる。
その手つきがあまりに鮮やかなのは、普段から女性の装飾や、身に付ける保護を取り除くのに長けているからだろう。
あのアニエスですら止める隙がなかった。
「!! これはどんな美人かと思ったが……」
「想像より酷くて、がっかり致しましたか?」
セオドリックがニヤリとする。
「まさか? どタイプもどタイプ……。どストライクが過ぎるぞ…………全く!!」
セオドリックは本来、大人っぽい女性を好む。
またアニエスをその姿形を含め、格別に好いている。
そんな二つが合わされば、セオドリックにとって、まさに向かうところ敵無し、文句無しの頂点だ!
「いくら褒められましても無理なものはむ……」
「拒否権があると思っているのか? 本来、大人しくしていなければならない『竜の人質』が、こんな大胆に派手な動きを見せてタダで済むとでも……!?」
「……………………ええ、とぉ……」
「だが、今はラッキーなことにスーパー・チャレンジが大発生中だ。チャレンジは私とファースト・ダンスを踊ること! ……さすがに私以外は、君だとは気付きはしないから安心だろう?」
「一発で見抜いたセオドリック様に、そう言われましてもぉ……」
「それは単に、私が好みの女性は決して見逃さないだけだ」
アニエスはうな垂れ、観念して手をさし出す。
それをセオドリックは嬉しそうにするりと取った。
「すごく可愛いよ……アニエス」
「……それは言うことを聞く『犬』が、でございましょう?」
ガブリエラが広げた夜空をまた自分のドレスへスルスルと戻す中。
足音軽やかに舞踏会場の中央へとセオドリックは進む。
それこそ……自分こそが主役だと言わんばかりに……!
「叔父上。実に見事なダンス。素晴らしかった! 私もパートナーが無事に見つかりましたので、ここからはこの場を私がお借りしても……?」
セオドリックの『パートナー』という単語に、皆が一点にアニエスに注目する。
「え……あちらは誰? 見たことが無いわ」
「背が高いけど、あんな方いた?」
「へー、これはこれは……目を瞠る程スタイルの良い娘だな!」
「……あの白金髪は天然なの?」
「セオドリック様の今の恋人なのかしら?」
「既婚、未婚!?」
「そもそもどこのご出身なのでしょう!?」
「流石は星の数ほど女泣かせた殿下。選ぶ女性に間違いは無いか……」
「派閥はどこだ!?」
「何よあの娘は! 馴れ馴れしくも!?」
皆が一様にアニエスを品定めし、一点集中の視線を投げかける。アニエスは息が今にも止まりそうだ。
その中には……。
(!? 固まって行動するのは危険だからと、わざわざ離れていたのに……!)
(あの人は、よりにもよって…………なんでその人に!?)
((いったい何をやらかしているんだよ〜〜〜!!!?))
遠く、二人の厳しい視線を感じ、ひえっとアニエスは肩を縮こませる。
(……うぅっ、ごめんね!! 二人ともー!!)
そして、一人だけ涼しい顔のセオドリックはアニエスの手を取ってキスをした。
「それでは、どうか一曲……」
アニエスの肩に手を回して、手を取る。
そう言えばセオドリックのダンスの腕前はいかほどなのだろう?
アニエスは本当はまだ舞踏会に出られるような歳では無く、今回セオドリックと初めて踊ることになる。
「アニエス、私がリードをするから安心して身を任せて?」
そう言い、踊る彼の手並みは…………完璧だった。
アニエスが特別な意思を持って動かずとも、いつの間にか彼の手の内でくるくると踊れてしまう。
アニエスだって王宮宮廷行儀見習いで、幾度となく数え切れないほどダンスは練習しているので十分に踊れる。
が、セオドリックの踊りは本番の場数の違いからか、その練度はまさに達人並みだ。
……まるで魔法にでもかけられていみたい。
「セオドリック様……スゴい。王子様みたいですよ!?」
「………………君はいったい誰と踊っているんだ??」
そんなツッコミを受けながらダンスは終盤に差し掛かる。だが……。
(セオドリック様のダンスは素晴らしいわ。……周りのお嬢様方も、うっとりしているみたい。でも先程のフレイ様たちに比べると、どうしてもインパクトに欠けてしまう……!)
王子たちの一種のマウント合戦も兼ねている今回の成人晩餐舞踏会。
このままでは負けてしまう!!
「セオドリック様……このままでは曲が終わってしまいます! 宜しいのですか!?」
「何が……?」
「正直、先程のあちらよりも見劣りするかと……」
「何だ、アニエスは何かしたかったのか? ……協力をしてくれるとでも」
「はい! このまま負けるのは私も口惜しいです! 何か、できることは無いでしょうか!?」
「……あるにはあるが、覚悟は出来ているのか……?」
「はい、どうぞなんなりと!」
「なら、わかった」
ざわわっ!?
するとダンスの締めに入った次の瞬間。
なんと、アニエスは公衆の面前でセオドリックにキスされてしまった!
「……!?」
「!!」
「……………………!!」
エースやアレクサンダーを含め、タニア達身内も唖然、呆然としている。
もちろんアニエス自身だって!!
しかも…………。
「…………ん!! ……っ!?」
セオドリックはさり気なく、ちゃっかり舌も入れ、アニエスをめいっぱい可愛がっているではないかあっ!?
その姿に女性陣は激しい怒りと嫉妬に燃えると同時に、エレナ嬢の時とは違い……あまりに情熱的で倒錯的な二人のキスシーンに、知らずゴクンッと生唾を飲み込む。
ぷはっ! とようやく口を離すと、人からはほぼ見えはしないが、唾液の銀糸が微かに二人の間を引いている。
アニエスはカッと怒り、勢い拳を振り回しそうだった!
……しかし、公衆の面前であるのと、せっかくの成人を祝う席ゆえに、グッと堪えて拳を黙って下げた。
「アニエス。叔父上たちの鼻を明かせた上、こんな素敵な誕生日プレゼントをありがとう……」
にっこりと微笑むセオドリック。
「…………誕生日プレゼントは少なくとも、こんな風に人から強奪するものでは無いのですが?!」
こうして無事(?)にファースト・ダンスを終え、仮面舞踏会は華麗なる本番に突入したのである。
※161話、一部大幅に内容変更しました。
よければそちらも、あわせてご覧下さい!




